とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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人と神格の境界 3/6

 ──ほぼ『なんとなくやっておいたほうが良いかもしれない』という勘で【人払い】の範囲を拡大した円花の判断は、果たして正解だった。

 

【人払い】は『範囲内から自分と対象以外を追い出す』、『範囲内を認識・干渉する意志を逸らす』といった効果がある。

 それこそ、例えば────今現在の円花がやっているように、都市丸々一区域を範囲内と定めようとも、そのことを認識することは出来ない。

 

 例外として、術者よりも多い魔力を持っていれば範囲内を認識できる()()()()()し、【人払い】を使った術者の近くに居れば認識できる──が。

 

 純然たる事実として、【人払い】に神格を数体纏めて顕現させられる程の量の魔力を込めた術式を突破できる人間は、どう足掻いても存在しない。

 

 ──とどのつまり。

 

「……だぁれも居ない。これで、ようやく、ボクの好きに暴れられる」

 

 その言葉と共に、円花は自身を咥えて施設から飛び出し、間近のビルに向けて突進する蛇──忌まわしき狩人の口腔に左手をねじ込んで内部で印を結ぶ。

 

「【部分顕現:ムーンビースト】」

 

 つっかえ棒代わりに呼び出されたムーンビーストの槍で無理やり口をこじ開け、円花は続けて複数の魔術を起動。【重力制御】で軽くした体を【浮遊】で飛ばし、突然発生した痛みと異物感に困惑する忌まわしき狩人の背後を取ってから右手で手刀を作る。

 

「──空間、断絶。【線】」

 

 まるで豆腐に包丁を入れるかのように、右手をすぅ──っと滑らかに下ろす。

 すると、視界内に収まっていた忌まわしき狩人の体が、()()()()()()縦に裂けた。

 

 長方形のビルがちょうど左右に割れ、ズレた自重を支えられずに倒壊した。轟音と振動が重なり、ビルは崩れ、ぶわりと舞う土煙の中へと真っ二つにされた忌まわしき狩人が落ちていく。

 

「さぁて、次は────」

 

 チクタクマンが乗ってきている筈のもう1匹の忌まわしき狩人を探そうとして空中で体を捻る円花は、裂いたビルの隣に建っている同じ大きさのビルの屋上に、轟音を奏でて落ちる何かを見た。

 

「…………なんだ?」

 

 

 

 重力に逆らって飛び、屋上に向かい着地した円花は、屋上を破壊して階下に落下している忌まわしき狩人と、その横でカラクリ人形──チクタクマンに刀を向けているレインコート姿の丞久を見つける。

 

 穴に飛び込んでさらりとその隣に降りると、円花があっけらかんと丞久に言う。

 

「生きてたんだ」

「テメーが庇ったクセに勝手に殺すなボケ」

 

 渋い顔で返しつつ、丞久は刀の切っ先をチクタクマンに向け続けている。

 そのチクタクマンは、ズタズタに体を刻まれた忌まわしき狩人の死体が魔力に分解されていく光景から顔を逸らして二人を見た。

 

【「片や魔術ノ申し子、片やハスターに寵愛サれた者。よくモまア、善意で動ケるもノだ」】

「それすげぇ〜〜〜よく言われる」

「善意……? ボクの辞書には無いな」

 

 すっとぼけるように小首を傾げる円花は、それとなく自然な動きで手に三節棍を喚び出してヒュンと振りかぶる。タンっと踏み込みながらチクタクマンの頭部をかち割る威力で振り下ろすと、相手もまた三節棍の先端を球体関節の手で掴み、余波で室内の瓦礫とデスクが吹き飛ぶ。

 

 その動きに合わせて風を纏った高速移動で背後に回った丞久が、チクタクマンの背中に刀を袈裟懸けに斬り掛かるも、チクタクマンは足元に向けた片手の指先から見えない波動──【不可視】を発射。

 

 ドガンと爆発音が響き、さらに下へと落下する最中。円花は掴まれた三節棍をぶんと振り回されて投げられ、チクタクマンは空中で再度刀を向けた丞久に振り返り、続けざまに刀を手刀で弾く。

 

【「明暗丞久。オマケに用ハ無い」】

「っ、うおぉっ!?」

 

 返す刀で向けられた指先から放たれた【不可視】を横に吹かした風の反作用で跳ねる事で避け、階下の床に着地する丞久を眼前に捉えながら、チクタクマンがその球体関節の左手で印を結んだ。

 

【「……【完全顕現:ムーンビースト】」】

「おいおいおいおい……!」

「────。丞久」

 

 虚空に空いた穴から、ずるりずるりと白いカエル──無貌の神を崇拝する種族である怪物、ムーンビーストが無数に現れる。

 

「丞久、2分耐えろ」

「あ?」

 

 常人であれば1匹だけでも死を覚悟するほどの存在が、5匹、10匹、20匹と増えていく光景にドン引きしている丞久は、円花に耳打ちされた。

 

「このクソ人形をぶっ壊す下準備を持ってくる、それまでここに足止めしろ」

「……はっ、仕方ねえなぁ」

 

 

 その言葉を合図に窓ガラスに三節棍を投げつけヒビを入れた円花が、顔を庇いながら身を投げ出して外へと逃げる。一人残された丞久は、跳ねる形で飛びかかるムーンビーストを刀で斬り裂き、かき集めて鋭利に変化させた暴風で八つ裂きにしながらチクタクマンに問いかけた。

 

「とことん私にゃ興味ないらしいが……そんなに円花は魅力的か?」

【「……あア。私の目的を叶えるのニ、あノ体は都合がイい」】

「目的ぃ?」

【「私の目的は、いツだって一つダけさ。教える気は無いけれどね」】

 

 その言葉だけは、まるで人間のように()()()()()。飛びかかるムーンビーストの槍を奪い取って床を陥没させる勢いで叩きつけ、別の個体に蹴りつけてボウリングのピンのように弾き飛ばし、奪った槍を投擲する丞久は疑問を抱いて口を開く。

 

「チクタクマン。いや、無貌の神。お前は……いつ顕現したんだ?」

【「サて、答えル義理は無いな」】

「コミュニケーションしようぜ?」

 

 亀裂の入った刀を捨てて新たに【召喚(コール)】する丞久に、チクタクマンは逡巡するように黙ると、それからポツリと呟いた。

 

【「人間らしさ、とハなンだ」】

「は? …………あー、人間らしさ。人間らしさ……って言われてもな」

 

 うーん、と悩みながらも片手間でムーンビーストを刀で真っ二つにする丞久は、それでも一応は真面目に考えて質問に返答する。

 

「──他人を好きになれること、それを人間らしいと呼ぶんじゃないか?」

【「他人ヲ、好きニ……」】

「まあ、神にはわからない感覚か」

【「……そうダな」】

 

 謎の質問に答えた結果、チクタクマンは思考に耽る形で硬直する。

 時間は稼ぎきったか──と独りごちた丞久の遥か上空から、不思議なほどに鮮明な声が届いた。

 

 

 

「──空間、断絶。【面】」

 

 

 

 一拍。ヒュガッという、一生に一度あるかないかと言える()()()()()()()を耳にして、その直後にビルの中に陽射しが降り注ぐ。

 

「丞久。今からお前ごとそいつを殺るから、死ぬ気で生き延びろ」

「……絶対そう言うと思った」

 

 ビルの半ばから上を消し飛ばした円花は、その傍らに岩か何かを無理やり棒状に押し固めたような無骨で巨大な槍を携え、そして指をパチンと弾き一言。

 

「【召喚(コール)】」

 

 言葉に続いて一つ、また一つと呼び出された物体は、なぜか車だった。

 しかしその車は、一般的にはタンクローリーと呼ばれているモノであり────これでもかと喚び出されたそれを見上げて、丞久の脳裏に危険信号が過る。

 

 その嫌な予感の通りに、無数のタンクローリーが降ってきて、更には円花が傍らの槍を高速で回転させて射出し、タンクを貫き穴を空ける。

 

 空中で落下しながらぶちまけられるガソリン。外気に触れ、陽射しの下で気化したそれに槍とタンクがぶつかり生じた火花が引火して、果たして燃え盛る液体が降り注ぎ、爆発し、衝撃を発生させた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──善意、という言葉を耳にした時、円花は鼻で笑える程に馬鹿らしいと思っていた。

 所詮は人形か、とすらも思っている。

 

 なぜなら円花が都市丸々一区域を【人払い】の範囲内にしたのは、万が一にも自分と神格の戦いに民間人を巻き込まない為だが、それも結局は民間人を巻き込んでしまったら後々面倒だからでしかないからだ。

 

「黒焦げのアフロにでもなれば面白いのに」

「お前マジでぶっ飛ばすぞ」

 

 全力で【障壁】を張り、残りの魔力全てで【黄衣の王(ハスター)】を全開で使って暴風を壁として、なんとか爆発から生き延びた丞久は、吹き飛んで瓦礫だけとなったビルを前に地面に立つ。

 

「……で、あとはこいつにトドメ刺すだけか」

 

 円花と共に見下ろした先には、体のあちこちから部品のようなモノが溢れ、パーツがひしゃげたボロ雑巾となったチクタクマンが転がっていた。

 

【「──私を壊スためだけニ、お前たチは、いったイどれだケの被害を齎した?」】

「あん? ああ、ビル二つ、その他建物沢山……こりゃあ大変だ、保険効くかな」

 

 周囲を見回す円花は、崩れたビル、それに巻き込まれた他の建物、瓦礫が溢れた道路を見る。

 無貌の神(チクタクマン)を倒すため、という言い訳すら通用しない被害を原因に追及され、面倒くさそうにため息をつくと、円花は黒コートの土埃を払いながら言う。

 

()()()()の被害、想定の範囲内だよ。ボクがさっきから使ってた力が何なのか、わからないか?」

 

 そう言った円花が印を結び、体内の魔力を活性させる。その魔力に呼応して、遥か頭上──空の彼方に、ピシリと亀裂が走った。

 

「神格の倒し方なんて簡単だ、人を追い払って、街ごと巻き込む攻撃で消し飛ばして────」

 

 亀裂の向こうから現れた、虹色の玉の集合体。

 洗面台から溢れ出た泡にも思えるそれが、空を満たし始めるやいなや。

 周囲の瓦礫がカタカタと動いて浮かび、そして周囲で同じく浮かび上がった瓦礫たちが、映像を巻き戻すかのように倒壊したビルを再び形成して行く。

 

「──めちゃくちゃになったら、その被害だけを巻き戻して無かったことにすればいい。【完全顕現:ヨグ=ソトース】」

 

 外なる神(アウターゴッド)の完全顕現。

 それすらもさらりとやってのける円花を前に、チクタクマンは呆れ気味に言葉を続ける。

 

【「……どチらガ、(バケモノ)なのヤら、わかッたモのジゃナいな」】

「ふん。良く言われる」

 

 皮肉気味に返して、円花は手のひらを翳す。【重力制御】の応用で(ポイント)を定め、そこに収束させるようにして圧力を360度から加えることで、チクタクマンの体をミシミシと軋ませながら圧縮させる。

 

 破裂したパイプから蒸気が漏れるようにチクタクマンの体から魔力が噴出するのを横目に、バキバキバキバキと音を立てて圧縮されていく光景を眺める円花と丞久は、やがてピンポン玉のような大きさの玉となって地面を転がるそれをぼんやりと眺めた。

 

 ヨグ=ソトースの力で瓦礫が宙を舞い、周囲の被害が無かったことへとなっていく裏で、円花はチクタクマンだったモノを拾い上げて丞久へと投げる。

 

「斬れ」

「ん」

 

召喚(コール)】して喚び出した刀を即座に抜き放ち、綺麗に真っ二つにした丞久は、魔力に分解されて消滅するそれを一瞥する。

 

「……はあ、帰るか。流石のボクも暫く休みたいし、白道経由で上層部脅そうか」

「普通に交渉しろ。……ったく」

 

 

 

 こうして短く濃密な戦いが終わり、無貌の神は討伐された。しかし、どうにも拭いきれない違和感の正体を確かめなかったことを、丞久は後に悔いることになるのだが、それは暫く先の話。




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