とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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人と神格の境界 4/6

 ──後悔。丞久の胸中にあるのは、ただただ判断を、対応を間違えたことによる後悔だけだった。

 

「面倒なことになったな」

「白道。……どうなった?」

「見つけ次第殺せ、捕まえた場合は即刻死刑……だとさ。まあ、仕方がない」

 

 白道は丞久に言う。

 

「村民約二百名前後を虐殺。丞久から聞かされた事情がどうであれ、事実だけを抜き取れば──円花は殺人鬼でしかないのだからね」

 

 なぜ、こんなことになってしまったのか。丞久の脳裏に思い返されるのは、数日前の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 ──無貌の神(チクタクマン)を倒した日から2年経過したある日の夏、二人は電車で山奥へと赴いていた。

 

「……お前、そんな拗らせた中学2年生でもやらないファッションで暑くないのか?」

「アフーム=ザーの凍れる炎をうっすら纏えば暑さなんて無いも同じだよ」

「恵まれた才能をクソみたいな小技で活用してんなぁ……それ私にも分けろ」

「はっ、嫌だね」

 

 髪をポニーテールにしてうなじの汗をハンカチで拭う丞久は、年がら年中全身を黒で統一している円花の格好の秘密に苦笑する。

 

「……あっちぃ」

「────。チッ」

 

 ワイシャツのボタンを外し、袖を捲るなどをして暑さに耐えている丞久を横目に逡巡する円花は、小さくため息をついて指先で肩を突いた。

 

「うおっ!?」

「貴重な肉壁に土壇場で倒れられても困るし、少しだけ分けてやる」

 

 不意に体を包む冷気にビクリと跳ねながらも、フンと鼻を鳴らして目を逸らす円花に、丞久は成長を感じて静かにまぶたを閉じる。

 

 夏の暑さも改善され、ガタンゴトンと揺れる電車の開けた窓から空気が入る車内で、それから暫くしてから円花が不意に声を出した。

 

「で、ボクたち今どこに向かってんの」

()()()()メールが来ただろ、指定した座標に存在する村の調査してこいって」

「え。あー…………あっ、白道のメッセージ全部迷惑メールフォルダに隔離されてた」

「おい」

 

 面倒くさそうな態度を隠そうともしない動きで携帯を取り出した円花は、今になって白道からのメッセージが送られてきていたことに気づく。

 

「……今まで気づかなかったのか?」

「メールとかそもそも見ないし、組織の部屋で直接言われる以外で指示されたことないし、ここ数年は連絡は丞久にしてるじゃん」

「ああ……じゃあこれからは連絡はお前にするように言っておかないとな」

「は?」

「少しは社会に馴染む努力をしろ」

 

 車内アナウンスを耳にしながら、丞久は呆れた表情で円花の方へ顔を向ける。

 

「私もお前も17……今年で18だ。再来年には成人、いつまでもガキのままじゃ居られねえんだぞ?」

「言われなくても分かってるって。まあ、ボクはこれからも連盟組織の魔術師を続けるだろうけど。丞久は? なんかあんの?」

「んー、探偵でもやろっかな〜とか考えてる。……と、降りるぞ」

 

 プシュー、と音を立ててドアが開かれ二人は外に出る。夏の陽射しと暑いそよ風は、体に纏う冷気がエアコンの冷風さながらの涼しさに変換された。

 

「その村ってこの近く?」

「いや、駅を出たら更に山の向こうに1時間歩くぞ。ちなみに道が狭いからバスすら無い」

「帰っていいかな」

「帰っていいけど半年は給料8割減だぞ」

「ブラック企業が…………」

「死亡率の高さで言えば間違いじゃねえな」

 

 

 

 

 

 

 

 ──宣言通りに1時間も山道を歩き続けて、二人はようやくと山奥に隠すように存在する村に辿り着く。

 数十年前から隔離されたかのように古臭さのある村には合計で二百人前後の村人がおり、二人は村長宅に通されて居間に座っていた。

 

「こんな辺鄙な村に、ようこそおいでくださいました。ええと……」

「丞久です。そっちの無愛想が円花、実は我々は山奥に存在する害獣の駆除をしにあちらこちらへ移動しておりまして、この辺りに危険な獣が巣を作っているという情報を手に入れたんですよ」

「な、なんと……!」

 

 村長に丁重に対応する丞久を見て、面白さと気味の悪さを同時に体験している円花が、笑いを堪らえようと顔を縁側に向けると。

 

「……あ?」

「────。こ、こんにちは」

 

 浴衣を着込んだ少女が、窓越しに外から中を覗いていた。ちょうど顔を向けた円花と目がかち合い、眉を顰めながら口を開き──

 

「なんだ下等せいヴゥ」

「やめんか」

「う、うごぉぉ」

 

 出会ってから3年目になってもまだ治らない悪癖(見下し)を止めるべく、丞久の容赦無い肘打ちが脇腹にめり込む。一瞬の出来事で何が起きたかも分かっていない村長は、正座のまま崩れ落ちた円花を見て「足が痺れましたかな」と見当違いの疑問を呟いていた。

 

「ったく……ん、あちらの子は」

「む、おお……私の孫ですな。ほら(こよみ)、そんなところに居ないで入りなさい!」

「はーい」

 

 パタパタと草履を鳴らして走っていく少女──暦は、玄関から居間に入ってくると、丞久と円花を見てキラキラと目を輝かせる。

 

「都会の人だ!」

「……我々のような人間は珍しかったり?」

「そうですなぁ、最後にやってきたのは十数年前に一度だけ……だったかと」

「へえ」

 

 そう返しつつ、丞久は暦を見る。こんな人格に難のある奴らだろうと、都会からの来訪者とあればまるで貴族か何かにでも見えるのだろう──と思案して、それから思いついたように口角を歪めた。

 

「なあお嬢ちゃん、私は山の方に行かないといけないんだけど、よかったらこいつを連れて村を案内してやってくれないかな」

「は???」

「……! お、おじいちゃん! いい?」

「ああ、ああ。是非とも案内してあげなさい」

「は???」

 

 にこやかに了承する村長、都会人を前にテンションを上げる少女、悪魔のような提案をした魔術師。ここに、円花の味方は居なかった。

 

 

 

 

 

 ブーツと草履がアスファルトではない土の地面を踏み歩く。あそこにはこれが、ここにはあれが、と円花を案内して回る暦の楽しそうな雰囲気を前に、流石の彼女も文句を言えなかった。

 

 見覚えのない人物が歩き回っているのが珍しいのか、それこそ珍獣でも見るかのような視線にげんなりしながらも、円花は新鮮な田舎の空気を肌で感じる。

 

「あの、お姉さんの名前はなんて言うんですか? 私は柊木(ひいらぎ)暦と言います!」

「……………………。春夏秋冬円花」

「ひと?」

春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)と書いてひととせ。円に花でまどかだ」

「へぇ〜、綺麗な名前ですね」

「…………。そうか?」

「そうですよ!」

 

 コートのポケットに手を突っ込んだまま歩く円花は、暦にそう断言されて眉を顰める。

 ──そう言われたのは初めてだな。と独りごちて、それからふと携帯に届いていたメールの内容を思い返して質問を投げかけた。

 

「下等………………名前なんだっけ」

「暦です! さっき名乗ったばかりですよ?」

「こよみね。……こよみ、は、この村で変な神を信仰してる大人とか見たことある?」

「うーん? わかんないです。あっでも、実は今日の夜にお祭りをやるんですよ」

「祭りぃ? ……ああ、だから浴衣か」

 

 はいっ! と返事して、暦は着ている浴衣を見せびらかすように体を捻る。

 特に興味関心があるわけでもないためにテキトーに流すが、円花の頭にはメールの内容が反芻されていた。なぜ白道がこの村に行くように誘導したのか、それはすなわち、神格の魔力を感知した()()()からだ。

 

 そして暦の祭りがあるという発言を聞いて、()()()()儀式があるのかと疑った。

 

「祭り、ね。それはボクらが参加してもいいものなの? いいなら混ざりたいんだけど」

「もちろん良いに決まってるじゃないですか! 楽しみだなぁ、鉄鼓(てつつづみ)祭り」

「……鉄鼓?」

 

 円花の疑問は、楽しそうにする暦の耳には届かなかった。けれども名前の響きと、隔離された古臭い村の中で行われる祭りにそれとなく嫌な感覚を覚えたのだが、その感覚が正しかったことを────円花は全てが手遅れになったあとに理解することとなる。

 

 

 

 

 

「豊穣を願う祭りで、広場に立てた櫓ごと鉄の箱を燃やすんです。ゴンゴンゴン! って音が鳴れば、豊かな一年が約束されるそうですよ?」




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