「…………なぁ〜〜〜〜〜んもねぇな」
月明かりと懐中電灯を頼りに山の中を駆ける丞久は、村にも山にも、その全てに一切の神格の気配が無いことに疑問を持つ。
「あれからずっと山ん中駆けずり回ってみたけど、神格の魔力反応は無し。何らかの怪物の気配も無い……となると、やっぱり村の方で儀式でもするのか? 円花に任せたのは失敗だったかな」
高い木のてっぺんに乗ってしゃがむように座る丞久がそう呟き、いやぁ──と続ける。
「あいつの場合は……山全体を凍らせて『なんか反応があったら有罪』みたいなカスの魔女裁判を始めかねないから駄目だな」
苦笑する丞久が、ちらりと村の方へ視線を向ける。そこには、夜の暗さをモノともしない、煌々と燃え盛る櫓の姿があった。
「……円花もそろそろ、普通の人間と関わる時間と回数を増やしていくべきだし、あのガキんちょに相手させたのは間違いじゃないと思うけど」
丞久は悩む。それはすなわち、円花の今後の人生についてだった。
特殊な能力を持ち、恐れられ、それを受け入れて来たが故の精神の幼さ。
いずれは体に合わせて心も大人にならなければならないが、円花に
「しっかし、かなり遠くまで足を運んじゃったけど……この距離でもよく見えるのは目印としちゃあ優秀だな。……でもなんで燃やす必要が────」
どんな内容の祭りなのかを聞かずに調査に出て森を彷徨っていた丞久は、そんな疑問を口にして、それから視界の中にある櫓がおもむろに傾く光景を見る。
「は? …………ッ!!」
闇夜の中にある赤いシルエットが、どんどん傾いて倒れていく。
──春夏秋冬円花は、なにも最初から他の人間を下等だと見下していたわけではない。
5歳の頃に、生まれた時から持っていた異能を使い、彼女は自分が
おかしい自分を周りが恐れ、けれども異能を役立てることを強要される。だから無自覚に──嫌われることを目的として他人を見下し始めたのだ。
他人からの恐怖心と環境が、元々の魔術的知識に圧迫された記憶容量の無さからくる人の顔と名前を覚えられない状態を更に悪化させていたのだが──ゆえにこそ、そんな自分に疑問を抱く。
「……白道、覚えてる。丞久、覚えてる。……暦の顔と名前も覚えてるのは、なんでだ?」
夜の村を歩き、そう独りごちる。
「……ボクが分かっていないだけで、覚える条件があるのか? ……うーん」
浴衣を着て歩く親子を一瞥しながら、そんな風に呟く。──
「……お、アレが鉄鼓祭りの……櫓か」
のんびりと歩く円花は、燃やす前提だからか周りを整地してある広場に置かれた大きな櫓を見上げる。
組み上げられた櫓には、鉄板を溶接して作ったような正方形の鉄箱が乗せられており、その下には村長が代表して松明を握っていた。
畏まった文言を口にする様子を聞き流しつつ、円花はキョロキョロと辺りを見渡す。
あれだけ祭りを楽しみにしていた筈の暦が未だに姿を見せない、という状況に違和感を覚えるが、それを余所に早速と火が点けられる。
木材の櫓はあっという間に炎に包まれ、鉄箱が熱せられる。熱気に顔を顰める円花だったが、それから少しして本当に鉄箱から音が鳴るのを耳にした。
「へえ。本当に鳴るのか」
ゴンゴン、ゴンゴンゴン、ゴンゴン。ぱちぱちと熱で木材が弾ける音に混じる鈍い音。それが鳴ることが豊穣の証──とは聞いていたが、円花の中にある嫌な感覚はどんどん強まっていく。
──何かが、おかしい。致命的に何かを間違えている。ゴンゴンゴン、ゴンゴンゴン。ひたすらに続く音。それに伴い、村民は豊穣が約束されたと盛り上がる。しかしそこには、暦だけが居ない。
そう、
円花の中に渦巻く嫌な予感。彼女は直感的にナニカを悟り、弾かれたように駆け出す。
「なっ……貴女は、なにを!?」
「っ、退け……ッ!!」
立ち塞がろうとした村長を避けて、円花は【
炎に包まれたままの櫓はバキバキと音を立てて倒れ、村民たちは悲鳴を上げながら離れる。円花がそのまま近づいて、体に【障壁】を張って炎をガードしてから鉄箱を掴んで引っ張り出した。
「っおぉおおおっ!!」
体を包む【障壁】が熱を妨げ、効いているうちにと三節棍を叩きつけて、ヘコんだ部分に指をねじ込んで無理やりこじ開ける。
鉄箱の一部がひしゃげて開けられて──その瞬間、円花の鼻に、
「…………。おい、なんだ、これは」
鉄箱の中で焼けていた肉は、子供だった。生きたまま体が焼けて、息ができなくて、苦しくて、出してほしくて。だからゴンゴンと、必死に叩いたのだ。
顔は苦悶の表情が辛うじて判別できる程度に焼け焦げ、露出した手足の肌は鉄箱に貼り付いて剥がれていた。何よりもその浴衣の柄に、見覚えがある。
「…………こよ、み」
よりにもよって、覚えていた顔と名前。そのついでとばかりに記憶にあった彼女の浴衣の柄が、鮮明に脳裏に過る。円花は頭の中が揺れたかのようにグラリと目眩を感じ、ふらふらと後退りした。
「円花さん、なんということを……!
「────。あ?」
なぜか、円花は村長の責めるような言葉に、冗談でもなく頭が真っ白になった。
村長の言葉を皮切りに、村民たちもまた、寄って集って祭りが失敗したことへの文句を口にする。
違うだろう、と言いそうになった口を閉じる円花は、ようやく合点がいった。
怪物? 居るわけがない。
神格? 居るわけがない。
この村は、怪物とか神とか魔術とか、そんなものとは関係なく、ただ定期的に子供を生贄に捧げているだけのイカれた村でしかないからだ。
怪物も神もいない。ならば儀式で喚び出されるのかもしれない。それなら出てきたところを叩けばいい。だってボクたちはどの魔術師よりも強いのだから。それが慢心ではないと、果たして誰が言えようか。
人間の狂気的な思い込みは、怪物よりも、神格よりも──遥かに邪悪であると、円花は理解させられる。頭がグラつく。気持ちが悪い。悍ましい。気色悪い。なんだこれは、なんなんだ、これは。
「た、丞久……」
怖がられることはある。恐れられたことはある。けれども、自分が相手に対してその感情を抱いたことは一度として無かった。
思わず助けを求めてその場にいない相手を呼ぼうとするほどに、この状況は、円花にとって猛毒だった。呼吸が荒くなり、心が軋む。
「…………。────。暦」
どうして
信じてみようと思ってしまったのだ。普通の人間を信じて、普通の人間に信じられて。そうやって仲良くなってみたりするのも、悪くはないだろうと。
当然、この世の
──分かっているからこそ、どうしょうもないほどに、ドス黒い激情が胸の内で渦巻いているのだ。
「ああ、そうか。そうだったな」
もはや周りで騒ぐ下等生物たちの言葉は届かない。夜空を見上げて、遠くからこちらに向かってくる
──我々は山奥に存在する害獣の駆除をしにあちらこちらへ移動しておりまして、この辺りに危険な獣が巣を作っているという情報を手に入れたんですよ。
村に来た丞久が言った、そんな言葉を思い返して、微笑を浮かべて円花が独りごちる。
「その通りだな、丞久。ボクはここに……
印を結び、魔力を放出して。円花は村民たちに向かい合うように立つと────
「【完全顕現:ムーンビースト】」
──魔術を唱えて、櫓の残骸の前に作り出した虚空から怪物をずるりずるりと排出させる。
こうして円花はこの世に生を受けてから18年目にして、明確に自らの意思で、戦えない非魔術師の民間人を殺す決意をしたのだった。
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