「──円花、なにやってんだよ、お前」
「…………なんなんだろうな。これは」
村のあちこちに火の手が回る。煌々と明るくなった周囲を見回す丞久は、ぼんやりと民家の炎を眺めている円花が煤けた鉄箱に座っていることに気づく。
その傍らには、焼け焦げてシルエットから人間だったことしか分からない死体が寝かされていて、その体格から子供であることを察する。
「──!! っ……そういうことか」
丞久はそこで全てを理解した。辺りに散らばる数々の死体たちがこれまで何をしてきたのかを。それに対して、円花がどんなことをしたのかを。
「円花、帰るぞ。白道を問い詰める理由も出来た、今はとにかくここに居るべきじゃない」
「…………ボクは帰らない。というか無理だ、このまま帰ったら確実に殺される」
円花は鉄箱から降りると、いや──と続けてコートを手で払いながら言う。
「ボクが殺されはしないか。捕まえようとした奴らと戦わざるを得なくて、向こうが全員死ぬ。まあどちらにせよ……帰れないことに変わりはない」
「…………そうか」
「なぁ、丞久」
「なんだ」
丞久に問いかけるように言葉を投げかける円花が、左手で印を結びながら呟く。
「人と神格の境界は、何処にあるんだろうな」
「……それは…………」
「この村にいた害獣も、好きに神を喚び出せるボクも、不思議なことに人間だ。ならきっと、この世界の何処かには……人間みたいな神も居るのかもね」
「っ────円花!!」
「さようならだ、丞久」
不思議と、円花の顔は穏やかで。それからすぐに足元から伝わってきた地響きを感じて、丞久は咄嗟にビヤーキーを完全顕現させて空に逃げる。
信じられないほどの轟音と衝撃が数秒続き、上から見下ろした丞久は────山に囲まれた村の形跡が欠片も存在していないことに気づく。
「この……馬鹿野郎が」
──まずは自分だけで来るべきだった。
──山の捜索を任せるべきだった。
──もっと早くに違和感に気づいていれば。
全てが手遅れになってから、今更になって
果たして春夏秋冬円花は失踪し、大量殺人の罪で指名手配されることとなり、この村は記憶処理によって世間から完全に抹消されるのだった。
──円花は殺人鬼でしかないのだからね。白道の言葉に、丞久もまた顔を顰める。
しかしそれはそれとして、あの村で行われていた儀式への疑問が浮かぶ。
「あの村の儀式って、なんだったんだ」
「話だけを聞くに、恐らく人身御供の類だ。閉じ込めて焼く……という部分からして、古代ケルトのウィッカーマンも混ざっているね」
「……生きたままガキを焼き殺す儀式か。悍ましいなんてレベルじゃねえな」
露骨に不快そうに言葉を吐き捨てる丞久に、白道も同意するように頷く。
「……だからこそ、情緒が幼い円花には
「幼稚園児にスプラッターホラーを無理やり見せるようなもんか」
「全く……誰が
ため息交じりにそう言って、白道は懐から携帯を取り出して苛立たしげにテーブルに置く。
「本当にお前じゃなかったんだよな?」
「ああ。クビを賭けてもいいけど、私は二人に例の村に行けなんて指示していないし、メールも私の携帯から送られたわけではない」
「私らと関わってようやくマトモになろうとしていた円花に、殺人をやらせるに至るだけの衝撃を与えようとした、と考えれば──犯人は間違いなくクソ野郎だな。これは、明確に悪意のある攻撃だ」
だらりと座っていた丞久は、そう言いながら立ち上がり、テーブルに置いていた資料を拾う。
「ん。何か用事でも?」
「あー、まあ、そうだな。円花も居なくなって、うちの組織も戦力7割減だろ? 残りの3割は私だが」
「間違いではないけども」
「だから、スカウトでもしてみようかと思ってな。最近、有望なのを一人見つけたんだよ」
「そうか……わかった、気をつけるようにな。それと、強制はさせないように」
「わぁってるよ」
資料を脇に挟んで扉を開け、会議室を出ていく丞久。それを見送った白道は、黒髪の中に一房だけある白いメッシュを指で弄りながら独りごちる。
「スカウト、か。私もボチボチ、
その呟きが、愛しいものを思い浮かべる顔が、誰かに見られることは無かった。
ざあざあと雨が降りしきるなか、青年は片手に傘を持ち、片手に携帯を握る。
寮に戻る途中の道で、彼はふと、黄色いレインコートのフードを目深に被った何者かを見つけた。
「…………。真冬、また後で掛け直すよ」
逡巡を挟み、それから電話を切った青年は、携帯をカバンに入れると眼前の何者かに問いかける。
「──誰だ」
「桐山与一だな。私は……明暗丞久」
フードを少しだけずらして顔を見せる丞久。その左目に浮かぶ風車のような模様と、やや疲れを見せる表情に、青年──与一は警戒する。
「お前さん、マトモじゃない事態に巻き込まれたことがあるだろ。今私を警戒して使おうかと悩んだ力は、魔術だ。違うか?」
「……あんたは、なんなんだ」
「私か? 私は、まあ……そうだな」
一瞬、自虐気味に薄く笑みを浮かべて、丞久は与一の問いに答える。
「────お前の師匠だよ」
当時の丞久が、なぜ数いる候補の中から与一を選んだのか。それは運命とも言えるし、偶然とも言えるし、或いは──希望を見出したからとも言う。
ともあれ、この選択だけは間違いではなかったと、そう確信するまでに5年掛かったのはまた別の話。
──駆ける、駆ける、駆ける。
明かりも無い森の中を、まるで見えているかのように迷いなく駆ける。春夏秋冬円花は、何度目かの逃走劇を披露していた。
「……っ、はぁ」
休みなく走り続けて数十分、追手を撒いたことでようやくと足を止め、木の根元に腰を下ろす。
そんな彼女の耳に──否、頭の中に、自分と同じ声が響き渡った。
『大変だねえ。いつまで逃げるつもりなんだい』
「……うるさいな、このまま隣町まで逃げれば、流石に追いかけてこないだろ」
『はっはっは、殺せばいいじゃないか。あの村でやったみたいに、さ』
「黙れ……!」
自分と同じ声。
けれどもそれは、自分とは違うと断言できるほどに、飄々とした癪に障る態度をしている。
『意固地だなあ。いつまでこんなことを続けるつもりなんだ?』
「さあね。相手が飽きるまでなら何年だろうと続けてやっても構わない」
『ええ、それは困るんだけど』
「……なんで幻聴ごときが困るんだよ」
呆れた顔をする円花だが、その次に返された言葉に、思考が一瞬硬直した。
『……? ああ、キミ、まだ私が幻聴か何かだと思っていたんだ』
「────。は?」
『まあそうか、逃亡劇を始めてから喋るようになったら、疲れからくる幻聴だと思うのも無理はないか』
「お前、何を…………いや、お前は、誰だ?」
困惑。続けて嫌悪感。円花は反射的に立ち上がり、しかし体の内側から生えるようにして、胸を貫かれる感覚に膝をつく。
「……っ、が、あっ」
『はい隙あり。ようやく気が緩んでくれたね、春夏秋冬円花クン』
「ぐ、くっ、うご、けな……」
『肉体の主導権はこれで私のものだ。安心したまえ、なにもキミの力で世界を滅ぼそうとか考えているわけではないから』
円花の意識が、急速に闇へと落ちていく。意思に反して、体が勝手に立ち上がり、自分の声が自分にそう言ってくる奇妙な体験をする。
『あの日、カラクリ仕掛けの体をピンポン玉みたいに圧縮されている途中で意識と魔力だけを抜き出して、キミの体に潜伏させた。それから2年、キミの膨大な魔力を餌にここまで回復できたわけだが──気づかなかっただろう? 魔力が多すぎるのも考えものだ』
その言葉で、円花はようやく自分の中に居たナニカの正体に気がつく。
けれども時既に遅く、彼女の意識は、肉体の主導権は反転してしまう。
『私の目的のために、体を貸してもらう。ああ大丈夫。全部終わった時、きっとキミは、私の行動に助けられたのだと理解するはずだ」
しかし、返答は無い。完全に主導権を奪い取り、肉体を支配したことを確認した円花──
「さて、今は潜伏の時か。暫くは、情報を掻き集めるフェーズといったところだね」
暗闇に紛れるような、黒い衣服に黒い髪。
だが、その瞳だけが──ルビーのように深紅に染まっていた。
「……待っててよ、桐山与一クン」
その神格は、目的のために行動を起こす。全てはあの日に邂逅した人間と出会うために。
これは、人と神格の境界に立つ少女を利用した神と、魔術師に人生を壊された少年が、複雑に絡み合った因縁にけりを付けるまでの物語。
『完』
お気に入りと感想と高評価ください。
明暗丞久 (15〜18/♀)
・連盟組織に加入して早々に春夏秋冬円花と組まされるという貧乏くじを引かされた魔術師。
チクタクマンとの戦闘から2年後に円花が村民虐殺事件を引き起こし、減った戦力を補充するために桐山与一に目をつけた。
春夏秋冬円花 (15〜18/♀)
・膨大な魔力と魔術の知識、怪物と神格を幾らでも喚び出せる才能を持ってしまった少女。バケモノ扱いで恐れられながらも世のため人のためにと力を使うことを義務付けられることに辟易して意図的に他者を見下す態度を取るようになっていた。
村で初めて経験した他人に対する嫌悪感や恐怖心、強烈な怒りによって生まれて初めて明確な殺意を以て力を使い、村民二百名前後を虐殺し逃走した。
桐山与一 (17/♂)
・明暗丞久に目をつけられていたこの頃から、既に女運は壊滅している。