とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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とある探偵たちと無貌の神話事件簿 1/5

「と、まあ。これで大体話し終えたか」

 

 喉を潤すように、先輩はコーヒーを呷る。その場の全員が壮絶な回想に絶句するなか、先輩がこちらを見ながら続けて言う。

 

「しっかしまさか、あの時私ら…………円花8:私2でボコったチクタクマンが、与一がガキの頃に招来された個体だったとはな」

「俺もあのあと、無貌の神──ナイが何をしてたのか知らなかったから驚きですよ」

「それにしても……与一くん、とうとう神様に付け狙われるまでに至ってるんだね……」

 

 ほなみがポツリと零し、先輩が鼻で笑いながらあっけらかんと返す。

 

「与一は昆虫で言うところの樹液だからな」

「せめて虫で例えてくれません?」

「お前の『とりあえず相手のやることを全面的に許容する』って生き方は、めんどくせぇ女にとっちゃ劇物だって自覚しとけよ」

「えぇ……」

 

 面倒くさい女筆頭みたいな人に言われても……と思いつつ、回想を経て過去に何が起きたのかを知り、そのうえで質問する。

 

「先輩は、ナイ……に体を使われている円花さんを、どうしたいんですか?」

「あん?」

「生け捕りにして罪人として裁きたいのか、ナイごと殺すことにするのか。明日戦う前にこれだけは聞いておくべきでしょう」

「んー。あー、そうだな……」

 

 腕を組んだまま考え込むように天井を見上げると、先輩は呟くように言う。

 

「あいつはガキなんだよ。ワケがわからないまま核弾頭の発射スイッチを持ったまま生まれてきて、周りに恐れられて、力を正しいことに使うよう義務付けられてきた。──さぞかし怖かっただろうな、関わった子供が死んだと思ったら、自分が守るべきとしてきた筈の民間人がイカれた連中だったなんて」

 

 憐憫の顔で、先輩は円花さんのことを思い返している。それから決意を固めたように続けた。

 

「……あいつが消えてから、私はずっと、場合によっては殺すべきだと思っていた。でもまあ、乗っ取られて5年も人生を棒に振ったと考えれば、ある意味充分罰を受けたと言えなくもないだろ」

「つまり?」

「無貌の神だけを殺して、円花を救う」

「シンプルでわかりやすいですね」

 

 頭の包帯を外す先輩が力強く言い、方向性も定まった。しかしそれでも、問題はある。

 

「……えーっと、どうやって?」

「ん? ああ……そういやお前は知らないのか。手段ならあるぞ、ほら」

「えっ、うわっちょっ!?」

 

 おもむろに着ていたコートの裏に手を突っ込んだかと思えば、取り出した何かを無造作に投げる。

 布に巻かれた何かから伸びた柄を咄嗟に握り、布を外すと、それは装飾された西洋の短剣だった。

 

「──神格殺しの人造神器(アーティファクト)神削鉾(かみそぎのほこ)。それを体にぶっ刺せば、神格だけにダメージを与えて追い出せる」

「……あ、それ前にお前が使ったやつか?」

「そうそう。良く覚えてたな」

 

 太陽さんがそう言って、こちらの手元にあるナイフを見る。すると、一瞬首を傾げてから続けた。

 

「なんかそれ、確か使い切りなのに1本何百億とかするって言ってなかったか」

「なんて???」

「落としたら弁償な」

「いきなり過ぎない!?」

 

 急な罰ゲームが始まりそうになり、思わず両手で丁寧に持つ短剣──神削鉾を返す。

 ……もしこれを、イゴーロナクと契約した呪物(みやびさん)を取り込んだり蛇神様の加護を受けたこの体に刺したらどうなるんだろう、という好奇心を頭から追い出して、改めて先輩たちの方を見やる。

 

「予定は明日の夜、目標はナイを倒すこと。メンバーは俺と先輩で、太陽さんとほなみ、真冬と結月はこの事務所に待機だ。質問は?」

「あの、与一くん?」

「どうした、ほなみ」

「私たち、ここに泊まり?」

「そうなるな」

 

 おずおずと挙手するほなみに言うと、困惑気味に疑問符を浮かべていた。

 

「な、なんで……!?」

「単純な話だ、無貌の神──春夏秋冬円花が姿を現したからだな」

「……あの時の黒いお姉さんのことですよね? それはどういう意味なんですか?」

「さっき私はあいつのことを『核弾頭の発射スイッチを持ったまま生まれてきた』と例えたが、あながち間違いじゃねえ。あいつはな、ある意味で魔術師界隈における核抑止力みたいなもんなんだよ」

「要するに、春夏秋冬円花という名前と姿を知っている奴らにとって、この一件は『隠れておくべき派』と『便乗して暴れられる派』に分かれるわけね」

 

 真冬が言葉の真意を悟り、先輩はその返しに頷く。とどのつまり、この年末は()()()ということだ。

 

「……なんだか、すごい世界に身を置いてるんだね、与一くんも真冬ちゃんも。というか夏木先生までそっち側だったなんて……」

「まあ、東間もこっち側の人間になっちまったんだけどな。あと大学が吹っ飛んで無職になったし」

「────。あ!! そうじゃん!?」

 

 ほなみがそう言ってガタンと立ち上がる。我々の戦いに巻き込まれて大学が消し飛んだことを今になってようやく理解したのか、焦りと絶望の混ざった顔でどさりと力無く座り直して項垂れた。

 

…………これからどうしよう

「声ちっさ。……なあ丞久、東間だけじゃなく他の生徒も教員も困るんだが、どうにかならないか?」

「そうだな────」

 

 太陽さんも流石にほなみが哀れに思うのか、先輩にそう問いかける。

 先輩もまた悩むようにほなみと太陽さんを交互に見て、逡巡ののちに「あっ」と声を出す。

 

「4年前に太陽関連の誓約書を書いた時の内容を使って連盟組織を(おど)──交渉すればいけるな」

「今すごい物騒なワードが……」

「交! 渉! すれば、水角大学の建て直しを早められるかもな。ナイをぶっ倒して円花を連れ戻せばその功績も使えるし、これを拒否できる奴は居ない。春までにはどうにかしてやる」

 

 葉子さんのツッコミに誤魔化しを入れる先輩が、苦笑を浮かべながら言う。

 それから立ち上がって関節を鳴らすと、ちらりと時計を見てから続けた。

 

「そろそろ行くか」

「……? どこに?」

 

 眉を顰める真冬に、先輩が返す。

 

「私と与一と葉子は、念の為すぐ現場に移動できるように、他の仲間と合流して都内のビジネスホテルに泊まる予定なんだよ」

「ソフィアちゃんもですね、その仲間の人が手を空けるために荷物持ちを任せたいらしくて」

『…………がんばる』

 

 葉子さんの肩の上でぐっと両手を握ってフンと気合を入れているソフィア。

 ダメ……と言いたいところだけど、仲間こと秋山さんと小雪さんには守り抜くように頼んであるから大丈夫だろう。その辺は信じるしかない。

 

「先輩、またホテルのベッドの数とか間違えたりしないでくださいよ?」

「問題ねえ、ちゃんと調べたからな」

 

 本当かよ……という訝しむ目を向けながらも、先導して事務所の玄関に向かう先輩の背中を追う。

 葉子さんとソフィアを先に行かせて、殿に立ってから真冬たちの方に一度振り返る。

 

「事務所の中にあるものは好きに使っていいですからね、悩んだら真冬に聞いてください。それとほなみは大学を建て直せるまでは雇ってあげるから、あとで履歴書出してあげて。じゃあ行ってくる」

「ん。行ってらー」

「い、行ってらっしゃい。気を付けてね」

 

 ひらひらと手を振る真冬と、申し訳無さそうにしながらも笑みを浮かべるほなみに見送られて、事務所を出る。いよいよ決着だと思うと感慨深いものがあるなあと、そんなことを考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 ──三人が出ていったのち、いつの間にやら真冬の長い髪の裏に隠れていた結月が、もぞもぞと這い出てきて空中に浮かんだ。

 

『シリアスな空気終わった?』

「結月。なんか居ねえと思ったら隠れてたのか」

「……結月ちゃんって、本当に失踪したとかニュースになってたあの羽田結月ちゃんなんだよね?」

『ん? そだよ〜ん。さっき与一から人形化事件の話聞いたでしょ?』

「いやあ、こんなことが本当にあるんだなぁって、改めて思ってて」

 

 眼前にふよふよと浮かぶ結月が呑気に言うと、失踪の裏で起きた悍ましい魔術的事件の被害者の態度がこれなのか──という奇妙な感覚を覚える。

 

「気にしなくていいですよ。こいつが特別くっそ楽観的なだけだから」

『この体になってからご飯めっちゃ食べられるし、勉強しなくていいし、たのし〜よ?』

「教師の前で言うセリフじゃねえな」

「…………!」

 

 太陽の言葉に、真冬はふと思い至ったようにニヤリと口角を歪めた。

 

「おい結月、折角だから勉強会でもするか」

『ファッ!?』

「人形化して以来、お前全く勉強とかしてねえだろ。せめてあたしに合わせた学力は身に付けておくべきじゃないか? なあ、太陽さん」

『今!? このタイミングで!?』

「そうだな。嬢ちゃんの言うとおりだ、俺も暇だし、早速やるか。東間も準備しろ」

「えっ私も!?」

 

 結月に加え、どさくさで巻き込まれたほなみが驚愕する。果たして神と魔術師の戦いの裏で壮絶な勉強会が起きたのだが、それはまた別の話。




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