とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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とある探偵たちと無貌の神話事件簿 2/5

 ──31日、夜。

 

 決戦を前にして誰も居ない都内、車が1台も走っていない道路の真ん中で、先輩と葉子さんと一緒に秋山さんと小雪さんを待っていた。

 

「話に聞いていた時は半信半疑でしたが……本当に都市丸々一つを対象に【人払い】を使えるんですね、春夏秋冬円花さん──無貌の神は」

 

 葉子さんの言葉に、先輩は気だるげに返す。

 

「ああ。まあ都市のど真ん中から民間人が何百万人も居なくなることでの国への打撃に関しては組織内の警察側と軍側に丸投げしてるから問題ねえよ」

「問題しかないんですけど……?」

 

 ドン引きしている葉子さんだが、恐らく連盟組織の方も、相手が相手だから被魔術師の死人や怪我人が出ないだけマシとでも思っているのだろう。

 

「お待たせしました〜」

「全員集まってるか?」

 

 などと考えていると、傍らに停車した車から件の二人が降りてくる。

 相変わらず運転席の方から小雪さんが降りてくる絵面が凄いが、秋山さんもまた後部座席からボストンバッグを引っ張り出してきた。

 

「俺ら全員負け犬組か、楽しくなってきたな」

「私は戦ってすらいないのですが……」

「ここに集まってる以上は連帯責任だ」

「お、横暴……!」

 

 秋山さんはそう言いながら、小雪さんと一緒に葉子さんの方に近づいてバッグを置く。

 

「自分もちゃんとカウントしてる辺り、状況確認は的確なんだよな…………で、その中身は銃ですか」

「当然。楠木葉子も【召喚(コール)】で武器を出せるようにはなったが、それはそれとして手元に持っておけば魔力消費も抑えられる」

「はぇ〜。葉子さんも【召喚(コール)】を……何をマーキングしてあるんですか?」

「そうですね、弾を装填した拳銃やマガジン、装填済みの散弾銃なんかでしょうか」

 

 元警察官がしていい武装じゃないな……

 

「──んで、春夏秋冬円花だが……あいつはどこにいるんだ?」

「ここら一帯が【人払い】の範囲内である以上、必ずこの辺に居るはずだ。最悪の場合私が上からどこが【人払い】の中心点か探る────」

 

 秋山さんの問いに、先輩がそう言おうとして。その瞬間に離れた位置にある高層ビルの屋上から、天へと向けて光の線が放たれた。

 

「……あそこだな」

 

 先輩はナイのわかりやすいアピールになんとも言えない顔をして、ため息をついてそちらの方向に指を差しながら言う。

 ……あの光が『何』なのかはわからないが、肌で感じるほどに魔力が圧縮されていることだけはわかる。故にこそ不味いのだ。

 

「……ここからナイが手のひら返して『やっぱり世界を滅ぼす』とでも言えば、外なる神(アウターゴッド)が2〜3体喚び出せる規模ですよ。アレ」

「急ぐか。与一は私と、秋山と小雪と葉子とソフィアは別行動ってことでいいんだな」

「──だな。よしソフィア、頼むぞ」

『…………ん』

 

 こちらの言葉に先輩が頷いて返し、秋山さんはボストンバッグをソフィアの【浮遊】で浮かせてもらうと別れて行動する。

 暗い夜空を照らすまばゆい光の束が天に伸びる光景は、神々しいといえば神々しいのだけれども。

 

「これ、仮に【人払い】に抵抗できる人が居た場合、確実に見えてますよね」

「こんなもんが見えると言いふらした所で、大晦日にはしゃぎ過ぎて幻覚だとしか思われねえだろ」

「それはそう」

 

 

 

 

 

 

 

 ──ウイーンと音を立ててエレベーターが上がっていく。屋上に向かうつもりで乗り込んだそれは、20階はあるビルの半ばで止まった。

 

 開けられた先の部屋に入ると、その中で、キャスター付きの椅子に座って回っているナイが居た。

 

「──やあ、遅かったね」

「何遊んでんだお前は」

「暇だったんだもの」

 

 カラカラと笑うナイは、丞久先輩からこちらに視線を移して口角を歪める。

 

「さて、ラストバトルなわけだが……少しは歯応えがあることを祈るよ」

「ご期待に添えなかったら?」

「期待外れなら……屋上の魔力でテキトーに神格を招来して国を滅ぼす。なんてのもいいかもね」

 

 ピリ、と空気が変わる。ここまで来てそんなことをするか──とは思うが、ナイはおそらく、こちらがまた負けるようなら本当に()()だろう。

 

「それじゃあ、準備はいいかい?」

 

 ナイはそう言って、席から立ちながら三節棍を喚び出す。こちらも距離を空けながらも先輩と顔を見合わせて小さく頷いて口を開く。

 

「──【黄衣の王(ハスター)】」

「……【召喚(コール)】」

 

 先輩が黄色いレインコートを着ると同時に暴風が室内のデスクや椅子を壁際に飛ばし、こちらもまたナイと同じように三節棍を喚び出した。

 

 同時に【強化】で身体機能を補強しつつ、先輩の刀の範囲に入らないために横にズレ────三節棍の先端が眼前に伸びてくる。

 

「っ!?」

「ボサッとすんな!」

「バーン」

 

 抜刀しながら刀でその三節棍を弾く先輩は、ナイの片手の指先から放たれた【不可視】に吹き飛ばされる。ワンテンポの遅れ……いや、単純にナイが振りかぶる動きが早すぎただけか。

 

「切り替えなよ、今度こそ死んじゃうぞ」

「くっ、そっ」

 

 反射的に、全力で【禍理の手】を起動して幾つもの手を射出する。

 手とこちらの体を繋ぐ鎖のような物体がジャラララと音を立て、ナイは軽やかにステップを踏んで避け、当りそうなものだけを三節棍で弾く。

 

「藤森雅灯、キミも使()()()んだろう? 与一クンだけに使わせていたら本人が戦おうにも負担が大きい、何本か制御を代わってあげなさい」

【言われ、なく、ても……っ!】

 

 背後に姿を現した雅灯さんが、ナイに言われながら【禍理の手】の制御を幾つか代わってくれる。

 デスクを足場に跳躍したナイは、そのまま伸びた鎖を掴むとブンッとそれを振るい──鎖で繋がった体が浮いて天井に投げられ背中から叩きつけられた。

 

「おッ、ぐっ!?」

「へぇ、これ掴めるんだ」

「お前が、驚く、の……か」

【与一くん! ……!! 伏せたままで!】

 

 肺から空気が抜けるような感覚と鈍い痛み。雅灯さんが声を荒らげて言われるがままに屈んだ姿勢でいると、背後から頭上を通り過ぎて、硬そうなデスクがナイ目掛けて投げつけられる。

 

「おっと」

「【避けんじゃねぇeee」】

「出たな、シュブ=ニグラス」

 

 振り返った視線の先に居た先輩は、レインコートから戻って黒い魔力を纏っていた。

 枯れ木のように枝分かれした魔力が側頭部に角のように伸び、声には独特のエフェクトが掛かって非常に聞き取りづらい。

 

「明暗丞久、キミの嫌なところは、なまじ頑丈だから手加減が難しいところだよ……!」

「【……! やべeee!?」】

 

 さらりとデスクを避けてパン! と拍手するナイ。すると、その動きに合わせて室内に発生した2つの【不可視】が、先輩をサンドするように両側から迫り来る。シュブ=ニグラス由来の黒い魔力がパキパキと硬質化して【不可視】のサンドにつっかえ棒のようにぶつかり、こちらもそれを見て即座に駆け出す。

 

「ッシィ!」

「! ……やるね」

 

 三節棍で前から、そして【禍理の手】で両側からの3箇所を同時に攻め、ナイに接触。

 

「でも残念、【障壁】でした」

 

 ようやく一撃──と思った刹那、ガキィンと金属同士が接触したような感触と共にそう言われた。続けて脇腹と肩に刺さるはずだった【禍理の手】の鋭い指先は服の生地に僅かも刺さらず、更にはナイの片手がこちらの襟首に伸びてきて咄嗟に半歩下がる。

 

障壁(それ)は、ズルだろ……!」

「それこの間言われた。まあ安心しなよ、無尽蔵に魔力を注いで無限の防御! とかじゃないから」

 

 追熟するように伸びるナイの手がこちらの手を叩き、一瞬の緩みを突いて三節棍が奪われる。どうせ【召喚(コール)】で幾らでも予備を出せるからと取り返そうとはせずに更にバックステップすると、ナイはこちらの三節棍と自分の三節棍の先端同士を魔力で形作った糸で繋ぎ、1本の武器を作り上げた。

 

「じゃーん、六っ! 節っ! (こぉ)ん!」

「馬鹿の数字やめろ」

「さてはて、威力はどうかな?」

 

 そう言って、じゃらりと三節棍ならぬ六節棍を振りかぶる。……確かに、あの手の長物は先端に行くほど威力と速度が上がる────

 

「【伏せろooo!!」】

「だよな……ッ!!」

 

 水平に薙ぎ払われた六節棍の先端が空気を押し退けるような威圧感を放つために、背後から聞こえた先輩の声と同時に屈む。

 デスクを足場にしてダンッと跳躍して天井すれすれに跳ねた先輩と屈むこちらの背中の間を通り抜けた六節棍は、まるで紙切れかのように、轟音を奏でながらデスクも椅子も纏めて粉砕していった。

 

「【死ッ、ねッ!!」】

「っははは、じゃじゃ馬が……!」

 

 振り抜いた姿勢で防御も出来ないナイを押し潰すかの如く、上からハンマーのように拳を叩きつけた先輩。ズン!! と床に亀裂が走り、おそらくかなり【障壁】を削ったであろう一撃を耐えきったナイは、先輩が叩きつけてきた拳を腕ごと掴むと全力で振り回して窓の外へと放り投げる。

 

「【うおっ!? ちょっ、まっ」】

「ふんッ!」

 

 ガラスに背中をぶつけてなんとか留まった先輩は、続けざまに跳んできたナイのドロップキックでバリンと割れたガラスごと外に落ちていった。

 

「せ、先輩────!?」

「あれくらいじゃ死なないよ。さあ、まだまだ手札は尽きていないだろう? 見せておくれ」

「…………」

 

 そう言われて、咄嗟に左手で印を結──ぼうとして、それを理性で止める。

 今はまだ、やるべきじゃない。この()()()()()()は、こちらだけを注目している時にやったところで意味を成さないからだ。

 

 先輩が戻ってくるまでは、時間稼ぎに徹するべきか。口角を緩めて楽しそうに笑みを浮かべるナイを前にして、こちらの余裕は崩れてきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──ビヤーキーの背に掴まって空中に留まっていた丞久は、ビルを取り囲むように飛んでいる数匹の忌まわしき狩人を見上げる。

 

「【……速さだけじゃ、力だけじゃ足りねえ。もっと深く、私の中の力をooo────」】

 

 そう呟いて、丞久は一度【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】を解く。それから自分の方へと牙を向けて飛んでくる忌まわしき狩人を前に、今までで一度は思いつきながらも、危険さからやらなかった選択肢を選ぶ。

 

「【黄衣の王(ハスター)】、()()()……【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】」

 

 ──丞久は黄色いレインコートを纏い、さらにその上に黒い魔力を纏う。

 レインコートの表面を駆け巡る魔力が硬質化し、側頭部に角のように伸びる。

 

 彼女の左目にはハスターの風車のような模様とシュブ=ニグラスの影響で変化したヤギのような瞳孔が重なり、漢字の『大』を象形文字のように崩した不思議なマークが浮かび上がっていた。




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