とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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とある探偵たちと無貌の神話事件簿 3/5

 与一と丞久がナイと戦うビルの隣、秋山は同じような高さの別のビル内でソフィアと共に、拳銃を片手に階段を駆け上がる。

 屋上に繋がる扉を開け放つと、冷たい風がぶわりと巻き起こった。

 

「うぉおっ、さみぃ」

『…………さむい』

「ったく、空気の読めねえ敵性魔術師どもが……無駄弾使わせやがって」

 

 神との戦いの裏で人知れず起きた一幕。下で残りと戦っているであろう小雪と葉子に任せて、こうして先んじて上がってきたのだが、ともあれ秋山はソフィアが浮かせていたバッグを受け取り中身を広げる。

 

『…………それ、なに?』

「あん? バレット────って言っても分かんねえか、超強いライフルだ。それこそ、向こうのビルに届くくらいのやつだな」

『…………ナイを撃つの?』

「そういうことだ」

 

 パーツをカチャカチャと組み立てる秋山は、ソフィアが幼いからと言葉を選びながら返す。

 

「発射薬を過剰に詰めた一発限りの花火……あいつらが屋上に誘導さえしてくれれば、必ず、絶対にヤツの頭にぶち当ててやる」

 

 そう言いながら、ライフルの上部に装着したスコープの調節がてら対岸のビルを覗く秋山。

 ふと、その視界に捉えたのは、間違いなく丞久である筈ではあるのだが。

 

「……なんだありゃ」

 

 幽鬼のようにゆらりとビヤーキーの背に立つ丞久は、ビルの外周を旋回していた忌まわしき狩人の突進に合わせて拳を握り────

 

「!! ──ソフィア伏せろ!」

『…………!?』

 

 咄嗟にライフルを屋上の(へり)から離し、片手でソフィアを鷲掴みにして陰に隠れるように伏せる。

 その直後、ドバン!!! という空気の塊が大爆発したような音と共に、こちら側にまで届いた衝撃がビルをグラリと揺らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──先輩が外に放り出されて少し。三節棍の打ち合いに、先にこちらの得物が砕けて無手となる。

 

「っ──【禍理の手】!」

「……! なるほどね」

 

 背中から伸ばした2本の【禍理の手】を、腕に螺旋を描くようにぐるぐると巻きつけ、手の甲に手のひらを重ねるようにしてくっつける。

 

 ブンと振るわれる三節棍に籠手として纏った【禍理の手】をぶつけ、ギャリリッと音を奏でて棍に込められている魔力と【禍理の手】の魔力が衝突して火花が散る。とにかく先輩が戻ってくるまでの時間稼ぎを──と考えていた、その刹那。

 

「っ!?」

「……嘘だろう」

 

 不意に、ドバン!!! という破裂音。それに伴いグラリとビルが揺れ、ナイが数歩後退りして窓の外に意識を向けていた。

 

「なんだ、何が起きた」

「……外に配置していた忌まわしき狩人が、死んだ。明暗丞久か? いや、それにしたってパワーがおかしい……シュブ=ニグラスだけでここまでの力は」

 

 と言った数拍ののち、別の窓を粉砕して人影が転がり込んでくる。

 すくっと起き上がったそれは、良く見れば丞久先輩その人であった。

 

 ──が。

 

「……………………」

「あの、せ、先輩?」

「不味い、与一クン避け────

 

 ぞわり、と背筋に怖気が走る。

 

 咄嗟に天井に伸ばして突き刺した【禍理の手】を巻き取る形で上に跳んだ直後、近くに居たナイが、魔力の濁流に呑み込まれた。

 

 眼下でパキパキと硬質化する黒い魔力。それは間違いなく、先輩のシュブ=ニグラスのモノであったが──彼女の体には、【黄衣の王(ハスター)】を起動した証拠である黄色いレインコートも纏わりついている。

 

「っ……与一クン、予定変更だ、逃げろ」

「は!?」

「明暗丞久は暴走状態だ、私に対抗するためとか考えたか、身に余る手段に手を出したな……」

 

 硬質化した魔力に呑み込まれたナイが、それを砕いて這い出てくる。

 

「無茶するなこの人も…………ぉお!?」

 

 同じく固まった魔力の上に着地すると、まるでそれを合図としたかのように、先輩が黒い魔力と暴風を纏って今度はこちらに狙いを定めた。

 

 反射的に【禍理の手】を束ねて壁を作り、それを真正面から殴り砕く先輩の動きに合わせて、こちらも三節棍を【召喚(コール)】で喚び出して振りかぶり──直撃コースに振り抜いた先端を()()

 

【強化】も相まって、その瞬間がスローに映る。先ず、三節棍の先端が頭にクリーンヒットし、先輩は()()()()()()()拳を引く。カウンターですらない、ただただ防御を思考から排した動きはこちらの想定には無く、その選択肢を前に頭が固まる。

 

 なんとか動きをねじ込み、振り抜いた先端を掴んで、3本繋がるうちの真ん中を盾にして拳を逸らすも────棒を伝った衝撃が手を、腕を、肩を貫く。

 

「づっ、ぉ」

「与一クン、無茶するな、はこちらのセリフだ。逃げろと言っただろう」

 

 棍ごと体を砕かれる。そう直感したのもつかの間、横合いから伸びる手が先輩の頭を鷲掴みにして、超至近距離からの避けられない【不可視】を叩き込む。

 

 ボンッと衝撃が破裂して、先輩の体はスーパーボールを全力で投げたかのように室内を跳ねていく。

 

「……屋上に行ってくれ、私の方で彼女を正気に戻しながら上に追いつくから」

「いいのか?」

「────。はっ、『いいのか?』って。馬鹿だなあ、敵が勝手に味方のケアついでに疲れてくれるんだから、もう少し有難がらないと駄目だろう」

「なんでかな、あんたが敵に見えないもんでね」

 

 こちらの言葉に、ナイは一瞬ポカンとする。けれどもすぐに、どこか愛おしむような表情をした。

 

「……キミはそういう人だったね」

「ん?」

「さっさと行けったら」

「……すまん、頼むぞ」

 

 この場はひとまず、ナイに任せる。先輩が入ってきた窓から外に出ると、そこには先輩の完全顕現で喚び出されたのだろうビヤーキーが待機していた。

 

「すまん、屋上まで行ってくれ!」

 

 そう提案すると、ビヤーキーは逡巡ののちに羽ばたいて上昇していく。

 一分と経たずに到着して着地すると、光の束が上空に伸びる光景を間近で見ることとなり少しばかり眩しいのだが。その光の発生源は、長方形の板だった。

 

「これは……モノリスってやつか? それを模した……魔力のバッテリーってところか」

 

 そう呟くと、下から屋上の方へと、ズドン! ドバン! と衝撃や破裂音が断続的に聞こえてくる。まさかとは思うけれども、ナイは先輩の相手をしながら上がってきているのだろうか。

 

「……時間がないな、二人が来る前にこれを破壊……出来るのか? 雅灯さん、行けます?」

【いやぁ〜どうでしょうねこれ、見るからに硬そうですしぃ】

「んまぁまあ、やってみるしかないですよ。裏から挟むように、同時に殴りましょう」

 

 影からにゅっと出てきた雅灯さんが、同じく影から展開した【禍理の手】を経由してモノリスの裏に回る。こちらがさっきのように拳に【禍理の手】を重ねて籠手として扱い、【強化】も重ねて振りかぶる。

 

「……一応聞いておくけど、ビヤーキーもやってくれたりしない?」

【あの、首傾げてますよ】

「駄目かぁ。仕方ない二人でやりますよ、いっせーのーせっ……!!」

 

 何言ってんだこいつ、とばかりに首を傾げるビヤーキーを横目に、雅灯さんが射出する【禍理の手】とこちらの殴打がほぼ同時に突き刺さる。

 金属だったのか、ガゴォンと鈍い音が響き、モノリスは僅かにヘコむ。

 

「うん、壊せるな。雅灯さん、続けますよ」

【了解しましたぁ〜っとぉ!!】

 

 腕を引き、拳を叩きつける。それを数回繰り返し、やがて入った亀裂が広がり──ピシピシと音が耳に届く。次でラストにする勢いで思い切り振りかぶった拳と、それに合わせて射出される【禍理の手】が、最後には全く同時にモノリスへとぶつかる。

 

「……ふぃ〜、これで万が一は無いかな」

【やりましたね。……あれ、あの、与一くん? なんか足元から音が──】

 

 ベキッと音を立ててひしゃげて折れたモノリスに連動してか、光の束はふっと消える。

 一瞬の安堵もさせてもらえず、聞こえてきた破壊音が大きくなり、やがて屋上の床が下から盛り上がるように砕けて瓦礫が辺りに散らばった。

 

「──ぃいよっこいしょ」

 

 タンっと軽やかに着地するナイと、穴を挟んで反対側にべちゃりと落ちる先輩。

【禍理の手】で体を浮かせて穴を越えて先輩に近づくと、見た目は変わらずともその雰囲気からは理性を感じる程度に落ち着いている。

 

「生きてますか?」

「…………う、ぐ、ぎっ」

 

 気だるげにゆったりと起き上がる先輩は、理性的な目でこちらを見やる。

 頭を軽く揺らして調子を整える先輩を余所にナイを一瞥すると、彼女は折れたモノリスを横目にすっとぼけるようにして口を開く。

 

「おやおや、外なる神を喚び出すための依代が壊されてしまったな。これでは、やはり肉体言語で決着をつけるしかないらしい」

「とぼけちゃって。……まあどちらにせよ、これでファイナルラウンドかな」

「──ったく、私らを助けたいんだが倒したいんだがどっちかにしろよ」

 

 呆れ気味に言う先輩に、ナイはにっこりとした笑顔で返す。いよいよ、次で最後。そう確信せざるを得ない空気のなか、勝ちを手繰り寄せるための選択を頭の中で浮かべ、それからふとこちらの肩を借りて立ち上がる先輩が背中越しに何かを差し出してくる。

 

「……お前が刺せ」

「──わかりました」

 

 

 

 それは、先輩が用意した神格殺しの人造神器。西洋の短剣──神削鉾だった。




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