とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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新生歩 3/5

「昨日逃げて今日捕まって助けられて噴水に沈められて空を跳んで帰ってきたわけですけど」

「これもうただの旅行じゃないか?」

 

 自動ドアをくぐって院内に入ると、クーラーの効いた空間に汗が引っ込む。

 電車で叩きのめした警備員の男から拝借したカードキーを懐から取り出して、念のためにと取り出した帽子を少女に被せておく。

 

「監視カメラ対策」

「うわぷ、これいまどこから」

「種無し手品~。さて、と」

 

 周囲を見渡して、丞久はすれ違い様に看護婦や患者に挨拶をしている警備員の男を見る。

 その男が壁の間にある細い廊下の奥へ消えて行くのを見て、静かに口角を歪めた

 

 

 

「すんません」

「……なんだ?」

 

 周りに誰もいないことを確認しながら声をかけた丞久に振り返り、男は怪しむように彼女と後ろの少女を見る。そして、丞久はおもむろに手のひらのカードキーをマジシャンのような動きで指に挟んで、男にも見えるようにした。

 

「落としましたよ」

「────」

 

 そう言われて、男は半ば反射的に懐のパスケースに手を伸ばす。自分の手元にあるパスケースにきちんとカードキーが収まっているのを確認するのと、丞久が拳を振りかぶるのは同時。

 

「ふんッ」

「が──!?」

 

 高速で放たれた両手で二発ずつ──計四発の拳が男を壁に叩きつける。力なく項垂れる男を近くの用具入れに放り込む光景を、少女はドン引きしながら眺めていた。

 

「……ムゴい」

「よく見ろ、刺激の強い催涙スプレーにスタンガンに小型ナイフ。日本の警備員が持ってたらぶっちぎりで違法な装備ばっかりだ」

「じゃあその竹刀袋はなんなんですか」

 

 警備員のホルスターを外して中から出てきた装備をゴミ箱に捨てている丞久の背中に収まる竹刀袋を見て、少女は呆れたように言う。

 ああ、と言いながら中から当然のように本物の刀を取り出すと、丞久はコートを開けて、特注ホルスターを腰に巻いてベルトを締め、刀の鞘を吊るしながらあっけらかんと言葉を返した。

 

「法律違反が怖くて探偵なんかやれるかよ」

「人の事言えないじゃないですか!!」

 

 竹刀袋をその辺に置くと、少女のツッコミを尻目に壁に手を這わせる。すると、手のひらで押した部分がへこみ、その部分がスライドして壁の中からカードリーダーが出てきた。

 

「お、なんか出てきた」

「うわあ……」

「警備員の装備といい、ずいぶんと厳重だな。ただの病院にしちゃあ」

「──あ、この廊下来たことある、かも」

「じゃあアタリってことか」

 

 文字通りに思い出したような顔で、隠すようにして人目につかない細い廊下を見回す少女。それから丞久が壁のリーダーにカードキーを挿し込むと、壁が開いてエレベーターが姿を現す。

 

 乗り込んだエレベーターには、開閉と1FとB1、緊急時の連絡だけという簡素な配置のボタンが置かれており、丞久は躊躇いなくB1を押した。一瞬の停滞を挟んでガコンと下に降りていくエレベーターの中で、緊張している少女に問いかける。

 

「この先には間違いなく、お前の『どうして』の答えがある。でもそれがお前にとって良いことかどうかはわからない。覚悟決めろよ?」

「そ、そういうことを言われると……やめたくなるんですけど……」

「だからさっさとボタンを押したんだろうが。土壇場で日和られても困るし」

「ものすごいナチュラルに畜生なのはどうかと思いますよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ──地下は近代的で、白を基調とした研究室のような空間になっていた。

 蜂の巣に石を投げつけ地面に叩き落とした状況もかくやと言わんばかりにわらわらと奥からやってくる研究員や警備員、怪物(ミ=ゴ)たちを刀一本で斬り伏せる丞久の暴れっぷりを眺める少女は、一通り終わって鞘に刀を納める動きに合わせて物陰から顔を出す。

 

「なんだか……凄い、ズルをしてる気分になりますね。これ絶対何かを間違えてますよ」

「まあ確かに。たぶん本来なら、外でこの病院のことを調べたり聞き込みをするべきだったんだろうけどな。でもこの仕事続けてると、ある真理に気づいちゃうんだよ」

「はい?」

 

 一応は気絶に留めてある警備員らを跨いで歩く丞久は、後ろをついてくる少女に、身も蓋もない現状の行動を言葉にする。

 

「──真っ直ぐ怪しいところに突っ込んで奥まで調べれば解決するじゃん、ってな」

「証拠集めをしない推理ゲーム、みたいなことになってません?」

「与一……後輩とかはもっと地味ぃ~~に調べ回ってからこういうところに突入するんだけどな。私は、ほら、強すぎるから」

「見てれば分かりますよ……」

 

 今まさに曲がり角から不意打ちをしてきた警備員を片手間で投げて扉を粉砕する光景を見て、果たして誰がその強さを疑うのだろうか。

 

「……お、ラッキー」

「えっなんですか?」

「資料室発見。ここで何やってんのかがわかれば、解決の方向性も変わるぞ」

「どう破壊するかの方向性が?」

「お前結構言うよな」

 

 ──解決だっつってんだろ。と続けつつ、室内のファイルキャビネットを雑に開け放って中を漁る丞久は、渋い表情のまま次々と読む。

 

「何が書いてあるんです?」

「ミ=ゴの技術を利用してどうたらこうたら……よくある奴だな」

「みご?」

「さっきも居ただろ、羽の生えた甲殻類みたいな変なやつ。あいつら、ああ見えてかなり技術力が高い種族でな、この病院もミ=ゴの技術を利用してるんだろうよ」

 

 そう言いながらファイルを捲る丞久だったが、その内の一つを読んでその手を止める。

 

「…………」

「丞久さん?」

「……これは、恐らく本人の口から語らせた方がいいやつだな」

「本人、って」

「院長に決まってるじゃん」

 

 丞久は壁の隅を指差して、少女はそれを追う。そこには監視カメラが取り付けられており、顔を上げた少女の顔がばっちりと映った。

 

「名前は……小鳥遊(たかなし)院長、ね」

「小鳥遊……どこかで聞いたような」

「そりゃ小鳥遊センセの病院から逃げてきたんだから聞き覚えはあるだろ」

 

 別の資料に載っている名前を確認してから資料室を出て、さらに先を行く二人。味気ない廊下を歩く途中、左右に分かれた道を前に立ち止まると、壁の地図で現在位置を確かめる。

 

「どっちから行っても最奥の部屋にはたどり着ける……が、つまりどっちから行っても挟み撃ちにされる、ってことなんだよな」

「ど、どうするんですか」

「案その1、両方ぶっ飛ばして進む。前後を警戒するのがダルい。案その2、片方を別の奴に任せる。こっちのが楽だけど……まあ、うん」

 

 口ごもる丞久に、少女は問う。

 

「別の奴??」

「見てみる?」

「…………好奇心的には、ちょっと」

「うーん、ミ=ゴを見ても平気なんだから大丈夫か。うっかり腰抜かすなよ」

 

 ガリガリと頭を掻いて、それから左手の指を全て伸ばして手刀を作ると、丞久は薬指と親指だけを曲げて、曲げた指の爪同士がくっつくように合わせる特殊な『印』を結び────

 

 

「【完全顕現:ムーンビースト】」

 

 

 ──そう唱えて、左手の伸ばした方の指先を廊下に向ける。すると虚空に黒い渦が生まれ、穴を形作り、その穴の向こうからずるりと『なにか』が顔であろう部分を覗かせる。

 

 縁に手を掛け、体を廊下に全て出し、背後の黒い穴は消える。中から出てきたのは、本来であれば生物として頭があったのだろう位置にイソギンチャクのような触手が生えた、身の丈ほどもある白い皮膚の巨大なカエルの怪物だった。

 

「こちら、ドリームランド在住のムーンビーストこと1号くんだ。無貌の神っていうヤバいのに仕えてる種族なんだけど、色々あってこの個体は私に鞍替えしてる」

「──気持ち悪ッッッ!!?」

「なんてこと言うんだお前」

【…………】

 

 触手(かお)をウネウネさせているムーンビースト──1号は、少女の罵倒にどことなくシュンとしたような雰囲気を出す。

 

「ほら見ろ、1号が傷ついてる」

「えっあっごめんなさい……?」

「まったく……というかお前、やっぱりメンタルが異様に固いな。大抵の一般人はこいつを見ただけで頭がちょっとアレになるんだが」

「頭がちょっとアレ!? そんなものを呼び出すってどうかしてますよ!?」

「好奇心に負けた奴が良く言うわ」

 

 命令待ちの1号がぼんやりと二人のやり取りを眺め、それから少女が自分の背中に隠れるのを見た丞久が呆れながら指示を出した。

 

「1号は反対の廊下から最奥を目指せ。ミ=ゴは殺していいけど人間は殺すな、拷問もダメ。手足引き千切るのも当然ナシだ」

【…………。…………!?!?】

「怪物も二度見ってするんですね」

 

 丞久の言葉にいざ行動しようとした1号だったが、その内容に驚き振り返る。触手であるにも関わらず、なんとなくだがガッカリしていることだけは少女でもわかった。

 

「早く行け」

【…………】

「ところで拷問って」

「あいつら種族単位で拷問好きなんだよ。1号は私が呼び出したから私の指示には絶対従うけど、敵側に召喚されるとまあまあ厄介だな」

 

 どことなく哀愁を感じる1号の背中を見送りながらそう言った丞久に、少女はふとした疑問に思い至り、引き気味に質問を続ける。

 

「……『1号』ってことは、あの気持ち悪いカエルが他にもまだ居るんですよね?」

「居るぞ」

「ウーン……」

「まあ居るのは1号と2号だけなんだが……2号の方はあんまり呼びたくないんだよな」

 

 1号が向かった方向とは反対の廊下を歩き、腰の鞘から刀を抜き放ちながら言う丞久。

 

「ここまで来たらもう聞くしかないんですけど、何が問題なんですか?」

「2号はな……種族単位で拷問好きなはずなのに、なぜかマゾヒズムを拗らせすぎてて殴るより殴られる方が好きなんだよ、あいつ」

「『気持ち悪い』の方向性にバリエーションを持たせるのやめてくれません……?」

 

 1号が行った方の廊下から聞こえてくる悲鳴を耳にして、少女はげんなりとするのだった。




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