──膨大な魔力による魔術の質量攻撃。
神格の完全顕現を行わない場合における、
果たして
「ぬぅおおおっ!?」
「落ちんなよ、与一!」
確りとした足場から、戦場が上空に伸びる触手と植物の束へと移る。そんな二人を見上げて、ナイはにやりと笑みを浮かべて言う
「さあ、行くぞー」
背後に展開した【門】に背中から倒れるように入ったナイが、二人の頭上に繋げた出口から落ちてくると、自由落下しながらその手に握る三節棍を振り下ろすが────それを防いだのは黒い魔力だった。
視覚化され、体外に溢れ硬質化する特殊な黒い魔力。その持ち主である丞久の背中からずるりと伸びたその先端は、羊の
「っ──」
「【
宙に浮いたままのナイをさらに上空へと弾き飛ばし、追撃にさらに2本もの先端が蹄を象る魔力の帯を射出する。それは明らかに、与一の【禍理の手】を参考にしている動きであった。
「すっごいナチュラルにパクりましたね」
「人間の技術は何事も真似から始まるんだよ」
「それはそう」
蹄に三節棍を叩きつけることで反作用めいた勢いで空中で身を捩るナイは、サッと左手で印を結ぶと続けて静かに言葉を紡ぐ。
「【部分顕現:イタクァ】」
その言葉を口にした、刹那。ボッと空気を破裂させる音と共に、月明かりをバックにしていたナイの姿が瞬きのうちに掻き消える。
同じ系統の力────四大元素の内の【風】を司るモノを宿す丞久だからこそ、言葉を聞き取れなかったとしても何をしたのかを察していた。
「ちっ、避け
けれどもその速さは、不意を打つのに充分であり、丞久と与一は暴風とともに放たれた蹴りで屋上から放り出されそうになる。
「与一!」
丞久は咄嗟に与一の襟を掴んで、屋上に留めるように投げる。
与一もまた、丞久ならば死にはしないし戻ってくるだろうと逡巡して、触手の足場に着地したナイの方へと飛びながら【禍理の手】を展開。
何本も伸びる手から逃げるように横へと駆け出し、一瞬遅れて、【禍理の手】はナイが居たところへと次々と突き刺さった。
この状況で神削鉾を当てることは不可能であるという無慈悲な事実をベースに、与一の思考には
「……さて、どうするか」
しかし、見つからない。ナイはこの状況で、きちんと丞久と与一を同時に意識内に留めている。
ぶよぶよとしながらも、いまいち深くは刺さらない触手に突き刺さった【禍理の手】の鎖を巻き取る動き滑らかに着地した与一は、放たれている威圧的な魔力を感じて顔を顰めつつもナイに向き合う。
「……なあ、ナイ」
「なにかな?」
「お前は、俺たちの全てを把握しているのか」
「いや? ……私はあくまでも人の体を使っているわけだからね、人間が右を見ながら左を見ることが出来ないように、誰かを監視している時は別の誰かを同時に監視することは出来ないよ」
ナイからの返答を聞いて、なるほどと合点がいく。もし仮に自分たち全員の全てを事細かに把握しているのならば、
──そもそも、彼女にこちら側の人間を殺そうという発想が無いことも、与一は察しているのだが。
「お前は俺たちと戦いながら、明らかに手加減しているが、結局俺たちに勝ってほしいのか?」
「……うーん、そうだなあ。どちらかと言うと……ちゃんとしてるところを見たい、のかな」
「はぁ?」
「私の目的は一つだけ、とは言ったけれどね────その過程で幾つも見えている問題を無視するのもそれはそれでモヤモヤするだろう?」
何を言っているんだ、何がしたいんだ。そういった疑問が与一の脳裏を支配する。
だが、湧いて出た疑問を追いやるように、ナイへと突進する巨体が視界に飛び込んできて意識がそちらに向かう。それは、自身も背中に乗ったことのある怪物──ビヤーキーであった。
「呑気にお喋りしてんじゃねえよボケェ……!」
「キミが来るのが遅いからだろう。もっとキビキビ動きたまえ」
「なんで帰ってくるまでの時間稼ぎをしていた、とは思えないかなぁ……!」
その背に掴まっていた、黄色と黒の混ざった人影、すなわち【
当然のように鋭い鉤爪を片手で押さえ込むナイの煽りを聞きながらビヤーキーの背中から飛び降りる丞久は、背後に回り込んでから拳を振り抜き、モーションに合わせて放たれた黒い魔力を射出する。
反射的にビヤーキーを盾にするが、それでも消しきれない勢い。そこに更に追撃を加えるように【禍理の手】が叩きつけられ、彼女の体は触手から落ちるようにして空中へと投げ出された。
「はっはっは、さて、お次はどうする? このまま似たような戦法の繰り返しで千日手か? ……そろそろ変化を、見せてくれ──ッ!」
空中に居ながら、ナイはブンと両手を指揮者のように振るう。すると、足場として機能していた触手と、植物が脈動するように跳ね────それから更に急成長するように屋上を埋め尽くす。
高熱に魘されている者が見る悪夢かのような光景。乗っていた二人をバシッと跳ね上げ、遥か上空に打ち上げられた丞久と与一は、しゅるりと伸びる触手と植物をサーフィンするように滑り降りていく。
一足先に着地してから、改めて別のフィールドにでもしてやろうかと思案していたナイは、それでもなお、きちんと二人を視界と意識に留めている。
その場にいる二人を。────二人、
ラストバトルとし、故にこそ、ナイは二人との戦いだけに注視していた。
この場に居るのは自分を含む三人だけ、というほんの僅かな油断から生じた先入観。
既に一度負かしている相手を視界の外に追いやってしまった、ほんの僅かな慢心。
たった2つの
「────────がッ!?」
ドガァン!!! という轟音。その凄まじい威力が、側頭部に突然生える。
遅れて別の破裂音が奏でられ、そこでようやく、ナイは狙撃された事に気がつく。
「っ、ぐ、秋山……か!?」
一発の弾丸。されどそれは、大口径ライフルに合わせて作られた、特注の徹甲弾。
発射薬を過剰に詰めた、一発限りの弾丸は、ナイの意識を逸らし、【障壁】を破壊して────明確な隙を作り出している。
無意識に狙撃してきたであろう方向に目を向けると、驚異的な視力はその姿を捉える。
半ばからひしゃげたライフルを担ぐ秋山が、パクパクと口を動かす。
「──借りは返すって言っただろ」
確かに、そう言っているのだと、本能で理解させられる。それからナイは、ハッとして顔を上げた。
少しとはいえ、意識を逸らしてしまった。改めて二人の姿を確かめようとして、そこで気づく。
丞久の姿はある。だというのに、与一の姿だけが見当たらない。
矛盾に矛盾を重ねられた奇妙な感覚に、さしものナイでも否応なしに困惑させられる。
居るのに居ない、分かるのに分からない。気配が辿れないのに、どこに居るかが分かる。
脳に叩きつけられる2つの感覚が状況判断を鈍らせ、その結果────
「…………っ、が、ぁ?」
一拍遅れて、背中に鋭い痛みが生まれる。首だけを動かして後ろを見たナイの視界に収まるのは、短剣を背中に突き刺している、与一の姿だった。
「全てを把握しているわけじゃない。それを聞いて安心したよ、知らないだろう? 俺があのループの中で、ヨグ=ソトースの力に干渉して……その力を理解していたことがあっただなんて」
右手で短剣を握り、左手で印を結ぶ与一の口が、部分顕現と呟いたその言葉を拾う。
「……時間操作と空間操作の併用で、俺はほんの少しの間だけ、
そう言う与一が、ゴホッと咳き込む。遅れてその涙腺から、耳から、鼻から、口から。顔のあらゆる穴という穴から鮮血を垂らす。その姿は、まさに命を削っていると形容するしかないのだった。
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