顔が赤く濡れている。それは、魔力を絞り出し、なおも足りずに命を差し出した対価だった。
いや、もう、本当に、二度と使いたくない力だ。居るけど居ない──という状況を常に50:50で保たないといけないのはキツいなんてレベルじゃない。
下手したら
ともあれ、ナイの背中から
すると、役目を終えたかのように刀身が折れ、柄もろともボロボロに崩れて消えてしまう。
それからグラリと倒れそうになったナイを思わず支えると、彼女はこちらに言った。
「……ちょっと、座らせてくれるかい」
「ああ、ほら。気をつけろ」
「……明暗丞久、キミも来なさい」
ナイが解除したのか、屋上を埋め尽くしていた夥しい数の触手と植物が消える。
足元に吹かした暴風で勢いを削ぎながら着地した先輩は、瓦礫を椅子にしているナイに手招きされて、【
おもむろにその辺の瓦礫を引きずってきてナイの隣にストンと腰掛ける先輩に倣って、ナイを挟むようにして反対に座る。
「夜の駅前のくたびれたサラリーマンみてえな並びになっちまったな」
「それは……少し思ったけれども」
「アホなこと言ってないで、私の話を聞いてもらえないかなぁ」
寒空の下で白い息を吐くナイは、呆れたような声色で続けた。
「…………。この世界に現れてすぐ、幼い頃の与一クンを見て、私は言葉に出来ない不可思議な感情を得た。今ならそれが愛だと判断できるけれど、当時は本当にこの感情は奇妙だったんだよ」
「お前マジでヤバい女にしかモテねえんだな」
「んん〜〜〜ノーコメントで」
今そういう話をする余裕はない。顔を拭ってはいるが、痛みと魔力切れと命が削れた疲労が重なっているんだぞ、気を抜いたら確実に倒れる。
「キミに会うために、人の姿を得ようとして……依代を探していたら春夏秋冬円花を見つけた。でもそこで、私はこの子の危険性を知ってしまった」
「まあ、こいつ歩く核弾頭みてぇなもんだし」
「……春夏秋冬円花は、幾らでも魔術が使える。幾らでも神格を喚び出せる。こうは思わないかい?
ナイの言葉に、確信を覚える。
「まさか……俺と出会った後に円花さんを狙っていたのは、他の神格に乗っ取られないようにするためだったのか?」
「……ま、都合よくオブラートに包むならそうとも言えるかもね」
「俺と会うために依代を探していたら、円花さんが適性だったけど、他の神格と椅子取りゲームすることになった……ってことか」
なるほど、と合点がいく。それこそ今更だが、疑問は幾らでもあったのだ。
例えば────なぜ、春夏秋冬円花という連盟組織に指名手配されている危険人物の体をいつまでも使っていたのか、だとか。
「……結局、本当に世界を滅ぼすつもりだとか俺たちを殺すつもりだとかは欠片も無かったわけか」
「あのねえ、私もわりとハッキリ言った覚えがあるのだけど?」
「信用できるわけないじゃん……」
「んまぁ、まあ、まあ。そうだね……」
ははは、と乾いた笑い声を出すナイ。ここまでやってきて……なんというか、肩透かし……いや、こちらが身構えすぎただけか。
「大変だったよ。ただ与一クンに会いたいだけだったのに、円花のケアにキミらの弱点の指摘、この体でなるべく罪は犯さないようにと逃げ回り…………敵性魔術師に襲われての正当防衛以外で殺人なんかしちゃいない私の苦労はキミたちにはわかるまい」
「お、お疲れ様……」
「お前、円花に体を返すつもり────はっ、こうして負けることも想定内だったんだな」
鼻で笑う先輩は、呆れと感嘆の混じった表情をナイに向ける。いや本当に、ここまでが計画の内ならば、とことんしてやられたと言う他ない。
「なあ、与一クン」
「……なんだ?」
「この子を、円花を頼めるかい」
「円花さんを……?」
「私は暫く眠る。もしかしたら、もう二度と表には出てこられないかもしれない。そうでなくと、円花が私に主導権を渡すとは思えない。……琴巳クンと蛇神のような関係性は稀有なんだ」
ちら、と背中を見やる。その傷は既に塞がり完治しているが、良く見れば、ナイの魔力であろうエネルギーが宙に漏れ出て消えていた。
「子供なんだ、
「……わかってる。俺も先輩も、円花さんを裁くつもりは無いよ。……これはこれで、アレな発言だとは分かってるけどさ」
──極端な話だが、春夏秋冬円花という人間を裁くつもりは無い。なぜなら彼女に何かされたわけではなく、境遇を考えれば同情すらあるからだ。
そもそも、葉子さんや雅灯さんの復讐による殺しを許容した時点で、円花さんだけを裁こうというのは一貫性が無い。……この生き方を、自分で選んでしまったのだ。だから、裁かない。
「まあでも、許す許さないは俺の居ない所での問題だからね。……その辺はどうするんです?」
「んー、おう、考えならある。任せとけ」
少し考える素振りを見せてから、先輩は口角を上げてにやりと笑みを浮かべる。
それに返すように小さく笑うナイは、紅い瞳で前を見据えながら口を開く。
「……ふふ、そうかい。なら……うん、そろそろ、眠りにつくとしようかな」
「ナイ、また会えるか?」
「……上手いこと、手段を考えるよ。誰も犠牲にしない、ベストな方法を」
「わかった。じゃあ、またな」
こちらの言葉に、ナイは頷く。そのままガクンと頭を下げ────上げた時には、その体が纏う雰囲気ががらりと変化していた。
「…………。背中
「あ、すいません。さっきぶっ刺したので」
「チッ、下等生物が……」
「たったの一言で神格にすら社交性で劣ってると分かるの、物悲しいモノがあるんですけど……」
先輩の回想の時点で分かっていたけど、この人ホントに口悪いな……!!
「よぉ円花。5年も人生を棒に振った挙げ句、依代としていいように使われてた気分はどうだ?」
「はっ、最悪に決まってるだろ。ボクの体を狙ったのはボクのためでもあって、危険性を煽るためにあんな事をした? ふざけるなよ」
先輩の問いに苛立たしげにそう吐き捨てる円花さん。けれども、思うところはあるのか、考え込むように項垂れると、ふいにこちらを見やる。
その瞳は左目だけが深紅に染まり、右目は元来の黒目に戻っていた。
「こいつが、アレの好きなやつ? こいつが……ねぇ。……お前、名前は?」
「マジで覚えられないんですね。与一です、桐山与一。覚えといてください」
「んー、んー。たぶん次会ったらまた名前聞くことになると思うから期待しないで」
「あ、はい」
一応、覚えようとする努力はしているのか。次会った時に覚えられていることを期待しつつ、示し合わせたようにほぼ同時に三人で立ち上がる。
「二人は、これからどうします?」
「お前んとこの事務所で年越しパーティ、と行きたいところだけど、
「……出来るんですかね、そんなこと」
「いいか、与一。良く考えろよ」
先輩はそう言うと、親指でピッと円花さんを指しながら言葉を続けた。
「こいつが村でやったことは、連盟組織が人々の記憶から消した。
「せ、セコい……!」
「んまぁ私としても、無罪放免にさせるつもりはねぇよ。ほら、イイーキルスが復活するっつったろ? あの件でタダ働きさせりゃあいい」
「は?」
妙案かのように言う先輩に、円花さんは眉間にシワを寄せながら短く返す。
大変だなあ、と脳裏で独りごちてから、改めて円花さんに【門】を開かせる先輩に向き直る。
「では、またそのうち何処かで」
「おう。近い内に遊びに行くわ」
「…………。ん」
先輩に続いて、円花さんも小さく反応する。【門】の向こうに渡って、空けた空間が閉じると、屋上に一人残されることとなった。
「……あ、どうせなら送ってもらえばよかった。まあいいか、葉子さんたちと合流しないとな」
痛みも疲れも魔力切れも、その全てが重なって、なんかもういっそのこと気分が高揚している気さえしてくるなか。……ひとまず、真冬に終わったことを伝えようかと、奇跡的に無傷の携帯を取り出す。
「────。はっ、年明けちゃったよ」
点けた画面の中に表示される時間は、ぴったり00時00分を記録している。
果たして、長い因縁が終わりを迎えた。しかしそれでも、まだまだ謎は残り、そしてこれからも続く人生の中で、新たな因縁が芽生えることだろう。
とはいえ、今は……うん、帰ろう。暖かい部屋で、布団にくるまって寝る。
それくらいの贅沢は許されることだろうと、誰に言うでもなく言い訳を並べて、先ずはビルから降りるべく歩を進めるのだった。
『完』
第一部完、お気に入りと感想と高評価ください。
桐山与一 (22/♂)
・両親を失い、その時出会った神格と12年越しに再会し、その真意を知った。しかしそれは数ある問題の内の一つを終わらせたに過ぎず、まだまだ知るべき事、探るべき真実は無数に存在している。
ナイ
・ただ、あの日出会ったあの子に一目惚れしていた。けれども再会を果たそうとしていた時に見つけた円花の能力と幼さの危険性を理解し、依代として利用する過程で守ることにする。最期は神削鉾で力を削られて弱り、主導権を円花に返しつつ深い眠りについた。