とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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エリンドール 1/6

 年末の戦いから暫く、1月も半ばといった頃。神と戦ったからには、何か劇的に人生が変化する──なんてことがあるわけもなく。

 

 相も変わらず、ヘボ探偵の事務所は平常運転で仕事を片付けていた。

 

「与一く……じゃなくて所長〜〜〜」

「ん。どうした?」

()()里中さんちの猫ちゃんが脱走したみたい」

「…………。今回で3回目か」

 

 コーヒーを淹れるために席を立っていると、大学をナイに吹っ飛ばされてからここで働いている東間ほなみが、デスクに置かれている固定電話の受話器を片手にそんなことを言ってくる。

 1月に入ってすぐの頃に来たとある依頼──脱走した飼い猫を捕まえてほしいという一件を解決したことがあった……のだけれども。

 

 その猫はどうやら脱走するのが大好きらしく、どれだけ気をつけていても一瞬の隙を突いて家を飛び出してしまうのだとか。

 今までは息子さんが探してくれていたが、息子さんも結婚して家を出てしまったようで、いよいようちに依頼してきた……というのがあらましである。

 

「あの猫──シノブ、だったか。あいつなぁ……明らかに俺たちをおちょくる動きをしてる辺りがムカつくんだよなぁ……」

「どうする?」

「葉子さん……は連盟組織の方で射撃訓練に参加してるんだったっけ、真冬と結月が散歩に出てるから二人に頼もうか。()()にもなるし」

「────あ、お客さんだ。出てくるよ」

 

 ほなみがそう言って、チャイムの音に反応してパタパタと駆けていく。

 懐から携帯を取り出してメールを送りつつ、ちらりとデスクの隅を陣取る────タオルを布団代わりにして寝息を立てる塊を見る。

 

「……こんなところに猫がもう1匹」

 

 体全体を隠すようにしているそれを捲ると、中では30センチの生き人形……ソフィアが丸まって眠っている。陽射しが顔に当たったからか、眩しそうに身を捩るソフィアは、少しの間を空けて起きてきた。

 

『…………??』

「おはようソフィア。もうお昼だよ」

『…………んぅ。おはよう』

 

 人形ボディで必要なのかは分からないが、ソフィアは体をぐぐーっと伸ばしている。

 それから気だるそうに犬掻きのような姿勢のまま【浮遊】して、こちらの肩にうつ伏せに乗った。

 

 ……なんやかんやと長い付き合いになってきたが、そういえば、この子の素性も謎なままなんだなあ。分かったのは名前だけ、【人形化】の魔術も何処の誰が送ってきたのかについても謎のまま。

 

 正直なところ、もはや自身の愛娘と言っても過言ではないくらいには愛情を注いでしまっているけど、この子にも親は居るはずで。

 ……ソフィアの記憶さえ失われていなければ、というのは机上の空論か。

 

「おーい、所長〜〜」

「んー?」

 

 そんなことを考えていると、ほなみがおもむろに廊下と事務所を隔てる扉──大体の場合開けっ放し──から顔を覗かせてくる。

 

「お客さんがねぇ、お話があるって」

「依頼じゃなくてか?」

「うん」

「えー、あー、わかったちょっと待て。ソフィア〜、俺の部屋に隠れててくれる?」

『…………ん。仕方ない』

 

 依頼者が来訪する度にソフィアと結月の生き人形コンビを隠さないといけないのは、少しばかり手間である。……まあ民間人に見せる度に記憶処理の魔術を使う方の手間とどちらがマシかって話だ。

 

 ──ひとまず自室に避難させようと席を立ったその時、ほなみは言葉を続ける。

 

「あっ、その……ね、ソフィアちゃん……というか、()()()()の件で、話があるらしいの」

「────。なんだって?」

「う〜〜〜ん、もう顔合わせたほうが早いかも? あの〜入ってくださーい!」

「お前……強かになったな……」

 

 強引に話を進めるその強かさは、長生きの秘訣だぞ。と独りごちりつつ、頭は真剣に切り替える。

 生き人形──そのワード1つが、警戒心を引き上げる理由となるのだ。

 

 何故なら、連盟組織を除く太陽さんや琴巳ちゃんといった顔見知りの部外者以外で、生き人形を知っている()()()()なんか居ないからだ。

 

 ……細波青井(ショゴスロード)か? いや、別にあいつは知り合いってほどでもないしな……

 

 

「────お久しぶりです」

「……えっ?」

「その節は、ご迷惑をお掛けしました」

 

 思案していたところ、ほなみに案内されて通されてきた女性が現れるなり、そう言って深く頭を下げる。湧いてきた困惑の方向性は、いきなり謝罪されたことではなく……女性に見覚えがないことにあった。

 

「…………えーっと、すみません、何処かでお会いしたことがありましたか」

「? ……ああ、覚えてないのも無理はありませんね。あの頃は、少し病んでいましたから」

 

 薄く笑みを浮かべる女性は、髪をキチッと分けてヘアピンで留めてスーツを着ている、ありきたりな言い方をすれば出来るOLといった姿で。

 けれどもじっと顔を見れば、なんというか……確かにどことなく、見覚えがある……気がする。

 

「そもそも、名乗っていませんでしたからね。……三枝(さえぐさ)早苗(さなえ)と申します。()()()()()()()()()()()()ことも、覚えていませんか?」

 

 女性──早苗さんの言葉に、一瞬思考が硬直し、それからようやく思い出す。

 

「…………? えっ、あ!! あ──!?」

「うわびっくりした!? 与一くんそんな大声出せたんだ!?」

「いやぁ、いやあ〜〜……お久しぶり、ですね?」

 

 互いに、ぎこちなく。何ともいえない笑みを浮かべて、改めて顔を見合わせた。

 そりゃあ気づくわけないだろう、あの時の早苗さんは髪はボサッとしていたし、目は虚ろで隈もあったのだ。こうもキチッとされては分かるわけがない。

 

 

 

 

 ともあれ、ほなみにお茶を淹れに行かせつつ、早苗さんをソファに座らせる。

 

「あれから入院したりと色々ありまして……順調に快復して退院したのも3ヶ月前くらいなんですけれど、一度顔を出そうとしたんですが……引っ越しがあったりとゴタゴタしていまして」

「引っ越し?」

「はい。ほら……私の家に未開封の人形だとかがあったじゃないですか。捨てるのもなんだか勿体なくて、心機一転も兼ねて、あれらを全部飾れるところに引っ越そうと思ったんです」

「なるほど……」

 

 ふふふ、と上品に笑う早苗さんからは、あの時見せた狂気的な雰囲気を感じなかった。

 精神病棟に入院したのが効いたらしく、今ではすっかり社会復帰を果たしている。

 

 早苗さんはほなみが持ってきた紅茶を一口含むと、ホッと一息ついてから更に続けた。

 

「それで、思い出したことをどうしても話しておかなければと、尋ねたのですが……」

「──ん? ああ、真冬と結月は外出中ですよ」

 

 自分の犯行の被害者をも交えた話をしたかったのか、真冬たちが居ないことに少しガッカリしながらも、その視線は別の存在を探している。

 

「そう、ですか。じゃあ、その……もう1体の方はどちらに?」

「えっ。──あっこらソフィア、背中に隠れるんじゃありません」

『…………んんー』

 

 いつの間にやら背中にしがみついていたソフィアを引っぺがし、手の中で動くそれを見た早苗さんが、訝しむように見てから口を開いた。

 

「やっぱり。あの、桐山さん」

「はい?」

「間違いありません。その子は、私が【人形化】の魔術をメールで受け取るよりも前に、リサイクルショップで()()()人形です」

「────なんて???」

『…………???』

 

 当の本人(ソフィア)ですら、いったい何を言っているんだとばかりに疑問符を浮かべて首を傾げる。

 しかし言われてみれば、思わずスルーしていた問題があったことも確かだ。

 

 それはすなわち、この現代社会の日本の中で、外国人の子供が居なくなれば……大騒ぎになるに決まっているということだ。

 あの件に連盟組織が介入して記憶処理をしたのは解決後の話であり、結月の失踪は一般人にも行方不明事件として記憶されている。

 

 ならば、その前に起きたソフィアの失踪は、()()()()()()()()()()()()()? それは単純な理由だ。

 

「結月の人形化とソフィアの人形化は、それぞれ別の場所で起きたのか。【人形化】のメールは外国から発信されたことだけは分かっているから、つまりソフィアは外国で人形にされた可能性が高い」

「そういえば、リサイクルショップでソフィア……さんを買ったとき、店主さんが『砂浜に落ちていたのを拾って帰ったら何故か翌日には汚れが落ちていて不気味だった』……と言ってましたね」

『…………え』

 

 不気味だった、の部分に密かにショックを受けているソフィアを横目に早苗さんの言葉を聞く。

 確かにソフィアと結月の服は何故か汚れてもすぐ綺麗になる……が、それはそれとして。砂浜に落ちていた、ということはだ。

 

「──ソフィアは以前に外国で人形にされ、海を流れて日本に漂流。そしてリサイクルショップの店主に拾われて、早苗さんの手に渡った」

「それで三枝さんに、えーっと……【人形化】の……魔術? が送られてきたんだよね?」

「あの頃は病んでいたので、疑問にも思いませんでしたが……改めて考えると、あまりにもタイミングが良すぎますね」

 

 三者三様の言葉が飛び交う。

 とりあえずと、片手間で携帯を持ちこの情報を白道さんに送っておくが……こればかりはこちらで解決できる話ではない。

 

「────そ、それと、ですね」

「はい?」

 

 メッセージの送信を確認して携帯を懐に仕舞うと、早苗さんがそう言って意識を向けさせてくる。

 

「話の腰を折るようで、申し訳ないのですが……もう一つ知らせておきたいことがあって……」

「ん。ああいえ、この件は一旦ここで中断するつもりだったので。……それで、なにか?」

「はい。人形繋がりで色々と調べていたら、近々イギリスから人形師が展覧会を開きに来日するらしく、それがこの人なんです」

 

 早苗さんが見せてきた携帯の画面には、とある施設を貸し切って行われるらしい人形展覧会のホームページが表示されている。

 数日後に行われるその展覧会の主催者は、灰色の髪の男性だった。

 

「イギリス人の……ジョセフ・エリンドール氏、代々続く人形師の末裔……ねぇ」

『…………ジョ、セフ……?』

 

 写真に写る、30代……いや恐らくは40代であろう初老の男性。灰色の髪に混じる白髪は、老いによるものか、或いは。

 

 次の目的は、彼との接触か。──こういう時の情報って、だいたい全部繋がるんだよなぁ。

 という経験に基づいた確信を胸に抱きながら、ジョセフ・エリンドールの顔をじぃっと見ているソフィアに視線を移すのだった。




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