とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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エリンドール 2/6

 ジョセフ・エリンドールの人形展覧会。当日にその会場へと訪れたのは、ちょうど真昼時であった。

 

「なんだか、珍しい組み合わせですね。懐かしい……とも言いますか」

「ですねぇ」

 

 料金を払って中へと入りながら言う。最近ちょくちょく連盟組織で魔術の習得や射撃訓練をしている葉子さんが着いてきており、それに加えていつものようにバッグの中にはソフィアが隠れている。

 

「最近は探偵業の手伝いが出来ていなくて……申し訳ありません」

「良いタイミングでほなみが臨時バイトやってくれてますから、大丈夫ですよ」

 

 探偵助手兼、臨時の所長代理……という役職を押し付けるわけにもいくまい。

 ある程度安全に魔術を学べているのなら、元警察官としての実力と組み合わせて存分に活かしてもらうほうがいいだろう。

 

「それで、例の……ジョセフ・エリンドールさんが怪しい……と」

「早苗さん────前に話した人形化事件の犯人からの情報なんですがねぇ、こういう時に集まる情報はだいたい繋がってるもんなんですよ」

「妙な説得力が……」

 

 経験則ですゆえ。と脳裏で独りごちて、早速と中を見て回る。

 ソフィアとはまた毛色の違う、当然だが動くわけのない多種多様の人形(ドール)が飾られている様は圧巻だ。

 

「あれ? そういえば、今日は真冬ちゃんたちは居ないんですね?」

「あー、実は真冬のお母さん────千夏(ちなつ)さんがイギリスから帰って来るみたいで。そのお迎えで駅に向かいました」

「お母さん? ……有栖川春秋(はるあき)さん、はお父さんの方……でしたっけ」

「はい」

 

 ──そう。この場に真冬が居ない理由は、数年ぶりに千夏さんが戻ってくるからだ。

 春秋さん共々、有栖川夫妻は現在、イギリスで細菌やウイルスの研究をしている。

 

 二人はかなり優秀らしく、研究所内で引っ張りだこな所為か、中々帰って来られないのだ。

 本来であれば、久しぶりに会えることを喜ぶべき……なのだが。

 

「春秋さんが帰って来るなら、俺もあっちを優先したんですがねぇ。まあ千夏さんからも春秋さんの話は聞けますし、こっちの用事が終わったら腰を据えてゆっくりお話すればいいでしょう」

 

 などと言いながらショーケースに並べられたドールを見ていると、不意に女性の声が横から伸びる。

 

「──お前、こういうのが好きなの?」

「いやぁまあ、俺はどちらとも。嫌いではないですが……(うち)にも居ますし」

「ふーん。下等生物の趣味って分かんねぇ〜」

「…………。ん?」

「────! あ、貴女は!?」

 

 聞き慣れない、だからこそ覚えのあるワード。葉子さんと共に声の方へと顔を向けると、そこには()()がショーケースを覗き込むように立っていた。

 

「……円花さん」

「いったい、何時からそこに……!」

「揃いも揃って、ずーっと尾行してたのにも気づかないとかボンクラかよ」

「あーすっごい丞久先輩の類友感ある」

 

 葉子さんの問いにあっけらかんと答える黒色──春夏秋冬円花さん。

 彼女は相変わらず髪から服から何から何まで真っ黒で、けれどもその痛々しいファッションを、美貌でミステリアスさに昇華させている。

 

 ──が。その全てを、致命的なまでの口の悪さで台無しにしているのもまた事実だった。

 

「で、元指名手配犯さんが何やってんですか」

「丞久がさぁ、イイーキルス沈めに行く申請とかすんのに時間掛かっててさぁ、やることなくて暇なんだよね。だからお前らを尾けてた」

「自由すぎない?」

 

 そんな……親が店員と契約の話をしてて手持ち無沙汰で商品棚を見て回る子供じゃないんだからさ。

 

「そういえば、お前もこんな感じの人形連れてなかったっけ」

「バッグの中に隠れてますよ、流石に人形の展覧会で出すわけにもいかないし」

「あー、盗んだと思われるのか」

「それもあるんですが……」

 

 ……なぜ生き人形が飛び回ると驚かれるから、という発想は出てこないのだろうか。

 心底興味が無さそうな顔で飾られた人形を見下ろす円花さんを横目に、彼女を心配そうに見ている葉子さんの方に数歩寄りつつ言う。

 

「与一くん、彼女は、その……大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ、先輩曰く、ナイは円花さんの中で眠ったまま起きてこないそうなので」

「そう……」

神削鉾(かみそぎのほこ)……神格特攻の武器で力を削いだうえで、円花さんの自前の膨大な魔力で抑え込んでいるらしいです」

「…………。じゃあ、あの口の悪さは自前!?」

「はい」

 

 普通逆だろ、って思うよね。ドン引きしている葉子さんを見ては、そう思わざるを得ない。

 円花さんの中に眠るナイを、彼女は眠らせたままにするのか、抹消するのか、はたまた琴巳ちゃんと蛇神様のように共存するのか。

 

「……俺はナイを悪だと思ってないし、可能ならまた話がしたいんですがねぇ」

「それはそれで、問題が起きそうだけど」

「まぁ確かに」

 

 ──否定は出来ない。それから壁の時計を一瞥して、予定の時間が迫っていることに気づく。

 

「おっと、そろそろ時間か」

「時間?」

「来日してくる展覧会の主催者、ジョセフ・エリンドールが司会兼進行で制作した人形の解説をするんですよ。それが……5分後ですね」

「ジョセ…………? …………誰??」

「貴女はそうなるでしょうね」

 

 頭に疑問符を浮かべている円花さんに展覧会のホームページを見せながら、会場内の奥へと歩いていく。案の定円花さんがジョセフ・エリンドールの顔も名前も知らないのは察していたけれども────

 

「──あの、円花さん」

「なに」

「俺の名前言えます?」

「…………。え〜〜〜〜〜〜〜〜っと」

「ああ、うん。でしょうねぇ」

 

 やはりというか、なんというか。さっきからずっとこちらのことを『お前』としか言わないんだもの、薄々察していたよ。

 円花さんはこちらの問いに、それとなく袖を捲って視線を落として何かを見てから答えた。

 

「え〜〜〜っと、そう、よいち! 与一だ。うん。分かってた分かってた」

「今(カンペ)見たよね?」

「……見てない見てない」

「いや見たでしょ」

「見てない見てない。証拠あんの?」

「こ、こいつ……!」

 

 さっ、と袖を戻して前を歩く円花さんの背中を見ながら、葉子さんと並んで歩いて口を開く。

 

「……とまあ、見ての通りに円花さんは子供なので、対応は歳下を相手する感じで頼みます」

「歳下、というよりは……幼い、みたい?」

「そっちのほうが適当かもしれないですね」

 

 子供。悪く言えば幼稚。……そう、春夏秋冬円花という人間は、幼稚な(おさない)のだ。

 幼少期から普通の生き方は出来ないであろう異常な力を持っていて、恐れられ、それを許容しながら戦ってきて、乗っ取られた5年で成人を迎えた。これで大人になれ、という方が無理な話である。

 

 ともあれ、苦笑しながらも後を追いかけ奥のステージへと到着する。

 他の客に紛れつつ、バッグのかぶせを少し開けて隙間を作りソフィアも見られるようにさせて待機していると、会場内の明かりが消えた。

 

「ん?」

 

 それから、続けて何かが頭上を動いている気配を感じて見上げて────周囲のざわめきと同じような困惑が頭の中を支配していた。

 

「…………っ、これは」

 

 周囲が困惑している理由は、暗い会場内を照らすようにしてランタンを持ち、空中を浮遊する人形たちの姿を見たからであった。一瞬、もしやソフィアと結月の他にも──と思ったが。

 

「与一くん! これは……まさかっ」

「……いえ、良く見てください」

 

 光にキラリと反射するナニカ。それは人形に繋がる細いワイヤーで、天井を経由してどこかに伸びている。少なくとも、あれらはうちの2体のような生き人形ではないとわかってホッとしておく。

 

 続けて人形を操っているのだろうワイヤーを辿って視線を落とした先には、いつの間にやら十の指をくねらせてワイヤーを操っている男が立っていた。

 

 人形の掴むランタンが傍らの台座に置かれ、ぼんやりとした炎の明るさが暗い部屋に男の影を作り、一拍置いて炎は消え──改めて電気が点く。

 

「──紳士淑女の皆々様(レディース・アンド・ジェントルメン)、エリンドールの人形展覧会へ、ようこそおいでくださいました」

 

 初老の男性の動きに合わせて、周囲にワイヤーで吊られた人形たちが優雅な動きでお辞儀をする。

 その姿を、こちらの三人……そしてバッグの隙間から、ソフィアが眺めていた。

 

「あのオッサン、日本語上手いな」

「曰く、若い頃に日本人形を見に来たことがあって、日本語はその時覚えたらしいですね」

「与一くん、円花さん、彼の後ろに何か……」

 

 小声でボソボソと会話を交わしていると、ふと葉子さんが頭をこちらに傾けつつ視線をジョセフ・エリンドールの後ろにある『何か』に向ける。

 同じように腕を組みながら顔だけ傾け寄せていた円花さん共々、そちらの方を見やると。

 

「……なん、でしょうかね。シーツをかけられた……椅子?」

 

 思わず、そう呟いてしまう。

 

 そこには布を被せられている椅子があり、ジョセフ・エリンドールが人形知識トークをしている傍らに鎮座する光景はどことなく不安感を覚える。

 

「──と、そろそろ、後ろの物が気になっている方も居る頃でしょう」

 

 一通り話し終えたジョセフ・エリンドールは、そう思い出したかのように呟くと、一歩横にズレて背後の布を被せた椅子を見えるようにする。

 この場の全員の視線を椅子へと集めた彼は、それから仰々しい動きで語りだす。

 

「こちらの作品は、私の最高傑作────を、模したモノにございます」

 

 ニヤリと笑みを浮かべて、おもむろに手を伸ばして布を掴むと、続けてぶわりと空気を含ませるかのように勢いよく持ち上げる。

 

 椅子には『何か』が座らされていることがわかり、それが人形であることは大抵の人間が察していたことだろう。しかし、その人形の姿に問題があった。

 

「…………。嘘だろ」

 

 白い肌、灰の髪。まぶたは閉じられ、遠目から見れば座ったまま眠っているようにも見える。

 そんな人形を、知っている。それどころか、ずっと近くで見てきていた筈なのだ。

 

 ──隣で葉子さんが息を呑み、円花さんが訝しげに眉を顰める。

 ジョセフ・エリンドールは狂気的な瞳で、反応を伺うかのようにこちら全体を一瞥しながら、自信に満ち溢れた声色で言った。

 

 

 

 

 

 

 

「ソフィア・エリンドール。この人形は、私の娘がモデルとなっております」

『…………わ、たし……?』

 

 ──男の声と、バッグの中でそう言って驚く声だけが、鮮明に耳へと届いていた。




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