とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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エリンドール 3/6

 ────ソフィア・エリンドール。

 

 その名前を聞いて、なんとなく、合点がいったのもまた事実だった。

 ジョセフ・エリンドールを見た時の違和感。それはすなわち、彼とソフィアが似ている()()()()という漠然としたモノから来ていたのだ。

 

「っ、なん──「与一、落ち着け」──円花さん?」

 

 思わず声を荒らげそうになった瞬間、横に立っていた円花さんが遮るように腕を掴む。

 

「アイツがお前の動揺を見たら、こっちの内情を悟られる」

「…………それは、確かに」

「このくだらんショーが終わってから行動するぞ」

 

 円花さんも、一応周りの心配はしてくれているのか……と安心する。

 その内心を察したのか、心底嫌そうな顔をしながら小声で続けた。

 

「だって下等……民間人を巻き込むと丞久が煩いし」

「ああ、そう」

 

 まあ、人はそう簡単には変わらないか。などと思案しつつ、それとなく三人で後ろに下がって、展覧会の終わりまでの時間を過ごす。

 会場内の隅の方に隠れてバッグの被せをめくると、ソフィアが中から顔を覗かせた。

 

『…………あの人が、私の、お父さん?』

「なの、かもしれないねぇ」

 

 親との想い出。それすら記憶に無いソフィアは、疑問符を浮かべて眉を顰める。

 まだ断言できないために当たり障りない返しをしてしまったが、円花さんがあっけらかんと言う。

 

「さいきん連盟組織に記録されてた魔術、【人形化】……だったっけ。……吐かせる? あのオッサンが術者なら、解除の魔術も持ってると思うけど」

「拷問する気まんまんじゃない?」

 

 この人、絶対、死ななければ何をやってもいいと思ってるでしょ。

 しかもヨグ=ソトースの力もフルに使えるから、確実に死ぬ直前で時間を巻き戻すくらいはやるよ。

 

 といった会話をしていると、等身大ソフィア人形がスタッフの手で運ばれ裏方に引っ込む。

 それを見届けたとき、ふと葉子さんが口を開いて、おもむろに言った。

 

「──そもそも、【人形化】って、なんのための魔術なんでしょう」

「……葉子さん?」

「連盟組織の方でも初見の魔術……つまりジョセフ・エリンドールさんが創った、として。それには何らかの目的があったはず」

 

 葉子さんの疑問。確かに『人を人形に変える魔術』などという複雑な魔術は、少なくとも『攻撃』ではない。それは以前から思っていた。

 

 攻撃的な魔術なら、人形に変える意味がわからない。逆説的に、これが攻撃ではないのなら────()()()()()()()()()()()()()? 

 

 結月が人形にされたのは、三枝早苗さんが人形に対する感情を拗らせたから。ならば、それよりも前……一番最初に魔術を使われたであろうソフィアは、誰が何のために人形にしたのか。

 犯人がジョセフ・エリンドールだとして、そこにはいったい、なんの思惑があったのか。

 

「……よし、スタッフルームに忍び込もう」

「おっいいねえ、ボクもやる」

「えっ、いやあの、与一くん?」

「どちらにせよ、人前でソフィアと【人形化】の話を出すわけにはいかないですし」

『…………』

 

 こちらの提案に、円花さんは乗り気になり、葉子さんは困惑する。

 バッグから顔だけ覗かせているソフィアですら、何考えてんだこいつとばかりにジトッとした目を向けてきていた。泣けるぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 ──思い立ったが吉日、とは良く言ったもので。素早く行動を開始して、そそくさと会場の裏に忍び込み控室に侵入する。

 

 ジョセフ・エリンドールは外でスタッフと話をしているため、情報収集は手早く行わなければならない。室内を見回すと、ふと新聞紙を見つけた。

 

「これは……英語の新聞? イギリスから持ってきたのかな?」

「みたいね、ええと……」

「──『イギリス国内にて、心臓とリンゴが入れ替えられる殺人事件が発生』だとさ、向こうでも面白そうな事件って起きるんだな」

 

 横合いから覗き込みながら英文を翻訳する円花さんの、不謹慎ド真ん中発言は受け流しつつ。

 あまり得意ではないが、改めて文章を頭の中で訳していくと、その通りの事件だとわかる。

 

「……胸に外傷や手術痕も無く、傷一つ無い心臓が体外に摘出され、心臓のあった位置にリンゴが埋め込まれた遺体がここ数ヶ月で十数人見つかっているらしいですね。その半数が……細菌・ウイルスの研究をしている研究者だが、関連性は未だ不明……」

 

 研究者が、狙われている。……千夏さんと春秋さんが無事なのは、身内である真冬に訃報が届いていないことから判断できるが。

 

「人形の件とは無関係かな。葉子さん、気になるものはありますか?」

「いえ、特には……」

「ボクにも聞けよ」

「どうせなんもないでしょ」

「はん」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らす円花さんは、部屋の隅に置かれた荷物に紛れた人形(ドール)をつまみ上げる。

 

「……あ? …………あー、そういう」

「ん、円花さん?」

 

 それから訝しむように眉を顰めて唸るように息を吐くと、何かを察したのか人形を元の場所に放ってからこちらに振り返ると言った。

 

「与一、この人形……っていうかこの展覧会で見てきたあの人形たち、()()と同じだぞ」

「それ──ソフィアと?」

『…………?』

「ソフィア、と。……いや、まて、まさか」

 

 円花さんのあっけらかんとした物言い。その言葉を理解して、最悪の予想が脳裏をよぎる。

 

「この展覧会の人形は、全員──「ネズミが入り込んでいたか」

 

 不意打ち気味の声に、三人で同時に反応する。けれどもそれより早く、ぐわんと視界が揺れた。

 続けて意識を保てなくなり、体が膝をつくのも他人事のように感じる。これは……この、感覚は……別空間に引きずり込まれるときのモノに、近い。

 

「…………馬鹿な、ソフィア……!?」

 

 果たして完全に意識を失う直前、そんな驚愕の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 ──べちべちと、頬を叩かれる感触。

 

「おっきーろー、よーいーちー」

「う──うべ、うべ、うべ」

 

 数発のビンタを貰って意識を覚醒させられ、否が応でも起きざるを得なくなってまぶたを開ける。

 

「う゛……なんか、重っ」

「よぉ、おはようさん」

 

 視界の先に居たのは、こちらの体を跨ぐように足を置いた状態で屈んで……というか普通に腹に尻を置いて座っている円花さんが居た。重いわけだ。

 

「……退いてくれます? あとはしたないからスカートで跨るのはやめましょうね」

「お前がボクに発情しようが困りゃしないよ。こいつ趣味悪いな……って呆れはするけど」

「言い方を考えなさい。まったく」

 

 他人事のように言いながら、口角を緩めて愉快そうに笑って円花さんは立ち上がる。

 

「下着が見えなくて残念だったか?」

「バカ」

「ふっ」

 

 退いてもらってから同じく立ち上がると、この場の異質さを理解した。

 

 綺麗すぎることこそが違和感となっている白い正方形の部屋に、扉が一つだけある。

 どうやら壁の近くに倒れていたらしく、部屋の中央を見れば、そこには台が置かれていた。

 

「──ああ、はいはい。よくある異空間ね」

「ボクも最近じゃあ、ナイに乗っ取られてる時に何度か呼ばれたことはあったな」

「あいつ神格のクセに巻き込まれたのか…………あれ、ソフィア? 葉子さん?」

 

 そういえばと、辺りを見回すが。ここには円花さんと二人だけで、ソフィアたちの姿が無い。

 

「あいつらなら最初から居なかったから、別の部屋に居るんじゃないの」

「そうか……異常事態は経験済みだし、そう簡単にはやられないと思うけど……」

 

 ──それにしても、あの時ジョセフ・エリンドールは確かに、本物のソフィアが居ることに『馬鹿な』と驚愕していた。

 つまり、ヤツの目的はソフィアを探しに来たことではない。しかし何らかの別の目的はあって、()()の阻止に来た……と勘違いされたのかも。

 

 ……ひとまず、今は二人と合流しなきゃな。

 

「よくある異空間、なら……典型的なのは何らかの怪物に追われるパターン、謎解きをするパターン……今回は後者かな」

「追われながら謎解きさせられるパターンもあるけどな。まあ今回は単なるパズルだったけど」

「パズル?」

 

 円花さんが指さした方にある台。そこに向かって覗き込むと、そこにはガラスケースの中に散らばったミルクパズルがあった。

 

「……シンプルに難しいやつだな」

「与一、ちょっと退け」

「ん。挑戦しますか?」

 

 そう言いながら数歩後ずさって離れると、彼女はコートのポケットに突っ込んでいた手を片方抜いて、その手に見慣れた三節棍を呼び出す。

 

 あまりにも自然な動作で振りかぶるため、止めなければという思考すら生まれず。

 そのままバコォンと音を立てて容赦なく殴り砕かれる台とパズルを、見届けるしかなかった。

 

「……これクリア不可にしたらどうなるんだろ」

「パズルを壊すなクソガキィ────ッ!!?」

「うわうるさ」

 

 

 

 おそらく22年生きてきて、これ以上の大きさを出したことはないだろうと、そう断言できるくらいの怒声が思わず飛び出す。

 

 この23歳の形をした女児の暴虐を潜り抜け、ソフィアたちと合流し、この空間から出られるのか。

 そんな戦いが幕を開けていたことを、きっと葉子さん達は知らないだろう。

 

 ……少ししたら台とパズルが元通りになったのは、余談である。




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