とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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エリンドール 4/6

「いま、何か聞こえたような」

『…………そう?』

 

 22歳が23歳児に説教している事など露知らず、同一空間かつ別の部屋に隔離されていた葉子は、肩にソフィアを乗せて室内を見て回っていた。

 唯一ある扉には鍵が掛かっており、部屋の中央には台が置かれている。

 

「やっぱり、これをクリアする必要がある……ということかしら」

『…………これ、将棋?』

「いえ、チェスね。外国の将棋という意味でなら間違っていないけれど」

 

 台の中を覗けば、そこにはチェス盤があり、盤の上には駒が1ミリのズレもなく整列している。

 

「これは……勝てということなの……?」

『…………とりあえずやってみれば』

「そうね。確かポーンが歩の役割で、クイーンは飛車+角行だった、かな?」

『…………ポーンはななめ前の駒しか取れないから気をつけてね』

 

 なんとなく盤上のポーンを前に動かした葉子は、珍しくハキハキと喋るソフィアの声に薄く驚く。

 

「本当は知ってるの?」

『…………さあ? なんで知ってるんだろ』

「ま、まあ。とにかくやってみましょうか」

 

 葉子が動かした駒に、対面の駒が対応するようにスライドして独りでに動く。

 ──対戦ね。と悟って、考えながら駒を動かす葉子だが、一手ごとに彼女の表情が少しずつ険しくなっていくのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 ──最後のピースがカチリと嵌まり、無地の(ミルク)パズルが完成する。

 

「はい、ミルクパズルが完成するまでに30分も掛かりました。なんででしょうね」

「難しかったんでしょ」

「どこぞの誰かが台ごとぶっ壊したり、元に戻ったあともピースをねじ込もうとして完成間近のパズルが弾け飛んだからですよ」

 

 円花さん(どこぞの誰か)を横目で見やると、していい立場ではないながらに不満そうな顔を返してきた。

 

「逆に聞くけどさあ、普通にパズルをやろうとするとかアホか。なに当然のように相手の土俵に乗る前提で動いてんの?」

「それ言われちゃうと反論しづらいんですよねぇ……でも、こういう異空間は相手の土俵に乗らないと脱出できないんだから仕方ないでしょう」

 

 異空間……と表現するしかないこういったフィールドに引きずり込まれる原因は、大体において『なんらかの神格のイタズラ』か『誰かしらの魔術による故意或いは事故』で、脱出にも必ず方法があるものだ。

 

 突然引きずり込まれる異常事態を除けば、()()()()()()()()()という意味では変な所でフェアである。弄ばれているとも言うけど。

 

「まあそれはともかく、パズルが完成したんだし……変化もあるはず」

「ドアの鍵、開いたんじゃないの」

「じゃあ見てみますか」

 

 中央の台から離れて、この部屋から別の部屋へと繋がっているであろう扉に向かう。

 警戒しながらもガチャリと開けると、その先にあったのは────清潔感のある部屋。

 

「部屋の奥に……部屋」

「そりゃそうだろ」

「一軒家みたいな形とかじゃなくて、個室が並んでる感じなんでしょうかね。串の団子みたいな」

「かもね。……ん、与一。見ろ」

「お?」

 

 円花さんが指さした方に視線を向ける。そこにはベッドが置かれており、その上に布団を膝に掛けた状態で女の子が座ってパズルで遊んでいて、その傍らにも椅子を寄せた男が座っていた。

 

「男の方は、ジョセフ・エリンドールっぽいな。……じゃあ、ベッドの子は──」

「お前んとこの生き人形の、生前の姿か。まあ死んでないけど。あれ、死んだのが生き返ったんだっけ? どっちだったか」

「うーん……どっち、だろう?」

「なんで飼い主のクセにわかんねーんだよ」

「だって本人が記憶ないんだもの……」

 

 ……結月は生きてる内に人形にされたけど、ソフィアの場合はどうなんだろう。

 

「しっかし、これは……ボクらはあのオッサンの記憶の中を追体験してるのか」

「或いは、偶然ソフィアと再会してしまった影響が異空間に表れているのか、ですかねぇ」

 

 少なくとも、こんな赤の他人に……親子の記憶なんて見せたくはないだろう。

 しかし、この女の子がソフィアで、男がジョセフ・エリンドールであるならば。

 仲睦まじい親子の間に、何があってこうなったのかを、こちらもまた知る権利がある。

 

「……こんなにも仲良さげなのに、何故ソフィアが生き人形になったのか。それを知るためにも、先に進まないとな……」

「んじゃあ次のパズルはボクがやりたい」

「え〜〜〜……壊さないでよ?」

 

 円花さんの提案に怪訝な顔で返すと、彼女はふいっと視線を逸らした。逸らすな。

 ……ともあれ、エリンドール親子の仲睦まじい光景に尾を引かれながらも、次の部屋に向かうべく二人で足早に室内を横切っていく。

 

 果たして、次はどんな部屋が待ち受けているのか。そう思いながら奥の扉を開け放ち、中へと躍り出て────眼前に広がったのは。

 

 

「──んぐぎぎぎぎ……!!」

『…………あ、2手前でミスしたから負ける』

「先に言ってくれる!? ……あ!」

『…………これで4連敗』

 

 

 ……台に置かれたチェス盤と謎の戦いを繰り広げている葉子さんたちの姿だった。

 

「見なかったことにしよう」

「おい与一、閉めんな」

「うごぉ」

 

 そっと扉を閉めようとしたら、後ろから円花さんに尻を蹴られて前につんのめる。

 すると、ちょうど話していた葉子さんとソフィアが音に気づいて振り返った。

 

『…………わたしがやろうか?』

「それは、ちょっと、私の中のなけなしのプライドが粉砕され────え゛」

『…………あ、よいち』

 

 ばちりと目が合い、なんともいえない空気が漂う。戻ろうとして後ろを見るも、扉は円花さんがこっちの部屋に入ると同時に消滅する。

 

「…………。とりあえず、お互い何も言わずに5分くらい休憩しましょうか」

 

 果たしてこちらに出来るのは、頭を冷やす時間を設けることだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──情報共有しながらも、5分間ずっと部屋の隅にうずくまっていた葉子さんが、中央の台付近に居るこちらの方に気まずそうな顔で戻って来る。

 

「葉子さんは、こういう勝負事で熱くなるタイプだったんですねぇ」

「ギャンブルやらせたら破滅しそう」

「……なにも言い返せない…………っ!」

 

 まあ、こちら側に関わるまでは真面目な警察官だったわけだし、()()()なんかを抑えていた反動で熱くなりやすいのかもしれない。

 

「というか、俺たちが進んだ先に葉子さんとソフィアが居たってことは、本来ならここが第2ステージの予定だったのか」

『…………そっちでは、何をしてたの?』

「んー? ただのミルクパズルだよ。どっかの誰かの所為で時間が掛かったけど」

「誰のこと言ってんの」

「だぁー……れのことでしょうね」

 

 おめ〜〜〜〜〜だよ!! という暴言をグッと堪え、言葉をため息と一緒に吐き出す。それから一拍置いて、改めてチェス盤を見やる。

 

 例えばテレビゲームは大の得意である結月は、こういう方面のゲームは得意ではないため、格ゲーで死ぬほど煽られたあとで逆に将棋で圧勝してやることはあった──が、チェスはやらないんだよなあ。

 

 などと思案していると、宙に浮いていたソフィアが肩に座り、一緒にチェス盤を見ながら言った。

 

『…………私、たぶん勝てるよ』

「え、本当に?」

『…………うん。それに、これは私が人形になる前に遊んでたゲームなんでしょ?』

「さっき見た光景を元に考えるなら、おそらくその可能性は高い……かな」

 

 そう考えれば、部屋の中央にこうして台とケースを用意してその中にパズルやらチェスを置いてあることにも納得がある。

 これは、娘と自分の想い出を()()()()()()のだ。これを本人(ソフィア)が攻略する──という状況は、ジョセフへの強烈な()()()()になりうるだろう。

 

「よし、勝っておいで」

『…………ん。持ってて』

 

 短く思考を纏めて、ソフィアにそう言ってチェスの対戦を任せる。

 小さい体で駒を掴んで動かす様子を尻目に、二人の方へ顔を向けると、露骨に不機嫌そうな顔でムスッとしている円花さんが立っていた。

 

「なにムクれてるんですか」

「次はボクがやりたいって言ったのに」

「あーはいはい、チェスの次があったらそれは円花さんがやっていいから」

「あしらい方が……」

 

 葉子さんに呆れられるが、もうこの人の扱いはこれくらいが丁度良いと頭が理解してしまっているのだからしょうがないんだ。

 円花さんは大人として扱うには幼すぎるし、境遇の所為でこうなってしまった……と考えると、彼女の幼稚さはあまり笑えない。

 

「……なんだよ」

「いえ別に。パズルとか好きなのかなって」

「いや? なんつーか、小さい頃はこういうので遊んでたな〜って思っただけ」

 

 どこか懐かしむような表情の円花さん。この人にも子供だった時があるんだよな……と、若干というかわりと失礼な思考が過る。

 

 そんな考えをしている横で、ふと葉子さんが気になったことを問いかけた。

 

「円花さんの小さい頃……やっぱり、ご両親は居たんですよね?」

「お前、ボクが木の股から産まれたとでも思ってんの? ……まあ両親は蒸発したから居ないけど」

「えぇ……?」

 

 あっけらかんとカミングアウトする円花さんに、さしもの葉子さんでも軽く引き気味に驚く。

 おそらく葉子さんは『両親が円花さんを置いて居なくなった』と思っているのだろうけど、丞久先輩曰く、実際の円花さんは幼少期に無意識の能力の暴走による大事故を起こしており────つまりは、だ。

 

 ……この人は、文字通りの意味で、両親を()()させているのだ。

 まあ、言わぬが花か。たぶん円花さんも、誤解されるとわかっててこんな言い方をしている。

 

『…………よいち、よいち』

「はい与一です。ソフィア、どうした? もしかして負けそう?」

 

 ──と、そこで台の方からソフィアがふよふよと飛んでくる。もしや負けてしまったのか……と思いながら返答すると、彼女はさらりと言う。

 

『…………? ううん、もう勝ったよ』

「──早くなぁい? あれ、まだ2分くらいしか経ってないんだけどなぁ」

『…………あんまり強くなかった』

「う゛っ゛」

 

 少し考えるそぶりを見せてから、ソフィアは小首を傾げながら言った。

 密かにダメージを受けている葉子さんを見て、円花さんは口角を歪めながら問いかける。

 

「だってよ。お前何回負けたんだっけ?」

「うぐぅ────ッ!?」

「こら! あんまり煽ってると、次の試練は俺だけでやるからね」

「……ふんっ」

 

 隙あらば相手をおちょくる円花さんを窘めつつ、それとなくチェス盤を覗き込む。

 互いに半数の駒が取られた状況で、ソフィア側の駒が見えざる対戦相手のキングを追い詰めた状態でチェックメイトしてあった。

 

「私の、4連敗は、なんだったの……」

「んまぁまあまあ、ここから出られたらチェス盤を買って事務所に置きましょうよ。負けっぱなしなのも、なんか嫌でしょ?」

 

 がっくりと項垂れる葉子さんに同情しながらも、ソフィアの意外な才能には驚かされた。

 次はどんな想い出が保管されているのやら……と脳裏で独りごちる傍らで、葉子さんが何かを思い出したかのように声を上げる。

 

「そうね…………ん、ちょっと待って与一くん。ここって、異空間……? なの、よね?」

「そうですけど」

「私たちの体って、今はどういう状態なの?」

「と、いうと?」

「いえ、肉体ごとこっちに来たのか、精神だけ引きずり込まれたのかが分かっていなくて」

「あー、まあそうですね」

 

 別に肉体ごとだろうが精神のみだろうが、特に異空間内で困ることはないため、そこを気にしたことは無かった。……いや、ジョセフの方は困るのか。

 

「たぶん、肉体ごとだと思いますよ。なにせあの場に俺たちの体を残したままだったとして、困るのはジョセフも同じですから」

『…………外であやしまれるのが嫌だから?』

「そう。ソフィア大正解」

「肉体ごとか精神だけかって、そういうモノの違いって分かるの?」

「うーん。そういうのは経験でなんとなく、としか。……ああいや、今の俺には分かりやすい目印が取り憑いててくれてたな」

 

 そう言って、今日一日ずっとうんともすんとも言わない例の人物の反応を確かめるべく、コツコツと床を踵で何度か小突く。

 

「雅灯さーん、居ますかー」

「……あ、そういえば居ましたね」

「誰だよ」

 

 床──厳密には足元の影を足で小突いて、彼女の名前を呼びかける。

 それから一拍の間を置いて空気が変わる。明らかに常人ではないと分かる気配を漂わせながら、黒い浴衣の女性が、影からのそりと現れた。

 

【……んぁ〜〜〜い、起きてまぁす、起きてまぁ〜すよぉ〜〜】

「明らかな寝起きの声で言われても説得力無いんですけど」

 

 

 

 怪しげな雰囲気の、うっすらと透けた女性。

 ────悪霊・藤森雅灯が、そう言いながら寝ぼけ眼で目元を擦っていた。

 

 ……間違いなく寝てたなこの人。




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