とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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エリンドール 5/6

 ──悪霊・藤森雅灯。

 葉子さんと同じく家族のためにと復讐に走り、しかして葉子さんとは違い命を落とした未亡人……って書くとすごい肩書だなぁと思わざるを得ない。

 

 まあ、現在は人の体に取り憑いて悪霊人生を謳歌しているのだが。解脱療法とは本人の談である。

 

 ──そして、こうして()()()()()()()事こそが、肉体ごと異空間に連れてこられた証拠となっている。

 

「雅灯さんは『俺という肉体』を土地として扱い存在している地縛霊なので、仮に俺が精神だけでここに居たとしたら、雅灯さんは()いて来られません」

【はぇ〜〜……そうなんですねぇ】

「本人が一番分かってないんだけど」

 

 そうだったんだぁ……みたいな声で感心する雅灯さんに、あの円花さんですら呆れ顔をしている。

 というかこんな話は前に一度したと思うんだけど、覚えてないのかな。

 

「この人はこういうとこあるから。……で、なんでそんな眠そうなんですか雅灯さん」

【いやぁ実はですね、昨日は夜中から明け方まで、真冬ちゃんが事務所に入れてるサブスクで海外ドラマを見てたものですから……】

「随分とまあ人生謳歌してますね」

 

 雅灯さんは『桐山与一(おれ)という人間の体』から離れられないのだが、彼女の体の一部を取り込んで発現した【禍理の手】をその行動範囲内に収めることが出来るという地味な小技を持っているのである。

 起きた時になんかちょっとだけ魔力減ってるなあと思ったら、【禍理の手】を寝室から伸ばしてリビングで独りでテレビを見てたのか。

 

 しかしサブスク…………確か、結月が強請(ねだ)ってた最新ゲーム機を真冬が買ってたけど、あれをネットに繋げば色々見られるんだっけ。

 ……いや、うちの探偵事務所にあんまりそういうの置かないでほしいんだけどね。

 まあゲーム機1つくらいならいいか、増やすようなら応相談ってことで。

 

「──と、それはさておき、そろそろ次の部屋に向かいましょうか」

【あ〜〜、じゃあ私はもう少し寝てますねぇ】

「ああ、はい。本気でヤバくなったら叩き起こすので、それまではごゆっくり」

【んぁ〜い……】

 

 あくび混じりの声で返答する雅灯さんは、そう言って足元の影に潜って姿を消した。

 

「……幽霊も、寝るのね」

「モノは食べられないんですがね」

「つーかお祓い行けよお前」

「いやぁ、それで雅灯さんが成仏したら【禍理の手】が使えなくなるかもしれないので……」

 

 葉子さんと円花さんそれぞれに言葉を返し、ソフィアが肩に居るのを確認して、改めて三人と1体で扉を潜る。次はどんな光景が広がっているのやら、と少し警戒しながら次の部屋に向かうと。

 

 そこには、前の部屋と同じような光景が。しかし前回とは違い、ジョセフはソフィアとテーブルを挟んで座りチェスで遊んでいた。

 

「これは……ジョセフ・エリンドールと、人間だった頃のソフィアちゃん?」

「ソフィア、なにか覚えてたりしない?」

『…………ううん。でも、なんだか……ちょっとだけ、懐かしい……気がする』

 

 あわよくば記憶が戻ってくれれば、と思ったけど、少し厳しいか。

 とはいえ、進展は進展だろう。ソフィアは人間だった頃の自分がジョセフとチェスをしている光景を、なんともいえない眼差しで眺めている。

 

 ──だが、それもそこまでだった。

 

「っ、な……!?」

『…………っ!?』

 

 人間の方のソフィアが、唐突に血を吐き、立ち上がろうとして椅子ごと倒れたからだ。

 そして部屋の景色がノイズと共に歪み、次々と映像が切り替わるように室内が変化する。

 

 ベッドに横たわる少女(ソフィア)、よほどの難病なのか匙を投げる医者。母親なのだろう、ソフィアと双子かと思えながらも母性を感じさせる女性が彼女の看病をして、ジョセフは部屋に閉じこもり何かの研究をしている。それは決して、病気を治そうという考えで行われている訳では無いと嫌でも察せられた。

 

 更にどんどんと景色が動き、その度にソフィアの顔色が悪くなり、窶れている。

 ノイズ混じりの景色が慌ただしくテレビチャンネルを切り替えるように流れていく光景を見ていると、ようやく安定したのか一つの部屋を映し出す。

 

「ここは──書斎か。おそらく当時のエリンドール家の書斎だろうね」

「なぁんか儀式しようとしてんな。これが例の【人形化】の魔術か?」

 

 円花さんの言葉を聞きながら書斎の真ん中を見ると、ジョセフは呼吸が浅いソフィアを座らせる。

 彼が魔法陣を起動すると、部屋がソフィアの下にある魔法陣を起点にまばゆい光りに包まれた。

 

「うおっ」

 

 思わず反射的に目元を手で遮り、光が収まるのを待つ。やがて光量が弱まっていき、元の暗い書斎が見えてくると────魔法陣の上には、一つの人形。いや……1体の生き人形が落ちている。

 

「──こうして、生き人形のソフィアが誕生したんだな。ここで終わっていればめでたしめでたし、だったんだけど……」

『…………でも、そうはならなかった』

「そ、ソフィアちゃん?」

 

 こちらの呟きに意味深に返すソフィア。葉子さんもまた、その雰囲気に言葉を詰まらせる。

 

『…………お父さんは、人形師の家系でありながら魔術師の家系でもあった。そんな人が、自分の魔術で、娘を完全で完璧な生ける人形に()()()()()()()

「ソフィア、もしかして……記憶が?」

『…………ここから、地獄が始まった』

 

 その言葉を合図にしたかのように、更に映像が切り替わる。リビングで母親がソフィアをテーブルに乗せて、楽しそうに談笑していた。

 

『…………お母さんはお父さんが魔術師だったことを知らなかった。でも、私がもう病気にならないことを知って、受け入れてくれた』

 

 朗報を口にしながらも暗い顔のソフィアは、眼前の映像(きおく)を眺めたまま続ける。

 

『…………私は眠って食べて喋れる、操る糸を必要としない、自分で考えて動ける生きた人形になってしまった。それが、お父さんの中にあった人形師としての……魔術師としての欲望に火をつけた』

「それは────」

 

 ソフィアの視線の先に居るジョセフ・エリンドール。彼の目にはギラギラとした野心が芽生え、もはや人形よりも魔術を優先している。

 あの顔を、ソフィアの言葉を。それらを合わせれば、この男の目的は想像に難くない。

 

「──【人形化】の完成か。完全で完璧な生き人形をもっと作りたくなって、研究に没頭し始めた」

 

 こちらの推察に、ソフィアはその小さい頭でこくりと頷く。

 

『…………私を人形にしたあの魔術は、実際はかなり不安定かつ不完全だったの』

「偶然だった、ってこと?」

『…………そう。私の時に成功したのはほとんど偶然。だからこそ、お父さんは完成させることに固執して……()()()というモデルケースを使った実験が最も効率的だと気づいた私は逃げ出した』

「逃げ出した──それって何時のこと?」

『…………』

 

 葉子さんとの会話を区切り、ソフィアは肩に乗りながら流し目でこちらを見ると。

 

『…………人形にされたのは、12歳のとき。逃げたのはすぐあとで、今から11年前』

「──なんて???」

『…………ふふ、私と与一、実は同い年なんだよ。驚いたでしょ?』

 

 そんなふうに、微笑を浮かべながら言う。そこにはもう、記憶が無かった頃の幼さも、舌っ足らずな言葉遣いも存在していなかった。

 

「う〜〜〜……ん。そりゃあもう、おど、ろい……たかなぁ……!!」

「本当に驚いてる時の声色ね、与一くん」

「というか、そうか。イギリスから逃げて魔力切れで動けなくなって、海を流れて日本に来たんだから……そのぐらいの年月が要るなぁ」

 

 しかし、ソフィアが実は同い年……同い年かぁ。なんか感覚がおかしくなるなあ。

 などと思案していると、円花さんが足でふくらはぎの辺りを軽く蹴ってくる。

 

「いでっ」

「──おい、ここでお喋りすんのはいいんだけどさあ、敵陣のど真ん中の自覚あんの?」

「ああそうだった。……次の部屋に行きますか、ジョセフも捕まえないといけなくなったし」

 

 ため息交じりに言うと、こちらの発言に疑問を覚えた葉子さんが問いかけてきた。

 

「捕まえる……?」

「ジョセフに異空間に引き摺り込まれたから言いそびれたんですがね……どうやら円花さん曰く、展覧会で見た人形(ドール)はソフィアと同じらしいんですよ」

「同じ────っ、アレが全部、人間!?」

「だと思うぞ〜、なんか雰囲気が似てるし」

 

 さっきまでの話をダルそうに聞いていた円花さんが、ソフィアの顔を見て答える。

 ソフィアもまた、円香さんの言葉に悲痛そうに表情を歪ませながら口を開く。

 

『…………私が、居なくなったから……お父さんは、何年も、他の人で実験を……?』

「だから、捕まえなきゃいけない。人間が人間を人形にさせる事態を法的に裁けるかは怪しいけど、ここで逃がしたら被害者は更に増える」

「まあ場合によっちゃ殺すけど」

『…………っ』

「こら、円花さん!」

 

 あっけらかんと言う円花さん。思わず声を荒らげると、彼女は言葉を返した。

 

「実際そうだろ。よほど話が通じないか暴れて手に負えないようなら、捕まえるよりはそっちのがリスクは低い。与一と、お前……………………はこいつに遠慮してこういうこと言えないだろ」

 

 こちらを見て、葉子さんに視線をずらすも、名前が出てこないのか視線が斜めに上がる。

 ともあれ、どうやら円花さんなりに、ソフィアに気を遣っていたらしい。

 

「──円花さん、思いやりの方向性がちょっと不器用すぎませんかね」

「あの、葉子です」

『…………まだ名前覚えてないの?』

「うるせえ。いいからとっとと────」

 

 と、扉の方を指さした円花さんだったが、言葉を途中で区切りながら伸ばした手に三節棍を【召喚(コール)】で喚び出して振り抜く。

 

 その三節棍の先端と、部屋の陰から伸びてきた刃先が衝突し、即座に葉子さんと共に臨戦態勢を取る。すると次の瞬間、部屋の景色が白く真っさらに変化し、その広さも数倍に広がっていった。

 

「──ソフィア、私の完璧な人形(ドール)

『…………!!』

 

 続け様に聞こえてきた声。そちらを見れば、初老の男性──ジョセフ・エリンドールが立っていた。

 視線を動かして円花さんの方を見ると、細いワイヤーが体のあちこちに繋がれた人形が、その手に西洋の細剣を握って三節棍へと叩きつけている。

 

「この11年、ずっと研究してきたが……結局この魔術は完成しなかった。何故だかわかるか?」

「知らねぇ、よっ」

 

 三節棍の両端を掴んで思い切り押し返した円花さんはそう切り捨てる。

 ジョセフは手元を軽く動かして、ワイヤーで連動した人形をも動かし傍らに立たせた。

 

『…………えっ、そんな……うそ』

「ああ、ソフィア。これが何だか、わかるだろう」

 

 その人形を見て、ソフィアが驚愕する。こちらでも、彼女の驚愕の意味を理解してしまう。

 その人形の顔には、見覚えがあった。人形の顔はどことなくソフィアに似ていて、しかしてソフィアとは少し違う。間違っていなければ────

 

『…………お、かあ、さん……?』

「──この、下衆め……ッ!!」

 

 ジョセフの傍らに立つ人形は、ソフィアの母親であった。驚愕から一転、困惑するソフィアに代わって、葉子さんが声を荒らげる。

 父が子を、妻を傷つけた。それが逆鱗に触れたのか、青筋を立てながらも静かに【召喚(コール)】を唱えて両手で散弾銃を握った。

 

「私の魔術の成功例はお前だけだった。血縁者ならと、マリアにも使ったが……これでは失敗だ。破損する人形が完璧であるはずがない」

「……完璧、ね。その定義は────ソフィアが完璧だとする理由はなんなんだ?」

不老(老いない)不死(死なない)不変(変わらない)。そして糸を必要としない生きた人形。もはや、壊れる人形に価値はないのだよ」

「ああ、ああ。なるほど。()()()な?」

 

 こちらの声に応えるように、ジョセフは部屋全体に次々と人形を喚び出して行く。

 ソフィアに似た半端な大きさの、ナイフなどを掴む人形から、大きな刃物や鈍器を握るマネキンまで、何十と喚び出しながら問いかけてくる。

 

「私は人形化の魔術を()()()()()()()()()()。そのためには、ソフィアが必要なんだ。死にたくなければ()()を渡したまえ」

「────あ?」

 

 一瞬で、こちらの血が沸騰したかのように苛立ちが沸き立つ。ソフィアを、()()っつったか? 

 だが──同時に、一つの疑問が熱を冷ますかのように冷静さを思考に叩きつける。

 

 人形化の魔術を、『完成させねばならない』……? ()()()()()()()()()……? 

 それは、おかしい。おかしいだろう、それならば────三枝早苗さんの手元に送られてきた【人形化】の魔術データは、誰が送ってきたものなんだ。

 

「与一ぃ、なんかボクも苛ついてきたんだけど、これでも殺すなって言うの?」

「……駄目だ、聞くことが出来た。俺もかなり苛ついてるけどね」

 

 ここに来て、さらなる複雑な状況になったことを理解させられる。

 最悪なことに、ジョセフがソフィアを人形にした魔術と、早苗さんが結月を人形にした魔術は、同じでありながら別物らしい。

 

 その件を聞こうにも、今は少し厳しい。ひとまず周りの人形とマネキンを全滅させて、拘束してからでも遅くはないだろう。

 ……それに、こんなやつでもソフィアと血の繋がった無二の親なのだ。

 

 ──けれども敢えて、こう言わせてもらおう。

 

「ソフィアは……()()()()は渡さない。ジョセフ・エリンドール、お前を捕縛する」

『…………与一……っ』

「アレらはもう、人間じゃない。なら俺は、それでもせめて、人としての尊厳を尊重してあげたい」

『…………うん。分かってる』

 

 葉子さんが散弾銃を構え、円花さんが三節棍を握る。こちらも【禍理の手】を展開し、肩に掴まるソフィアは、母親の形をした人形を見て言った。

 

 

 

 

 

『全部……全部、壊して!』

「……了解、お任せあれ!」




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