とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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エリンドール 6/6

 混戦。ただひたすらに、こちらの三人と無数の人形が入り混じった戦いが行われている。

 

【禍理の手】が足元の影や背中から放たれる度に、ソフィアより少し大きいくらいの人形が貫かれ、真っ二つに裂けて床へと落ちる。

 その光景に幾らかの罪悪感を抱きつつ、ジョセフを動けなくするべく動こうとする……のだが。

 

「ちっ、ちょこまかと……」

 

 曲がりなりにも人形師であり魔術師であるためか、ジョセフは悔しいことに、人形を使った間合いの取り方と人形の扱い方が上手い。

 

 糸を使って操る都合上、人形がたとえ何百と居ようが一度に操れる限界というものはある。

 仮に両手の指1本ずつで操れるとしても、それでも10体が限界だろう。

 

 しかし、そこは魔術で代用すればいい。奴は人形師であり、同時に魔術師でもあるのだ。

 おそらく人形に特定の状況では特定の行動を取るようにとプログラムのようなモノを組み込んで、実質的な半自動人形を作り上げている。

 

 ──そして。

 

『…………与一、右後方! ()()()()()()()!』

「っ、危ねッ」

 

 突如として動きが機敏になったマネキンが、他の人形やマネキンの間を素早く縫って動き、スレッジハンマーを振りかぶってくる。

 

 示現流もかくやと言わんばかりの上段を、足元から真上に射出した2本の【禍理の手】で白刃取りのように押し止め、別の2本で両サイドから拍手のような動きで叩き潰し、流れで奪ったスレッジハンマーをぶん投げて数体を纏めて薙ぎ払っておく。

 

 ……これだよ。ジョセフはソフィアのお母さん──マリア人形をボディーガードとして側に置きながら、隙を見てはこうして違う人形に糸を繋げて唐突にマニュアル操作で襲い掛からせてくるのだ。

 

 半自動で反応する人形が、不意打ち気味に突然マニュアルに切り替わる。

 これが意外と厄介で、単調な動きに慣れてきた所での()()にテンポをずらされるのがまぁキツい。

 

 ……こんな技術を持ちながら、完璧な生き人形に固執してしまったわけか。

 ただ、これだけは断言できる。

 

「ソフィア、この件は決してキミの所為じゃない。キミがジョセフを悪道に突き落としたんじゃない、ジョセフが自分から堕ちただけだ」

『…………うん』

「大丈夫、俺たちで罪を償わせよう。なにせ今回は、実力だけはある助っ人も居るからね」

「なんか言ったかァ──!?」

「いえなにも────っぶなぁ!?」

 

 遠くから耳聡く皮肉を検知してきた円花さんが、相手していた無数のマネキンを三節棍で弾いてこちらへと飛ばしてくる。

 このクソガキムーブさえなければなぁ、と思案しながら、ジョセフとマリアから目を離さないようにと意識を向け続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──三節棍を振り下ろし、ソフィアと似たりよったりの小さな人形を叩き潰す。

 材質は人形のそれと同じであり、しかして人間のときとは違い、()()があるわけではない。

 

「こいつら、元人間のわりには内臓とかは詰まってないんだな」

「私としては、その方が罪悪感も薄れるから助かりますけどね……」

 

 そう言いながら、ガションと散弾銃の持ち手をスライドさせて空の薬莢を排莢させる葉子が片手に空きを作り、その上に【召喚(コール)】で弾薬(シェル)を創る。

 

「……間違っても、ジョセフ・エリンドール氏を殺すのは駄目ですよ?」

「しつこいなぁ分かってるよ、ったく。だからその隙を探してるんだろーが」

「探し……?」

「ボクが遊んでるとでも思ってんのか」

「──いや、まあ、わりと」

「チッ」

 

 ここ数十分の間で()()()()人間であると理解している葉子の返しに、円花は舌を打つ。

 未だにナイを宿している影響で右と左で黒と赤に分かれた瞳は、視界の奥でマリア人形の持つ細剣と【禍理の手】を打ち合う与一を見ていた。

 

「隙を見せたら一発ぶちこむ、その一手を打てるのはボクだけだ。お前も与一も甘いからな」

 

 三節棍を捨てて刀を喚び出した円花が、そう言いながら鈍器を構えるマネキンたちを乱雑に両断した。弾薬の装填を終えた葉子は散弾銃を両手で握り、その手の得物に魔力を流して術式を起動する。

 

「……なにそれ」

「最近、連盟組織の方で考案されてるんですよ。発射薬を増量した強装弾を撃つために、銃器そのものに【強化】の術式を刻み込むという実験が」

 

 ガション、とスライドして、葉子は人形に銃口を向けて引き金を引く。

 

 ドガァン!! という想像を超える轟音が奏でられ、大粒の弾丸が人形とマネキンの体をズタズタに引き裂いてバラバラにする。

 重い衝撃が肩に突き刺さり、葉子は僅かに表情を歪めるが、それでもなお銃口は下ろさない。

 

「……私はもう警察ではない。それでもやっぱり、正義の味方で居ようという考えを、甘さを、捨ててはいけないと思うんです」

「────」

「それに……やっぱり、ほら。()()()()()()には、悲しんでほしくないじゃないですか」

「────。あ、そう」

 

 つまらなそうに、しかしどこか眩しいものを見るかのように。円花はまぶたを細めて、それから素早く葉子の襟首を掴んで後ろに引く。

 

「えっ、ちょっ!?」

「まあ、及第点ってことにしとくか」

 

 続けて片手を宙に翳すと、何も無いところから夥しい量の人形とマネキンが現れ空間を埋め尽くす。質量で押し潰そうとしたのか、はたまた。

 だが、しかし。それでも春夏秋冬円花という規格外の存在には、()()()()()()ですら足りていない。

 

「本当の暴力を見せてやる。──【重力制御】」

 

 

 

 

 

 

 

 ──マリア人形は、ソフィアの母親だった。だからやりづらい、という意味ではなく、ジョセフの人形師としての腕前が高すぎる。

 

 まるで生身の人間を相手しているかのように、細剣を操るその動きが滑らかなのだ。

 かといって、ジョセフの指先で動きを悟ろうにも、指一本に糸が何本も絡みついているため、どの糸がどの動きを担っているのかがわからない。

 

「そんな実力が、ありながら……生き人形に固執するのかよ、あんたは……!」

「貴様には分かるまい。人形師として、自立稼働する不変の生き人形と出会ったあの衝撃は」

「わかって、たまる、かっ!」

 

 マリア人形の細剣を三節棍で受け流し、足先を掠めるように振るう。

 直撃せずとも、三節棍はつま先に当たってバキリと左足の半ばを砕いた。

 

「っ、やりおる……!」

「まるで人間のように動かせる、それはつまりいきなり人間らしからぬ動きはさせづらいって事だ」

 

 返す刀で振るい、避けようとして一瞬動きが鈍ったマリア人形の細剣を、握っている右手の腕ごと砕いて前蹴りで距離を離す。

 

「大人しく捕まってくれ、さすがに人形とマネキンのリソースだって無限じゃないだろう」

「ああ、そうだな。……ここが勝負の際と見た」

「あ?」

 

 パン、という拍手の音。それはジョセフの両手が打ち鳴らした音であり────

 

「純粋な質量攻撃だ、あの二人に捌けるかな」

「なん……」

 

 ──ジョセフを警戒しながらも後ろを見れば、葉子さんと円花さんの近くに、凄まじい量の人形たちが現れ殺到している。

 まさか、こんな攻撃をここで選択するとは……と、驚愕しつつも。

 

 それで葉子さんが死ぬ……というよりは、円花さんを殺せるわけがないだろうという確信があった。

 

「なんで、ここで……選択肢を間違えるんだ」

「なに? ────っ!!」

 

 こちらの憐憫の目を、その意図を理解する間もなく、ジョセフの驚く声が届く。

 それもそうだろう、土壇場での必殺だと判断して投入した全戦力──大量の人形とマネキンは、円花さんの【重力制御】で一纏めにされ、力場に巻き込まれて球形に固められているのだから。

 

 そして、その驚愕が致命的であった。

 

 

 

「──空間、断絶。【線】」

 

 

 

 恐ろしく、鮮明に、円花さんの声を耳が拾う。ぞわりと背筋を撫でる怖気に従い横へと飛ぶのと、背後を通過した魔力がマリア人形を真っ二つにし、ジョセフの左腕を根元から切り落とすのは同時だった。

 

「づ、ぁ、がっ!?」

「はいおしまい。これでいいだろ、殺してはいないんだから」

「……これ円花さん一人で良かったよね」

「さあなぁ。ボクだけだったら即殺して終わりだったんじゃないの」

 

 まあそれはそう。

 

 ともあれ、左腕の根元から血を噴き出すジョセフが座り込み、青い顔をしてこちらを見上げる。徹底的に叩きのめされて、もはや抵抗の意思すら無いのか、近寄るソフィアを静かに目で追う。

 

『…………ねえ、お父さん』

「────」

『…………病気は、苦しかったよ。それでも人形になって、苦しくなくなっても、お父さんのあの魔術への執着を見ていたら、病気の時より苦しかった』

 

 小さい体で、悲痛な顔をして。胸元をグッと力強く握りしめて、服にシワを作りながら────ソフィアはただ、純然なワガママを言った。

 

『お母さんと、お父さんと、一緒に居られれば……他には何も、要らなかったんだよ』

「……ソフィア」

 

 その言葉を聞いて、いま初めて、こちらもジョセフ・エリンドールの瞳に父性を感じ取る。

 きっと、11年ぶりに、彼は久しぶりに、父親へと戻れたのかもしれない。

 

「ジョセフ・エリンドール、あんたのやったことは許されることじゃない。許されるとは思わないでほしい。それでも、償うことから逃げることも許さない。……もう、終わりにしましょう」

「……ああ、そうだな。私の負けだ」

 

 ぐったりと脱力するジョセフから、覇気のようなものが失われる。

 我々全員を殺してでも魔術を完成させようという野心のようなものが薄らいだのか、とにかく戦う気はもう無いらしい。

 

 せめて止血だけはしないとな、と思案して紐を【召喚(コール)】で呼び出そうとした────刹那。

 

「さようならだ、ソフィア」

「ッ────やめ」

 

 くい、と右手を返すジョセフ。真っ二つになり上半身だけとなっていたマリア人形が動きに合わせて勢いよく彼に迫り、止めようとするも間に合わず、砕けて鋭利に尖った右腕を素早く胸に突き刺す。

 

「っ、ごぶ」

「そんな……!」

「ふーん、そうするんだ」

 

 口許を押さえる葉子さんと、予想はしていたとばかりにため息をつく円花さん。

 こちらもソフィアを掴むと、彼女は指にしがみつきながらジョセフに言葉を投げる。

 

『…………お父さん、なんで……!』

「私たちの家は、もう無い。人形化の魔術データは、私の、頭の中だけにある……これを、万が一にも……人に渡すわけにはいかない」

 

 有無を言わせず、ジョセフは小さく言葉を唱えると、マリア人形もろとも自身の体を火に包ませる。

 

「一緒に居られれば、か。もっと早くに、気づくべきだったなあ。なあ、マリア」

「この……卑怯者……。ここまで来て、死んで勝ち逃げするかよ、普通……!」

 

 今すぐ火を消せば……いや、マリア人形の尖った腕は心臓を貫いている。

 出口が無いこの異空間は、おそらくジョセフの意思か本人が死なないと出られない。

 

 もう間に合わない。そう悟ったのもつかの間、ジョセフはさらに、信じられない発言をした。

 

「────お前の指示通りに、日本に来たが……間違っていたようだな…………()()()()()

「……いまなんて言った?」

 

 ジョセフの返答は、無い。果たして空間がぐにゃりと歪み、異空間の崩壊が始まる。

 

「待て、ジョセフ! いま有栖川って言っただろ!? どっちのことだ!?」

「与一くん! 落ち着いて!」

 

 ガラガラと音を立てて崩れる部屋の中で、火に包まれるジョセフは、何も言わない。当然だ、もう、彼は亡くなっている。

 一瞬の目眩の後に、視界に広がる光景は、異空間に来る前のスタッフルームへと戻っていた。

 

「……ジョセフが日本に来たのと、このタイミングで千夏さんが戻ってきたのは、偶然ではない……のだと、したら……」

 

 スタッフルームに転がる焼死体。破損したマリア人形。それらを気にする余裕すらなく、思考は一つの結論へと到達する。

 

「────真冬が危ない」

 

 ──人形化の事件は、一つの因縁を終わらせ、しかして別の事態へと繋がって行く。

 とにかく連絡を取らねばと思い、携帯を取り出して電話をするも、幼馴染が出ることはなかった。

 

 

 

 

 

『続』




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ジョセフ・エリンドール (48/♂)
・人形師にして魔術師の男。病気になったソフィアを【人形化】で救うも、生ける人形という人形師としての到達点を作り出してしまったことで魔術の完成に執着してしまう。最期は人形化の魔術データを不出とするために自害するが、彼とは別の、完成された【人形化】が存在することは知らないままだった。

ソフィア・エリンドール (22/♀)
・病気をきっかけに魔術で生き人形となった少女。異空間で失われていた記憶を取り戻し、本来の年齢をも思い出したことで、これまでの幼さが鳴りを潜めた。
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