とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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有栖川■■の選択 1/6

 とある会議室に、人を集めた女性が一人。

 老若男女の研究者を前にした女性は、口を開くと淡々と語り始める。

 

「こうして細菌・ウイルスの研究をしているキミたちを見ていると、私は思うわけだ。『私のやっていることはコレよりマシだ』、とね」

 

 ざわめく周りを無視して、女性が更に言う。

 

「──この世界の未来のために、どうかここで犠牲になっておくれ」

 

 それからおもむろに両手を前に出すと、女性はにこりと微笑を浮かべて。

 

「では、さようなら。()()()()()の皆々様」

 

 ──果たして誰の言葉を待つでもなく、その両手をパンッと甲高く打ち鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 ──待ち人のためにと、駅前に待機していた有栖川真冬は、なぜか眉をひそめながらバスの一番後ろ窓際に座って肘をついていた。

 

「……ったく、母さんめ。自分が駅で合流っつったクセに待ち合わせ場所変えやがって」

『メール見る限りだと……次で降りてすぐのビルで会談があるんだっけ』

「急に予定が入ったのか、入れたのか……ま、あとで聞けばいいか」

 

 膝に置いたリュックのファスナーが僅かに開けられており、中から声が発せられる。

 周囲に人が居ないことを確認した真冬がファスナーを更に開けると、ヒョコリと上半身を出した生き人形──元同級生・羽田結月が現れた。

 

『今日は、与一たちは人形展覧会に行くんだっけ。いや〜あのとき私を生き人形に変えやがった人とこないだ久し振りに会ったときは驚いたよねー』

「だな」

『まあ、社会復帰できてんならいっか。当時もびっくりしただけで別に恨んじゃいないし』

「……お前の能天気さを見習いてえよ」

 

 呆れるほどのポジティブさにため息をつきつつ、目的の場所に降りるために停車ボタンを押す。

 少しして停まったバスから降りてリュックを背負い直し、ファスナーを閉めて結月を隠す真冬は、地図アプリを一瞥してから歩き出した。

 

「しっかし、母さんは兎も角……親父の方に疑わしいコトがあるとはな」

『そーいえば、これから会う真冬のお母さんってどんな人なの?』

「ガキよりガキみてぇな人──()()()な」

『だった?』

 

 ビルゆえの高さが目立ち、目的地がそこだとわかる。真冬はそちらの方向へと足を動かしながら、リュックの中からの声に返す。

 

「昔の例の一件で、与一のご両親……龍一さんと悠花さんが亡くなったことを知ってからは、すっかり大人しくなって仕事人間になったのよ」

『うへ〜……』

「ただ、例の一件に親父が関わってたことを考えると──恐らく母さんも何かを知ってる」

『あぁ、それを聞きに行くんだ?』

「そんなとこ」

 

 そんな会話を交わしつつ、果たして一人と1体はビルにたどり着く。

 

 

 

 

 

 けれども目的の人物の影も形もなく、受付に聞いたところ、既に会談を始めていることが判明し、真冬は額に青筋を立てながらエレベーターに乗った。

 

「マジで一発引っ叩いてやろうかな」

『まぁまぁまぁ、仕事人間なんでしょ? しかも細菌・ウイルス研究の。仕方ないって』

 

 エレベーター内の数字が順に点滅し、やがて11階で止まった。彼女が降りて廊下に出るも、そこには人の気配は欠片も無い。

 

『ご両親の仕事ってなにやってんの? 細菌・ウイルスの研究っつってたけど、まさか研究者でウイルス作ってたりすんの?』

「すんぞ」

『へぇい!?』

「昔流行した細菌・ウイルスを敢えて再現して、現代でまた流行してしまったらどう変異するのか──とか、そういうのを調べたりしてんのよ。まあ、やろうと思えばバイオハザード出来るらしいけど」

『したらどうなんの?』

「世界が終わるんじゃない?」

『うげぇ〜』

 

 ──なんちゃって。と脳裏で独りごちる真冬は、ふと立ち寄った扉の向こうからくぐもった話し声が聞こえてきて足を止める。

 

「ここか?」

『まだ話し中っぽいし、終わるの待とっか』

「んー、だな」

 

 結月の言葉に同意して、真冬は壁に寄りかかろうとする。けれども、室内から声と同じようにくぐもった、パンッという乾いた音が聞こえた。

 続けて何かがドサドサと落ちる────否、()()()音を耳にして、眉を顰めて訝しむ。

 

「……結月、顔出すなよ」

『あいマム』

 

 ジャッと後ろ手にファスナーを閉めた真冬が、忍び足で扉に近づき、ゆっくりとドアノブを捻る。

 もしや母が何かに巻き込まれているのか──という心配から、いつでも魔術を発動できるようにしつつ、中へと侵入しようとして。

 

「────」

 

 最初に捉えたのは、鼻に突き刺さる鉄錆の臭い。続けて視界が倒れ伏す老若男女と、机に置かれた紙皿の上にある、異質な物体。

 

「やあ真冬。早かったね、こっちの予定を終わらせて、下で来るのを待つ予定だったのだけれど」

 

 続けて目を会議室の奥に向けると、そこには暖かそうなニットの上に白衣を羽織った、長い黒髪を後ろで一房に括る女性が立っている。

 

「────。なん、で」

 

 真冬には、その女性に見覚えがある。──当然だろう、真冬は彼女と待ち合わせていたのだから。

 それから改めて、机に突っ伏し、或いは床に倒れている人たちを一瞥するが。彼らは全員息をしておらず、苦悶の表情で絶命している。

 

 並べられている紙皿を見やると、赤黒い液体が溢れており。その液体の供給源だったモノの正体を、真冬は逡巡すら挟まず理解した。

 それは、心臓だった。一人ひとりの前に置かれた、紙皿の上に転がる心臓。

 

 それと絶命している人たちを見れば、どれだけ鈍くても察することが出来るだろう。

 ──彼ら彼女らは、心臓を抜き取られた事が原因で、命を絶たれているのだ。

 

「……あんたが、やったのか」

「そうだよ、真冬。私がやった」

「ッ!!」

 

 肯定するように微笑を浮かべる女性──有栖川千夏に近づき、握りこぶしを作る真冬だったが、彼女が自分を見るその眼差しを前に足を止めた。

 

「…………違う」

「違う?」

「お前は、母さんじゃない。誰だ!?」

「────。何を、言っているんだ?」

 

 漠然とした感覚。だが、それでも、どうしようもなく湧き上がる違和感を無視できない。

 真冬の目には、眼前の千夏が()()()()()()()()()()であるようにしか見えないのだ。

 

「母さんだったら、こんなことを絶対にしない。お前は誰だ? 母さんの真似をしているのか? それとも体を乗っ取ってるのか!?」

 

 真冬の言葉に、千夏は「ほう」と感嘆するような小さな息を吐き、考えるように視線を左右に動かす。

 

「ふむ、まあ、与一クンの近くに居れば否応なしに魔術の世界に足を踏み入れることになるのか。しかし……擬態か入れ替わりを警戒、か」

 

 千夏は。──千夏を真似た誰かは。そう言って素直な賞賛をするように笑みを浮かべると、千夏のモノではないその眼差しで言った。

 

「……真冬、キミは本当に賢い子だ」

「あ?」

 

 不意に、ピシリと、真冬の思考が固まる。彼女は、言われた言葉に覚えがあった。

 けれども()()を言った人物は、眼前の相手ではないことも理解している。

 

 何故ならその言葉は、今よりも10年以上前の、ずっと幼い頃に言われた言葉だからで。

 そして、なにより。それは大きな手で真冬の頭を優しく撫でた人物が、当時の幼い自分を褒める為に口にした言葉だったからだ。

 

「──嘘だろ」

 

 眼前の女性は、母親(ちなつ)ではない。ならば誰か? 真冬はわかっている。しかし、信じたくもない。

 ワナワナと震える口。声を出そうとして口角は痙攣し、なんとか絞り出した結論は。突拍子もなく、それでも──正解(アタリ)であった。

 

 

 

 

 

「あんた、親父……なのか」

「────。ああ、本当に。キミは賢い子だ」

 

 真冬の問いに、千夏は。──千夏の姿をした、有栖川春秋は。娘の成長を喜ぶように、妻の顔で、満足げな表情を取っていた。




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