有栖川千夏の姿をして、千夏の顔で、有栖川春秋は真冬の賢さを称賛する。
真冬もまた、春秋に対して表情を歪めながら声を荒らげて問いかけた。
「なんで、こんな事をした……!」
「──この世界の未来のため。と言っても理解は出来ないか、落ち着いて話をしたいから、場所を移したいのだ……が……」
春秋がそう言って、ふと視線を真冬の背後──背負っているリュックに向ける。
「……そこに何を入れている」
「────。別に、何も?」
「誤魔化さなくていい。隠すなら、もう少し上手く魔力を抑えるべきだ」
などと呟くと、春秋は足元のレジ袋からリンゴを取り出す。続けて魔力を薄く放出し、何らかの魔術を行使しようとしていることに気づき、真冬は反射的に警戒するが──瞬きの内にリンゴが消える。
『…………あえ?』
「なっ」
代わりにリンゴがあった春秋の手のひらの上には、リュックに隠れていた筈の、結月の姿があった。
『えっ、ちょっなんむぎゅぶ』
「──生き人形……? バカな、
『んぎゅおおおっ!?』
がしりと結月を鷲掴みにして、興味深そうに角度を変えながら独りごちる春秋。
「──真冬、ソフィア・
「……エリンドールが誰かは知らんが────」
そこで言葉を区切った真冬は、一瞬だけ春秋の後ろにあるもう一つの扉が音もなく開けられていく光景を一瞥し、獲物に飛びかかるヘビのように現れて
「む?」
『うぉあっぶなぁっ!?』
「──ソフィアと、その保護者代理なら、今お前の後ろに居るだろうな」
思わず手を離した春秋から逃れて上に飛んだ結月が、真冬の後ろに隠れて覗き込む。
春秋の体に巻き付いた鎖の先端に存在する禍々しい『手』は、
「……ふむ。硬いな、魔術……いや、異能か」
「真冬? 無事か?」
相手を拘束した文字通りの手応えから、その『手』の持ち主────桐山与一が部屋に入る。
「無事。いまんとこは」
「そうか──えっ、千夏さん!?」
室内の惨状、それから自身が拘束した相手が有栖川千夏であると気づいた与一は【禍理の手】を緩めようとするが、真冬が怒声を張った。
「解くな!! そいつは親父だ!!」
「なんて???」
「母さんの体を、親父が使ってる」
「…………マジで?」
与一が呟きながら春秋の顔を見やると、彼もまた肯定するように小さく頷く。
頭の中の混乱を押さえつけて、与一は逡巡の後に警戒しながら口を開いた。
「なら、春秋さん。こう言えば理解できますよね。──あの旅館の事を、無貌の神のことを、俺は全部思い出しましたよ」
「! ……そう、か」
「それと、ジョセフ・エリンドールは死にました。あなたに言われて日本に来たことと、アリスガワという名字を言い残して」
「…………」
続け様の情報を聞いて、春秋は黙り込む。自身の持つ情報と与一たちの持つ情報を摺り合わせる必要があると思案して、それぞれに視線を向ける。
「ソフィア・エリンドール、居るな?」
『……居る、けど』
春秋がそう問うと、与一の肩にぶら下がるようにして背中に隠れていたソフィアが、ひょこりと顔を覗かせて露骨に警戒する。
敢えて追求することもなく、春秋は同じように結月の方へと顔を向けた。
「よし、そっちの生き人形も真冬にくっついているんだ。うっかり
『へ?』
言われるまでもなく真冬にしがみついている結月が、素っ頓狂な声を上げた。
「……? 何を────」
それと同時に春秋の体から魔力が薄く溢れ、与一が何をしているのかと問いかけようとした瞬間、その場の全員の視界が刹那の内に切り替わる。
「──して、いる……」
ビル内の会議室に居たはずの与一たちは、いつの間にか、雑多なモノがごちゃごちゃと置かれた別のビルの一室に立っていた。
「さて、腰を据えてゆっくりお話しようか。与一クン、これを解いてもらえるかな」
「ああ、はい」
【禍理の手】の鎖部分でグルグル巻きにされている春秋が与一に言うと、彼はさらりと拘束を解いた。
「おい!?」
「大丈夫だ、春秋さんは逃げないよ。そのつもりならとっくに消えてる」
眉を顰めて春秋を睨む真冬は、ジャラララと音を立てて与一の影や背中に消えていく【禍理の手】を横目に、春秋へと質問する。
「さっきのは、なんの魔術なんだ」
「ん。そうか、知らないのだったな。空間置換……分かりやすく言えば、入れ替わりの魔術だよ」
そう言われて、真冬がおもむろに床に降ろしたリュックのファスナーを開けると、中には先ほど春秋が取り出していたリンゴが転がっていた。
「……なるほど、リンゴと結月を入れ替えたのか。じゃあ、あたしらは何と入れ替わってここに?」
「咄嗟の逃走用に置いておいたマネキンだね。今頃向こうは、無数の死体と3体のマネキンが置かれた部屋になっているはずだ」
『ひ、ひでぇ〜〜〜……』
「まあ、今は私の罪については置いておこう。二人が聞きたいことも多いだろうし、できる限り順を追って説明したい」
当然のように結月のドン引きを受け流して、春秋は室内に積まれたパイプ椅子と折り畳まれていたテーブルを広げ、段ボールから水のペットボトルを取り出し、電気ケトルに入れてスイッチを入れる。
「二人も座りたまえ」
与一と真冬に座るように促し、その間に紅茶のパックとコップを別の段ボールから取り出すと、沸くのを待ってからそれらにパックを入れてお湯を注ぎ、トレーに乗せて持ってきて眼前に置いた。
よほど
「…………。ふむ、やはり紅茶だな」
一口含んで味と香りを楽しむように、春秋はゆったりとした動作で言う。
中身は兎も角、見た目は真冬の母親なだけあって美形であるため、二人と2体は様になってるなあと言葉にせずとも同じ事を思った。
「……コーヒー派の母さんの体で紅茶飲んでんの、違和感しかねぇな」
「千夏さん、前に紅茶のことを『薄いお茶味のお湯』ってディスってたもんねぇ」
「私からしたら、苦い液体を嬉々として飲む奴の方こそ気がしれないがね」
『お〜……生で模範的
『……私も一応、イギリス人なのだけれど』
『あ、めんご』
「ソフィア・エリンドールは、どちらかと言えばコーヒー派だったかな」
『うん。…………うん?』
あっけらかんと会話に混ざり、知らないはずの好みを知っている春秋に、ソフィアは訝しむ。
「なぜ、今日初めて会った相手が自分の人種と好みを把握しているのか、だろう?」
『……お父さんから聞いたの?』
「いいや。──まあ、覚えていないのも無理はないか。そもそも、
含みのある言い方をする春秋は、紅茶の残りを飲み干してから一息つくと、数秒ほど天井を見上げて
──その場の全員の頭に疑問符を浮かばせる、爆弾発言を言い放った。
「私は、今から100年ほど未来の時間から訪れた未来人だ。キミを知っていたのも、未来のソフィア・エリンドールが私の協力者だったからに過ぎない」
『…………えっ』
『?????』
「は?」
「なんだって?」
ソフィアは戸惑う。いきなりの未来人カミングアウトに、ではなく。未来の自分が、春秋の協力者だった、ということにだ。
脳裏に現れる『
「ソフィア・エリンドールは、自分の体を解明するために。私はその魔術を安全に使うために。──そんな利害の一致で、私たちは未来で【人形化】を完成させ、この時代に持ち込んだのだよ」
『────』
その言葉に、ソフィアは、ただただ絶句する以外の行動を起こすことが出来なかった。
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