――Sky Fall―― “Miraculum” fall from the sky 作:一般人
ある夜の平原、暖かな色の光を放つランタンに照らされた日記帳の上で、サラサラと今日の出来事を書き綴るために動いていたペンがふと動きを止めました。
そのペンの持ち主である灰色の髪の少女は瑠璃色の瞳を瞬かせながら、手元の日記帳から視線を外し、頭上の星空の現れては消えていく流れ星たち――つまり流星群を見つめておりました。
その光景はまるで、完成していたキャンパスに新たな息吹を吹き込むように、スッと幾本もの線を描き、フッと溶けるように黒に飲み込まれて消えていきます。しかし、ただの流れ星ではなくそれが幾多にも現れる流星群ですから、その頃にはまた別の新しい軌跡が2本、3本と次々に生まれてくるのです。
そんな騒がしくも美しい星降る夜空を瞳に映しながら、感慨深げにほうッと息を吐き胸元の魔女のブローチを揺らした彼女は、そっと祈るようにゆっくりと手を組んで――。
「金金金」
と、その幻想的な光景に反して、夢もへったくれもないような願い事を呟きました。さて、そんな現実的な思考を持ち、流星群によっていつもの倍以上も可憐な美少女は誰でしょう。――そう、私です。
願い事を終えた私は手を解き、日記帳に今日の出来事を綴る手を止めたついでにぐっと伸びをして息を吐けば、ほんのりと温かい感覚が全身を巡っていきます。今日は旅の道中で不運な出来事に見舞われてしまい、大変な時間を過ごしましたから体全体が大なり小なり疲れを訴えています。
こういう日は温かいお布団に包まれて寝るに限るのですが、その不運のせいで日が落ちる前までに次の国までたどり着くことができず、こうして木がまばらに生えているだけで他には何もない平原の真ん中で野宿をすることになってしまったのです。
まあいくら愚痴を吐いたところで何かが変わるわけでもないので意味はありません。それにもうすっかり夜も更けてしまっています。早めに寝なければ寝過ごしてしまい、結局明日も次の国に辿り着けないなんてことになりかねません。
視線を手元に戻し、まだ書けていなかった出来事を少しだけ急いで書いていき、それが終わったらランタン以外の物を鞄の中に片付けていきます。それから、上着を草の上に敷いて荷物を枕にし、魔法で取り出した毛布を被って寝転がりました。……寝心地は普通に悪いですが、この遮るものが何もない美しい景色を天蓋にし、独り占めしながら眠るということだけは、いつもの野宿とは違ってなかなか良いものかもしれません。
本当は、この景色を誰かと共有できた方がもっと良かったのに、という少しだけ名残惜しい気持ちもありましたが。
〇
そうして迎えた翌日、私は予定していた国に問題なく辿り着くことができていました。
ほうきから降りると眼前には、まあよくある普通の門が広がっており、そこに向かってそれなりの長さの列ができていました。
私はその列の最後尾まで行くと、この後どう過ごすか考えを巡らせて時間を潰します。元々、この国は次の国までの中継ぎ程度に考えていましたので、これといって何か目的を持っているわけではないのです。
以前滞在した国で聞いた話でも、この国はそこらへんの国とあまり変わらないということでしたので、こうしてお昼前というかなり早めの時間に到着してしまうと、手持無沙汰になってしまいます。
まあ、よくある風景の国とはいえ、全く同じものが広がっているわけはありませんので、街をぶらぶらと歩いて観光していれば、良い時間つぶしとはなるでしょうか。
「長旅お疲れ様です、魔女さま。滞在日数と滞在理由を伺いたいのですが……。魔女さまも“奇跡の降る夜”を観光しにいらしたのですか?」
気がつけば、列はもう私の番になるくらいには進んでおり、門番の方がにこやかに話しかけてきながら滞在理由や日数などを尋ねてきます。これはどの国でも当然行うことなので作業をこなすように答えようとしましたが、ふと彼の言葉の中に一つだけ気になる単語がありました。
「……いえ、私は一日ここに滞在してからすぐに出発しようと思っていましたけど……。その“奇跡の降る夜”とは何でしょうか?」
「ああ、ご存じありませんでしたか。とすると、魔女さまは相当運が良いですよ。“奇跡の降る夜”とは我が国で年に一度だけ開かれる一週間のお祭りなのです。もし昨夜この周辺にいらしたのであれば、たくさんの流れ星は御覧になられませんでしたか? この時期になると、この国の周辺であのように美しい流星群が見られるのです。祭りは今日で二日目でして、この時期にはこうして観光客の方が多く訪れてくれるのですよ」
「へぇ……」
なんだか、昨夜の光景を独り占めできて優越感を覚えていたのが馬鹿みたいに思えてきました。
しかし、偶然とはいえ祭りの時期にここに来れたのは嬉しい誤算です。先ほどは中継ぎ程度と言いましたが、別に私の旅はきっちりスケジュールを組んでいるわけでもありません。
ですから、予定を変更してこの国に一週間程度留まるのは何ら問題ないわけです。そういうわけなので、せっかくですから楽しんでみましょう。
「では、祭りの間はこの国に滞在してみようと思います」
「分かりました。魔女さまが奇跡を見つけられることを願っております。ようこそ、魔女さま!」
門番さんの声を背に、私は門を潜り抜けました。
「飽きましたね」
私は何となくで選んだそこら辺の喫茶店のテラス席で、注文したコーヒーを一口飲んだ後にそうぼやきます。
そもそも、祭りの名前からしてもそうですが、この催しの一番の目玉はあの流星群です。ですから、こうして昼に外を出回ったところで、ちょっと屋台が開かれている他には物珍しいものは何もありません。せいぜい星をかたどった装飾品やパンなどがちょっとだけ珍しいと言えたでしょうか。ぼったくりも良い値段でしたが。
それに流星群自体も昨日寝るまで眺めて満足しましたから、正直ここに一週間も滞在する理由はありません。
「やっぱり明日には出発する事にしましょう」
それにしても、人から聞いた普通の国という話は本当でした。これといってめぼしい観光地もありませんし、何か注目を浴びるようなイベントもありません。本当に何もない、平和な国といった感じです。そういった意味では、私の故郷であるロベッタと似ているかもしれません。
そんなことを考えながら、懐から地図を取り出して次の国までの旅路を考えながらコーヒーに口を付けようとしたタイミングで、祭りや日常で生じる喧騒とは少し違うそれが耳に入ってきました。
「昨日の流星群は前年に比べて観測できた量が倍以上だった! これはあの流れ星が地上に落下する予兆だ!! もし流れ星が地上に降り注げば人類は半数が死滅し、戦争がそこら中で発生し、文明は崩壊する。そうならないようにするためには私たちが手を取り合って協力するしかないんだ!!」
声のする方に視線を向ければ、大袈裟といえるほどの身振り手振りを交えながら、通りの真ん中で何やら不吉な演説を行っている女性の姿がありました。通行人が危ないものを見るような目で一定の距離を取ろうとするため、彼女の姿はいやによく目立っています。
彼女の様子をしげしげと観察してみますが、怪しさ満点の危ない宗教をやっているような装いをしているようには見えません。もちろん、装いだけですべてが決まるわけではありませんが、あれはどちらかといえば、部屋に籠って実験や研究をしていそう……といった感じでしょうか? 白い上着のようなものを羽織り、髪はボサボサとしているように見えます。
私が叫んでいる女性の観察を終えたタイミングで、斜め前の席で昼食をとっていた男性のグループもそちらに視線を向け、呆れたような声を出し始めます。
「おい、また始まったのか?」
「そうみたいだな。あいつが騒ぎ始めてからもう十数年は経つが、今まで一度も星が落ちてきた事なんて無い。ちょっと前までは鳴りを潜めてたのに……いい加減懲りないのかね」
「せっかくだ、あと何分で衛兵が来るか賭けようぜ。負けた奴は昼食おごりで」
「一人で俺たちの量の2倍以上食ってるお前が得するだろ、却下」
ふむ。もし彼らの話が本当なのであれば、怪しい宗教はやっていなくともやばい研究者であることには間違いないようです。
改めて、彼女の周りの人々に視線を向けてみますが、先ほど言ったように遠巻きに眺める人の他に、迷惑そうに一瞥したあとに早足でその場を離れて行く人も見つけました。彼ら彼女らは、昔から女性の奇行を知っているこの国の住民なのでしょう。
そうしてしばらく彼女の演説を話半分に聞きながらコーヒーを啜っていましたが、そこまで時間も経たずに二人の衛兵が彼女の元に駆け寄っていきました。
「おい、またお前か! いい加減にしろ!」
「私は人類の為を思って忠告しているんだ。いい加減にするのはそっちだろ! 私の話に少しは耳を傾けろ!!」
「お前のホラ吹きに付き合ってられるか。毎度言ってるが、観光客を不安にさせるようなことはするんじゃない!」
「はぁー!? 観光客を不安にさせるなと言うが、何かあった時お前たちも不安にさせるようなこと言ってるだろーが!! 避難誘導のときとか、犯罪者が出たときとか!!」
「それは必要なことだろう! このアホ!」
「アホって言ったな、アホって言った奴が馬鹿でマヌケで頭ぱっぱらぱーなんだぞ!!」
彼女はこのまま拘束されて連行されるのだろうなと思っていましたが、なぜか駆けつけた衛兵の方と低レベルな言い争いを始めました。いや、ちゃんと仕事してくださいよ。
一応、言い争いをしていないもう一人の衛兵の方は捕まえようとしていましたが、有り得ない身のこなしをする女性に全部躱されています。なんも役に立ちませんね、この国の衛兵。
「大体星が落ちてこないってそっちは言うが、その証拠はなんだ? ん? 言えないだろ? つまり、私がこうして主張するのは別段おかしいことではないんだぞ? 分かるか?」
「そうだとしても、それを公の場で騒ぐお前の行動に問題があるんだよ!!」
「うわー、最低だー! 表現の自由の侵害だー!!」
彼女がびしっと指を差して意味の分からないことを声高に主張すれば、その腕をついにもう一人の衛兵に掴まれました。それに彼女はしまったと苦々し気な表情を浮かべます。
「やっと捕まえたぞ。とりあえず、今回も数時間は拘束されるものと思えよ」
「まっ、待て。お前の説教は長いし常識しか話さないからつまらんし色々と面倒だ。止めてくれ」
「その常識がお前には欠けてるんだろ。待たないし、止めない。ほら、行くぞ」
「あああああああ!!!」
腕を引っ張られ、ずるずると連行されていく彼女でしたが、それでもまだ演説を諦めきれないようで、周囲で見ていた観光客に指を差し始めて最後の抵抗と言わんばかりに大声で叫びます。
「そこで関係なさそうに見てるお前! それからお前! そしてお前ら!! 関係ないと思って時間を過ごしたら後悔するからな! そこで優雅にコーヒー啜ってる魔女、お前も――!!」
おっと、偶然にもやぱい人と目が合ってしまいました。しかも、それだけであれば何ら問題はなかったのでしょうが、明らかに他の人に比べて反応が違っており、目を付けられたということが否応なしに察せてしまいます。
とっさに目を伏せて知らないフリをしますが、視界の端で件の女性が腕を掴んでいる衛兵を引きずりながらこちらに向かって来るのが見えました。
なんで衛兵が一般人に力負けしてるんですか? この国の衛兵は何らかの要素がくそざこじゃないと採用されないんですか?
「お前お前お前お前おまえええええええええ!!」
「ひえ」
そしてゴリラみたいな筋力を見せる彼女は私の想像を遥かに超えるやばい人でした。まるで憎き敵を見つけたと言わんばかりの絶叫を轟かせる彼女の姿はもはや恐怖そのもので、周囲に居た喫茶店の客たちがもの凄い勢いで逃げていきます。
私もそれに倣ってすぐにこの場を離れようと立ち上がりますが、残念な事に目を伏せており周りの行動を認識するのに一拍の遅れが生じたことによって、完全に逃げ遅れてしまいました。
人が避けたことによってできた道を彼女は一直線に突き進んで来て、やがて私の席の目の前まで来ると衛兵に掴まれていない方の手を机に叩きつけて、カッと見開いた目で私の顔を覗き込もうしてきました。こわっ……。
当然、私は目を合わせないために頭を左に向けて顔を背けます。それでも彼女は表情一つ変えず、体を動かして私の顔を覗き込んでこようとしてきたので、椅子ごと体を回転させて逃げます。追いかけてきます。逃げます。追いかけてきます。
そんなことを繰り返していると、いい加減にじれったくなったのか彼女が椅子をガシッと掴んで、顔をずいと近付けてきます。なんということでしょう、もう逃げられません。
「お前はイレイナで間違いないな?」
「いえ、人違いです」
「いや、お前がイレイナだ」
「無敵の人ですか、あなた?」
というより、さっきから衛兵の方は何をしているんですか? どう見てもメンチを切られているというのに、見てるだけなんですか? なんのために衛兵してるんですか? 困ったように眉を下げてますけど、そうしたいのはこっちなんですが?
いえ、そんなことよりも、さらっと受け流してしまいましたが、どうしてこの女性は私の名前を知っているのでしょうか? 私のストーカーさんなのでしょうか。それとも過去で私に何らかの恨みを抱いている人でしょうか。いずれにしても、私はこの女性に見覚えなんてありません。
「お前がイレイナという証拠はちゃんとあるんだ。灰色の髪に瑠璃色の瞳、その魔女の証である物」
「私の見た目をそのまま口にしてるだけでは?」
「そして、お前の記録している日記帳みたいなものには大体自画自賛する言葉とともに『そう、私です』と書いている。あと割と黒い商売をしている。よくパンを好き好んで食べていて、キノコは他人に押し付けるレベルで嫌い。あとは少し胸が小さいことを気にしている」
「ぶっとばされたいんですか?」
どうやら目の前の彼女は単純に喧嘩を売りに来ただけのようです。今の今まで背け続けていた顔を彼女の方に向け、全力で“真心”を込めた笑顔を送りながら杖を取り出します。
「おやおやおやぁ、当たりかな?」
「随分と妄想癖の激しい方のようです。何一つ当たっていません。が、もし喧嘩を売っているのであれば買ってあげますよ?」
「おぉ、怖いねぇ。随分と乱暴な魔女さまのようだ。怒ると可愛い顔が台無しだよ? ん?」
「……えいっ」
「あっづぅあああああああ!!!?」
おや、突然風が吹いて私のコーヒーカップが倒れてしまったようです。さらに幸運――ああいえ不幸なことに、何故か異常なほど温まった中身が彼女の足に降り注いでしまったみたいです。
いやぁ、こんなこともあるんですねー。びっくりしましたー。
「お、お前ええ!? 若干煽っちゃった私も悪いけどさぁ! そこまでするぅ!?」
「何のことですか?」
「こ、この腹黒魔女めぇ……!! あ、いや、すみません。だからそれしまってくれませんか……?」
私が杖を掲げて左右に振れば、急に彼女は顔を青くして引き下がりました。どうしてでしょう? 私はただ杖の様子を確認しただけなのですが。
そんな私と彼女の様子を、先ほどから腕を掴んでいただけで何もしていなかった衛兵はため息を吐くと、彼女の腕を軽く引っ張ります。いや、ため息を吐きたいのはこっちのほうなんですけど。
「もういいだろう、ガーベラ。そろそろ連行するぞ」
「あ、はい」
どうやら気が狂ってるとしか思えない女性の方はガーベラという名前のようです。普段から衛兵のお世話になっていることで名前を憶えられてしまっているのでしょうか? 何にせよ、先ほどまでの威勢の良さや抵抗が嘘のように、彼女は衛兵に連れられてこの場を去っていきました。
残された私は彼女たちの姿が見えなくなってから、はぁとため息をついて再び席に座ります。そしてテーブルの上に視線を戻し、ふと半分以上がコーヒーによって塗りつぶされた地図に気がつきます。まあ、この程度であれば、魔法を使って一瞬で元に戻せ――閃きました。
「あー、地図が使い物にならなくなってしまいましたー」
いやぁ、地図というのは意外と値の張るものですから、新しいものを用意するとなると、これは手痛い出費となりそうです。次に会ったらしっかりと弁償してもらうことにしましょう。
◇
一人の少女がある夢を見ていました。それは生まれ育った国の中で、雲一つない綺麗な黒色にまるで宝石が散りばめられているように星々が広がっている夜空を眺めているというものです。ただどうしてか、見知っているはずの風景に少女は何か小さな違和感を覚えていました。こう、いつも定位置に置いてあるはずの物が別のところにあるような違和感が。
それの正体を探ろうと夜空から視線を下ろして、くるりと自分の周りを見回せば、そこにはいつも以上に明るく照らされた通りに多くの人々が行き交う光景が広がっていました。
どうやらちょうど、この国で年に一回、一週間だけ開かれる“奇跡の降る夜”という祭りが行われているようです。それは少女がほんの数時間前に実際に現実で体験し、丁度最終日を迎えて終わったお祭りですから記憶に新しい光景でした。
そのとき、ふと少女の横を何人かの子どもたちが笑いながら走り抜けていきました。いつもなら親に寝かしつけられている時間ですが、お祭りの間は特別に夜更かしを許されるのです。実際、少女も同じように夜更かしを許され、いつも寝なければならない時間に起きているというだけでも心が躍ったのを覚えています。
しかし、少女はそんな彼らを見て不思議そうに首を傾げました。見たところ子どもたちは少女と同じ年齢にしか見えません。ですが、彼らの背は何故か少女のお腹辺りまでしかなかったのです。そう、それはまるで少女が――。
「――!」
少女が胸のうちに生まれた疑問を確かめるように自身の体に視線を移そうとした瞬間、とつぜん辺りが昼間のように明るくなりました。
先ほどまでは夜だったのに、急に昼になるなんてやはり夢は不思議なことが起こるな、と少女が胸の内でぼやきながら空を見上げましたが、そこに太陽は浮かんでいませんでした。しかし、その代わりと言うように、数時間前の現実でも、この夢の中でも、何度も見たものがそこにはありました。
真っ赤な炎を纏いながら、空を切り裂くように真っ直ぐな軌跡を描く大きな流れ星。
それが夜空の闇を払い、地上に降ってきているのです。それも一つや二つではなく、数えるのが億劫になるほどたくさん……。そして、その内の一つが、この国に向かってゆっくりと落ちてきていました。
それは――その光景は、奇しくも祭りの名前でもある“奇跡の降る夜”をよく言い表していました。
そこで少女は目を覚まして、すぐに母親や父親に夢の事を話しました。地上に沢山流れ星が降って来たと。空がお昼のように明るくなったのだと。
彼女の両親はそれを聞いて微笑ましいものを見るように笑うのです。それはきっとお星さまがたくさんの奇跡を届けに来てくれたのだと。いい子にしていたら、きっとその光景が現実でも見られるはずだと少女に優しく語りかけるのです。
そして、それを信じた少女はあの美しく非現実的な光景を夢見て、日々を過ごしたのです。
〇
あの夢を見た次の年の“奇跡の降る夜”が終わり、楽しい思い出で胸がいっぱいに満ちたまま寝台に潜りこんだ少女はやはり夢を見ていました。
辺りを見渡せば、やはりどこか違和感のある街並みが広がっており、通りには屋台が立ち並んでいます。あの“奇跡の降る夜”が開催しているときの夢を再び見ているようです。
こうして同じような夢を見るのはなぜでしょうか? 少女は少しの間その原因や理由について考えを巡らせますが、やはり分かりません。そもそも、いくら考えたところで夢なのですから意味が無いだろう、ということは何となく感じていました。
それよりも、少女は去年と同じ夢の中で、とあることを確かめきれずに夢から覚めてしまいました。それは自分自身の身長です。少女は夢の中で同年代程度の子どもが自分より小さかったのを覚えていました。つまり、今の自分は現実よりも大きいという事です。
思い立ったが吉日と言わんばかりに少女は通りを走り抜けて、よく遊び場として利用している噴水のある広場まで向かいます。
そしてぐんぐん、ぐんぐんと周りの景色が後ろへ流れていく景色に少女は胸を期待で膨らませました。背が大きくなったことで普段よりもずっと速く走れるのです。
幼馴染の男の子に足の速さで勝てず悔しい思いをしていた少女は、今なら勝てるとほくそ笑み、速く走れることが楽しくなって、つい夢中になっているうち目的地である広場にたどり着いていました。
「お~」
少女は思わず感嘆の声を漏らしてしまいます。やはりと言うべきか、普段はさながら巨人のように見上げる必要があるほどの大きさであった噴水が、今ではちょっとだけ首を上げるだけでその頂点を見ることができます。
自分はやっぱり大きくなっているのだと、ふんすとますます興奮を露わにした少女は噴水に近づきます。もし大きくなっているのならどんな見た目なのか少女は気になったのです。
そして水面を覗き込んで、そこに映りこんだ自分自身の姿に目をぱちぱちと瞬かせます。少女はその年齢の考え方らしく、現実の自分自身の姿をそのまま大きくしたものなのかと想像していたのですが、そうではなかったのです。
そこに映っていたのは全く見覚えのない、しかしどこか自分自身の面影を感じる人物でした。少女は試しに右手を上げてみます。すると水面に映る彼女も同じ方の手を上げます。間違いなく、今この夢での自分自身が彼女なのです。
これはもしかするとただの夢ではないのではないだろうか。少女の興奮で満ちていた胸は萎み、一抹の不安が過りました。そして、少女は弾かれたように周囲を見渡します。
少し古くなった家々、ところどころにひびの入った噴水、全く見覚えのないお店、これらは全て――未来の姿なのではないだろうか?
「――!」
少女が愕然としながらその考えに辿り着いたとき、空が一瞬のうちに明るくなりました。すぐに顔を上げて空を見れば、いくつもの真っ赤に燃える流れ星がいくつも目に飛び込んできます。少女はその光景を見た瞬間に、去年の夢がどう終わったのかを思い出しました。
そして、それを思い出したところで時間は少女に何か行動を起こす暇すら与えず、次の瞬間にはこの国の入り口方面に流れ星が一つ落ちてきました。
流れ星は地面に突き刺さると眩い光を放ち、ほんの一瞬で周囲の建物を薙ぎ払い、地面を抉っていきます。人々はそれの起こす破壊の波に飲み込まれ――。
そこで少女は目を覚ましました。
あの流れ星が破壊をまき散らし、少女が目を覚ます――去年と今年の夢の内容から考えるに、夢の中の少女が死を迎えるまでに、落下から1秒もかかりませんでした。
しかし、幼い少女の頭の中には“それ”によって引き起こされた惨状が永遠のように長く感じられ、ずっとその光景が頭の中で繰り返されているのです。
去年、少女の両親は“それ”がたくさんの奇跡を届けに来てくれると教えてくれました。ですが、いくら幼い少女であったとしても、あれが届けてくれたものはどう見ても奇跡なんてものではないことは言われなくても分かります。あれがこの国に届けたのは絶対的な死のみでした。
少女はすぐに両親の元に向かって夢の内容について話しました。あの凄惨な光景は、まだ年齢が2桁にも及んでもいない少女にとって自分一人で抱えるにはあまりに大きな出来事でした。
しかし、彼女にとって最も信頼できる存在である両親は、少女の話を聞くと去年と同じように変な夢を見たのかと苦笑を浮かべます。少女がどれだけ真剣に訴えたところで、結局のところ両親にとってそれはただの夢なのです。
結局、両親は少女の期待した言葉を与えてくれることはありませんでしたし、不安を払拭してくれるような行動を示してくれることもありませんでした。
1年後の“奇跡の降る夜”最終夜、少女は自室のベッドの上でビリビリとカレンダーを1枚破り捨てて、明日の日付にカレンダーを切り替えます。
去年のこの日、両親は少女の話をまともに聞いてくれませんでした。ゆえに、少女は自分自身の力だけで何とかしなくてはならないと考えました。そして、まずあの夢の光景が本当に未来なのであれば何年後のことなのかを探ろうと思い、去年からカレンダーをずっと使い続けているのです。
これで夢の内容が変わるかは分かりません。ですが、今の少女にできること、思いついたことはこれくらいしかないのです。
少女は目を伏せて不安そうに口元を震わせた後、ベッドに潜り込みます。窓から覗く軌跡を描いて流れる星を見ないようにしながら。
結果として、少女の夢の内容は変わりました。
夢の始まった場所が今までと違い、見覚えのない家の中だったのです。辺りを見渡せば、少女は大きめのベッドに腰かけており、そのベッドには枕が二つあります。少女は両親と一緒に引っ越しでもしたのかと首を傾げましたが、すぐにそんなことに時間を使っているべきではないと頭を振って部屋の中を見て回ります。
そしてそれほど時間もかけず、少女が用意したカレンダーと全く同じタイプのそれを見つけました。少女はすぐにそれを拾い上げて日付を確認しますれば、そこには現実の18年後の日付が示されていました。
それは少女が想像していたよりも先の未来ではありましたが、心配しなくても良いと言えるほど先の未来の話でもないでしょう。現に、これは少女の今まで生きてきた時間の2倍とちょっとしかないのです。
少女には今に至るまでの時間がすごく長かったという認識はありませんから、その“18”という数字に半ば絶望してしまいました。
だってそうでしょう。分かっていることは星がたくさん落ちてくることと、猶予が18年しかないという事だけなのですから。ここからどうやって自分自身の力だけで解決できると自信を持って言える人が居るのでしょうか。
そして、この夢でもまた無慈悲なことに空から流れ星が降ってきて、生まれ育った国は絶望に沈む少女の目の前で消えていきました。