――Sky Fall―― “Miraculum” fall from the sky 作:一般人
ガーベラという色々とやばい女性に絡まれた日の夜、私は事前にチェックインしていた宿の一室で、日頃使っている日記帳とは別の手帳に、昼の内に調査したことを纏めていました。
一体何の調査かといえば、彼女のことについてです。認めたくはありませんが、あの気が狂っているとしか思えなかった彼女は、妄言にしては私しか知らないようなことをよく知っていました。もちろん、日記帳を盗み見られていればその限りではありませんが。
何にせよ、私の事について色々と知っていた危険人物を野放しにしていくのは危険だと後々判断して、この町の人たちに聞き込みをし、彼女の人なりや身の上を探っていたのです。
ええ、ですから金をむしり取るのに問題ない相手かどうか調べていたわけでは決してありません。
まあ、そうして調査を行って分かったことは、彼女はやはり町の人々からも“気狂い”であると認識されているということです。彼女が妄言を吐き始めたのは今から18年前頃からであり、そのときから今年の“奇跡の降る夜”の最終日に星が降ってくるのだとずっと一貫して言い続けているそうです。
彼女の両親は、すぐにそんなことは無いと彼女を必死に宥めたそうですが、その妄言は一切止まることはなく、この国唯一の観光の目玉である祭りを否定するような言動のせいで白い眼を向けられ始めた両親たちは数年後に彼女との縁を切ったそうです。
それから元々行っていた学校に通えなくなった彼女は、図書館に入り浸るようになり、15歳になったころにはこの国から少し離れたところにある森の奥地に出入りするようになったのだそうです。
そんな何やら怪しい言動や行動を繰り返している彼女を早急に捕らえておくべきだという意見も出ているそうですが、一方で意外な事にもそんな彼女を擁護するような話もありました。
何でも妄言を吐く以外は普通の女性であり、たまによく分からない道具を国の人々に譲り渡しており、ある程度この国の文明の発達に協力してくれているとも言うのです。
私も一度その道具を借りて動かしてみたのですが、魔法以外の原理を用いて光を生み出すというものでした。私はこれでも天才だと自負していますが、この私の目をもってしてもそれの仕組みを理解することはできませんでした。まあ、時間を掛ければ理解できますが。
私はここまでの内容を纏めてきましたが、一体何のために彼女は自分自身が苦しい状態に追い込まれても妄言を吐き続けるのか、それに関してだけはどれだけ人から話を聞いても、私なりに考えても、答えは得られませんでした。
そもそも、18年前からここまで細かく時期を指定しているなら、それはもう妄言ではなく予言ではないかと私は思います。とはいえ、その真偽を確かめるためには現状ではやはり情報不足です。
……あのときは、地図の賠償金をしっかり貰った後は、もう二度と彼女に関わらないようにしようと心に決めていましたが、残念な事に今の私は彼女に対して好奇心の方が勝ってしまっています。本当に不本意なことですが。
そういうわけで、明日彼女を訪れて少し話を聞いてみましょう。どうして私のことを知っていたのかという事も含めて。
「お、おっとぉ~? 偶然だなぁ、いやぁ本当に」
「……」
そうして迎えた翌日、朝食を終えて宿から一歩踏み出したところで彼女と再会しました。彼女はまるで偶然出会ったような風を装っていますが、少し前まで物陰に隠れていたのは知っていますし、なんなら朝起きた時点で彼女が出待ちしていたのを偶然窓から見つけてしまってもいました。
もし彼女が先日のコーヒーの一件を恨んでストーカーをしているのであれば、逆恨みもいいところです。今度は氷水を頭からかぶせてあげましょうか。
「これも何かの縁だし、昨日のコーヒーを無駄にした償いをさせてほしいなぁー……なんて」
「そうですか、それじゃあ私はこれで」
「あああああ! 待て、金貨3枚でどうだ! 私の話を聞いてくれたら、金貨3枚やる!!」
「そうですか仕方ありません、そこまで必死にお願いされたら断るわけにはいきませんね」
彼女が土下座でもしそうな勢いでお願いしてくるものですから、私は仕方ないとため息をついて話しを聞くことにしました。私だって心が海のように広い人間ですからここまで必死にお願いされては断ることはできません。
だから、わざわざ言わなくても分かると思いますが、決して金貨に目が眩んだわけではありません。
◇
それからの8年間は少女――いえ、成人となり少女とはもう言えなくなった彼女にとって地獄のような日々でした。
彼女は自分の意志で未来を変えられることをカレンダーの一件で確認しているので、両親に頼れないと理解したときから、ひたすらに知識を蓄えてどうにかあの結末を避けようと尽力しました。
しかし、そんな彼女の努力を嘲笑うように、無駄だと諭すように、あの流星は必ず1年ごとに故郷が滅ぶさまをまざまざと見せつけてくるのです。そのつま先程度も変わらない未来への絶望と、何もできない自身への失望は非常に大きいものでした。
寝る間を惜しんで勉強しようと、国に唯一存在する図書館の書物を全て読み切ったとしても、国外からやって来る知識を得たとしても、たったの一度たりとも変わらなかったのです。
ただ、それも当然のことでしょう。何せ相手にしようとしているのは遥か遠くの空の彼方から降ってくる“自然の脅威”そのものなのです。たかが1人の人間程度に何ができるというのでしょうか。
ですが、それでも彼女は諦めずに努力を重ね続け、10回目の予知夢では、彼女は身に着けた技術力を結集させて、遂に流星を打ち砕く為の大きな大砲を作り上げることに成功していました。しかし、そんな彼女の渾身の一撃は流星に何も影響を与えることはできず失敗に終わりました。そもそも、流星に大砲の弾が届くことも無かったのです。
その結果を受けてなのか11回目の予知夢では、彼女は流星の迎撃を諦めてシェルターを作り、そこに避難することにしたようでした。しかし、頑丈に作ったシェルターは流星が落下した衝撃でまるで豆腐のように、瞬きをする間にいとも簡単に破壊されてしまいました。
そうして、守るのも逃げるのもダメという結果を突き付けられた彼女は、最悪の未来を防ぐために他に取れる手段は何かと考え、まずは敵のことをより詳しく知るべきだという結論に至ったのです。
実際、このときの彼女は既に17歳となっていましたが、この年になってもあの流星について知っていることはせいぜい“いつ落ちてくるか”ということぐらいでした。ですから、流星の迎撃のためにも、どこから来ているのか、落ちてくる前はどんな動きをしているのか……など他にも知るべきだと判断したのです。
ですが、今現在において地上からずっと遠くで瞬く星々を観測する手段はありませんから、その選択を取った場合、流星について知るためだけの道具の開発に全力を注ぐという事になります。ですから、流星を迎撃するための余裕なんてありませんし、身を守ることもできません。それはつまり、死ぬことが確定した未来に行くということなのです。
普通の人であれば躊躇するような選択でしょう。しかし、彼女は夢であるとはいえ既に未来で11回も死んでいるのです。その程度、もはや彼女にとって大したことではありませんし、それに対して恐怖を抱くこともなくなっていました。
〇
そうして、迎撃から観測へと方針を変えて、現実で遠くのものが見える物を作り続けている彼女でしたが、そうして彼女が人生において12回目の“奇跡の降る夜”最終日――つまり前回の夢からちょうど1年が経過しても、少女はまだせいぜい500m先が良く見える程度のものしか作れていませんでした。
「…………はぁ」
彼女にとって、ここまで難しい開発は初めてでした。
一応彼女の蓄えた知識の中には、遠くの物が良く見えるようになるという魔法はありました。ですが、残念な事に彼女は魔法の才能がからっきしであったため、彼女は魔法が主流となっているこの世界で、それ以外の方法を使って立ち向かうしか道は残されていなかったのです。そして、それが魔法を使わずとも可能になる道具や他の方法についてはどの書物や文献を探ってみても書き記されてはいませんでした。
それはつまり、あまり発展していない分野を自分で切り開いていく必要があり、それは流星の迎撃の成功確率を著しく低下させている要因ともなっていました。
彼女は手元の発明品を弄ぶように転がした後、机の上に力なく放り、そして脱力したようにボロボロの椅子に身を預け、窓から覗く流星群を眺め始めます。
「やっぱり、綺麗だな。悔しいが」
ポツリと呟いた彼女は瞳を閉じます。未来でも、現在でも、過去でも、彼女は流星だけを追い続けているのです。
夢の中で彼女は机の上で整理されていた書類に目を通し、言葉を失ってしまいました。
彼女の目の前には目標としていた望遠鏡が少々想像よりも大規模でしたが完璧に出来上がっており、その設計図も残されていました。これのおかげで夢から戻ればすぐに同じものを作ることができるでしょう。
しかし、彼女が言葉を失った原因はこれではありません。それらの書類の中には、既にその望遠鏡を用いて得られた流星の観測結果も綴られており、色々なデータや計算を記載した後に、こう結論が述べられておりました。
『あの流星群の正体は直径約1.6kmに及ぶ小惑星の破片である。これは直接観測しないと確信を持てないが、小惑星は地上からある程度の地点でいくつもの破片に分かれて地上に降り注いでいると思われる。つまり、あの流星は相手取る物の一つでしかなく、そもそもそれらが齎す被害は私たちの国の滅亡ではなく、人類という種族そのものの滅亡だ。ゆえに、私たちの最終目標は“たった一つの流星”の迎撃ではない。“小惑星”の迎撃だ。ゆえに次の私にはその小惑星を追尾できる物の開発をお願いしたい』
それは彼女にとって死刑宣告に等しいものでした。ただでさえ、現状において書類の言葉で言う“破片”程度の迎撃に手こずっているというのに、本当の意味でそれをどうにかするには約1.6kmの小惑星を迎撃しなくてはいけなくなったのですから。
この望遠鏡の開発は彼女にとって初めての成功、初めての一歩と言っても差し支えの無いものでしょう。しかし、その成功で得られた成果はあまりに絶望的なものでした。
彼女は書類を力なく手放して窓に視線を向けたのと同時に、その身をまばゆい光に包まれて悪夢から覚めました。
彼女の目覚めは最悪なものでした。戦いはまず相手をよく知ることが大切だとも言いますが、相手を知ったら不可能を突き付けられたようなものです。
これなら何も知らずに無駄に足掻いていた方が幸せだったとまで言えるかもしれない、とそんなふうに浮かんできた弱音を彼女は首を振って否定すると、弱気になってしまっている自分自身に喝を入れるように、両頬をパシンと音をたてて打ちます。
「人類の滅亡を防ぐにはシェルターなんかじゃ意味がない。もっと、威力があって長距離まで届く砲を作らないと……。それと、それをちゃんと命中させるための追尾機能も、だな。夢の中の私にも託されたし」
彼女は椅子から立ち上がって、凝り固まった体をほぐしながら、キャンパスの前に移動します。夢の中で見た設計図を忘れないうちに書き出さなくてはならないからです。
人の喧騒がなく、鳥のさえずりや葉擦れだけが稀に聞こえてくる静かな空間に、スッと鉛筆の走る音が加わりました。
〇
それからまた1年の歳月が経過し、彼女は変わらず森の中の小屋で“奇跡の降る夜”を過ごしていました。ただ、その手の中には手のひら程度の大きさの小さな模型がありました。
それは、これから8年の時間をかけて彼女が作っていく予定の、小惑星を打ち砕くための砲でした。ただ、模型――とは言ったものの、それは本来想定されている物よりも性能を遥かに抑えて小さくした試作型のような物であり、姿形だけを模した物ではありません。
実際に数日前に完成したそれの動作確認を行ったところ、威力や追尾性能など全て想定通りの数値を得ることができており、これ一つだけで野生の獣を追い払えるくらいには強力なものでした。
そんな模型を彼女はぐるりと眺めた後、それを片手に持ちつつもう片方の手で椅子を引きずりながら窓際まで移動させて、そこに腰かけます。そして模型の砲口を星が流れる夜空に向けて、わずかに苦笑します。
「これで、あの“ミラクラム”が落とせたらいいんだがな」
その空を仰ぎ見る砲口と同じように、彼女は疲れたような瞳を夜空に、さらにその先の宙で漂っているであろう小惑星――彼女が“ミラクラム”と名付けたそれに向けました。
夢に潜り、目を開いた彼女の目の前に“それ”は現れました。
それは周囲に生えている森の木々がまるで小さな石ころに思えてしまうほどに、遥かな巨体を持ち、家を何個連ねても足り無さそうなほどに長い砲身を備えていました。それは彼女が模型として作った砲であり、本来の大きさと性能を備えた状態で目の前に鎮座しているのです。
今まで彼女が作ってきたどんな物よりも大きく、高度な技術力で作られ、何よりカッコイイそれは彼女の胸に一抹の希望を抱かせました。
思わず、ぎゅっと興奮で手を固く握りしめるとぐしゃりと音がしたため、ふと手元を見てみるとぐしゃぐしゃになった何枚かの書類と設計図がそこにありました。
前回と同じように、ここまで来た彼女自身からの手紙と、目の前のこれの設計図でしょう。彼女は設計図を眺めて、現在の物との相違点を粗方確認し終えたら、それを小脇に抱えて手紙を開きます。
『端的に言おう。現状の技術力では威力不足だ。小惑星は勿論のこと、破片すら打ち砕けるか怪しい。だが、これは可能性を秘めている。製造自体は行ってくれ。あと、“それ”の名前は決めてある。“試作120cm小惑星迎撃用磁気火薬複合加速方式半自動固定砲”だ。かっこいいだろ? だが、結局のところ試作止まりだ。私の計算では一発撃てば壊れる。次の私には何度も撃てる固定砲か、もっと強力な一撃を放てる固定砲を頼むよ』
最後の一文を読み終えた頃には、彼女の胸に生まれた一抹の希望は落胆と絶望に成り代わってしまいました。こんな、自分以外の人類が誰も作り出せないような物を作っても自然には勝てないというのか、と。
彼女は顔を俯かせて、長く重いため息を吐いたのちに、無駄とは分かっていても、それでもせめて一矢くらい報いてやろう――と固定砲の制御室に移動しました。
幸いにも、設計図を見ただけで制御室の場所も操作方法も全て理解できた彼女は数分でそこにたどり着くことができました。中には輝きを放つ板――モニターというらしい物が複数存在しており、その全てがピピピという警告音を鳴らしていました。そのうち一つのモニターに早足で近寄って確認します。
「中心はこの固定砲。となると、この中心に向かって移動しているこれが――“ミラクラム”か」
そのモニター上でコマ送りにでもされているように動いている“Miraculum”という文字を彼女は数秒眺めたあとに、その文字に軽く触れました。すると、それの上に新しく“Target”という文字が現れ、一拍置いてから固定砲が何重にも重なって聞こえる駆動音をたてながら動き始めます。
そして数十秒後に、モニターの少し下にあったボタンが赤く光ります。そこには“Fire”という文字が刻まれていました。
「……やってやれ、“試作120cm小惑星迎撃用磁気火薬複合加速方式半自動固定砲”。私たちの意地をみせてやってくれ」
そう祈りの言葉と共にボタンを叩くように押せば、ズンと体の芯を震わせるような地響き、そして耳鳴りのような甲高い音と共に、固定砲の砲口から凄まじい勢いで砲弾が発射され、すぐ後にそれによる風圧が周囲の木々を大きく揺らしました。
しかし彼女はそんな光景には一瞥もくれずに、ずっとモニターに視線を向け続けていました。そこには、依然としてこちらに向かって来る小惑星に対して、発射された砲弾が向かっていく様子が描かれていました。少しずつ、少しずつ2つの距離は縮まっていき――しかし、砲弾は小惑星にたどり着くよりも前にその姿を消してしまい、モニター上には小惑星だけが残りました。
なるほど、初速が足りなくてそもそも届かなかったかと、彼女は心の中でため息を吐きます。手紙を読んで分かり切っていたことではありましたが、ここまでの物を作っても小惑星を破壊するには及ばないのです。
彼女は力尽きたようにその場に座り込むと濁った瞳で固定砲に視線を向けます。その視線の先では、一発の射撃を終えて力尽き、火花や白と黒の煙を上げている砲身がゆっくりと項垂れるように力なく大地に落ちていっていました。
現在、パネル上では小惑星が前回の夢の彼女が考察していたある地点に達したようで、1000以上もの破片となって、各地に散らばっていく様子が映っていました。
「ままならないものだな」
そうして彼女は、夢の中で13度目の死を迎えました。
◇
ガーベラさんに案内されるまま数十分ほど歩き、聞き集めた情報の中にあった国外の森までやって来ました。この森はかなり広く、当然国外ですから衛兵だっていません。もしかしたら、彼女は本当に私を恨んでいて、この森の肥やしにするつもりなのかもしれません。
とはいえ、魔法も使え無さそうな一般人が魔女の私に勝つなんて不可能でしょう。それこそ、奇襲でも仕掛けられない限りは。
「魔女さん、疲れてないかい?」
「めっちゃ疲れてます」
「だろうな。歩きなれていない所はただ歩いているだけでも相当疲れる。別にほうきに乗ってもいいんだぞ? 魔法使いというのはみんな、ほうきに乗って移動するものじゃないのか? ……あぁ、私はそこらへんは無学でね。何か気に障るようなことは言ってなかったか?」
「長距離の移動の時には、基本的にそうだと思いますよ。あと、私がほうきに乗っていなかったのはあなたに合わせていたからです。乗っていいなら乗りますね」
「おー、そうしてくれ」
彼女は手をひらひらと振りながら足を止めてこちらに振り返ります。どうやら、私がほうきに乗り終わるまで待ってくれるようです。
そんな彼女の配慮に軽く感謝の言葉を送りつつ、ほうきを空中に浮かせて腰かけると、それを眺めていた彼女が興味深げな視線をほうきに向けます。
「これは……ほうき自体に魔法とやらがかけられているのか? 私にはよく分からんがやはりすごいな」
「あんまり物を図るような視線を向けないでくださいね」
「ああ、すまない。こう、私の癖のようなものでね。次の糧とするために、少しでも多くのものを……いや、今はどうでもいいことか。目的の場所までもう少しの辛抱だ」
彼女はそう言うと、踵を返して先に進んでいきます。
しかし、先ほどまでと比べると歩くスピードが倍以上になっています。どうやら今の今まで私の歩調に合わせて歩いてくれていたようです。今の私はもうほうきに乗っていますし、自分のいつも通りの歩調で歩いているのでしょう。初対面の時の印象が悪すぎてあれでしたが、意外と気遣いのできる人なのだと見なおしました。
それにしても、随分と森を歩き慣れているようです。舗装されていない道は木の根や草花で足を取られやすく、私は何度も転びかけましたが、彼女はスイスイと進んでいくのです。
森の奥地に出入りしているという噂はかなり信ぴょう性が高そうですね。なんてことを考えながら私は彼女を追いかけました。
「目的地はここだ。そして私の家はあれだ。疲れただろう、大したもてなしはできないが、あそこの中で話をしよう」
鬱蒼とした森の中をしばらく進むと、かなり広い場所に出ました。少しあたりを見渡してみますが、大体大きめの村が建てられるくらいには木が伐採されていたり、草がむしり取られていたりなど、整えられているように見えます。
そんな場所の中心……ではなく、端っこの方に随分とボロボロの廃屋がありました。撤去前か何かかと思っていたのですが、彼女はそれを指し示して「家だ」などと宣っています。サバイバル生活かなにかでもしているのでしょうか?
「……そこまで露骨に嫌な顔をされるのは辛いな。あれでも12年近く家として機能しているんだぞ」
「いえ、そうだとしても……あれはちょっと。馬小屋の方がマシじゃないですか?」
「馬小屋……にも負けるのか」
私と彼女でその家に近づきながら話していましたが、廃屋は私の想像以上にひどいものでした。まず扉がありません。入り口には薄布が垂れ下がっているだけです。そして窓ガラスもありません。窓枠らしいものはありますが、外からの風を妨げる物はありません。そんな窓から中を覗いてみますが、壊れた椅子と、まだ一応機能している机しかありません。
仮にこれを廃屋でないと言ったとしても、家とは絶対に言えないでしょう。
「遠慮せず入っていいぞ」
「いえいえ、人のプライベート空間にズカズカと入り込むわけにはいきませんし、こんなところに入るのは遠慮させてもらいますね」
「それ、悪い意味で使ってないか?」
「そうですね」
「……分かった、そこで待っててくれ」
しゅんと落ち込んだように肩を落とした彼女は、家の中に入っていくと机の上に置いてあった大量の紙の束を抱えて、すぐに私のところまで戻ってきます。
そして、その紙束を足元に下ろし、風で吹き飛ばないように重しとなりそうな石をそこら辺から拾ってそれの上に置いた後、彼女は改まった様子で私を見つめてきて静かに告げます。
「端的に、まず結論から言おう。四日後の夜、ちょうど日付が変わるタイミングで空から星が降って来て世界が滅ぶ」
「そうですか。それじゃあ、話は聞いたので報酬の金貨3枚を――」
「真剣に聞いてくれ。これは嘘でも冗談でもないんだ」
彼女は眉を上げて私に詰め寄って来ますが、私はその分だけ彼女から離れて首を横に振って彼女に一般常識を教えます。
「あなたは山に登って星空を見たとき、それらとの距離が縮まったと思いますか? 私はほうきで空を飛んだとしても、そう感じたことはありません。“星”は人の手に及ばない所に存在するんです。そんなものが、落ちてくるなんて到底思えません」
「……君が言っているのは“恒星”もしくは“彗星”だ。私が指す“星”は“小惑星”のことであって、それらとは違う。もちろん、小惑星だって落ちてくる可能性は無いに等しいだろうが、それでも……落ちてくるんだ」
「よく知らない言葉ですが、それだけの説明では、やはりあなたの話を信じることはできません。現に、こうして空を見上げてもそれらしいモノは一切見えないじゃないですか」
私は上を――太陽の上っている空を指さし、それを見上げました。そこには所々に白い雲が浮かび、鳥が群れを成して飛んでいるだけで、世界を滅ぼすほどの何かが存在するようには見えませんでした。
私の主張に、彼女は顔を顰め一瞬口を開きかけましたがすぐに閉じて、顔を足元の紙束に向けると首を横に振ります。そしてそのまま数秒黙り込んでいたと思ったら、彼女は顔を上げて、また私を説得しようとしてきます。
当然、どれだけ何を言われようと彼女の言葉を信じるつもりはありませんでしたが、彼女の違う角度からのアプローチに少しだけそれが揺らぎます。
「私はなぜイレイナ――君のことを知っていたと思う」
「ストーカーだからでは?」
「……いや、そう疑われてもおかしくはない言動はあったが違う。私には未来が見えるんだ。予知夢という形でね。ただ、予知夢ゆえに私の自由に好きな時間、好きな場所の未来を見ることはできない。そして、私が予知夢で見た未来は全て同じ場所で同じ時間、それが――」
「四日後のことというわけですね」
「理解が早くて助かる」
彼女はどこか力なく笑うと、私の傍から離れてボロ小屋の壁に軽く凭れ掛かります。まるで説得できたとでも言いたげな雰囲気ですが、残念なことに私が彼女に抱く猜疑心は増すばかりです。
「ですが、その話が本当だとしたらどうやって――」
「どうやって君の事を知れるのか、だろう。私は自分自身が狂っているとは自覚しているが、馬鹿だとは思っていない。それくらいのこと言われなくても分かる」
「そうですか」
「……私も去年までは君について何も知らなかった。つまり去年の予知夢で初めて君が出てきて、君という存在を認識した」
彼女は私から視線を逸らしつつ、苦々し気な表情でそう吐き捨てるように言いました。その表情からは、まだ彼女とそれほど関わっていない私でも、それがあまり聞かれたくないことなのだと分かりました。
まあ、そこでやめるような私ではありませんが。
「その夢はどんな内容で私はそこでどうなっていたんですか?」
「……私が話したくないのを分かっていて聞いてるだろ、君」
「はい」
「あぁ、うん。君はそういう奴だってのは分かり切ってたことだな。……だが、これは胸糞の悪い話だ、たとえいくら脅されようとも結末を言うつもりはない」
彼女が力強く私にそう言い返してきます。この様子では昨日のように杖を見せたところで決して口を開くことはしないでしょう。それだけの決意が彼女の瞳から見て取れます。
そして、私が何も言わなくなったのを確認して、その話はもう終わりだというように彼女は話を進めました。
「それで、君のことを知っている理由だが、その夢の中で君自身から教えてもらったんだ。現実の君に私の事を信じて貰えるようにと」
彼女は目元を隠すように顔に手を添えて、弱々しさを感じさせるほど静かな声音で淡々と説明していました。それから、数秒ほど沈黙して、彼女は腕をだらりと下げると、どこか自嘲するような笑みを貼り付けながら、私を見据えてきます。
こちらを見つめる黄金色の瞳はどこかくすんだように濁っており、なんだかんだ強かな様子を見せていた彼女の瞳とは思えないそれに思わず後退ってしまいます。
「……もう、信じてくれなくたっていい。金貨を100枚でも1000枚でも差し出そう。私には、もう君しかいないんだ、イレイナ。今まで潰えてきた命に報いるためには、もう君しか。頼む、助けてくれ」
「…………分かりました、協力しましょう」
「……え? なんて?」
彼女の瞳にポッと光が灯りました。まるで信じられないと言わんばかりに目を真ん丸にさせ、何度も瞬きを繰り返しています。
彼女への疑いを全て飲み込んで、信じてあげようと思ったらこの態度です。中々余裕がありそうで安心しました。
「何だか、全然大丈夫そうですね。それではやっぱり帰らせてもらいますね」
「あ、あああ! 待って、待ってくれ! ありがとう、本当にありがとう! ちょっと驚いてただけなんだ!」
「ちょっ、抱き着かないでくだ――頬を擦りつけないでください!」
今度は逃がさないとばかりに腕に絡みついてくる彼女を引っぺがしつつ、私の脳裏ではある別の出来事が思い起こされていました。
昔の事になってしまいますが、私が何人もの私に出会ったときの話です。あの時は色々とありました。
本当に濃い経験でしたが、私が目の前の彼女の話を聞いて思い出したのは、出会った私の1人から聞いた過去に行ったという話です。つまるところ、時間跳躍が可能であるなら、彼女の言う予知夢も普通に有り得る話になるわけです。
それに――今の彼女は、その時の私の切羽詰まった目に似ていたこともあって放っておけなかったのです。
「……それで、こうして私の協力をどうしても得たかったんですから、私に何をしてほしいか教えてくれませんか?」
「ああ、そのための書類がこれだ。ここに来るまでの道でも言ったが、私は魔法の類は全く扱えない。一応この日の為に勉強して魔法を利用できる準備は整えている。だから固定砲の最終調整と砲弾に君の魔法を――」
「ああ、そういえば……」
「どうした? 何か不満があったら言ってほしい」
私が何をすればいいのかと尋ねたことで、彼女は足元の紙を何枚か取り出し、何事かを早口で説明し始めましたが、その途中でふと思い立ったことがあり、聞いた立場ではあるものの彼女の言葉を遮ります。
そうして説明の途中で止められたにもかかわらず、彼女は気にした様子もなく私に意見があるのかと尋ねてきたので首を縦に振ります。
「ええ、それでしたら今度こそ遠慮なく。私たちは予知夢では会ったことがあるそうですが、現実でこうして会うのは初めてですよね。ですからお互いに自己紹介でもしましょう」
「もう喫茶店前で会って「は?」――なかったな! 今日が初対面だ、うん! んん。自己紹介なんて随分久しぶりだな……。私はガーベラ、趣味は……ないな。つまらない自己紹介で申し訳ない。それで、君は?」
「私は灰の魔女イレイナといいます。今は色々なところを旅しています」
「……やはり、君はいつも自信に満ち溢れているんだな」
お互いに自己紹介を終えて、少しの間黙っていた彼女は目を細めて、まるで眩しいものを見るようにしながらポツリとそんな言葉を漏らしました。
一体今の私の自己紹介のどこにそんな要素があったのか甚だ疑問ではありますが、そう感じたのであればそうなのでしょう。
「まあ、自分に対して自信があるかと聞かれればあると答えるでしょう。ですが、それは今まで私が積み重ねてきた努力と培ってきた経験によって裏打ちされているものです。ガーベラさん、あなたも最低でもその紙束ぐらいには努力を積み重ねてきたのでしょうし、そうではないのですか?」
「……ふふ。ああ、そうだったな。……そうだった、思い出したよ」
彼女はそう言って、ふっと微笑むと私に向かって手を差し出してきます。
「短い時間ではあるだろうが、改めてよろしく頼む。イレイナ」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします。ガーベラさん」
私は彼女から差し出された手をそっと握り返しました。