――Sky Fall―― “Miraculum” fall from the sky 作:一般人
ドンッと体全体を揺さぶられるような音が響き、その少し後に“ミラクラム”の破片が放たれた砲弾によってさらに打ち砕かれ、小さくなったそれらはその身を焼かれながら地上へと降り注ぎました。これは彼女の手によって改良された固定砲の3度目の砲撃による効果でした。
この砲撃の少し前、去年の夢から改良に尽力した彼女は、今度こそ“ミラクラム”を粉みじんにしてやると意気込み、この日を迎えていました。
事実、前回の予知夢では一発の砲弾を放っただけで壊れた固定砲は、火力が上がり、砲弾の初速は試作段階の何倍にも早くなっており、さらには3発までは連続で発射できるようになっていました。そして彼女の計算では、“ミラクラム”が特定の高度まで落下すれば、直撃させることができるという結果も出せていました。つまり、迎撃できる可能性は今までよりもずっと高いものなのです。
しかし、そうして行われた1度目の砲撃はたしかに“ミラクラム”――つまり小惑星そのものに直撃したものの破壊することは叶わず、地上への落下も防ぐことはできませんでした。2度目の砲撃も同様に“ミラクラム”に放たれましたが、これも破壊することはできず落下の速度をかなり遅くさせることしかできませんでした。
そして、固定砲ももうあと一発しか猶予が無いとなったときに、彼女は本体ではなく破片の方を苦渋の決断で狙うことにしたのです。そうして放たれた3度目の砲撃の結果がそれなのでした。
そうして現在、モニターに表示される数千の破片のうち一つが消え、その代わりにそれはさらに小さな30の破片となりました。しかし、そのうちの半分は地上への落下時に燃え尽きて消滅しましたが、残りの半分はその形をほとんど残したまま地上に落下してしまいました。改良された固定砲は、破片も完全に迎撃することはできなかったのです。
「これでもダメなのか……」
悔しさを滲ませながらそう呟いた彼女の眼前では、多くの破片が彼女の故郷である国やその周辺に落ち、大きな被害を巻き起こしていました。そして、不運なことに軌道を外れた破片の1つが偶然にも固定砲に直撃し、彼女はその衝撃で吹き飛ばされ意識を手放しました。
ただ、この砲撃によって彼女は初めて人類の滅亡を一時的に阻止したことになります。それがたとえ数日程度の延命であったとしても、ですが。
彼女が目を覚ました時、目に映る光景からここがまだ夢の中なのだと認識しました。
視線を上側に動かせば、少し前まで“ミラクラム”の動向を捉えていたり、固定砲の状態を表示していたりした全てのモニターが光を失っており、視線を下に動かせば機械の破片が床に散乱してぐちゃぐちゃになっていました。
そんな様変わりした制御室で彼女は自身に降り積もった塵を落としながらふらふらと立ち上がり、震える足と手で外に出ました。そして彼女は外の光景を目にして渇いた笑いを漏らします。
「ははっ、太陽はもう二度と見えないかもしれんな」
彼女が見上げた空は分厚く黒い雲に覆われていました。その雲によって日の光は遮られ、夜ほどでないにしても、まるでこのあと土砂降りの雨でも来そうなほど暗さが大地に満ちていました。
そして、視線を空から大地に移せば破片の直撃を受けた固定砲の砲身が抉られるように千切れて少し遠くに落ちているのが見え、それに加えて固定砲にぶつかった破片がさらに散らばったのか大小さまざまなクレーターがそこら中に出来上がっていました。
「あれだけ小さくした破片でこれか……。全く、自然というのは恐ろしいな」
彼女は霞む視界で固定砲を離れ、彼女の故郷である国に向かって歩みを進めていきます。
「仮に、現在空を覆っている雲……あれが“ミラクラム”の破片によって巻き上げられた塵によって形成されているものであり、これがこれからも延々と残り続けるというのなら、地表の気温は著しく下がるだろう。そうして本来の季節に関係なく長い冬が始まる」
木に寄りかかりながら、自身の考えを口に出しながら彼女は進み続けます。そうしなければ、この夢は今すぐに終わりを迎えてしまうだろうと直感が訴えていました。
「……いや、それよりも私たちがまず直面する問題は食糧か。植物も光合成ができなくなり枯れていくため作物は育たず、草食動物は死に絶え、肉食動物もそれによって同様に絶滅すれば、必然的に人間も飢えで死に絶える。最悪の場合、少ない食糧を巡って戦争だろう。あぁ、いやもしかしたら共食いも始まってしまうかもしれない」
足に力が入らなくなり、彼女は地面に倒れこんでしまいました。ですが、痛みは襲ってきません。当然です。夢なのですからそういった物を実際に感じるわけがありません。
しかし、今現状においてはそれが煩わしく思えてしまいます。応急処置を施そうにもどこが悪いのか彼女には何も分からないのです。それに痛みが無いせいで現実感が無く、夢見心地のまま意識を手放してしまいそうなのです。
「はぁ……ふぅ……。つまり、破片であろうとなかろうと、“ミラクラム”が地上に落ちた時点で人類は詰みか。はは、やはりそれそのものをどうにかしなくては駄目か」
ふと、ザッという音を耳が捉え、彼女が地面に倒れこんだまま顔を上げれば、目の前には複数人の人影がありました。その手には砕けた石だったり、焼け焦げた木材だったりが握りしめられています。
「……そうか。まあ、そうなるか。だがそれも仕方ない」
それはある意味で、今まで彼女が築き上げてきたものの結果と言えるでしょう。彼女は現実でもずっと小惑星の落下を訴え続けています。そのため、この予知夢でもこの日に至るまで彼女はずっとそれを続けてきたのでしょう。ですから、彼ら彼女らは星によって大切な人の命が奪われ、絶望の最中に思い出したのです。十何年も前からこれを予言していた人物――彼女がいたことを。
そして、彼ら彼女らはその人物に耳を貸さなかったことを後悔するのではなく、何故知っていたのに何とかしてくれなかったのかとか、そんなことを予言したからこんなことが起こったのだと理不尽な怒りを胸に抱いてしまったのです。
星という遥か強大な自然の存在と、同じ人間であれば、どちらの方が絶望や怒りの矛先を向けやすいかなど、わざわざ言うまでもありません。そうして、誰よりも人類の為を思って行動した彼女は、その人類によって荒れ狂う感情を吐き捨てるための生贄として選ばれたのです。
「ふぅ……。どうした、あれだけ私から離れていたというのに、今日はやけに距離が近いな?」
しかし、彼女はそれを是として受け入れます。
震える腕を使って体を必死に起こし、近くの木の幹に背中を預け、憎しみに満ちた瞳を真正面から受け止めると、不敵に笑って見せて挑発します。
「お前たちが信じなかったから、こうして落としてやったぞ? くく、ははっ。初めから私の話を真面目に聞いて、いたずら心を満たしていたらこんなことにはならなかっただろうになぁ」
彼ら彼女らはそう遠くない未来に死ぬだろうと彼女は理解しています。ただ、彼女はそれよりも早く死を迎えるでしょう。ゆえに、こんな死にかけの体でも最後に恨みを向けさせて、少しでも彼らの苦しみが軽くなるというのであれば、彼女は道化でもなんでも演じてみせるつもりでした。
「そうだな、最期に一言だけ言わせてもらおうか。……ざまぁ見ろ」
それは、どちらかと言えば自分自身に向けて放った言葉でもありました。この滅びの未来を変えられない自分への叱責と嘲笑をこめて。彼女は顔を俯かせて、くつくつと笑いをこぼします。その目元にうっすらと涙を浮かべながら。
しかし、怒りを胸に抱いていた彼ら彼女らは、彼女の狙い通りにそれを自分たちへ向けた言葉と受け取り、その瞳に殺意を漲らせて彼女に向かって一歩踏み出しました。
“ミラクラム”が大地に降り注いだ時点で人類の生存が絶望的であるならば、それが近づくよりずっと前に破壊することを彼女は計画しました。今までは大地からそれを迎撃していましたが、此方からそれと同じ土俵に立って破壊すればいいと考えたのです。
ですが、次の――15回目の夢で得られたのは、“ミラクラム”が落ちてくるまでにその計画を実行するには時間も知識も何もかもが足りないという事実だけでした。こんなものに数年の時間をかけるのであれば、固定砲の改良に時間をかけた方が百倍マシという結論になったのです。
そうして彼女は貴重な1年を消費してしまったことを悔やみつつ、他の方法を模索することを諦め、現実で固定砲の本格的な製造に踏み切りました。最悪の未来を考えないようにしながら。
◇
「ええ、一つ思いついた方法があります」
「本当か!」
ガーベラさんとの握手を交えてからだいたい半日ほどの時間が経ち、空はすっかり暗くなり月と星が大地を見下ろしています。そして、今日もそんな夜空を泳ぐようにたくさんの流れ星が現れては消えてを繰り返していました。
それで、こんな夜遅くまで私とガーベラさんが何をしていたかというと情報のすり合わせ、どちらかと言えばガーベラさんの言う、落ちてくる小惑星――“ミラクラム”やそれを迎撃するための名前が馬鹿みたいに長い大砲について話しを聞いていたという感じです。
今まで未来を見てきたことが無い私には、彼女が何を考えていて何をしようとしているのかを知るにはこうして話を聞く以外にありません。
まあその話とは大して関係ありませんが、人類を滅ぼす小惑星に“ミラクラム”つまり“奇跡”と名付ける彼女のセンスには首を傾げてしまいました。
「夢の中の私は確かに『内側から壊しましょう』と『すぐに思いつくはずです』と言ったんですよね?」
「ああ、間違いない」
「それでしたら、話を聞いた瞬間に浮かんできた案があるので、その私が指している魔法はこれしかありませんね」
「どんな魔法なんだ?」
そして、私に協力を求めた理由を改めて聞いてみたところ、昼頃にもそれっぽいことは言っていましたが、一番大きな理由は私が居ないと“ミラクラム”を迎撃できないということでした。
そして、そんな大役を担わされる私の仕事は一部の人からブラックと言われる魔法統括教会も真っ青なレベル……というわけでもなく、意外なことにたった2つだけでした。それの1つ目は彼女が既に施していた固定砲の魔力回路なるものの調整で、2つ目がその固定砲から発射する砲弾への細工です。
そして、2つ目の説明が始まって、すぐに彼女から伝えられた言葉が予知夢で出会った私から今の私への伝言でした。それが『“ミラクラム”は内側から壊して爆散させてやりましょう。こう言えば、きっと私はそのための魔法をすぐに思いついてくれるはずですから』というものだったらしいです。
「私はとある一件で氷の魔法が得意なんです。そして、氷には物体を脆くさせる性質がありますし、氷そのものも簡単に壊れますよね?」
「ああ、魔法以外でそれが可能かと言われれば不可能に近いだろうが、実際に魔法ができる人間が目の前にいるんだ、それの実現くらい造作も無いんだろうな」
「当然です。そういうわけで、私の考えとしてはまず砲弾を小惑星の中心まで撃ち込みます。その後、その砲弾を中心に小惑星の内部に根を生やすように小惑星を削りながら氷を作り出して、最終的に小惑星全体を張り巡ったそれを一気に崩壊させる……そんな魔法を使えば、小惑星は小さな破片になって私たちの勝ちです」
私の説明を聞いた彼女はパッと希望に満ちた笑みを浮かべると、机に身を乗り出しながら私に顔をずいと近付けます。喫茶店の時もそうでしたが、距離感が狂ってますね。
「そ、そんなことが可能なのか!? 魔法とは随分凄まじいものなんだな……。分かった、その魔法があるなら――」
「いえ、今そんな魔法はありませんよ」
私が何でもないようにそう言えば、途端に彼女が石のように固まって、数秒後には威圧を感じさせる笑みで私の両肩を掴んできました。
「なあ、イレイナ? 私をぬか喜びさせて楽しいか? 流石に今のは私でも結構イラっと来たよ」
「落ち着いてください、その魔法は“今は”無いと言っただけです」
私の言葉を聞いて、一瞬だけ怪訝な表情を浮かべた彼女でしたが、彼女もこうして多くの物を生み出してきたこともあってすぐに察せたのでしょう。まさかと小さく呟いて言葉を続けます。
「……作るのか、今から」
「ええ、そういうことです。4日後までには間に合わせるつもりですから、固定砲の調整は今すぐ行いませんか? 魔法の開発中にそれを中断させられるのは嫌ですし」
そう言って立ち上がろうとした私を、彼女は「まあ待て」と先ほどから肩を掴んだままの手で座らせ、申し訳なさげな表情を浮かべつつも諭すように口を開き始めました。
「これは私が何度も通ってきたことだから分かるが、何か新しい物を作り出すというのは非常に難しい。とてもではないが4日で間に合うとは思えない。夢の中のイレイナもそれを指し示しているわけではないと私は思う」
「いいえ、これです。ガーベラさん、私は新しい魔法を生み出すことは割と得意なんですよ。例えば物をまるで人のように変化させる魔法とか。それに、私は見た目通り最年少で魔女見習いの資格を得た天才なんですよ。信じてくれませんか?」
私がそう言い切ると、ピクリと彼女は体を震わせて私を説得しようとして開きかけていた口を閉じました。そして大袈裟にため息を吐くと、柔らかな微笑みを浮かべます。
「…………あぁ、そうだったな。分かった、疑って悪かったな。こんな言い方は責任を押し付けているようで悪いかもしれないが、砲弾のことは全部イレイナに任せよう。だからこれ以上は私から何も言わない。まあそういうわけだ、時間も無いし君の提案通り今すぐ調整をしよう」
それから彼女は私の両肩から手を離します。そしてどこか楽しそうに笑みを浮かべながら近くの小さな木箱から金属製の小さな箱のような物を取り出して私の前まで持ってきます。
「これは私が作った個人の魔力の特徴を測定する物でな。これの結果を見て固定砲の調整を私がする。イレイナはこれに手を触れながら、ほうきに魔力を流すようにするだけでいい。実際に使ったことがないから分からんが」
「はあ、なるほど……。こうですか?」
「そうそう。それをあともう数分だけ続けて貰っても良いか? それで記録は終了だ」
私がその箱の上面に手を触れて言われた通りにすると、それは淡い光を放ち始めました。彼女はそれを見て小さく頷くと、すぐに近くの紙束から一枚紙を取り出して、一心不乱に記録を取り始めました。
「……」
「……」
「ところで、ああいう目は今まで出会ってきた人たちにも見せてきたのか?」
「集中しなくていいんですか? それと、ああいう目がどういう目なのか分からないんですけど」
「もう10年近く続けてることだ、遊びながらでもできる。それよりもあの目は無自覚だったのか?」
「ですから、どんな目ですか?」
「……イレイナ、君の瑠璃色の目は綺麗だよな」
「え? あ、はい、知ってます。というより、何ですか急に。まさか目を取るつもりとか言わないですよね?」
私が箱から手を離さないようにしつつ彼女から少し距離を取りながらそう言えば、彼女はまるで馬鹿を見るような目で私を見つめた後にため息を吐きながらそれを否定します。
「いきなりそんな猟奇的なヤツになるわけがないだろ。ただ普段は腹黒くて罵倒して来て、ツンツンしている奴が100%の善意で満ちた曇りのない綺麗な瞳を色々と悩んで困っている奴に向けたらどうなると思う?」
「悪口ですか? 喫茶店の続きなら喜んで受けてあげても良いですよ? ……それで、どうなるんですか?」
「言われなくちゃ分からないか? 見つめられた奴が懐くか惚れるぞ」
「……」
「図星か」
「うるさいです」
ふといつの日にか見た夢の内容が頭の中を一瞬だけ過り、どういうわけかは分かりませんが顔が熱くなるのを感じます。もうずいぶんと前のことになりますが、あの悪夢は今でもよく覚えています。
というより、今の話が正しければ目の前の彼女も私に懐いたか惚れたという事になるんですが。
私は椅子を引いて、ギリギリ箱に手が届くあたりまで彼女から離れました。彼女はそんな私の様子を見て何をしているんだと言いたげな顔をしていましたが、理由に思い至ったのか苦笑を浮かべます。
「まあ、私もそうかもしれないな。私にとって君は“ミラクラム”による破滅を止める最後の希望であり、今まで誰も信じてくれなかった予知夢の話を最初に信じてくれて、そして一緒にそれを止めようとしてくれている。そんな存在だ。流石に惚れたとまでは言わないが、なつ……恩人とは感じているよ」
「別に私はあなたが困っているから助けようとしたわけではありませんよ? ここで私が何もしないで世界が滅んでしまうのは困るんです。だって、私には行きたい場所も見たい景色もまだまだあるんですから」
「それでもだ。それが例え自分自身の為であったとしても、それは私の為にもなってくれる。ありがとう、イレイナ。……よし、記録は十分だ。後の調整はこっちでやっておくから、砲弾の方は任せたぞ」
「そうですか……。まぁはい、任されました。ガーベラさんも頑張ってくださいね」
ニッと笑顔を浮かべる彼女に、私は呆れたようなため息を吐きながらそう答えるのでした。
◇
彼女は大きな失敗をしました。
それは3年と言う年月をかけて、現在製造中の固定砲の倍以上の火力を誇る砲を作ろうとし、そうして得られた結果が時間も資材も足りないというどうしようもないものでした。これが例えば彼女が6歳の時から作り始めていればギリギリ間に合っていたのかもしれません。ですが、今この状態においては、あと僅かしかない貴重な時間を溝に捨てたのと同義でした。プラスになったのはせいぜいほんの少しだけ技術力が向上したくらいでしょう。
これは、最初に予知夢を見てから17年目の“奇跡の降る夜”のことであり、もう彼女に残された時間は3年――予知夢を見られる回数で言えば2回しかありません。
その事実は、未だに“ミラクラム”を固定砲の砲撃によって撃ち砕けてすらいない彼女にとってあまりに重いものであり、迫ってくる本当の滅亡の足音に怯え、焦るには十分すぎる理由になるものでした。
この一件のせいで、彼女の脳裏に常に最悪の未来がチラつくことになり、悪循環に陥ることになってしまいます。
それから彼女は、その焦りに足を掬われないように、そして無為にした3年間を取り戻すために、今までに以上に寝る間も惜しんで“ミラクラム”の対策に取り組んでいました。
ですが、碌に睡眠もとれていない頭で画期的なアイデアが思いつくはずも、集中力が続くわけもなく、何をしようにも進展しない日々が続くだけでした。
それに加えて運が悪いことに、ずっと予知夢で何らかの成果を得られていた彼女は、自分自身を天才だと自負していました。ゆえに自分自身の力を過信してしまっており、寝不足程度でどうにかなる自分ではないと驕ってしまったのです。
もし仮に今まで一度でもこれと同じような失敗を経験していたら、彼女はすぐに自身の愚かな行動に気がついたかもしれません。いえ、そもそも足を掬われないようにと焦って行動したことが裏目に出たのですから、それに心が支配されずに冷静でいれば、自分を客観的に評価して立ち直る機会があったかもしれません。
結局、彼女は行動を見直し変えることはできず、まるで取りつかれたように毎日を過ごし続け、やがて次の年の予知夢を迎えた彼女は、そこで初めて自分自身が天才では無いこととこれまでの行動の愚かさを理解しました。
その夢では、今まで何度も完成していたはずの固定砲がギリギリ完成していなかったのです。この固定砲の完成を最低限の目標と設定していたため、当然新しい発明ができているわけもありません。
この夢はまるで嘲笑うように、そして追い詰めるように、彼女にとって初めて進歩ではなく後退という経験をまざまざと与えてきたのです。
ですが、彼女は青い顔をしながら首を横に振って、突きつけられたそれを否定するようにします。きっと完成が不可能と判断したら、何か別の発明に移ったはずだと考えて、彼女は遠目に見える自身の家に覚束ない足取りで向かっていきました。
その家は随分と荒れ果てていました。まるで誰かが癇癪を起して家具や資料を壊したように見えます。それだけで全てを察せてしまいそうなものですが、彼女はその光景を動物が荒らしたのだろうと歪曲して受け止めて、ありもしない発明品を求めて家の中に入っていきます。
そしてしばらく中の物を全てひっくり返すように探し回ったのち、どうしてか目に留まった小さくぐしゃぐしゃに丸められた紙きれを彼女は拾い上げました。紙を広げて曇った眼で中を見れば、そこにはただ一言だけ――。
『ごめんなさい』
と彼女の字で謝罪の言葉が書かれていました。その文字を見て、ようやく彼女は“何もできなかった”ということを受け入れました。受け入れざるをえなくなったのです。
「あっ」
そして、その一言は、この予知夢の光景は、彼女のひそかに恐れていた最悪の未来以上に悪いものであり、既に大きな失敗で焦り怯えていた彼女の心を容易くへし折り、彼女の歩みを止めることになってしまいました。
「……ぅ、あぁ」
彼女の口から弱々しいうめき声が漏れます。そして、荒れ果てた家の中で膝をついて崩れ落ちると、大地を白い光が染め上げるその時まで、ずっと謝罪の言葉を口にしながら、大きな声を上げて泣き続けたのです。
そうして心を折られた彼女は、何度も自殺を試みて、それでも死ねば滅びの未来が確定することを恐れ、そして最後のこの予知夢は何かが変わるかもしれないという淡い希望を抱き続け、19回目の予知夢を見る日まで生きてきました。
この1年は、彼女にとって随分と久しぶりな“ミラクラム”にほとんど関わらない年だったと言えるでしょう。一応、固定砲だけは牛歩の歩みで製造を続けていましたが、それ以外は本当に何もしていません。
そのあまりの活気のなさに、よく国で演説をしている時に捕まえに来る衛兵すら、わざわざ森まで足を運び、彼女の様子を見に来るほどでした。
何にせよ、彼女は未練がましく生き続け、最後の希望を込めて、藁にも縋る想いで予知夢へと潜るのでした。
そして、彼女のその選択が流れを大きく変えました。