絡まる鎖   作:凍り灯

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俺たちは大きな円筒に繋がれた畜生でしかない。












一匹と一匹

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗く、オレンジ色の光が満たされたコクピットの中。

やがて低音と共に光は輝きを失い、真に闇に包まれた。

 

それも少しだけの間だ。目が慣れてくれば、星あかりのような小さな光によって手元くらいは見える。ポケットを(まさぐ)り、今や骨董品どころか化石と揶揄(やゆ)される、銀色のライターを取り出した。

 

カチリ、カチリ、と。二度。

 

火打ち石を擦り合わせる、最早廃れたアンティークのライター。

俺は狭く暗い棺桶(AC)の中で小さく火花が散る様が気に入っていた。そうして生まれた揺らめく火はすぐに小気味良い金属音と共に消え、代わりに口元に加えた紙巻きタバコに(くすぶ)る明かりを与える。

 

大きく一呼吸。吐き出した煙がランプの僅かな光を反射させ、滲むようにあたりを照らしだした。小さなランプの色はオレンジ、それと点滅するグリーン。

今は電源の落ちている真っ黒いモニターから視線を上げ、目先から30センチも離れていないこれまた黒い天井をぼんやりと眺める。

 

 

そうして、さっきの自分自身の不可解な行動について考えを巡らした。

 

 

『…"レイヴン"、聞こえていますか?』

「聞こえている」

 

"レイン"の声が聞こえる。

全く甘い女だ。放っておけば良いものを。

一瞬の、躊躇(ためら)うようなそぶりから、次に吐き出すであろう言葉を俺に想像させる。

 

『…レイヴン、なぜ、撃たなかったのですか』

 

そら、やっぱりだ。

 

 

 

 

 

『連絡橋破壊工作』

 

依頼主:キサラギ

作戦領域:第三層_産業区_ナイアーブリッジ

敵勢力:不明

作戦目標:指定ポイントへの爆弾設置

前払報酬:0C

成功報酬 :11000C

 

先日"ミラージュ"によって建造された、"ナイアーブリッジ"への破壊工作を依頼する。

この橋は、完成以来、市民たちへの日常的な交通手段として利用されている。これを事故と見せかけて破壊し、ミラージュの信用と権威を大きく失墜させることが目的だ。

指定した場所に爆弾を設置し、離脱してくれ。

尚、依頼の性質上、必要以上に人目につくのは好ましくない。行動は迅速に頼む。

また、出来れば()()()()()()()()()()()()()()に市民たちが巻き込まれた形としたい。爆弾の設置に際し、橋を通過するモノレールを破壊すれば、報酬を上乗せしよう。

以上だ。

 

 

 

 

 

モノレールの破壊はボーナスになる。

 

端金(はしたがね)に命をかけ、慈悲もなく殺す傭兵としてそこを()み嫌う理由もなく、俺も例に漏れずに銃口を向けた。鉄の巨人が、それに見合う巨大な銃器の引き金を引くためのトリガーに指をかける感触。そこまでは、いつも通りだった。

 

『あなたは撃たなかった』

「あぁ、撃たなかったな」

『なぜですか』

 

しつこい。

元から感傷的な女だとは思っていたが、それでも仕事に私情は挟んでいなかったのを買っていたのだが。

優秀だが、人殺しの中にいるには生きづらいだろうにと、らしくもなく、そんなことをこの女に考えたのを思い出す。

 

あぁそうだ。今ではもう、人のことは言えない。

 

 

 

────目が合った。

つぶらな瞳だった。『それ』は周りが騒ぎ立てる原因が何かも知らずに、向けられた大砲のような銃口の先、無駄にピカピカ光るACのカメラアイでも見ていたのだろうか?

とにかく目が合った。合って、しまった。

 

モノレールの座席に膝立ちになってこちらを無邪気に見ていた『それ』と。

 

「俺は昔、"犬"を飼ってたんだ」

『…犬、ですか?』

 

唐突な会話にレインは戸惑いながらも無粋な言葉を挟まない。

 

「あぁ、そうだな、俺の髪色と同じ茶色の…あーあれだ、トイプードル?とか言うやつだ」

『似合わないですね…』

「俺もそう思うよ」

 

俺には勿体無いくらいのやつだった。

可愛らしくて人気者、なのにいつも俺にひっついて、笑って。

 

感情が枯れたような思い出話に、レインは何かを悟ったらしい。

 

『今は、その…犬は?』

「死んださ」

 

良くある話だ。

企業間のいざこざに巻き込まれ、ACやらMTやらの流れ弾に当たって居住区がちょっとばかし壊れた。たったそれだけの話。

あいつは瓦礫(がれき)に押し潰されて、他の死体と一緒に誰が誰かもわからないようになっちまった。まぁ、苦しまずに死ねたろうよ。それが救いだった、唯一の。

 

たった一人の、俺の心の支えだった。

 

あの時から、俺は戦場へと爪先(つまさき)を向けた。

 

 

「…レイン、前にあんたに言ったよな。この仕事に向いてないって」

『ええ、言われました』

「どうやら、俺もそうらしい」

『…今更、ですね』

「全くだ」

 

俺は無情にも生き残り、そして薄情なことに企業のお膝元についてMTを駆った。

幾人も人を殺し、同じような境遇の人間を生み出し、そして多くの仲間を失った…思えば、そう言う奴らほど、家で最愛の"犬"が待っているようなやつらだった。

 

頑固だが面倒見の良い口のクセェおっさん。

俺よりも若く、泥を啜ってでも生きることに固執した根暗バカ。

意地でも笑って生きてやると余裕こいたフリをし続けた臆病者のあいつ。

淡々と何の感情もないかの様に誰よりも先を走り続けた不器用野郎。

ギャンブルとヤク漬けでも腕は誰よりも良かったババァ。

 

だが死んだ。

慈悲もなく、"管理者"の予定調和のように。

俺はあいつらの顔すらもう思い出せない。

 

ただ、生き残ったがために俺は"レイヴン"になった。

死んだ仲間の中の、誰かの夢。レイヴンになりたい、いつか成り上がってやる、そうしたらお前に贅沢な酒でも奢ってやるよ。なんて、俺のものではない、夢。

 

その誰かさんにもやはり家で待つ"犬"がいた。

 

省電力モードによって薄暗くなったコクピットの中、俺が(ふか)した安いタバコの煙がさらに視界を(かす)めていく。

力なく明点するグリーンのランプ。俺じゃない誰かが気に入っていたバンドの曲を聴くために持ち込んだポケットラジオの、小さ過ぎるオレンジのランプ。

そんな小さな光たちが俺の霞んだ視界に一枚の写真を指差す。消えたモニターの横にあるそれ。

 

二人の子供。今時珍しい紙媒体のカラープリント。まだ何にも知らなかった頃の俺と…もう一人、顔はもう、黒く汚れた油で俺の記憶と共に塗りつぶされて見えない。

 

昔一緒に遊んだ思い出は確かにある。格好も思い出せる、でもそれだけだ。

全てを押しつぶした瓦礫の前で、崩れた分厚い鉄の壁の奥で光るモノアイの不気味な光と目が合ったあの時。その記憶に全てが押し潰されてしまった。

 

あぁそうだ、俺がかつてガキの頃あの(モノアイ)と目が合ったように、俺は今日、"(少女)"と目が合った。

 

ピンクの服を着た、茶髪の、その子と。

 

あの時の俺は何を考えたんだろうか?ほんの少し前のことが恐ろしく遠い。

ただ俺はその銃口を大きくずらし、近くのMTを撃ち抜いた。僅かに、その位置はコクピットからずれていたことに気が付き、小さく舌打ちをしたのは覚えている。

 

「昔の犬と重なっちまった。あいつも似たような服を着ててな」

『ふふ…オシャレな犬もいたものですね』

「あぁ、ほんとにな」

 

馬鹿なことを言ってるな。そう自覚しながらも自嘲気味な笑みを張り付けて8本目のタバコに火をつける。火の光は点滅するランプと混ざり合い、立ち上る煙は頭上の天井へとぶつかって滞留し、すぐに狭いコクピット内はさっきよりも濃くて安っぽい甘い匂いで包まれた。俺の身体がぼやけた霞で包まれていく。

 

 

きっと俺はもう死ぬだろう。

 

 

一瞬の躊躇(ちゅうちょ)、それは簡単に俺の命を瓦礫の下へと追いやるだろう。

俺はもう、諦めていた。諦めてしまった。

(よぎ)るのだ、幼少のあいつが、或いは死んだ仲間が持っていたはずの、写真の黒く焼けたインクの色が。

俺はそれでもまだ撃てる。が、銃口の先のコクピットの中に押し込まれた誰か、そいつを待つ"犬"を幻視し、指先が鈍り、そして当たり前のように撃ち抜かれ、焼き尽くされて死ぬだろう。そういう世界だ。嫌という程知っている。

 

そう思えば、レインにも悪いことをしてしまう。あれだけ初対面でナンパした男がこうも情けなく死ぬとは。

最後にとびきり高いレストランにでも誘ってみようか。

 

『────レイヴン』

「あぁ」

『私も犬を飼ってます』

「嘘つけ、独身で一人暮らしってのまで俺がしつこく聞き出したろ」

『…さっき飼い始めました』

「……犬種は?」

『え?け、犬種はですね…えー、トイプードルです…』

「…そうかよ」

『ですから』

 

今度はさらに長い間があく。

 

輸送機の重低音が心地よく感じ始めた頃にタバコの火が口元まで迫り、金具に吊り下げられた携帯灰皿に無造作に押し込んでただ言葉を待つ。次のタバコに手を伸ばし、けれどもライターの蓋は閉じたまま。

視界は少しだけ晴れ始めていた。

 

『私のところまで、見に来ませんか?』

 

 

()()がどういう意味を持つか、本当にわかってんのか?

 

 

「お前…」

『"フェン"』

 

今度はハッキリと、力強く、俺の名を呼んだ。

 

『あなたには、あなたを待つ"犬"が必要です』

「馬鹿なことを言いやがる…レイン、だからお前はこの仕事に向いてないんだ」

 

馬鹿が、捨て置けばいいものを。

所詮レイヴンなどすぐに散る命、いちいち親身になってりゃ世話ない。いずれ地面に投げ打たれたカラスの死骸の上で潰れるのは、お前だ。

 

「生娘が、俺を舐めるのも程々にしろ、慰めているつもりか?」

『私も犬を飼っていました』

「また何度も―――」

『大きな犬でした。血の繋がりのない、けれども私を守ってくれた兄のような人』

 

さっきの嘘っぱちとは違う。

枯れたはずのレインの、思い出の話だ。

 

「…そいつは?」

『企業同士の小競り合いに巻き込まれて、離れ離れに…その後は何も』

「そうか…じゃぁもう生きてはいないな」

『ええ、私もそう思います』

 

俺の配慮のない薄情な言葉にレインもまた同意する。ロマンチックに生きれるほど、この世界に希望はない。こんな仕事をしていれば尚更に。

皆失い、擦り切れて、それでもと翼を羽ばたかせようとする。だが、最初からこの"地下世界"に"空"などなく、だからお前達の背中に翼などないと言うように、やがて現実を思い知らされ理解する。初めからずっと這いつくばってるだけだということに。

 

所詮はどいつもこいつも犬なのだ。企業の、管理者の。翼があると勘違いした愚かな犬ども。走狗(そうく)

運命なんてものが本当にあるとしたら、それはきっと造られた運命。管理者の演出以上のものはあり得ない。

 

全てが管理者の"予定"でしかない。

 

生きて、出会って、苦しんで、楽しんで、別れて、悲しんで、死ぬまでの全てが。

 

『でも、私はたった今、信じたいと思いました』

 

だと言うのに、それを知っていると言うのに、思い知らされていると言うのに。

 

『どこかで彼が生きていると────あの頃、見窄(みすぼ)らしいピンクの服を着た私を導いてくれた彼が』

 

これが管理者の"予定"なのだとしても。いやだからこそ成し得た、造られた"演出"なのだとしても。

運命。なんてものを見てしまうなんて、なんて馬鹿らしい。

 

 

けれども、もうそれに(すが)らなければ俺“たち”は生きていけない。そんな気がした。

 

 

「………犬の話じゃなかったか?」

『ええ、そうです。犬の話です。本当は人を殺したくない、しつこく人を口説いてくる犬の話です』

「そりゃアホみたいな犬がいたもんだ」

『本当ですよ?』

 

小さな笑いはどちらのものだったか。

俺たちは所詮犬だ。()められた首輪を当然のように受け入れ、さも自由と勘違いして飛んだ()()をし続ける薄汚れた真っ黒な犬。

鎖は持つのは管理者。だが、鎖の繋がれた首輪、そこにもう一本ぐらい鎖を付け足すぐらいはいいだろう。この"縁"をつなげたのも管理者というならば、互いに繋ぎ止めるための鎖を結ぶぐらいはきっと許されるはずだ。 

 

全てが管理者の掌の上。そんなものは誰もが知っている。けれどもそんな中で夢を見て足掻き続けた、顔も思い出せないあいつらの気持ちがこれでようやく分かる気がする。

 

まずは彼女の言う馬鹿で間抜けな犬を見に行こう。

きっと安いタバコで満足するナンパ野郎なのだろう。

 

全てはそれからだ。

俺は9本目のタバコに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

記録:■■■■■■■■_■■■

 

シリアル番号:0824-FK3203

識別名:ven【フェン】

 

■■■■に機体名称及びエンブレムの変更の申請を受領。

■■■■に登録を承認。

 

旧AC名:Vacant【ヴェイキャント】

旧エンブレム:一輪挿しのような、縦に長い円筒形の空のガラス容器。その周辺に花びらのように獣の歯が幾つも散らばっている。

 

更新後AC名:VolleWater【ヴォルヴァーテル】

更新後エンブレム:一輪挿しのような、縦に長い円筒形の透き通った雨水の満たされたガラス容器。獣の歯は一掃され、代わりに地面の小さな水溜まりが犬科の動物の形を描いている。その水面には、澄んだ青空が写されている。

 

音声ログから0824-FK3203の心情の著しい変化を確認。

 

以降の活動ログと合わせ、その力量、精神性、影響力が"選別対象"として足ると判断。

 

 

────基準数の候補者が揃いました。

 

管理者プロトコル、"再生プログラム"最終フェーズの実行のための全ての条件が揃いました。

 

現在、チェック中…

各レベルフェーズ確認…

 

■■■■■、クリア。

■■■、クリア。

■■■■■■■■、クリア。

■■■■■■■、クリア。

■■■■■、クリア。

 

確認完了。

 

…。

 

 

 

 

────"IBIS"は失敗しました。

 

レイヴン、あなたたちの"役割"を果たして下さい。

 

 

 

 

 









これちょうど書いてる時に6主人公が犬と関連しててちょっとテンション上がったどうも作者です。
基本的にプレイ済みではない人は楽しめないかも…そこは申し訳ないですが、要望あれば捕捉は入れます。

3からVDとちょっと先までの短編集。捏造、独自設定が多いので注意です。
また、戦闘描写がないことも多いですのでご了承ください。(と言いつつ次とその次はあると言う)
できる限り短くまとめて、各シリーズごとに1~2話だけやっていきます。(例外あり)
"3"はこれで終わりです。
彼がその後どう生きたかはご想像にお任せしますと言うぶん投げスタイル。

"6"発売までに終わ…らせたいですけど、多分無理かなぁ…
それでも良ければ、つまらない作品ですがお付き合い下さい。



■Ven【フェン】
オランダ系。
仲間の死に擦り切れてしまい、だけど才能があったがために生き残り、レイヴンとなる。
女好きだが長続きせず、それでいいと思っている。俗っぽいのは本質であるのだろうけれど、今や表面だけ。
皆帰りを待つ犬がいる。
それを思い出してしまった時、指先は鈍り、死ぬ。そうなると思っていた。
これは仕組まれた出会い。死んだあの子は、彼女ではない。それでも縋りたかった。


■Vacant【ヴェイキャント】
意味は"空っぽ"。
旧AC名。
死んだ仲間の牙が突っ立った空っぽの容器の周りに散らばる。空っぽの俺はまだ立っている。


■VolleWater【ヴォルヴァーテル】
意味はオランダ語で"満水"。
新しいAC名。
雨水が容器を(みた)す。待ってくれる犬を想いながら。
この水面に青を刺すのだ。


■Laine Meyers【レイン・マイヤーズ】
管理者より決められた、傭兵をサポートするオペレーター。フェンの専属。
若く優秀だが、若さゆえの少し甘い考えを持っている。
フェンがずっと"誰か"に似ていると思っていた。
きっとこれは仕組まれた運命。死んだあの人は、彼ではない。それでも信じたかった。


■RAVEN【レイヴン】
"グローバルコーテックス"所属の傭兵たち。
rainとven、二人で一人。ra (in) ven
予定調和の運命、ただの演出、それでも、それだとしても…


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