「な、なんだあれは!?」
ヘルメット団の暴徒は、その異様なる姿に驚きを隠せていないようだった。
それは勿論、シロコやホシノ、ノノミにセリカも変わらなかった。
「う、撃て! 怯まず撃て!」
大量の鉛玉が、彼に向けて照射される。
シロコやホシノは思わず一歩踏み出したが、すぐ異常に気づいてその足を止める。
「ウソ……怪我してないの? あれだけ撃たれて……」
セリカが恐れ慄くように言う。
デモンズは煙こそ立ち昇らせているものの、全くといっていいほど損傷が見られず、変身直後と同じように立ち尽くしていた。
「これはせめてもの手加減だ! 君たちは、学生だからな!」
『Condor!』
『Condor! Genomics!』
バイスタンプのエネルギーがドライバーの赤い管を通じて、デモンズへと供給される。
供給された紫のエネルギーは、彼の背中で一対の翼を作り出す。それはさながら、大空を羽ばたく鷹の翼そのものであった。
翼を羽ばたかせ、空高く舞い上がったデモンズ。腕を広げると、それに呼応して翼が逆立ち、そこから大量の黒き結晶が放出され、地面へと降り注ぐ。
瞬く間に砂埃で覆い尽くされた大地。
ホシノの盾の影に隠れ、それをやり過ごしたシロコたちは、砂埃が晴れると同時に顔を出した。
「に、逃げろ!!」
「あんな化け物いるなんて聞いてねぇよ!!」
威勢の良かったヘルメット団は、泣き言を吐きながらスタコラサッサと退散していった。
群れを成して去っていく暴徒達を確認すると、ヒロミは変身を解除し、彼女たちの方を向いた。
「借りは返せたかな」
そう言って笑って見せても、彼女らは警戒を解こうとしなかった。
すると、ホシノは盾を仕舞って近づいてきて、低めの目線から彼を見上げた。
「うん。ありがとう。助かったよ」
可愛らしく笑ってから、彼女は礼を言った。
「……俺は君たちに助けられるまでの記憶が曖昧だ。悪いが……此処について、少し詳しく教えてはくれないだろうか?」
「……だってさ、先生」
ホシノは耳につけた通信機越しに、先程の先生らしき人物と話す。
「よし、じゃ着いてきて」
ヒロミは小さな彼女の背中を追い、再び校舎に入ろうとする。
「ちょ、ちょっと先輩!」
黙って見ていたセリカが声を上げた。
「信じていいの!?」
ヒロミからすれば傷つく言葉を、セリカは軽々と口に出した。
「私たちをあんな必死に助けてくれる人が、悪い人に見える?」
「そうだよセリカ。――先生も、ちょっと違うけどあんな感じだった」
「全然違いますけどね」
ホシノ、シロコの言葉に、セリカは簡単に納得したらしく、それ以降口を閉ざした。
ヒロミは肩身の狭い思いをしていた。
ろくに女性経験などしてこなかったこの男にとって、女子高校生に囲まれるなど、肌に合わない状況であるからだ。
◇
先生、と慕われる人物から説明を聞いた。
ここは学園都市キヴォトスと呼ばれる所の一画に位置するアビドス。この学校は、そのアビドスを自治するアビドス高等学校なのだという。
学生が自治するなんて――。亡きあの人と、無き自分の姿を少し彼女らに重ねて、すぐにその妄想を途絶えさせた。
このアビドス高等学校は、多額の借金を抱えているらしく、廃校寸前。だから、さっきのように、近場のブラックマーケットと呼ばれる所からやってくるチンピラ集団に度々狙われるのだという。
先生が一度事件を解決しはしたらしいが、チンピラというのは案外しつこく頑固らしい。
――それより、ヒロミは借金の総額を聞いて腰を抜かしそうになった。
「……君たちはそれを、毎日返し続けているのか……?」
「ちまちまと……まぁ、減る予兆すらありませんが」
アヤネは笑いながら言った。目に光が無いように見えるのは、恐らくヒロミだけではないはずである。
キヴォトスの生徒は、頭に天使の輪のようなヘイローを乗せている。これがあるからか、銃弾を撃ち込まれようと、容易には死なない頑丈な身体を持っているのだという。
これが原因なのかどうか知らないが、高校の教室の壁にアサルトライフルが飾られてある光景など、ヒロミは生まれてはじめて見た。
「ヒロミ……だったかな。あなたの事も、少し話してくれるかな。あの姿の事とか、あなたがどこから来たのか、とか」
先程までは明るくて緩い印象を持っていた先生に、真面目な声音で話しかけられ、ヒロミは話さざるを得なくなった。
彼は順を追って説明した。困惑しないよう、なるべく必要な情報だけを教えた――。
そんな器用なことが、彼に出来れば良かったのだが。
先生含み、その場にいた全員はヒロミの話に途中からついていけず、頭から煙が出そうになっていた。
「ん、んーと……あなたのいた所には“悪魔”っていうのが居て、それを使って“変身”するのが“仮面ライダー“で、あなたはそれになれる……」
「正確にはそこに居たのではなく、人間、誰しも心に悪魔を宿らせている」
「な、なるほどねぇ」
先生は分かったのか分かってないのか、良くわからない返事をし、会話を終了させた。
「とりあえず、あなたはブルーバードっていう組織の隊長? なのね」
「あぁ。全て理解してくれとは言わない。どうやらここは、俺が居たところとは無関係の場所らしいからな」
ヒロミは背もたれに身を預け、渋い声になりながらそう言った。
――彼が今最も考えなければならないこと。それは、どうやって帰るか、である。
そもそも行き道すら分からないのに、帰り道を模索するなど、無謀を通り越して不可能に近いのだが。
それでもヒロミには、帰らなければならない理由があった。
「先生、どうにか帰らせてあげられないの?」
「んん……私の世界に悪魔なんていないしなぁ。とても同じ世界の住民とは思えない」
「まぁ! じゃあヒロミさんは“異世界転移者”ってことになりますね!」
「に、にわかには信じ難い話ですね」
アヤネはずれた眼鏡を直しながら苦く笑う。
目の前に座る先生は、ずっと、何かを考え込むようにして俯いていた。
◇
キヴォトスの何処かにある、小綺麗なオフィス。
薄暗い。僅かな陽の光しか差し込まない部屋に、黒服は座っていた。
「珍しいですねマエストロ。貴方から此処に来るとは」
靄のような顔の黒服は、木偶にも見える存在――マエストロに対し、微笑みかけたかのように口元を歪めた。
「黒服。アビドスの方に何やら得体の知れない物が来ているぞ」
「えぇ、そうですね」
「私はあれに、神秘以上の魅力を感じる。私の芸術を、さらなる高みに昇華させてくれる気がしてならないのだ」
「アビドスに、私はあまり手は出したくないのですが。――先生もいることですし」
マエストロは今にも取れてしまいそうな首を揺らしながら、辺りを徘徊する。部屋の中央で両腕を広げ、天井を見上げた。
「先生に手は出さぬ、ただ私はその得体の知れないなにかに興味がある」
「あなたがそこまで興奮するとは。珍しい」
黒服は手を組み直し、そこに顎を置いた。
「芸術には多面性も求められる。ある一定の観点だけでなく、様々な観点から見られるような、そんな芸術」
「私はそれを、実現してみようと思う」
マエストロはそう言って、軋みを響かせながら黒服の佇む部屋を出ていった。