ヒロミは今すぐ帰るわけにもいかず、アビドス高等学校に身を置くことになった。
誰かの家に寝泊まりさせてもらうわけにもいかず、空き教室を借りて、そこで夜を明かすことにした。
対策委員会の生徒たちが布団やらを恵んでくれたおかげで、然程不便はない。
ただ、教室で寝るというのはあまりにも慣れず、不眠の日々が続いた。
学校は勉強をするところ。頭の固いヒロミは、そうとしか思っていなかった。だが、ああやって、勉強どころでは無い学生もいることを知った。
(複雑だな……)
世界が違えば事情も違う。それを分かってはいるのだが、どうにも自分の世界と此処を重ねて考えずにはいられなかった。
(なんだこの布団……甘い香りがするぞ)
だがヒロミの不眠の原因は、それだけに限った話ではないようだ。
◇
アビドスに訪れてから、一週間ほど経った日。対策委員会は、九億という泡を吹きそうな借金を抱えていながらも、何だか楽しそうな日常を送っていた。
あれこれ言う義理はないが、こんなので大丈夫なのか、とヒロミは日夜思っていた。
「も、もう一度聞きますね。何か案がある人」
眼鏡が白くなり、目が見えないアヤネが震えた声音で全員にそう尋ねる。
「銀行強盗」
「宝くじ」
「ビットコイン!」
「水着アイドル♡」
「却下ぁぁぁぁぁ!!」
四人中四人がふざけた回答をしたことで、アヤネのちゃぶ台返しが炸裂する。彼女がひっくり返したテーブルは傍観していたヒロミの顔面に直撃し、痛々しい音が響き渡る。
「あっ……! ヒロミさんごめんなさい!!」
「うちのアヤネちゃんがごめんよぉ」
顔からテーブルが滑り落ちていくヒロミ。
色々な物を我慢しながら、苦し紛れの返事を返す。
「ヒロミさんは何かない?」
「俺の案か?」
シロコは頷く。
五十嵐三兄妹の実家は、一度強制退去の危機に陥ったとは聞いたが、借金があるなど聞いたことがない。――だが、彼彼女らの銭湯に対する想いを思い出し、彼はこう告げた。
「君たちがこの学校を想っているのなら、コツコツと頑張るのが一番だと、俺は思う。……そういう、世界一お節介な奴とその家族を見てきたからよく分かる」
「九億をコツコツかぁ……骨が折れるねぇ」
ホシノの一言で和んだが、何やら神妙な雰囲気になりかけた為に、ヒロミは内心焦った。
「そういえば、ブルーバード? っていう組織は、何する組織なの?」
セリカに聞かれ、ヒロミはこう答える。
「平和を守る組織だ」
「そ、そう……」
セリカは如何にも「胡散臭」と言いたげな顔をした。それだけの聞く耳を持ちながら、なぜそこら辺でばら撒かれているようなビットコインを信用してしまうのか。
「ヒロミさんの世界には、“悪魔“っていうのがいるんですよね? やっぱり悪魔には、ツノがあるんですか?」
ノノミに尋ねられ、ヒロミは少しばかり昔の事を思い出す。
自分が一番輝いていた頃。
デッドマンズの襲撃を受け、醜態を晒したあの日――彼は自分の悪魔を見た。
「あるヤツもいるが……ないヤツもいる」
「姿が全然想像できないですね」
「悪魔は皆、凶暴で残酷だ――」
そう言ってからすぐ、ヒロミはハッとする。
――楽しかったなぁ。
「……一部を除いてな」
「えー、なんですか、それ」
そう付け足してから、自分が少し微笑んでいる事に気がついた。
もう懐かしく思えてくる。ほんの数年前のことの筈なのに、遠い昔のように感じる。バイス、カゲロウ、ラブコフ。彼彼女らはそれら悪魔を飼い慣らすのではなく対等な”バディ“として接していた。
自分の中に“それ”はいないと思うと、時より物寂しく思えることがあった。
「……ずっと疑問に思っていたんだが、君たちの”それ“は……」
「これ? これは”ヘイロー“って言ってね、実を言うとおじさん達にもよく分からないんだけど、まぁ、私達の“象徴”? みたいな」
「なら、俺は天国に来たわけではないということだな」
薄々悩んでいた疑問を、今ようやく晴らすことができた。今更だったが、死んだ、という事実を否定できた。――実を言うと、聞くのが怖くてずっと言い淀んでいたのだが。
「キヴォトスの人はみんな頑丈なんですよ。銃弾なんか、致命傷になりません!」
「き、君たちのような頑丈な体が、俺も欲しいよ」
と、体内年齢八十歳だった男は語る。“彼女”のおかげで何とか元通りになったはいいが、以前までは走るのすらやっとだった。それこそ、彼女らと年齢が変わらない三兄妹達を羨ましいと思うことがあったほどだ。
「ヒロミ。私もあれ、変身してみたい」
「……あれってまさか」
シロコに詰め寄られる形で言われ、ヒロミは口角を引き攣らせた。
「そ、それは駄目だ」
「少しでいいから」
「駄目なものは駄目なんだ。君にもしものことがあっても、責任が取れない」
きっぱりそう言い切ると、シロコは何故か拗ねた様子で彼から離れていった。
「ヒロミさんは、真面目な人ですね」
アヤネが何処か羨ましそうに言った。
――何時しか、誰かにも言われた言葉だ。
「そう……俺の、欠点でもあり、最大の長所だ」
◇
対策委員会のみんなが帰宅し、ヒロミは一人、空き教室に敷いた布団の上で寝っ転がっていた。
枕元に置いたデモンズドライバーを見据えながら、ヒロミは唸っていた。
(俺はこの世界で唯一の仮面ライダー……なのか)
自分が居た世界には、何人も仮面ライダーがいた。それこそ、皆が皆、正義の味方というわけではなかったが。
だがこの世界には仮面ライダーもいなければ、それが倒すべき悪魔のような存在もいない。
(俺はここに居ていいのか……?)
別の世界、など考えたことも無かった。
だが、改めて考えてみれば、別の世界からやってきた存在というのは、その世界の住民からすれば
現に、地球外生命体であるギフは人類の敵であった。
――よくない考えに至ろうとした寸前で、ヒロミはその考えを振り切った。
(あの子達は歓迎してくれている……今はそれだけでいいだろう)
帰る方法が見つからない以上、この世界にどんな不都合があっても、どうすることもできない。
(もう寝よう。何があるか分からん)
ヒロミは無理矢理意識を落とそうとした。
――その時、嫌な人の気配を察知し、ドライバーを手にしたまま立ち上がった。
教室のドアを蹴り破って入ってきたのは、予想外の、それでいて見たこともない武装集団。
迷彩柄の装甲に身を包み、まるで感情が無いロボットかのように銃をヒロミに向けている。
「……『カイザーPMC』……?」
ヒロミは彼らの装甲に書かれた文字を見てそう呟く。
「門田ヒロミ。その機械を我々に寄越せ」
「何故お前たちは俺を知っている? 機械というのがドライバーのことならば、これは渡さないぞ」
「ならば力づくだ」
敵の一体が、銃を振り翳す。
振り下ろされた銃身を受け止め、反撃として敵の懐を蹴りつけてふっ飛ばした。
敵の一人が銃を乱射したため、全速力で避けながら、机を縦にそれを防ぐ。
「大人しくそれを渡せば怪我はさせない」
「断る!! これはお前たちに渡すものではない!!」
机を敵に投げつけてから、デモンズドライバーを装着しようとした時だった。
敵の一人が放つ弾丸が、デモンズドライバーを的確に撃ち抜いた。
幸い破損は見られないが、反動でそれを落としてしまう。
「しまっ――」
一斉に駆け寄ってきた敵に、とても抵抗できない物凄い力で押さえつけられ、ヒロミの身動きが封じられた。
「ターゲット確保。ただちに帰還する」
デモンズドライバーは敵に拾い上げられ、敵の多くは颯爽と撤退していく。
「な、何が目的だ貴様――」
後頭部を掴まれ、額を床へ叩きつけられる。
ヒロミの意識は瞬く間に途切れ、視界は暗黒に包まれていった。