荒廃したサイバーパンク世界で百合を護ろうとする男と、それに恋する少女達の物語   作:霧夢龍人

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だいすき

事件は当日、『身体機能保全施設(メディカルセンター)』まで運び込まれた俺がボロボロになった腕を治してもらった深夜のことだ。運ばれた時にライラさんが「なんだその腕!?」って驚いてたのは永久保存モノだが、あいにく今はそれどころじゃなかった、

 

「・・・眠れねぇ」

 

急速身体回復機器(メディカルコクーン)』と呼ばれる繭のような機械で治療された後に、白い大きなベッドまで運ばれた俺はなかなか寝付けなかった。

 

何度も目を閉じて眠りに就こうとするが、何故か目が冴えてしまって眠れない。まぁ、今日あんだけのことがあったんだから眠れなくて当然か、なんて楽観視していた。

 

しかし、そんな矢先に事件が発生してしまった。

 

始まりは寝付きの悪さから来る不快感だ。寝ようと思っても、気持ち悪いくらい寝れない。

 

「ッ!?!?」

 

そしてその次に襲ってきたのは、苦痛に感じる程の情欲。男としての醜い部分が煮詰まったような感情が、脳と精神を蝕んでくる。

 

「ぐぁ・・・カハッ・・・!?」

 

そのあまりの苦痛と煩わしさに、嚥下しようとした唾液逆流してしまうほどだ。

 

だが、この程度ならまだマシだった。情欲との戦いは既に、この力を“貸して”くれた女性のおかげ(せい)で耐性が出来ているのか苦痛ではあるが耐えられない程では無い。

 

勿論、この程度で【色欲の化身(ルクス)】のデメリット校が収まるはずがなく・・・。

 

「〜〜〜〜ッ!?!?」

 

身を焦がすような情欲が、次第に痛みへ変貌していく。

徐々に徐々に、男の醜い欲望を罰するかの如く、その痛みは増幅していった。

 

例えるなら、お腹を刃先の鈍い包丁で延々と刺され続けられるような、はたまた全身の皮膚をひっぺがされ、熱い鉄板の上で焼かれているような・・・数秒でも味わえばショック死しかねない痛みが、身体を襲う。

 

だが、気絶することも出来ない。

 

痛みで気絶しかける度に、それを超える痛みで意識が現実世界に戻されるのだ。

 

「〜〜ッ!?!?ァッ・・・グッ!!!」

 

助けを漏らすための声すら許容されていない。

腕が喰われる感覚が生易しく感じるほどの痛みは、到底人が感じることが出来るようなモノと思えなかった。

 

───まじ、かよ。

 

弱点を見通す目(ウィーク・アイ)】が二回、【忘れられぬ温もり(デッド オア リスタート)】が一回。そして、【発情する精神(ヒートアップ)】も一回ずつしか発動していない。

 

なのにこの痛みだ。

 

シーツが身体に触れる感触や風が頬を軽く撫でる感覚が、今の自分にとっては筆舌にしがたいほどの苦痛に等しかった。鮫に腕を齧られるのなんて比にならないくらいの、圧倒的な苦痛だ。

 

だが・・・。

 

「グッ・・・ハハッ、こんなの、ルクセリアさんを守れ、なかった苦しみよりかはァッ!?・・・マシ、だなァッ・・・」

 

俺はこの痛みと引き換えにルクセリアさんの命を救えた。痛いのは痛いが、ここでショック死しなければ俺はまた“生き残れる”。

そうすればまた、誰かの命を救えるんだ。

 

神様は意地悪な存在かと思ってたが、存外優しいらしい。

 

俺に人を助ける機会を与えてくれるんだからな。

 

「ハァ、ハァ、ハァ・・・ハハッ、いい気分だ」

 

干上がりそうなほど熱い身体に、俺は自然と口角が上がってしまうのを抑えられなかった。痛みで発狂しそうなのに、心はどこか澄み渡っていた。

これでルクセリアさんから借りた恩を返せたとは言わないが、ある程度は返せただろう。

 

その喜びで笑える自分が、可笑しくてたまらない。

だから気付いてしまった。

 

───俺はきっと狂ってるってことに。

 

「蓮くん、入るよー?」

 

暫くして、痛みに呻く俺の元にルクセリアさんがやって来た。少し遠慮を孕んだ声色と不安そうな眼が揺れ、ゆっくりと部屋に入ってくる。

 

「どうし、たんですか?」

 

俺は痛みを悟られないように我慢しながら、ルクセリアさんに問い掛ける。熱さと痛みによる脂汗をこっそりと拭いながら、ルクセリアさんと視線を交わした。

 

急速身体回復機器(メディカルコクーン)』の内部は快適な温度になっているが、じんわりと熱い身体が冷気を求め、シャッターのようになっている開閉部分を開けて外のヒンヤリと冷たい空気で身体を覚ましていた。

 

そのため、入ってきたルクセリアさんとちょうど視線が合う形になるのだ。手には何かでコーティングされた箱のようなものを持っている。

 

「・・・た、体力が付くものを持ってきたんだ。遠慮せず食べてほしいな」

 

ちょっと顔を赤くしながら、おずおずと手に持っていた食べ物が入っているだろう小さな箱を手渡された。

思わず受けとってしまうが、早く開けて欲しいという視線に耐えきれなかった俺は、その場で箱を開ける。

 

ボタン式のようで、押すとカシャカシャ音をたてながら中に入っている食べ物が出現した。

 

丸くなった三角形のようなフォルムに、赤色。そしてつぶつぶとした穴が空いている親指大の大きさの果実。

それは正しく・・・。

 

「イチゴじゃんッ!」

 

「イチゴ・・・?それはアプルベリーっていう果実なんだけど」

 

「あぷるべりー」

 

ストロベリーなのかアップルなのかはっきりして欲しい名前だが、見た目は完全にイチゴである。

味が気になって一口かじれば、甘酸っぱい味と柔らかい食感が口腔内を支配する。それもガツンとしたものではなく、優しく主張するようなほよかや甘みだ。

 

「っていやこれ完全にイチゴやないかい」

 

「・・・美味しくなかったかい?」

 

「いや、とっても美味しいですよ」

 

まさか異世界でイチゴに出会えるとは思っても見なかったが、普通に好みの味だ。

こんな激痛地獄じゃなければ、じっくり味わいたいくらいである。

 

「ところで、なんでこんなものを俺に?絶対高かったですよね?」

 

「うっ」

 

「・・・ちなみにいくらですか?」

 

ルクセリアさんの反応的にかなり高かったのは間違いないだろう。人工肉や合成果実などが当たり前の世界で、こういった食べ物はかなりの高級品になっているらしいし。

 

少なくとも、俺の今着ている服より高いのは間違いないと思う。

 

「怒らないかい?」

 

「怒るも何も、俺のために買ってきてくれたんですから怒るわけないじゃないですか」

 

まぁせいぜい俺の服の2倍とか3倍くらいかな、なんて高を括っていたのも束の間。

遠慮がちに告げられた言葉は俺の予想を易々と超えてきた。

 

「・・・今君が着てる服の20倍位の値段かな」

 

「え?」

 

「ごめん盛った、30倍です」

 

「へ?」

 

30倍?

え、30倍?

俺の服の30倍?

 

値段を告げられた瞬間に、襲い来る痛みが一瞬だけなくなったと錯覚してしまうほどの値段の暴力。

 

「あの、胃の中から出した方がいいですか?」

 

「いやいや!ボクが君に送りたいと思ったから買ったんだ。だから気にしないでおくれ・・・それよりその、右腕は大丈夫かい?」

 

思わず吐き出そうかと提案するが、焦ったような口調で止められる。

そしてその後、少し躊躇いながら右腕の様子を伺うルクセリアさんを見て、あぁなるほどと合点がいった。

 

つまり、自分を庇って右腕がぐちゃぐちゃになった俺のことを心配して、奮発してまでこのアプルベリーを買ってきてくれたのだろう。

 

俺からすれば、命の恩人であるルクセリアさんにここまで心配されるのは少し心が痛いところだ。

 

「えぇ全然。むしろ右腕を齧られる前よりも調子がいいくらいですよ」

 

「・・・ふふっ、そうかい。それなら良かったよ」

 

右腕をぶんぶん振り回し、ちょっとおどけながら大丈夫なことを示す。

正直、今も尚軌跡(スキル)の副作用で身体がめちゃくちゃ痛いが、これを悟られる訳にはいかない。

男には我慢してでも女子を笑顔にさせるべきがあるのだ。

 

「むしろルクセリアさんの方こそ、怪我はありませんでしたか?」

 

「んーん全然!このとおり元気さ!」

 

「確かに元気そうだ・・・」

 

元気いっぱいとばかりに今度は両腕をブンブン振り回すルクセリアさん。いったいその細腕に人を細切れに出来るほどの力があるのか甚だ疑問である。

きっと今腕相撲したら吹き飛ばされるのは俺の方だな、なんて思いながら、ルクセリアさんを見つめる。

 

「ふっふっふ。ボクは元気が取り柄だからね!・・・って、汗かいてるよ?大丈夫かい?」

 

汗?と思い顔を軽く拭うと、服には点々とした汗の後が着いていた。

 

「ほんとだ・・・」

 

おかしいな、汗をかいている感覚はなかったんだが。

・・・もしかしたらこの激痛に身体が耐えかねて、わざと痛覚や感覚を鈍くしているのかもしれないな。

 

と自分なりの結論にいたり、近くにあったタオルで顔を拭おうとするとルクセリアさんに止められる。

 

「あ、こら。ボクが汗を拭いてあげるから」

 

「へっ!?いやいや大丈夫ですよ!?」

 

「遠慮せずにぃ!ほらほら・・・」

 

白いタオルを手にしながら、徐々ににじりよってくるルクセリアさん。その背後に嫌らしい笑みを浮かべた悪魔が見えるのは気のせいだろうか?

 

自分で拭くからとタオルを取り上げようとするが、俺如きがルクセリアさんを止められるわけがなく・・・。

 

「もぉ〜、抵抗しないでおくれよ」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

ピトっと、額にタオルに包まれた手が触れ、汗を拭こうと動く。

その感触に───何故か獣欲が刺激された。

 

「ッ!?離せっ!!」

 

「・・・えっ?」

 

痛みが一気に獣欲に変わる。

思わず声を荒らげてルクセリアさんを遠ざけるべく、腕を弾いた。呆然としたような口調のルクセリアさんを見て、強すぎたかと反省したいところだが、あいにく今はそれどころではない。

 

むしろルクセリアさんを視認すれば視認するほど、獣欲が大きくなる。

増大する無限とも思える欲に、目を閉じて蹲るのが精一杯だった。

 

「あ、あの、その・・・だい、丈夫じゃないよね?」

 

・・・声を聞くのすら、毒だ。

大丈夫ですと言いたいが、その前に身体がルクセリアさんを襲おうとするだろう。

どんな激痛よりも苦しく、どんな苦しみよりも痛いこの欲は、ルクセリアさんがそばに居るというだけで更に増大していく。

 

「・・・ボ、ボクに出来ることがあれば何でも言って欲しい。キミはボクの恩人なんだ。出来ることがあるならなんだってするよ!だ、だから無理せず僕に頼って欲しい・・・かな」

 

だと言うのに、ルクセリアさんは更に爆弾を投下していく。

何でも?何でもしてくれるのか?それなら・・・いや、いやいや。

馬鹿だろ俺、何流されそうになってるんだ。

 

舌を噛むだけじゃ足りず、右腕をがっしりと噛みながら堪えても、ルクセリアさんの言葉が誘蛾灯に誘われる虫のように、耳元に纏わり着いて離れない。

 

きっとルクセリアさんは、俺が身体を求めれば応じてしまうだろう。百合が当たり前の世界で俺に身体を差し出すという苦痛は計り知れないが、それでもルクセリアさんは許してしまう。

俺に惚れているから、恩があるからと嫌な顔一つせずに応じてしまうに違いない。

 

だが俺は知っている。

 

その俺になら許してもいいという感情は、恐らく俺の軌跡(スキル)が原因だ。

 

女難の相(ハーレムヒーロー)】という名前からしてヤバいやつは、その効果も名前の通りである。

『この軌跡(スキル)を持つものは、異性からの好感度が上がりやすくなる代わりに、生涯女難の相に苦しむことになる』という効果で、恐らくルクセリアさんもこの軌跡(スキル)のせいで好感度が上がってしまったのだろう。

 

つまり俺が好きであると、“植え付けられた感情”に近しいのだ。

 

「ははっ」

 

なんだそれと言いたくなる。

俺はルクセリアさんを助けたいだけで、惚れられたい訳じゃない。そもそも、百合の間に挟まろうなんて言語道断だ。

 

なのに軌跡(スキル)が勝手に発動してしまう。

Badpointの名の通り、俺にとっては最悪以外の何物でもない。

 

「なぁ、ルクセリアさん」

 

「ッ!?なんだい!なにかして欲しいことでもあったかい?」

 

不安そうな顔で俺の反応を待っていたルクセリアさんの顔が、呼びかけただけでパァっと明るくなる。

 

あぁ、あんなに嬉しそうなルクセリアさんの顔もきっと───

 

「出ていってくれ」

 

「・・・へ?」

 

─── 軌跡(スキル)の効果だ。

でも、だとしてもこうして好意を持って貰えるのは嬉しい。

 

だから遠ざけるしか無かった。俺の醜い獣欲をルクセリアさんで満たすなんてことはしたくない。偽りの恋情だからこそ、その偽りに気づいた時に後悔はして欲しくない。

 

それに正直、限界だ。

これ以上そばにいられると、理性と野性の均衡が傾いてしまう。理性で押さえ付けていた感情が、野性に染められてしまう。

 

「で、でも・・・」

 

「今は手助けは“いらない”」

 

縋るような目つきで見られて少し揺らぎそうになるが、逆に言えばこの程度で揺らいでしまうような心の弱さをしている俺が、ルクセリアさんと居てこの獣欲を抑えられるはずがない。

 

だから強く拒絶した。

 

「・・・そう、か。すまないね、出過ぎた真似をしてしまったようだ」

 

顔を伏せてそう告げるルクセリアさんの声は震えていた。でもここで引き止めてしまえば、俺は我慢出来る自信がない。

 

なんとも情けないが、それでもルクセリアさんが後悔するよりかはずっといい。

 

「ちょっと・・・外の風を浴びてくるとするよ」

 

ルクセリアさんは、俺と視線を合わせないままくるりと振り返って、力なく外へ繋がるドアを開けた。

 

「でもごめん、これだけは言わせてほしいな」

 

しかしその途中で、涙に濡れた綺麗な瞳を俺に向けこう言った。

 

「だいすき」

 

数分か、数十分か。

俺が気付いた時には、そこにはもうルクセリアさんはいなかった。

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