荒廃したサイバーパンク世界で百合を護ろうとする男と、それに恋する少女達の物語   作:霧夢龍人

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懇願するもの

「お前は・・・誰だ?」

 

真っ暗な闇の中、頭上から聞こえてくる愉悦を孕んだ声に問いかける。

俺をこんなよく分からない空間まで運んでくるのだから、ただの人間ではないことは間違いない。

 

『ふふ、さて誰でしょうね?でも一つヒントをあげるのなら・・・誰しもが持っている感情ってところかしら』

 

「誰しもが持っている感情・・・?いや、そもそもなんで俺をこんなところに?」

 

『あら、貴方って案外察しが悪いのね。さっきも言ったじゃない───力が欲しいって。だからわざわざ連れてきてあげたのよ?』

 

どうやらこの謎の存在は、力を求める俺の声に応えてここまで連れてきたらしい。いやそもそもここがどんな場所かすら分からないから、どうやって連れてこられたかは分からないけどな。

 

それと勘だが・・・これは何か良くない存在な気がする。これ以上話すと彼女?の舌に乗ってしまいそうだ。

 

「・・・確かに力が欲しいとは思った。だけどそれで力を与えてくれるなんて、随分と気のいい奴なんだな」

 

相手の素性が分からない以上、下手にも上手にも出れない。

正直、力は欲しい。彼女の口振りから察するに、もしかしたらやり直せる可能性もある。

 

だが、その欲をも上回る圧倒的な怪しさが俺を躊躇させていた。

こんな世界だ。アニメでは出てきていないが、人の欲望を利用して糧にする悪魔のような生き物が居ても違和感はない。

 

『えぇそうなの。私はとっても気が良くて優しいの。惚れちゃうでしょ?』

 

「はんっ、こちとら百合に人生捧げてるんでね!それに顔どころか姿すら拝めないんだったら、惚れるも何もねぇよ」

 

まずは、相手の正体を探るための軽いジャブ。

これでこの声の人物がノって来たら最高なんだが───

 

『ふーん・・・いいわ、見せてあげる。後悔しないことね』

 

───ノってくれるらしい。

どうやらかなり自分の容姿に自信があるようだ。まさかジャブで反応してくれるとは思わなかったが、結果オーライである。

 

もしこれで何かアニメと繋がるような人物なら、縋ってみるのもありかもしれない。

俺はそんな甘い考えで、この道の存在へ接した。

 

それが間違いだとも知らずに。

 

暗闇の中から声が聞こえなくなって数十秒程、周りで取り巻いていた暗闇が徐々に晴れていく。最初は微々たるものだったが、時が経つ事に消えていく闇の量は増していく。

 

やがて、その全ての闇が消えただろうと言う時───“ソレ”は姿を現した。

 

「なんだ、あれ・・・」

 

闇が消えた視界の先には、星々が見え隠れするような夜空がある。自分が今立っている場所は白い一本の小道だが、その小道の続く先にナニカがいた。

 

初めに見えたのは、煌めく星々の光を吸い込むようにして鎮座する“玉座”。特に宝石や黄金(コガネ)が使われている訳でもないが、異様な存在感を放っていた。

 

そして気になるのは、その玉座に座っている人物。

星降る無窮の夜と対比するように白のヴェールで顔を多い、教会のシスターのような格好で足を組んでいる“女”。

 

そう、女だ。

声からも分かる上に、凹凸のあるしっかりとした身体がよりその女の存在感を引き立たせている。

 

『ふふ、可愛い子。怯えてるのね?』

 

くすくすと嘲笑うその姿はまさに、人が敵わない天上の存在に思えてくる。

そして何故だか・・・男としての情欲をそそられるような不思議な感覚に襲われた。女の姿を見れば見るほど、捉えれば捉えるほどこの燻る情欲は強くなっていく。

 

───アレは、危険だ。

 

そう自分の脳が判断して顔を逸らそうとするが、まるで強制されるかのように、視界に女の姿を捉えてしまう。

 

『あぁそうそう。顔を見せろ、だったわよね』

 

そんな俺を見て、女は白いヴェールから薄く桃色の唇だけを覗かせると、玉座からゆったりとした動作で立ち上がった。

 

目が、離せない。

女の一挙手一投足が、俺の体と視線を奪っていた。

コツコツとハイヒールの音を響かせながら近寄ってくる時も、俺は片時も目を離すことが出来なかった。

 

やがて女は俺と数十センチ程の距離まで近寄って立ち止まり、情欲を必死で抑えて蹲る俺と視線を合わせてくる。

 

『あはっ、惨めな姿ねぇ』

 

「な"に、をしやがった・・・」

 

『何をしたかですって?うふふ、私からは何もしてないわ。ただ、今の貴方は・・・色欲に汚染されているの』

 

「しきよく・・・だと?」

 

『ええそう、色欲。これがさっきの、誰しもが持っている感情の答えよ?簡単でしょう』

 

・・・まずい、本当にまずい。

この女が話す全てが、今は耳に毒だ。

蠱惑的な声色も、艶かしい肢体も、情欲を煽る香りも、扇情的な立ち振る舞いも・・・その全てが毒だ。

 

色欲と聞いてもアニメでそんな要素は出てきていないし、そもそもこんな人物俺は知らない。色欲と聞けば七つの大罪が出てくるが、こいつがその七つの大罪とどういう関係にあるのかも、今は分からない。

というか、考えられない。

 

考えようとするとショートしたように脳に情報が巡らないのだ。

 

だが一つだけ、分かったことがある。

 

「お、まえ───夢魔(サキュバス)だろ」

 

『えぇご名答。でも厳密にはサキュバスでもある、かしらね』

 

「どういう、ことだっ!?」

 

言っていることの意味がわからずに聞き返す。

男を刺激して情欲を煽るのは、夢魔(サキュバス)しか・・・いや待て。

 

もしかしてこいつ・・・女の方も?

 

『うふふ、ピンポンピンポーン!花まるあげちゃうわ。そう、貴方の考えの通り私は───色情魔(インキュバス)でもあるの。凄いでしょ?』

 

「タチが悪すぎる、だろ」

 

襲い来る情欲を必死に抑えながら、俺は情報を整理する。

夢魔(サキュバス)色情魔(インキュバス)。この二つの悪性生物は、その名の通り夢や色情を操るモンスターだ。

男を襲うのが夢魔(サキュバス)で、女を襲うのが色情魔(インキュバス)というのが明確な違いだが、稀にその2つどちらともの性質を併せ持つ者が現れる。

 

そしてそういうモンスターに限って、個体名を持っている。いわゆる、悪名持ち生物(ネームドモンスター)と呼ばれる類のものだ。

 

俺は瞠目した。

最悪だ。しかも人を食い物にするタイプの悪性生物だ。

コイツらにとって餌でしかない人である俺が話を持ちかけても、絶対に話が通じるような相手じゃない。

 

『もう、そんな怖い顔しないで?・・・あぁ、そうだ。いい事思いついたわ』

 

俺を加虐的な笑みで見下ろす情欲の化身は、いいことを思いついたとその笑みをさらに深くした・・・嫌な予感がする。

そしてその嫌な予感は見事的中した。

 

『私がこのヴェールを外すから・・・もし、あなたが情欲を抑え切れたなら貴方が望む時間帯まで巻き戻してあげる。どう?』

 

「・・・はは、おいおい正気かよ・・・受けるに決まってるだろ」

 

どうやら情欲を抑えている俺を面白がっているらしい。嫌味たっぷりの笑みで告げると、俺の返答を聞いて満足したようだ。

 

勢いに任せて啖呵を切ったが、ぶっちゃけこの勝負は分が悪すぎる。

なぜなら食欲、睡眠欲───そして色欲。人としてこの三大欲求とは決して切り離せないものだからだ。

なかでも色欲とは、自分の子供を作るという子孫繁栄に通づる、生物の根本に関わる重要なプロセスの一つだ。

 

つまり、性欲の化身とも言うべき存在を前にしながら、生き物として最も重要な三大欲求のうち一つである性欲を堪えなければならない。

 

だがやるしかない。やるしかないんだ。

 

俺は腹を括って女を睨みつける。

 

『あハ・・・いい(カオ)してるわぁ、ゾクゾクしちゃう』

 

女はそう言いながら、俺と同じ高さまで屈んだ。

そしてゆっくりと、そのヴェールを外していく。

少しずつ晒されていく女の顔。ヴェールを外す行為すら危ういのに、魔性の魅力を放つソレに、抑えていた情欲が狂ったように暴れ回る。

 

「あ、が・・・ぐ・・・」

 

蹲りながら、必死にその情欲を檻に繋ぎ止めようと、腕を噛む。血が出ようと関係なく、痛みによって湧き出る情欲を誤魔化そうとした。

 

『カワイイ・・・我慢しなくてもいいのよ?』

 

だが悪魔は、そんな努力も嘲笑うようにヴェールを脱いだ。

隠されていた顔は溢れ出る獣欲を刺激する“雌”の香りを放っていて、手を伸ばしかけるのを慌てて繋ぎ止める。

 

もはや呼吸をするのすら不愉快だった。

息をするだけで女の香りがするし、口で呼吸しようにも腕を噛んで抑えていないと襲ってしまいそうだったから。

 

『触ってもいいのよ?ほら・・・ねェ。貴方は女にここまでされても襲わないの?』

 

噛んでいた右腕とは反対、左腕が急に自らの制御を失って、女の豊かで柔らかい胸を揉む。

一揉み二揉みするごとに女の体が揺れ、嬉しそうに吐息を荒くした。

 

心がこの女に屈しそうになる。もはや理性も忘れて、この獣欲をこの女にぶつけてしまえと訴えかける。

 

やはり、無理な勝負だったのか?

俺じゃ覚悟が足りなかったのか?

・・・ルクセリアさんに命を懸けて守って貰ったのに、俺は性欲すら制御出来ずに、助けられるかもしれない機会を無駄にするのか?

 

───嫌だ。

 

『ねェ、今はそんな女のこと忘れてよ。貴方の前には一人の雌しか居ないのよ?』

 

───煩い。

 

『命を助けてもらったから何?それはその女が勝手にしたことよ。貴方には関係ないわ』

 

───でも助けたい。

 

『助ける必要なんてないの。今はただ、貴方は自分の欲に正直になるべきよ』

 

───自分の欲?

それは目の前の女を押し倒して、この情欲をぶつけることか?

 

いいや、違う。

 

『ほら、こっちを向いて?』

 

言われた通り視線を女に向ければ、女は数センチもないような距離で俺を覗き込んでいた。俺があと少しでも近付けばキスしてしまうような、そんな近距離。

蕩けるような顔に、朱みがかった頬。

征服されることを望むように近付いた女の顔に俺は───。

 

ルクセリアさんの顔を思い浮かべた。

屈託のない微笑みに、初対面の俺にすら分け隔てなく接する優しさ。なにより、俺を庇って死んでしまうほどのお人好し。

彼女を慕う人間は沢山いて、きっと俺なんかより長生きすべきな人。

 

『もー、なら早く君の名前を教えておくれよ』

 

なんて言いながら強請る顔も。

 

『おぉ、連って言うんだね、いい名前じゃないか』

 

なんて言いながら名前を言ってもらえて喜ぶ顔も。

 

『何言ってるんだよ、困ったことがあればお互い様じゃないか』

 

なんて言いながら安心させるように笑う顔も。

 

『ふっふっふっ・・・お姉さんの奢りにしてあげようじゃないか』

 

なんて言いながら自慢げにお姉さんぶる顔も。

 

色んな表情を魅せてくれて、数時間しか一緒にいなかったはずなのに命を懸けて庇ってくれたのは。

 

『自己紹介といこうか。ボクの名前は───“ルクセリア=フィアラート”周辺地域管理事務局長(ラ・ルガメンテ)を務めてる。よろしくね』

 

ルクセリアさんじゃないか。

なのに俺はなんで“性欲ごとき”でこんなに苦戦してるんだ。

ルクセリアさんを助けたいんじゃないのか?死亡フラグを折りたいんじゃないのか?

 

俺がすべきなのは、目の前の女を襲うことか?───いいや違う。

なら今自分がすべきことは・・・。

 

「ッ!!!!!!ぐ・・・」

 

『・・・うそ』

 

思い切り舌を噛み切った。

そしてそのまま、地面に頭を叩き付ける。

何度も何度も何度も叩き付けて、ピシリと頭蓋にヒビが入った音がした。

 

あぁ、良かった。お陰で少し冷静になれた気がする。

 

沸騰するように熱い頭とは対照的に冷静になった俺は、地面に叩きつけるのを止め、今度は額と地面を擦り付けながら懇願した。

 

「───たのむ。俺に力を貸してくれ」

 

俺には力がない。精々先の展開を知っているだけで、それすらもルクセリアさんの死という【筋書き破壊(シナリオブレイク)】が起きたせいで、不確定要素でしか無くなってしまっている。

 

つまり俺は、この世界でただの一般人よりも価値のない人間なのだ。

 

そんな人間がどうやってルクセリアさんを、ひいては百合を守れるのだろうか?こんなに貧弱な俺が?

 

「俺には、力がない。こうして惨めに貴方に縋って、土下座でもして力を貸してくださいと頼み込むことしか出来ない。でも!それでも俺は彼女を───助けたい。例え俺が怪我しようが、歩けなくなろうが、死んでしまおうが、そんなことはどうでもいい」

 

『あ、なた・・・』

 

「だからどうか───力を貸してください」

 

不格好でも、ダサくてもいい。

俺は百合を嗜む者。元よりこの世界では百合以上の価値は俺には無い。

でもルクセリアさんが俺の命を助けてくれた。しかも二度も。

 

なら俺だって命をかける。

命を懸けて守るんだ。そのためにも今は、力が欲しい。

 

『・・・うふ、かっこいい坊やね。その胆力に免じて、力を貸してあげる』

 

「ほ、本当か!?」

 

『えぇ。本当は私を前にして抑えられてる時点で合格なのに・・・ここまで懇願されてしまったら叶えるしかないわよ。ずるいわ』

 

「あっ、ありがとう!でもこうでもしないと、ルクセリアさんに顔向け出来ないと思って」

 

『うふ、いいのよ。それじゃ、早く契約しましょうか』

 

どうやら力をくれるらしい。

契約と聞こえたが、恐らく何らかの形で俺に力を貸し出すとか、そういう感じになるのかもしれない。

 

「じゃあ、俺はどうすればいい・・・ですか?」

 

力を貸してくれるのだから、敬語で話した方がいいと思い途中で付け足した。だがかなり違和感のある感じになってしまって、クスクスと笑われる。

 

『無理して敬語にしなくていいわよ?それと契約だけれど、貴方はそのまま動かないでいいわ。私の方で済ませるから』

 

そう言うと。ヴェールを脱いで蠱惑的な笑みを浮かべたまま彼女は ───俺の唇へ自身の唇を押し付けた。

 

「へっ?」

 

チュッ、と。

小さな乾いた音が、それでもハッキリと聴こえた。

 

『うふふ、これで契約成立。よろしくね?契約者さん』

 

頬を両手で抑えられた俺の唇を一撫でしながら、彼女は悪戯が成功したように嗤って、もう一度その血色のいい唇を押し付けたのだった。




こんなに時間をかけるつもりなかったのに長くなってしもうた。
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