荒廃したサイバーパンク世界で百合を護ろうとする男と、それに恋する少女達の物語   作:霧夢龍人

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色欲の化身

「へっ?・・・えっ?」

 

唇に当たった感触。まさしく、ふにょんという擬音(オノマトペ)が付きそうなほど柔らかい、彼女の唇の温もりだった。

その事実に気付いた瞬間、情欲を上回る驚愕と羞恥の感情が俺を襲った。

 

『あら?初心(ウブ)な反応ね。貴方ってもしかしてどうて「ち、違いますっ!!!!」・・・そ、そう」

 

超えてはいけない一線というものがある。それは人がコンプレックスに感じている部分であったり、弱点だったりするのがほとんどだ。

そしてそれは、俺にも当てはまる。

 

いやまぁ?別に?童貞でも?生きていけるし?

まっっっったくこれっっっっぽっちも気にしていない。

 

お陰でキスされた驚きが吹っ飛んだのはご愛嬌だ。

 

『あの・・・冷や汗ダラダラよ?』

 

「あ、これ涙です」

 

「・・・なにも、見なかったことにするわ───ところで契約が完了したわけだけど、何か変わったところはあるかしら?」

 

「え、えぇ・・・どうだろう。特にこう、力が漲る!みたいなのはないですね」

 

アニメでも言及があったが、契約というのは何かを代償に何かを得ることである。つまり、俺は今何かを代償にしてこの女性の力を借りたことになる。まぁ、なんの代償もなしに強い力を得られる訳が無いからしょうがないんだけどな?

 

だが特に力を得た感覚はないし、なんならいつもと変わらない気がする。

 

『なるほどねぇ。ま、今のところ副作用がないならいいわ。とりあえず今は、私の能力を簡単に説明しようかしらね』

 

「あ、助かります!」

 

『口頭で説明するのは難しいから・・・そうねぇ、貴方に【アビリティ】を刻むから、そこで確認してちょうだい』

 

彼女はそう言うと、何もない空中に手を添えてキャンパスを描くようになぞり始めた。するとなぞった箇所が光り始めて、いわゆる魔法陣のような形を形成し始める。

 

俺の知ってる範疇でアビリティの詳細を語るなら、【アビリティ】というのは自身の人生を映す鏡のようなものらしい。

異世界モノで良くあるステータスなんかとは少し違って、“攻撃力や守備力”などという概念は存在しないが、『軌跡(スキル)』という自身の補助をしてくれる力はある。

 

勘違いしてはいけないのは、【アビリティ(自分の歩んだ道筋)】に刻まれた『軌跡』がスキルという形で現れているのに過ぎないからだ。

記憶を失ったり、はたまた自身が良い方向から悪い方向に転向したり、その逆であったりすると『軌跡(スキル)』は変化する・・・らしい。

 

だから【アビリティ】が刻まれていないものも当然いるのだ。

 

『はーい完成よ、契約者さん。少し時間はかかったけど、貴方に【アビリティ】を刻めたわ。目を閉じれば【アビリティ】が見れるだろうから、確認しておいて』

 

気の抜ける声が完成を知らせる。

俺は少しワクワクしながら、自身の軌跡を辿った。

 

───『【アビリティ】を起動しますか? Yes/No』

 

すると感情の起伏がない声が、頭蓋を通して響く。アニメでも色々お世話になった、ナレーターさんと愛称で呼ばれている機械音声だ。

 

俺は勿論、Yesと念じる。

暫くして映し出された情報は、思わず目を疑ってしまうものだった。

 

───『確認しました。それでは、【アビリティ】を表示致します───【個体名】

一目(イチモク) (レン)

【アビリティ項目】

︎ ▹・“色欲の化身(ルクス)

効果

Specialpoint

・【忘れられぬ温もり(デッド オア リスタート)

自身にとってある程度信頼のある“異性”が死んだ場合、死ぬ数分前、あるいは数時間前に遡ることが出来る。

しかし、使えば使うほど温もりを感じられなくなる危険性あり。

 

Goodpoint

・【弱点を見通す目(ウィーク・アイ)

視界を通して見た者の弱点を知ることが出来る。また、視界に捉えた情報を細分化し、情報処理能力を十数倍に引き上げることが出来る。

しかし、自分より圧倒的に強い者に対しては弱点を知ることは出来ない。使いすぎると視力を失う危険性あり。

・【発情する精神(ヒートアップ)

触れた者を強制的に発情させることが出来る。それは老若男女問わずに効果を発揮し、あらゆる耐性をも突破する。また、触れた面積によって自身の身体能力が全て上昇する。

・【恋愛症候群(スプリングタイム・オブライフ)

自身を性欲や恋愛の対象としている者がいる場合、自身の身体能力が全て上昇する。また、その人数が増えれば増えるほど上がり幅は大きくなる。

このスキルが発動している場合、自身の全ての要素が上がっていく。

 

Badpoint

・【抑えられぬ獣欲(ナイトビースト)

この軌跡(スキル)を持つものは、毎夜抗えぬほどの獣欲と興奮にまみれる。しかし、自分で解消することは不可。我慢すればするほど、獣欲と興奮が痛みに変貌する。

・【女難の相(ハーレムヒーロー)

この軌跡(スキル)を持つものは、異性からの好感度が上がりやすくなる代わりに、生涯女難の相に苦しむことになる。

・【情欲に塗れた責任(ラストナイト)

この軌跡(スキル)を持つものが異性との行為に及んだ際発動する。自身の欲を満たし、性欲に駆られると、このスキルの所持者は───死亡する』

 

・・・おおう。かなり盛り盛りな軌跡(スキル)だな。パッと見めちゃくちゃ強力そうだが・・・デメリットの方がえぐくない?

 

つまり性行為したら死ぬってことだろ?

それもう強制的に一生涯童貞コースやん・・・。

 

『うふふ、かなり強力になってるわね。流石はどうて・・・コホン、未経験者といったところかしら。経験者が契約をしたとしてもここまで強力にはならないのよねぇ、まぁ今の貴方からすればかなり破格なのは間違いないわ』

 

どうて、と言いかけたところで睨むと、言い直して説明してくれた。こんな幼稚な精神攻撃で俺は全くダメージなんて負ってないが、HP(生命力)なんて概念があったらきっと瀕死になっているに違いない。

 

だがその分強力なのは嬉しい。

元々非力な俺が童貞を捧げるだけでこんな契約を貰えるなら、一生童貞でもいいかもしれない。

 

『でも強力な分、バッドポイントの軌跡(キセキ)もかなり酷めね。一生卒業出来ないじゃないの』

 

「んぐっ・・・それで推しの命が、百合が守られるなら、俺はいいよ」

 

確かに男として異性に興味があるかと聞かれれば、いいえと答えるわけがない。でも俺個人の犠牲で大勢が救われるかもしれないというのなら、話は変わってくる。

 

『へぇ?その態度もいつまで持つか楽しみだわァ。人間の三大欲求を抑えるというのは、生物として欠陥だもの。毎夜、興奮と情欲が襲うなかで、正常な思考が出来るかしら?異性を襲えば死ぬ、でも襲わなければ激痛が身体中を蝕むの・・・アァ、堪らないわァ』

 

俺のそんな態度を見て嘲るように見下す彼女は、興奮で顔が赤らんでいた。修道女の格好からでも分かる豊満な肉体が、彼女の動きに合わせて揺れる。

 

ムカつくくらいに綺麗だし、力を貸してくれたとはいえこんなに性格が悪いヤツのことを、綺麗だと認識している自分にもムカつく。

 

「はっ、見とけよ。絶対にハッピーエンドまで導いてやる」

 

だから宣言してやった。俺は自分の命をかけて、“この物語を変えてやる”と。

 

そう言った瞬間に、口から出た言葉がまるで俺を縛るような・・・そんな窮屈な感覚に見舞われた。もしこの世界に『言霊(コトダマ)』という概念があるのなら、きっと俺はそいつらに磔にされているに違いない。

 

今放った言葉は、会話で喋るような軽さのモノじゃない。一つ一つが喋る事に、確かな重さとなって自身にのしかかって来るのだ。

 

自分を奮い立たせるための“言葉”に過ぎない宣言はいつの間にか、俺を縛る“呪い”として、そして身体(カラダ)精神(ココロ)に楔として打ち込まれた。

 

・・・直感的に理解した。絶対この女、アビリティ以外にも別の何かを埋め込みやがったと。

 

『あら、私の契約者様は威勢がいいわねェ?ならその態度に免じて、見守ってあげる。精々足掻いて私を楽しませてね』

 

「言ってろ。だけどまぁ・・・力を貸してくれてありがとう」

 

しかし今更どうこう言っても遅い。第一、俺は力を借りている身でしかないからだ。

 

『・・・ツンデレかしら?』

 

「んなっ!?失敬な!そんなわけないだろ!!」

 

口元を袖で隠しながら、ニヤニヤと笑う彼女。

そんな彼女の態度に思わずイラッと来るものの、そらでも俺は感謝しないといけない。

もし俺が強くなることを望まなければ、もし彼女が気分屋で俺の願いを叶えてくれなかったら・・・そう考えるとゾッとした。

 

やり直すチャンスがないというのは、こんなに怖いものなのか。

なら俺はこの怖さを忘れず、胸に刻むことにしよう。

 

『うふふ、そういうことにしておくわ。今はそんなことよりも、助けたい女の子がいるのでしょう?早く【忘れられぬ温もり(デッド オア リスタート)】を使って助けに行ってあげなさい』

 

「わかった。このお礼は、いつか必ずするから」

 

『あら?お礼なんていらないわよ。私は貴方の【アビリティ(生き様)】が見たいだけだもの。ここでおさらばよ』

 

「そうか・・・」

 

『でもそうねぇ、貴方が死なずにその軌跡(スキル)を持っていたらまた会えるかもしれないわ』

 

彼女がそう言い終わると、綺麗な夜空を映す天蓋が再び闇に紛れ、暗くなっていく。色欲の化身とも言うべき彼女のシルエットも、闇と同化していき・・・やがて消えた。

 

どうやらもう話すことはないらしい。

 

俺は彼女の姿が消えたことを確認したあと、【忘れられぬ温もり(デッド オア リスタート)】の発動を念じた。

異変を感じたのは、体の末端からだ。最初は爪の先、その次は指。端から体を伝うように、あらゆる部位が湾曲し歪む。

 

だが恐怖はなかった。

俺にあるのは、推しを救い百合を守る野望だけ。

 

しかし最後に、一つだけやり残したことがある。

 

「なぁ!アンタはまだいるのか!?いるなら応えてくれ!」

 

暗闇の中に呼びかけて反応を待つ。

歪んでいく体を感じながら、待つこと数十秒。

 

『もうなにかしら?しつこい男は嫌われるわよ?』

 

闇を割くようにして声だけが響く。

その声色は呆れているようで、まだ何かあるのか?とかなり不満げである。

 

「いや、最後くらいは名前を聞こうと思ってな。いちおう恩人だし」

 

『名前?んー・・・ちゃんとその子を助け終わったご褒美としてなら、教えてあげるわよ?』

 

なるほど、尚更死ねなくなったわけだ。

性悪な発言が目立つが、やはり彼女は優しいのかもしれない。言外に“生きて戻ってこい”と言われてるのと一緒だ。

 

自分のどこがこうまで気に入られたのかは彼女のみぞ知るところだが、案外長い付き合いになるのかもしれない。

 

「そっか、なら結構早く聞けるんだな」

 

『どうかしらね、でも応援くらいはしてあげるわ。私と契約したのだから頑張りなさい』

 

「・・・ありがとう」

 

ツンデレはどっちだ、なんて野暮なことは言わずに感謝だけ告げ、俺は歪む身体と視界に任せて目を閉じた。




また長くなってしもうた
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