荒廃したサイバーパンク世界で百合を護ろうとする男と、それに恋する少女達の物語 作:霧夢龍人
歪む視界と身体。
グルグルと回転し続ける光景に吐き気を催すも、目を閉じてグッと堪える。こうして改めて考えてみれば、借り物かつデメリットありきの力だが、それでも時間を戻せるというのは出鱈目だ。
数分ほど経過して、回転していく景色が徐々に元に戻り始めた頃・・・。
「───戻ったか」
泡沫の夢を見ているような不思議な感覚から覚めるように、意識が覚醒する。グルグルした視界を見すぎてちょっと吐きそう。
周りの景色を見れば、服屋の試着室にいることが分かった。しかも着替え終わってるため、この後ルクセリアさんが俺の服を買う流れだったはずだ。
そして俺の服を買い終え、他の場所も案内すると言って───死んだ。
ここで疑問に思うのが、何故あの大きさの
それには
つまり、膜を突破してきた可能性も低い。地中にも膜は貼られているため、飛行型が地面を掘り進んできたとは考えにくいが、そもそも通り抜けることが出来ない。
なら『
「じゃあ、どうやってあの鮫はこの膜の中に侵入した?」
考える。思考を巡らせ、あの元凶の鮫の出処を突き止めるべくアニメとの比較もしてみるが、答えは出なかった。
しかし鮫の来るタイミングを俺は知っている。なら、そのタイミングをずらして衝突をさければきっと、ルクセリアさんが死ぬ事は無いはずだ。
そうしているうちに、いつの間にかルクセリアさんが勢いよくカーテンを開けて入ってきた。
「おー!!!なかなかいいじゃないか!流石はアイソレートが誇る『You&close』の服だね。連はこれでいいんだよね?」
興奮して楽しそうな声で盛り上がるルクセリアさん。
・・・あ、やばい。
「・・・ルクセリアさん!」
その変わらぬ姿に、俺は思わず抱き着いて───号泣してしまった。
数時間前に俺はありがとうも言えずに、死んだルクセリアさんを見た。
俺を庇って、安堵した表情で鮫の口の中から出て来たルクセリアさんを見た。
挙句の果てに、そんな無惨な姿になってしまったルクセリアさんを抱き締めて、必死に泣くまいと堪えているライラさんを見た。
時間をやり直すために来たはずなのに、首から上が離婚したルクセリアさんの姿が、今の元気な彼女と重なってしまう。
情けないことだが、俺はルクセリアさんと再会できた安堵感と喜び、そしてまた死んでしまうんじゃないかという喪失感で、感情がぐちゃぐちゃになっていた。
「よがっだですぅーーー!!!」
「え?え?だ、大丈夫かい!?そんなにこの服が嫌だったのかい!?それともボク、キミになにか・・・と、ともかく!そんなに泣かないでおくれよ・・・ボクはここにいるから、ね?」
結果、これだ。周りの目を憚らずに、おいおいとルクセリアさんに抱き着きながら大号泣中である。
一応、これでも成人してる大人である俺だが、正直自分でもこうまで感情のストッパーが効かないと思っていなかった。
困惑したような表情のルクセリアさんに頭を撫でられながら少し、ようやく落ち着いてきた俺は彼女から離れる。
「す、すみません。つい感情の抑えが効かなくて・・・」
「試着室で着替えたくらいでボクに会えなくて泣いちゃうって・・・どんだけボクのこと好きなのさキミ」
「好きというか・・・幸せになって欲しいというか」
ルクセリアさんのことは好きだが、それは間違いなく推しとして尊いという感情に引っ張られた好きだ。だかはこそ俺は、ルクセリアさんは幸せになって欲しい。
「・・・え、もしかして口説かれてる?新手のナンパかい?生憎だけどボクには想い人がいるから諦めてほしいんだけど」
「ライラさんですよね?」
「っ、な、なんで?知ってんのさ!?」
「カマかけただけです」
「ぬぉぉぉーーーー!!!!!」
奇声を上げながら蹲るルクセリアさんが微笑ましくて、ずっと眺めていたくなる。まだライラさんとは付き合っていなさそうだけど、いずれかは付き合うだろう。そうなったら・・・あぁ尊い、浄化されそう。願わくば俺はこのまま壁紙になって、ルクセリアさんとライラさんのイチャつきを見て成仏したい。
本当はここまでルクセリアさんをいじるつもりはなかったけど、このままここで時間を稼いで出る時間をずらせば、恐らくあんな事は起きないだろう。
でも一応、対策を重ねないとな。
「ルクセリアさん、ちょっと質問があるんですけどいいですか?」
「うっ、な、なんだよ!まだボクを虐めたいのかい!?」
「違いますって!普通にアイソレートの話です」
シャー!と野良猫が威嚇するように警戒してくるルクセリアさんを落ち着かせながら、俺は本題に入った。
「この都市って、大きな膜が貼られてますよね?あれを突破って
アニメでは余程のことがない限り破られない堅牢な膜だった印象があったが、果たしてこの世界でもその認識はあっているのか。
認識が違っているのなら、俺が知っているこの先の展開も全て曖昧なモノになるが・・・。
「ほ、ほんとに真面目な質問だね・・・まぁ結論を言うとするのなら、破られることはあるよ?でもそれは巨大な
ルクセリアさんが話した内容は概ね俺の把握している情報と合致している。ということは、やはりそう簡単に
ならやっぱり、あの鮫型モンスターはどうやって入って来たんだ?
「じゃあもう一つ、もし
「んー、入ってくるって言うのは考えられないかな。さっきも言った通り膜が貼られてるからね。でもそれで入ってくるとしたら・・・外から来る人間が『
「・・・考えにくいか。でも逆に言えば、そうすることでしか
「まぁね。でもその方法で
つまり、やる意味はないと。
まぁそりゃそうだ。
「最後に、一つだけいいですか?」
「ん?なんだい。年齢を教えてって言われても教えないよ?」
「違いますって・・・ルクセリアさんが
最後の質問。
もし俺の推測が正しいのなら・・・。
「えぇ?うんとね・・・四年前かな?」
「・・・やっぱりか、ありがとうございました」
ルクセリアさんが
そしてアイソレートは滅ぼされ、代わりに違う都市が台頭する。戦争に勝った都市が占領して、新たな都市国家を生み出したのだ。
その都市の名は───“アーティラート”。
人々の亡骸の上に立つ、犠牲の元に成り立った都市である。何よりも驚きなのが、形成されるまでの期間が戦争からたった半年だ。普通ならば何年も掛るところを半年・・・それはつまり、アーティラート側の準備が万端であったことを示す。
これから導き出される結果。それは、戦争で邪魔になるだろう
こんなに用意周到なら、アイソレート側にも裏切り者がいると仮定すれば、そいつが外と中の『
だが、これで本編でルクセリアさんが主人公と会うまで生きていた理由がわかった。恐らく本編外でもルクセリアさんを殺そうとするものが居たのだろう。彼女を殺せば、次代の
しかしそれらの目論見は潰えたに違いない。
なぜなら彼女は強かったから。
あの鮫の不意打ちにだって彼女は当たる前に勘づいていたし、もしひとりなら対処ができていたはずだ。
対処出来なかった原因は、隣に保護対象の俺がいたからだ。
「・・・あれ、元はと言えば俺のせいじゃね?」
知りたくもなかった事実だが、きっと俺というイレギュラーが割り込んでしまったせいで彼女は死んでしまった。つまり元凶は俺である。
「ん?なになに、どうしたんだい?」
「あぁいえ、何も」
ずっと考え込んでいた俺を不思議そうに見つめるルクセリアさん。
・・・今更そんなこと考えても仕方ないか。
自分を呪うのはとりあえず後にしよう。今はとりあえず、この状況をどうやって打破するかだ。
きっともう服屋に入った瞬間に、裏切り者が
なら、いくらここで待ったとしても時間稼ぎにしかならない。
だって犯人は───あの野次馬の中にいたのだから。
既に目星はつけてある。聞きたくもなかった野次馬の声が、まさか役立ったとは思わなかったけどな。
「よし、ルクセリアさん。俺、この服気に入ったんでこれにします」
「お?いいねぇ!僕から見てもかなーり良い感じだ!シンプルイズベストだよ」
俺の着ている服を眺めながら、ニコニコと笑って告げる。
「ふっふっふ。それじゃあ約束通り、この服はお姉さんが奢ってあげようじゃないか」
不敵な笑みを浮かべ、認証機の方まで歩いていくルクセリアさん。俺は彼女の後を追い、一回目に話した内容と全く同じ会話をした。一回目と二回目でルクセリアさんの行動が変わってしまい、対処がし辛くなる可能性を避けてのことだ。
「じゃあいつか、今度は俺の方から奢らせてください。それで、次はどこに行くんですか?」
「言ったなぁ?お姉さん期待しちゃうぞ?」
そして、服屋の外を出た。
隣を歩くルクセリアさんの表情は楽しげだ。それに伴って、俺の歩みは一歩一歩重くなる。もしかしたらまた彼女が死ぬかもしれない、なんて弱気な考えが頭を出してきてしまうのだ。
「任せてください」
俺はルクセリアさんの言葉に明るく返す。
まだ、敵は来ない。
「えーじゃあ、ほんとに奢り返してくれるなら今日は沢山廻っちゃおうかな!次は食べ物屋さんだー!」
・・・まだか?一回目はこの時に来たはずだ。
俺は警戒を強める、
「ルクセリアさんのオススメのところがいいです」
周囲を警戒しながらそう返す。
敵はまだ来ない。
「ふっふっふ。蓮くん、キミは幸運だね。なんたってこのルクセリア=フィアラート御用達の食べ物屋さんに行けちゃうんだからっ!」
・・・何故だ?何故まだ来ない?まさか諦めた?
いやいや、そんな訳が無い。
「わぁすごーい」
「よし、帰れ」
「ごめんなさい」
明るげに会話を続けるが、俺はもう冷や汗が止まらない。いつ来るか分からない恐怖と、ルクセリアさんを死なせてはいけない重圧で死んでしまいそうだ。
周りを見渡せば、服などのファッションコーナーからフードコーナーに街が切り替わっていた。
「もー、ノリが悪いぞぉ連くん!・・・あ、ほらアレ!新発売のファンニュビュナのヌクヌク焼きだ!」
意味不明な言語を羅列した食べ物についていけなくなる。正直、今は食べ物を食べられる気分じゃない。
「な、何ですかそれ。普通のやつ食べま───」
変なものを食べさせられそうで、普通のやつにしてもらおうと頼んだ時───それは来た。
遥か後方に浮かぶ、鮫のようなシルエット。それは徐々にスピードを上げてこちらに近付いてくる。
ルクセリアさんは食べ物に夢中で気が付いていない。
「ルクセ───」
名前を呼ぼうとするが、ルクセリアさんがこの状況に気付いて対処するには、間に合わない可能性の方が高い。
なら、俺がやるしかない。
【
1秒が15秒。1分が15分に見える目によって、少し猶予が生まれた。
「ごめん!」
俺はそのまま、ルクセリアさんを横へ押し飛ばす。最優先は彼女の安全だ。とはいえ情報処理速度を上げたところで、自身の身体能力が上がった訳では無い。
自分の動きもかなりゆっくりに感じるため、かなりギリギリなのだ。
そして今度は俺も避けようと横に転がる体勢に入ろうとするが・・・駄目だ、間に合いそうにない。
まぁ、こんなの分かっていたことだ。最悪、俺が死ぬことも視野に入れていた。他者の死が発動のキーとなる【
『 G u u u u u u !!!』
「久しぶり、ちょっと太った?」
・・・ダメだな、やっぱりこの速度で来られると回避は無理そうだ。
でもせっかくルクセリアさんに助けられたんだ、ならまだ生き残るすべはあるはず・・・いや、そうか。
───死ななけりゃあいいんだ。
その発想に至った俺は、襲い来る鮫に右手を伸ばしてこう言った。
「なぁ、いい餌があるんだ」
鮫との距離は数メートル、もはや直撃は避けられない。
大口を開けて凄まじいスピードで飛来しているのだから当たり前ではあるが、目に見えて縮まっていく。
「ほらこれ、やるよ」
『 U g u u u u u u!!!』
鮫は咆哮を上げ、勢いよく俺の右腕に───喰い付いた。