自身の耳に入ってきた言葉の意味を、ルビーは理解したくなかった。
同じアイドルユニットメンバーの一人、サヤが放った言葉、B小町を抜けます。どういう意味?ルビーが反応を返す前に、横にいた斎藤壱護が先に反応する。
「何を言ってんだ?B小町を抜ける?」
「はい」
「・・・はい、では済まないのわかってんだろ?理由はなんだ?今のB小町に不満があんのか?」
聞きたくなかった。サヤが今のB小町に不満を持っているかもしれないなんて。恐る恐るサヤの顔を確認するが、不満そうな顔ではない。少し困ったような顔だった。なんとなく見ていたくなくて、視線を逸らす。
「不満はないです。でも、今のままだと他のメンバーが目立ってないので」
それはその通りだった。今のサヤはアイと同じ輝きになりつつあった。ルビーが憧れていた輝き。前世のテレビで、一度だけ行ったライブで見た、あの輝き。その輝きの前では、今の他のB小町メンバーではバックダンサーと同じだという事は、アイの信奉者たるルビーはよくわかっていた。
「目立ってないって・・・まあ、お前だけ人気飛び抜けてるからな。アイの人気を引き継いでるってのもあるが。だが、お前が抜けたらB小町はどうなる?」
壱護は困惑した表情で返事を返した。B小町の人気はサヤが殆どを占めている。他のメンバーでは伝説のアイドル、アイとほぼ同じ輝きのサヤに太刀打ち出来ない。ライブでも紫のサイリウムがほぼ全てなのがその証拠だった。
赤いサイリウムもそれなりにあったのだが、あれはルビーの為のサイリウムではないものもあるらしかった。聞いた話だと、あれは今は亡きアイの為のサイリウムも混じっているらしい。
「それは大丈夫です。私がいない方が、B小町は良くなります」
「良くなりますって、お前な・・・。昔の、そして今のB小町のセンターが誰かわかってんのか?昔はアイ、今はお前。アイが死んだ後のB小町は少しして解散した。今のB小町もそうならないって、なんで言える?」
「アイさんの子供、ルビーさんがいるので大丈夫です。かなさんやMEMさんも、それぞれ独自の輝きを持っています。私がいない方がライブや撮影でしっかり見てもらえますから、今より高く評価されますよ」
ルビーは名前を呼ばれ、思わず視線をサヤに向ける。ライブやテレビに出ている時とは少し違う表情。サヤにはライブ用、テレビ用など結構な種類の顔・・・仮面が存在しているのをルビーは知っていた。
また、サヤがルビーやかな、MEMを評価しているというのはルビーには信じられなかった。サヤには完璧主義の傾向があったからだ。本人はダンスを寸分の狂いもなく踊る。歌は音程を一度も外さない。たまに教えてくれる時も厳しかった。まるでアイ本人か、アイに直接指導されたかのように間違ったところを指摘してきた。
「それお前の感覚じゃねえか。そんなので・・・」
「壱護さん。後はルビーさんと二人で話をさせてくれませんか?」
「いや駄目だろ。俺は認めてねえぞ」
「とりあえず壱護さんには意思表示したので。さ、出ていってくださーい!詳しい事は、また後でお願いします!」
サヤは壱護をグイグイと押していき、扉の向こうに追い出した。扉を閉める時に何事かを壱護に言っていたようだが、何を言っていたのかはルビーには聞き取れなかった。
サヤは扉をしっかり閉めた後、ゆっくりとルビーに近づいてくる。何の話をするのか、実はルビーには心当たりがあったりするのだが、その話をするのだろうか。
ふと気がつけば、いつのまにかサヤの雰囲気が少し変化していてた。外向きではない、家の中での優しいアイの雰囲気。でも相手はサヤだと思い直し、思わず甘えたくなるのを堪えた。
サヤはルビーに椅子に座るように促し、サヤ自身は机に座った。ルビーの頭に手が伸びて来て、優しく撫で始める。まるでアイだからか、突然頭を撫でられても抵抗する気は全く起きなかった。
「ルビーは私と一緒がいい?」
「・・・うん。なんで抜けちゃうの?」
「私と一緒じゃ目立たないからね。ルビーはわ・・・アイの子供だもん、すごいアイドルになれる。私といない方が注目されるよ、かわいいし」
「やだ・・・」
「ごめんね、ルビー・・・」
優しく頭を撫でられていると、ルビーには思い出す出来事があった。心当たりの内容の事だ。
高校生になって少し経った時。アイにこうして頭を撫でられた事があったのだ。アクアは夢だと思ったらしいが、ルビーは夢だとは思いたくなかった。死んでいなくなってしまったアイが、ずっと一緒だよと言ってくれたのだから。
あの時のアイは、サヤだったのではないかとルビーは考えていた。ヘアピンが付いていたのを見ていたからだ。その他の内容も忘れていない。アクアはサヤに膝枕されて寝ていたし、監督もいた。後で監督に聞いても何も知らねぇ、夢じゃねぇか?と言われてしまったけれど。
ちなみに、今のサヤにはヘアピンが付いていない。生放送から少しした後、伸ばしていた前髪を切ってしまったから。独立性がどうとか言って大切にしていたはずなのに。
あの日、眠って起きた時にサヤにそれは夢ですよ、と言われてしまったのが問題だった。サヤがアイだったのなら隠す理由がわからなかった。それ以降、サヤがそれらしい雰囲気を出す事がなかったのもあり、本当に夢だったのかなと思っていた。
生放送に出て以降サヤとアイの差が無くなっていかなければ、このまま夢だったとなっていたかもしれない。ルビーがどう対応していいか決めかねていたのはこのせいだった。アイなのかサヤなのか。アイドルを一緒にする上では関係ないけれど、その他は母か友達かで対応は変わる。だから知りたかった。まさか友達に飛びついて甘えて、よしよしして、などと言えるはずがない。
「サヤちゃんは・・・ママなの?」
「秘密!」
「え?」
昔会った時の質問と同じく、今回もどうせ否定されると思っていたのでこの返事にルビーはかなり驚いた。
「答えは、ルビーが私を超えたらね!」
「サヤちゃんを、超えたら?」
無理難題だと思った。今のサヤは、ドームライブ直前のアイほどではないものの、どうやったらそこまで行けるのかわからないほどに遠い。将来、無敵のアイドルと言われたアイに並ぶ事が確信できるほどに。
「そう!そうなったら、私とアイの関係を教えてあげる!」
サヤは楽しげにウインクしてくる。アイにしか見えなくて思わず飛びつきそうになるが、ギリギリ踏みとどまった。ルビーは思わず内心で自分を褒め称えた。飛びついたら最後、夢(?)のように眠ってしまうまで甘えてしまいそうだったから。
また、これ以外にサヤはアイとの関係を知るための方法は無さそうだともルビーは思った。秘密主義のサヤが自分の事について教える、と言いだすのはこれが初めてだったから。本当にアイかどうか、もしくはどんな関係なのか。例え無理難題の先にあるとしても、知りたい。
でもこんな無理難題なのだ、もう一つくらい欲を出しても構わないだろう。
「それ以外に、もう一つお願いしていい?」
「ルビーは欲しがりさんだね。いいよ、なんでも叶えるよ」
「超えたらB小町に戻って来て!」
「えっと、それは私がアイかどうか、わかってから決めた方が良いと思うんだけど」
「サヤちゃんがママかどうかは気になるけど、それとこれとは関係ない!私はサヤちゃんとアイドルしたい!」
ぽかんとしたサヤの表情と雰囲気に、一瞬だけ揺らぎが見えた気がした。そんなに予想外の事を言ったつもりなかったのだけれど。
結局のところ、今のB小町にいるのはサヤなのだ。アイであれ、そうでなかれ、大切な仲間なのだから戻ってきて欲しいと願うのはそんなにおかしい事ではない。
「そう、なんだ。ルビーはいい子だね、約束する」
サヤがB小町を抜けるのは止められない。でも、戻って来てくれるのならば。
「約束したからね!絶対だよ!嘘だったら怒るから!」
「絶対に嘘じゃない、この約束は必ず守るよ」