今日のアクアはいつも通りの様子で過ごしている。いや、別に今日に限った話ではない。ここ数日は表向きはいつも通りに過ごしていた。
だが内心は違う。復讐から解放され、普通の幸せを得てもいいのだと思っていた矢先。ララライでの公演が終わり、異母兄弟から父親の情報を得てその数日後、壱護に復讐はもう終わってるんだ、と伝えた。壱護も復讐に囚われなくてもいいのだと、自由に生きていいのだと。
しかし復讐は終わっていなかった。父親だと予想した上原清十郎は真犯人ではなかった。壱護にアクアの推理の矛盾を突きつけられ、取り乱したのは数日前。それ以降、表向きはいつも通りに過ごしてきたのだ。
裏側にある感情は、復讐に囚われなくてもよかった時間への哀愁、そしてまた憎しみに駆られなければならないという絶望感。
その結果、表向きはいつも通りでも、アクアは出来るだけ人に会いたくなかった。心の整理を、復讐への覚悟をするための時間が欲しかった。
安息が数日間だったのが功を奏した。これがもっと長かったなら、幸せを目指していたのなら、アイの復讐を全て投げ出して幸せを求めた可能性もあった。数日間の平穏に蓋をしつつアクアは思う、アイを救えなかった俺に幸せは不相応なのだと。
結局のところ、アクアは復讐するしかない。また手がかりはなくなってしまったが、それはいつもと変わらない。父親だと思われる人物のDNA鑑定を再び始めるしかない。これまでと違い壱護が仕事を取ってくるので、取ってくる先を復讐相手に関係ありそうなところにしてくれ、と頼む必要がある。壱護も復讐は望んでいるのだ、喜んで取引先を探すだろう。
そんなことを自室で考えていたアクアのスマホが鳴り出す。もう少し覚悟する為の時間が欲しいところなのだが。電話の相手はあかねだろうか、一応偽装カップルとして活動しているので一番ありそうだ。
アクアがそう思いながらスマホの画面を見ると、表示されているのはあかねではない。電話するのは非常に珍しい、それどころかこれが初めて。
「・・・電話してくるの初めてだな、何か用か?」
「電話越しにお話しするのは、初めてではないですよ。今ならアイさんのお給料、教えてくれますか?」
この声、そして言ってきた内容。アクアには聞き覚えがあった。高校に入る前、アイのプライベート用の携帯にかかってきた非通知の謎の電話。
「あの電話、お前だったのか?俺たちがアイの子供なの、最初から知ってたんだな」
「そうです、あの電話は私でした。アイさんの子供だって事は最初から知ってましたよ」
アイのプライベート用の携帯の電話番号を知っている人物は非常に限られる。サヤはアクアと同年代、アイと直接関係があったとは思えない。あるとしたら、サヤに電話番号を教えた誰か。そしてその誰かは、アイとアクア、ルビーの関係を知っていてサヤに教えている。
「アイの電話番号や俺たちの関係、誰に聞いた?」
「さて、誰でしょう?私が元々知っていたのかもしれませんよ?私がアイさんなのかもしれませんし。私、似てますよね?」
「その可能性は殆どなくなった。もしアイなら、給料を聞いてくる必要ないからな」
「いえ、忘れたのかもしれませんし・・・?」
「今更アイが自分の給料を聞いてどうするんだよ」
頭が足りてないというか抜けているというか、後先考えてなさそうだなという感想をアクアは抱く。そんなんだからサヤを一人にするなと言われるのだ。
一方で、これは大きな収穫でもあった。なぜ今、あの時の電話の事をバラしてきたのかは知らないが、殆ど復讐相手を見つけたようなものだ。相手を確認するまでサヤを逃すわけにはいかない。
今あの電話の話をしてきたという事は、まだサヤと復讐相手は繋がっている。サヤがアイを殺した奴の仲間だという考えが頭をもたげるが、知能犯であろう真犯人はこんな頭のネジが抜けた仲間を必要としないだろう。騙されて便利に使われているのか、と当たりをつける。
「今どこにいる?」
「苺プロの3階の・・・」
「すぐに行く、逃げるなよ」
しかし相手がアイを殺した奴だった場合、なぜ電話をさせたのか、なぜサヤを苺プロに送り込んだのか、といった疑問は残る。今まで尻尾を掴ませなかった復讐相手がそんな事をする意味が無い。
アクアがアイの子供である事を知っていて、更に電話番号を知っている人物。アイを殺した奴以外に、そんな奴がいるのだろうか?
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視点:サヤ
「すぐに行く、逃げるなよ」
はい。これ詰んでませんか?私をアイさんかも?と思わせる作戦は初めから詰んでいたんですね・・・。どうしましょう、アイドルの私に任せた方がいいんですかね・・・?
いぇい☆アクアの相手はルビーみたいに私がした方がいいかな?いつもの私だとアイかもって思ってくれないし。ほぼ同じではあるけど、二人は実の子供だしちょっと差があるだけでバレちゃうよね。
でも、今から私をアイかもって思わせるのは難しい。この感じだとアクアは私の事、アイを殺した人と関係あるって考えてそうだし。あんまり私を出すのは良くないかな。アクアを変に刺激しない方がいいと思う。
ではやはり、今の私のまま対応しますか・・・。アイさんを殺した人の仲間だと疑われていた場合、アクアに殺されるかもしれません。死にたくはないですしアイさんには申し訳ないとは思いますが、私はアイさんが死ぬのを知っていながら見捨てたんですから、子供であるアクアとルビーには私を殺す権利があります。これが困るところですね・・・。他の人に殺されるわけにはいきませんけど、アクアとルビーは別枠です。
アイさんがいる事をアクアやルビーに伝える前でよかったです。まだアクアに殺されても被害が少ないですよ。
それと、アイさんの目の前で殺されなかったので更にセーフでしょう。遺書でも用意しますか・・・。
キッチンの冷蔵庫に何個かの果物があったので、ペティナイフと一緒に拝借しました。最後の晩餐になるかもしれませんね。
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リンゴの皮を剥いて食べていると、アクアのご入場です。眼は当然のように真っ黒ですね。眼だけで人を殺せそうなんですけど。ゆっくりと扉を閉めて、こちらに近づいてきましたよ。
「逃げなかったんだな」
「どうして逃げる必要があるんです?」
「俺がアイの復讐をしようとしてる事、知ってるんだろ?」
「はい。壱護さんもしようとしてますし、アクアさんも壱護さんと似たような感じになる事ありますから」
「じゃあなんで電話してきた?俺に疑われたいのか?」
「理由は他にあったんですよ・・・。私の事、疑ってます?」
「当たり前だろ。アイと俺たちの関係を知らないって嘘吐いてたわけだしな」
これはダメそうですね、しっかり疑われてます。アイさん、今からそっちに行きますよ。待っててくださいね?
「そうですよね。では、はい。こちらをどうぞ」
立ち上がり、アクアの目を見つめて差し出したのはペティナイフです。持ち手はアクアの方に向けてますよ。
「ナイフ・・・?」
「アイさんとアクアさん達の関係を教えてくれた人の事は話せません。私を犯人の仲間だと考えて復讐をしに来た・・・私を殺しに来たんですよね?どうぞ、一思いに殺してください」