___……ん……朝か
日が登り薄く光が洞穴に射し込む。
___……あれ……母さん……?
猫のように身体を伸ばし、意識をゆっくり覚醒させ、辺りを見回す。
この洞穴には何処にも母の姿は見当たらなかった。
___……そう……か、もう一人で……
私は理解した、きっと夢で見た景色は夢では無いんだと。
もう一人で生きていける、そう認められたのだ。時が来たのだ、たった今から、私は一人前の猫擬きだと。
分かってはいた、いつかはこうなると、ただ、一緒に暮らした期間が途轍もなく長かったこともあり、やはり何処か寂しく感じてしまうのは仕方ないと思う。
___これは……はは、母さん、ありがとう。俺頑張るよ
嘗て母が眠っていた場所にはあの空飛ぶアジの開きの化け物が置かれてあった、これから始まる独り立ちの餞別か、母としての思いからか。いづれにせよご飯まで用意してもらって、最後まで、母には頭が上がらない。またいつか、会えた時には親孝行でもしようと強く思う。
___……やっぱ、旨いな……
この化け物、見た目はグロいくせして、味は良いのだ。
___ふぅ、ご馳走様でした。じゃあ、そろそろ行くか……
母からの思いを確かに受け取り、母と、二人の姉と兄と、共に育ったこの洞穴ともお別れをする。
ずっとここに居てもいいのかもしれない、だけど、私はずっと前に決めていた。母に認められたら、兄姉のように、この広い世界へ、外へ旅立つと。
恐らくもう戻ってくることもなければ、次に来たとしても跡形も残ってないのかもしれない。だとしても、自分はここから巣立つと決めたから、こことさよならする。
___じゃあな、俺の思い出の場所、生涯忘れないよ
もう一度、この洞穴の隅々を目に焼き付けんとばかりに見たあと、最後の別れを告げ、さよならをした。
あれから十年程経過した。
もうこの世界にも十分に順応しており、どんな原生生物を見てもそんなに驚くことはなくなった、キモイという感想は未だ残ったままだが。
沢山の化け物と戯れたこともあり、それなりに力はついたと思ってる。というかここら辺なら多分負け無しの常勝無敗である___そもそも勝てる相手にしか挑んでない___。家の家族めたんこ強かったから遺伝かな? 特に母は郡を抜いて強かったよ、比較対象の同じ種族が兄姉しか居ないんだけれども。
ホームシックは大丈夫。やや人肌……いや、この場合猫肌? が恋しくなる時は偶にあるが大丈夫。皆元気にやってるだろうか。
他にも、私の『歪める』能力についてもいろいろと分かってきた。
『歪める』能力は文字通り、ただ歪めることができる。まぁ何を歪めれるんだと思ったけど、どうやらいろいろと歪めれるようで。
例一、飛来物の飛ぶ
例二、物体の
例三、
詳しいことはよく分からんが、これ以外にも、いろいろと応用すればなんかもっと出来そうな気配はする、もしかしてとんでもない能力だったりするか?
だが万能でもない。
飛来物の向きを変えれるのは視界に入った物だけで、しかも集中してどう歪めるか考えなきゃ何処に飛ぶか分からないし、下手したら更に加速することもある。
物体の位置を変えるのはかなり集中しなきゃ思い通りの場所に行かないし、移動させるのも精々十メートルが限界___昔ワニ擬きを串刺しに出来たのは単なるラッキーパンチっぽい___
空間を歪めるんて大層なこと言ってるけど、ぶっちゃけ無理、今の私じゃ制御なんて疎か、下手したら捻れて自害してしまう可能性も無きにしも非ず。これに関しては暫く封印。
これ以外にも応用が効きそうってのが、末恐ろしいものだね、我ながら。
そんなこんなで私は今、当てもなくこの広い世界を彷徨っている。
森へ行ったり、山へ行ったりした。今は山から流れる小川に沿って、のらりくらりと歩いている。
そのまま歩いて行けば、軈て見晴らしのいい湖へと辿り着いた。
___あ〜いい景色だなぁ
なんて言ってその湖の水を飲もうとした時。
「ガア゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッッ!!!」
その湖から顔が鮫で、脚が八本あり、胴がケンタウロスみたいなやつが豪快に水を押しのけ飛び出てきた。その体躯は巨大であり、体を出しているものの、その全容は全く見えない。恐らく、この湖の主的な何かなのだろう。けどなんだろう、どうみたって水生生物に見えないんだけれど、要素としても顔しかなくね?
水に触れたのが駄目だったのか、相手は咆哮をして、全力の殺意を向けてきている。
___えーっと、友好的にー……お話しようよ?
先ずは対話をと思い、無駄だと思いながら笑みを浮かべてみせたが。
馬鹿め、逆効果だ。相手は舐められてるとでも思ったのだろう、鮫頭の野郎は体を屈めた、すると思いっきり飛び上がる、その衝撃で湖が空になるのではないかと思うほどの飛沫と水柱を見せた。そのお陰で全容を見ることが出来た。その瞬間、ソイツは着水し、更に湖の水を弾き出す、本当に空にする気なのだろうか。
大地が激しく揺れ、飛沫の雨が降り、四足でも立つのがやっとだった。
___体がデカければ、技のスケールもでかいのねッ! 知ってたけども!
何時でも動けるよう、体制を崩さないよう姿勢に気を配っていた次の瞬間。飛沫に混じり、鋭い何かが体を裂いた。
___ッてぇ! 今度はなんなんだ? ……針?
咄嗟に『歪める』能力を使い、見える範囲でこちらに飛んで来る針の軌道を直下に落とす。認識できず、落とせなかった針がいくつか体を掠めていく。
揺れと飛沫が収まってきた時に、飛来した針を確認してみるが、そこには染みがあっただけで、針らしきものは見当たらなかった。
___溶けたのか? なら身体から飛ばしたモノ? ……いや違う、あいつの身体に針らしきものは見当たら無かった、なら……水か?
相手『水を操る』能力か、なにかしら『変化させる』能力であるのなら、水を針に変え、飛ばすなんて事も出来るのだろう。
だがそうなると、疑問が浮かぶ
___なんの能力にせよ、こんなことが出来るなら、初めから湖そのものを使えばいいはず……それをやって来ないということは、大きさか量に限度がある……?
最初に水を飛ばしたのも、能力の制限を回避するための手段だったのだろう。
___なら飛沫が飛ばないようにすれば、少しは楽になるかねッ!
相手は湖の中、それも中心ほどに居るが、私には関係ない。
そのまま湖に向かい突っ走る、水中を泳いで向かうのか? いや違う、水中戦なぞ私には出来ない、なんなら相手の領域だろう。ならどうするか。簡単なこと。
___水の上を走ればいいのだ! 水中にいるからってこっちが手も足も出ないと思ったか! 馬鹿め!
そもそもこの世界の生物の身体能力は極めて高い、それは自分も例外では無い。
歪める能力の応用で、踏み進めば水が
相手へと急接近するが、それを黙って見ているはずもなく、鮫頭は多脚を横薙ぎに振るう。
大量の飛沫が舞散り、多方向に飛ぶ、その飛沫を針に変形させ、速度そのまま、さらに能力で加速させた無数の針が前方から飛来してくる。
___同じ手は喰らわんッ! 多分!
片っ端から目に入る物体全ての
幾つか掠りはするものの、決定的な致命打は受けることなく相手の元へ到着する。
___間近でみるとやっぱりデケェ……流石に湖の主なだけあるな、お前が主なのか知らんが、流石にお前以上のやつなんて居て欲しくないけれども!
爪で相手の胴に斬り掛かる。だが体格が違いすぎるためか、大した傷にもならず、相手は意に介さない。
お返しとばかりに、その脚で蹴り飛ばそうと振るわれる脚から飛び退き、一旦距離をとる。
___やばいね、勝てるビジョンが全く浮かばないんだけど。爪も牙も致命傷になるには程遠い、なら持久戦に持ち込むか……?
別に勝てないのなら逃げてしまってもいい、それが弱肉強食の世界で弱者の生きる術なのだから。ただ、勝てない相手だとも言いきれない、体格差はあるもののスペックとしても劣っているとは思えない。
『弱者である』と言われるのはプライドが許さない、という思いが無い、とは言わない。だが、命の危機に比べたらそんなちんけなモノは捨てる。
何がここまで駆り立てるのかと言われれば、それは「こいつを倒さなきゃ殻を破れない」のと、「自分への挑戦」である。冷静に考えれば意味不明。
だが、この世界で得られるものは『強さ』か『獲物』しかない。獲物は相手を倒せば得られる、それに獲物の幅も強くなれれば増える。だから『強さ』を求めるのは必然だった。
___例え再生されようと、無限では無いはず、よし、死ねい!
再び接近し、今度は鮫の顔に斬りかかりにかいく。
近づくとまた、脚を振り上げ今度は水面を打ち付け、またも飛沫を飛ばし、針へ変え、飛ばしてくる。
___それを待ってた! 今度はお前が喰らえ!
こちらに飛来してくる針のみに集中し、それら全ての『向き』を、相手の目へと進むように歪める。
目が見えてるのかは分からないが、顔があるのなら、当たらずとも、顔全体は急所なはず、倒せずとも、怯みはするだろう。
「グッガァ゛ァ゛ァ!!!」
命中、片目は確実に潰れたと思う、ただ殆どは外れ、皮膚に当たり溶けて消えた。
恐らく顔の部分は硬い、なら狙うは首か。そう当たりをつけ、一気に首元へ噛みつきに接近する。
噛み付けば、無理矢理牙や牙で抉り、小さいながらも確実にダメージを与えていく。
___殺れる……殺れるんだ俺は!!
その後特筆することが無く小一時間程続いて勝利に終わった。
実に単純明快で、そのまま抉り続けての根勝ちである。
首の至る所を抉り続けた、勿論相手は黙って見ているはずもなく、引き剥がそうと暴れまくった、だが暴れれば暴れるほど、爪や牙が深く刺さり、暴れたらその勢いで皮膚を大きく裂かれる。水針は飛ばされることがなかった、居所が悪いのか自分に突き刺さるからか、目が必要だったか、又は利用されると悟ったのか、能力を再び使用してくることは一度もなかった。
なら水の中へ、と引きづり込まれるが、これは自身の種族の特性か、暫くは呼吸しなくても平気だったため、剥がれず。これは引っ付いてるから出来る荒業であって、自力で水中戦となると機動力で余裕で負ける、長く水中に潜れると言ってもそんなに恩恵は多くない。
とまぁこんな感じで、小さいながら下克上を果たしました。相手の敗因は手が無かった事でしょうか、今度は手をはやすことを推奨します。
___何はともあれ勝ててよかったよ、はぁ疲れた……寝よ
勝てたが一時間の死闘でした、暴れ馬に乗りながら水中体験は非常に疲れましたね、主に爪と牙の疲労が凄い。食べるのは後回しにして、今は体力の回復に専念することにした。
あの激闘から凡そ数百年は経過したと思う、凡そ寿命なんてモノはもう気にしなくなった。そして時間感覚も狂っており、十年も百年も対して変わらない様に感じる。だがそれでも、違和感には気づくことが出来る、それほどの常識だけはまだ忘れてはいなかった。
___なして恐竜がいると……?
つい先日___数百年前___までは鮫頭で多脚のケンタウロスみたいな異形の化け物しか居なかったのに。今はその化け物の面影を若干残した恐竜擬きが陸空海を闊歩していた。
これは知られざる歴史なのか、にしても進化の度合いが早すぎる気がしてならない、もっとこう、万年単位で変わるものかと。というか恐竜以前があんな化け物共とかいやだよ、そんな世界の延長で前世の私は生まれたのか、と思うとゾッとしてしまう。いや同じ世界線なのか不明だが。
___ということはあと少しすれば、人類は産まれるのかな? だとしたら漸く話し相手出来るじゃん
そもそも人類が生まれるのかはわからないが、あれからずっと強くなる為戦ってた、そして食べてた、娯楽と言えるものそれしか無かった。
だから話し相手にもなるし、なんなら意思の疎通ができる存在が産まれてくるのではないかと思うと嬉しくて仕方なかった。何万年後か知らんが。
___果報は寝て待て、よし! 冬眠だ!
もっとこう、やりようがあったのでは無いかと思えなくもないが、もうやり尽くしたのだ、数百年生きてれば、やることは無くなるのだから仕方ない。
『歪める』能力についても殆ど研究し終わった。
昔から遥かに力はついた、緻密な制御もできるようになったし___歪めるのに緻密な制御……? ___やろうと思えばワープ擬きの行為もできるし、多分。
取り敢えずそこら辺の恐竜擬き一匹狩って冬眠の糧にする。
最悪なことに体型は殆ど変わらずじまい、犬ほどの大きさにはなってると思うよ、小型犬ぐらいだろうけど、はぁ。
うめうめ、なんて言ってたら、突如、空から何かが飛来してくる。
それは見つめ続けるとより大きく、轟音を轟かせながら迫ってくる。
「……は?」
思わず声が出てしまうが、仕方ないだろう、突然来るんだから。
というか待てよおい、まさかの氷河期到来? よくわからんが全部ハイテンポすぎる。
これから恐竜が完全体になってから隕石じゃないのか、一体何が起きてんだ!?
___それより! 一体どうすればいい、流石に隕石相手にできるのは文字通り神ぐらいのやつじゃないと無理だ、ただ化け物殺してるだけの俺じゃ何も出来んぞ……! 一体一体どうすれば……
ワープで逃げる? いや、そもそも隕石相手に無駄だ、あのどこへ逃げればいい?
能力で相殺? 無駄だ、衝撃が桁違いだ、ならどうすれば……?
___……やれるだけやってやるっ!
全てを運と自身のポテンシャルに掛けて巨大な物質と相対する。
南無三! そう呟いては、視界が真っ白に染め上げられた。
こんな化け物だらけの世界さっさとリセットしたいよねほんと