輪廻転生モノが流行っている、とはよく言ったものだ。自分がその当事者だと分かったのも、つい最近の出来事ではある。くぐもった水音と白んだ視界にはもう慣れてしまった。相変わらず刺激が少なくてうんざりするが、そんな思考すら長くは持たない。何せこの身は胎児だ。恐らく妊娠8〜9ヶ月目といったところか。脳の発達が盛んな時期にこのような自意識が芽生えてしまったようだ。
ネット小説でかじった話では、
しかし私は、いや、僕はここに在った。一人称も記憶もあやふやなまま、この胎内に閉じ込められている。過去の──あるいは前世の記憶らしいものは朧げだが、胎児が持つには異常なまでの知識や価値観が付随しているようだった。
記憶というより記録。前世の個人情報や意識といったものは不完全に引き継いでいるため、混乱は大きい。しかしその負の感情が上手く引き出されることはないため、自分の肉体ながらちぐはぐな印象だった。
知識ではこの状況の異変に気づくことができるが、この未熟な脳みそでは感情に変えることすら難しいのだ。こういった情動や価値観は、本来成長と共に発達していくのだから当然ではある。
(……?)
あまりにも暇を持て余す現状。この状況を打破したのは──未知の感覚であった。この肉体は意識を保ち続けることが不可能である。胎児であるこの肉体は不規則な気絶と覚醒を繰り返すためだ。しかし僕が目覚めた時には既にあったその感覚は、五感とは別物のようだった。
熱や圧感、痛みとも違う──形容しがたいそれだ。その感覚をよりハッキリ覚えた場所は、自らの腹の中からだった。ぐるぐると渦巻くように漏れ出ている。
未知の力場に飛びつくのは時間の問題だった。昼夜の感覚も曖昧で、退屈な水中は僕を追い込んでいたのかもしれない。こんなことは僕の一般的な知識にもない。怪しい危険な代物の可能性もあった。しかしそういった冷静さもすぐに吹き飛んだ。
自分の意思。それに従って動くのだ。独特なコツがいるようだが、漏れ出るような力をハッキリ認識することで、好きに動かせるみたいだった。腹から胸へ、腕を通して手先にまで。これは面白い。そうなると暇つぶしはさらに細分化されていく。より速く流す。より薄く伸ばす。定量的に計測を試みたり、またある時は左右同時並行で。脳の発達が完成する重要なこの時期に、僕はその
覚醒と微睡みを繰り返しながらも、だいたい分かってきた。体の中心から手先・足先へ流していたコレ。もっと速くすんなりと流せることは予想出来たが──今では自然に動かせるようになった。そもそも今は自分の手足すらまともに動かせない時期だ。こっちの方が余程楽しく的確に動かせる。
そもそも
なんと言えばいいのか、自らとは異質でありながら、共通点もあるというか……個体差があるものなのだろうか。もしかして、自然に溢れている可能性も?未知の力について好きに考察しながら、僕は誕生の日を待っていた。時間感覚が曖昧ではあったが、体の感覚と胎動からその時が近いことは理解できた。
(──っ!!)
胎の伸縮。満たされていた水量が減っている。明らかな異常と振動がそのタイミングを教えてくれた。重力を感じることはできる。僕の頭部は下にあった。帝王切開ではなく自然分娩になるだろう。腹を開いて取り出すのではなく、産道を頭から通って出る形だ。
誕生の瞬間。頭部先端が徐々に外界と接していく。そして体を捻り回しながら──産まれ堕ちた。
劈く鳴き声は僕の声だった。文字通りの産声だ。肺に新鮮な空気が入っていく。目が上手く開かないため、力場を全身へ流し込みながら現状確認を行う。なんせ一生に一度の出来事だ。下手すれば母子ともに死ぬこともある。
外気へ触れたことで感じる違和──人の気配が少ない…?生後数分で得られる情報などたかが知れている。しかし分娩直後には、羊水を吐き出させたり、へその緒を切断したり、排出された胎盤を処理するなどなど…まだやることはある筈だ。それに取り掛かる人員が数人いてもおかしくはないが……
(まぁそういうこともあるか。僕の産声も落ち着いてきた。後はへその緒を切ってもらおう。僕のへそにぶらついてるこれには少し違和感がある。すぐには切らないという方針があるのかもしれないが、なるべく早く……)
──意図しない力の流出。異変は腹から へその緒へ。僕の意思で動かしてはいない。最近は薄く均等に全身へ纏わせるのがお気に入りだったからだ。纏わせていたその力をへその緒がグングン吸っていく。
しばらくして母体から排出された胎盤は、へその緒を通じて僕と繋がっていた。流れる力の終着点はその肉塊だ。そこに注がれた力は圧縮されていき、胎盤は未知の気配を放ち始める。何かが起こっている。グチュグチュと肉の蠢く音が聞こえた。そのどす黒い肉塊が徐々に細い脚を生やして──脚?
柔らかそうな肉の質感から、光沢のある硬質な体節へと変わっていく。生えた脚は一体節毎に左右一本ずつ備えていた。頭部の左右には単眼と触角をつけており、そのすぐ近くの体節には、特徴的な顎肢が鋭く尖って見えた。まとまっていた体を解くと、長いその姿がよく分かる。その生き物は明らかに僕よりも大きく、長く見える化け物サイズの──
(──ッ!)
その異変に気づいた者は他に居ないようだった。それによく考えるとおかしいことは他にもある。なぜ僕は生まれてすぐに
(少なくとも現代日本…っぽいけど、やっぱり母らしき人しかいないみたいだ。なんで自宅分娩を……?)
このままだと危険だ。へその緒一つ切るのにも適切な消毒は必要であるし、そもそも室温が低い。これでは新生児には負担になってしまう。産後の母体ケアも必要だ。出血が止まらない場合死に至ることもおかしくない。他に助産師などが見当たらない現状、産婦人科か、少なくとも病院施設へと行く必要がある。
(と言っても今の僕にできることなんて……!!この力で何か出来るのか?未だ寝返り一つも──)
ぶちんっ
(────は?)
長く伸びていた臍帯。それを噛みちぎったのは巨大な百足だった。そいつは胎盤が変身した化け物である。百足と僕はへその緒で繋がっていたが、それを断ち切られてしまったようだ。
新生児の臍帯の切断面は病症の感染経路になりうる。元々胎盤から栄養を受け取るために、そこには血管が通っているからだ。切断する時も消毒は欠かせないし、切った後にも毎日へそを消毒する必要がある。そこまで清潔にしなければならないほどに新生児は免疫力が低い。
(うわぁぁ……へその緒押さえてるよ〜。百足が…)
切った断面はしっかり顎で挟んでいる。出血を防ぐためか。さらにぐるぐると体に巻きついて体を抱えられた。巨大な百足は僕に体を巻き付かせながら器用に動き出した。まるで巨大なカタツムリのようだった。その貝殻の中心には僕を据えている。少しは視線が高くなって情報量も増えた。百足と共に向かう先には──怯えきった女性の姿が見えた。
「ヒぃっ…! こ、こないでっ!くるな!!くるなぁっ!!くるなよォっ!!」
絞り出されたハスキーボイスは酒焼けのせいだろうか。金髪の先には枝毛が目立ち、頭頂部は黒く染まりつつあるプリンカラー。手首には無数の線が走っており、赤いバーコード模様のようだった。出産の疲労からか、汗を大量に流している。整っている強気な印象を与える顔も、今は蒼白になって震えている。この言動の原因には大百足が関わっていそうだった。それか僕。
「おまえっ、おまえなんで
(──浮いてる?見るからに巻かれてるはずなんだけど……まぁ百足が悪いよなぁ──っ!?)
途端に加速する百足。僕を巻いてもなお余った胴体が彼女の首へ向かい──締め上げた。しばらくもがいたようだが、灰皿を手に持っていた彼女は白目を剥いて力なく倒れた。百足による母の無力化成功であった。彼女はまだ息がある。殺してはいないようだった。
(荒い産後のケアだ。でも、なんにせよ助かった。しかし数ヶ月はミルクがいるし、保護者の存在は新生児に必要不可欠だ。また殺されかけたらシャレにならないけど……この百足もどうしたもんか。)
僕の力を吸って胎盤が変身して百足になった。意味が分からない。出産が始まってから混乱続きである。母親候補は百足にビビって気絶。百足は体液まみれの僕を丹念に拭き取って、体を冷やさないようにしていた。この百足も母親に立候補しているのだろうか。
少なくとも害はなさそうだった。そう言えば百足の雌は卵を外敵やカビから守り、産まれたばかりの幼虫も世話するとか。甲斐甲斐しくお世話する姿に少し納得した。自分は赤子の身だ。しばらくはまともに動けない。この百足と力の観察に勤しむことにしよう。瞼が重くなってきた。百足に巻かれた体は仄かに暖かくて…──
清潔な白一色の天井だ。力を凝らしてよく見れば一枚プラケースみたいなものを隔てている。病院でよく見るような、赤ちゃんの入っている蓋付きのベッド。恐らくそれだろう。そこの中だ。寝返りどころか頭を浮かせることすら一苦労だ。この謎の力を胎内にいた時にこねくり回していなければ、1ヶ月は天井を見るハメになるところだった。
外に出てから混乱続きだったが、この施設への移動にはアイツが関わっているはずだ。気配を探れば──いた。やはりあの
駆けつけた看護師らしき人が新生児達の様子を見ているが、その姿は巨大な百足に気づいて恐れるものではなかった。僕の近くを這い回り、続いて看護師の目の前に移動して、足元を横切っても同様に。
(……気づかない?この化け物サイズに?)
同様に訪れた看護師複数に試してみても気づくことはなかった。どちらかと言えば新生児の方が泣き喚く。おかげでこの一室は騒がしくなって仕方がなかった。ここでもう一つの違和感に気づく。
(──なんで
触角を振る。顎を鳴らす。体を巻いて小さく纏める……色々試したが間違いなかった。コイツは僕の指示通りに動かせる。しかも結構融通が利いたりするし、自立行動が妙に知的だ。僕の意識は確実に落ちたはずなのに、この施設へたどり着けたのは間違いなくコイツ自身の手腕。指示がない時は、基本的に僕の周りを囲んでいる。
僕に巻き付かせて体勢を動かすのに使ったり、枕として扱ってもお構い無しだった。まだまだ遊べるみたいだ。コイツの性能チェックで暇を潰すことにしよう。どうせ大人には見えないみたいだから、他の新生児達には悪いが我慢してもらおう。
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