「わざわざ貴重な指1本使ってまで、確かめる必要があったかね。宿儺の実力」
「中途半端な当て馬じゃ意味ないからね」
交差点の横断歩道を歩く異形の群れ。目の位置から枝を生やした白い大男に、一つ目の火山頭が特徴的な人型と、布を被った赤い大蛸がよく目立つ。それを率いるのは縫い目が額に走る生臭坊主だ。仮装にしては時期が早く、街ゆく人が思わず写真を撮っていてもおかしくなかったが──あいにく誰にも見えていない。僕に巻きついている一際巨大な大百足も同様に、常人には見えない存在だ。
呪いの1体──火山頭は、先日仕込んだ呪霊へ特級呪物を使ったことに疑問を呈しているようだが、袈裟の男は迷いなく答えを返していた。それなりに収穫があったと語る男に、一つ目は懐疑的な視線を向けていた。正直言って胡散臭い印象は拭えないが、この男の判断と知識量は本物だ。コイツに最強の術師は誰かと問えば、答えはいつも同じで──宿儺としか返さない。それほどまでに宿儺の強さを評価し、また警戒していることが窺えた。
「さすがは呪いの王ですね」
「何言ってるか分からんのに、内容だけ頭に入ってくる……翻訳業とかにピッタリだな」
目すらついていないのに生えた枝から視線のようなものは感じた。僕の言葉はお気に召さなかったらしく、静かな抗議の表れのように、白い大男は顔をこちらへ向けている。その割に何も手を出さないような生温い気性は、呪いに相応しくないものと感じた。
会話もそこそこにファミレスへと入る。この縫い目の男は高い店を選ばなかった。それに対して特に不満を述べるわけでもなく、大人しく一行は追従する。カランカランとベルが音を立てると、それを聞きつけた店員の1人が早速対応に来た。
「いらっしゃいませ。2名様のご案内でよろしいですか?」
「はい。
白々しく答える男は案内された席に着く。その対面には火山頭が椅子へと座り、近くのテーブルに白い大男は行儀悪く腰を下ろした。僕はこの縫い目と隣に仲良く座ることなぞ死んでも御免なので、隣のテーブル席をもう1つ占有した。どうせアイツらは勝手に話すだろうと予想して、ドリンクバーでも注文して暇を潰そうと試みる。
「あっちが漏瑚。そして花御に……オマエは?」
「ぶふぅー」
一応は同盟を組むような間柄だ。呪霊といえど名前を覚えてやろうと指を指して確認していたが、赤い大蛸は汗をかきながら息を吐き出していた。花御に顔を向けると──
「陀艮という名です。まだ貴方を信用してはいないようですね」
「信用は積み上げるものだろ。簡単に得られるモノでもない」
頭に内容が流れてくる花御の言葉に漏瑚は目くじらを立てていた。頭頂部の火山が噴火する様は少し愉快ではある。
気を取り直した漏瑚は、呪いが徒党を組んだその理由と目的を
「2つ条件を満たせば勝てるよ。五条悟を戦闘不能にし、両面宿儺 虎杖悠仁を仲間に引き込む」
先日少年院へと送り込んだ特級呪物"両面宿儺"の指1本。そこで発生した呪胎への対応に宿儺の器を含む高専一年生を向かわせたことで、宿儺の実力を知れた。だが知れたはいいものの、その器たる虎杖悠仁は死んだという報告が上がっている。それに対して、この縫い目は余程宿儺とその器に信を置いているようで、何やら知ったふうに宿儺の健在を確信していた。
そして五条悟の実力についても同様に触れる。呪いが束になっても勝てない現代最強の術師。その対策は「殺す」よりも「封印」に心血注ぐことを縫い目は勧めている。封印の手立てとは縫い目の所有する特級呪物"獄門疆"を使うこと。それを話した途端に漏瑚のテンションは跳ね上がった。
「獄門疆…?持っているのか!!あの忌み物を!!」
またもや火山頭の噴火だ。コイツが興奮すると周りが暑くなる。僕の飲んでいるオレンジジュースが温くなり台無しになったところで、縫い目も漏瑚へ注意をしていたが……間が悪く店員が注文を取りに来た。恐らく縫い目が水しか飲まないため、急かしにきたのだろう。間が悪いというよりも、
「お客様ご注文はお決まりで──すか?」
目の前で黒焦げになった人型。女性店員が甲高い悲鳴をあげる中、薄ら笑いの消えた縫い目の言葉に漏瑚は聞く耳を持たない。
「あまり騒ぎを起こさないでほしいな」
「これでいいだろう」
漏瑚が掌印を構えれば、続けて店内の人間全員が炎に包まれた。皮膚が焼けて剥き出しになった黒い筋繊維の塊がそこら中に転がっている。縫い目は煙にむせながらも、会話を続ける気のようだった。高い店でも安い店でも同じ結果と終わるだろうに。
「夏油。儂は宿儺の指何本分の強さだ?」
「甘く見積もって8、9本分ってとこかな」
「充分。獄門疆を儂にくれ!!蒐集に加える。その代わり──五条悟は儂が殺す」
「いいけど死ぬよ──漏瑚」
こういう時に無理に止めないのが、この男の性格の悪さを表している。再び薄ら笑いを戻した縫い目から、漏瑚が五条悟の居場所を聞き出したところで、今日の集会はひとまず終わりのようだった。皆が席を立ち出口へ向かう中、僕は1人残りシナズへ指示を出す。
「全員蘇生していく気かい?足が付くやり方はやめてほしいな」
「知らん。揉み消せ。通行人も監視カメラも気にしてないクセに」
生きていても死んでいてもどうでもいいが、せっかくの機会だ。シナズに治癒の経験を積ませたい。一番近かった店員はだいぶ酷いが、位置によってはまだマシな者もいるだろう。縫い目と僕の顔を見た面子はショックでまともに覚えてないはずだ。シナズによる高度な反転術式を出力していく。それでも火傷の痕は体中に残るし、後遺症も免れないが──生きていることが希望になればそれでいい。
「集団人体発火現象なんてどの道目立つ。当人達にはキツいリハビリが待ってるだろうが」
「それでも死ぬよりマシって?優しいね」
漏瑚が五条悟に殺されようと知ったことではないが、戦力が抜けた分の皺寄せは僕にも来る。そのため漏瑚の五条悟殺害計画の様子も見に行かなければならない。まず間違いなく漏瑚は負けるだろうが、それまでにさっさと蘇生してここから退散するに限る。
「まずオマエが止めろよ……」
振り返って店を出ていく縫い目は倒れている死体に見向きもしなかった。シナズは長い体を器用にくねらせて店内を走り蘇生していく。穏やかな呼吸音は少しずつ数を増やしていった。
遠く湖の上に結界の外殻が見える。領域が解除されると中から出てきたのは──五条悟と宿儺の器。それと漏瑚の生首だった。
「あーあ。どうする?助ける?」
白々しく語る縫い目には助ける気が毛ほどもないようで、花御に任せてとっとと帰るようだった。花御と縫い目が軽く言い合う姿には僕も本当に興味がないので、帰る方針をとる。高い火力と領域を展開する練度を併せ持つ漏瑚は確かに強いと言えるが、それも最強相手であれば形無しだった。僕にとっても縫い目にとっても、アレは単なる駒の1つであり、目的に必須なものではなかった。それ故に、呪いの親玉が待つアジトへ帰ることを選んだだけ。
とあるアパートの一室へと歩く縫い目と僕の姿。ドアを無造作に開ければ目に映るのは──砂浜。波打ち際にはパラソルとビーチチェアが置かれており、領域と絶妙にマッチしていた。海には陀艮がぷかぷかと浮かんでいる。リゾートビーチのようなこの空間が生得領域であるらしい。
「随分と穏やかな領域だね」
「漏瑚と花御はどうした夏油」
漏瑚と花御を連れ立っていないことを問うのは、長い水色の髪を伸ばした男。体中に継ぎ接ぎが走っている。手に持った本を読んでいたようだが、ドアの開く音に気づいて中断したらしい。縫い目が無責任に漏瑚の生存と、花御による救助を説明している。遅れて噂の本人達も帰ってきたようで、砂を踏む音が再び聞こえた。
「漏瑚。花御。無事で何より」
「どこをどう見て言っている!!」
祓われるよりもマシだと縫い目は煽るが、そもそも焚き付けたのはコイツだ。首だけになった漏瑚から睨まれようとも、舌を出しておどけている。五条悟の理不尽な強さを認識させるために、無理に止めずにそのまま向かわせたのだろう。相変わらず性格の悪さが滲み出ている。
「これで分かったと思うけど、五条悟は然るべき時、然るべき場所。こちらのアドバンテージを確立した上で封印に臨む」
「決行は10月31日 渋谷。詳細は追って連絡するよ。いいね、真人」
「異論ないよ。狡猾にいこう。呪いらしく。人間らしく」
真人と呼ばれた男。一見呪いには見えない人型ではあったがその実、人間が人間を畏れて生まれた呪霊だ。真人はこの呪霊を率いて縫い目と協力を取り付け、呪いの時代を始めようとしていた。真人の持つ術式は魂に干渉することができる。それに興味を示したのは縫い目と──僕だ。
「それで?今度はソイツが腕を治せって?俺を便利に使いたいワケだ」
「もしかしてできないのか?それは悪かった。難しいことだったみたいで」
相手は此方を味方とも思っていないだろうし、縫い目の付き添いだと考えているはずだ。わざわざ僕がここに来たのは、左腕の治し方を知りたかったからだ。両手があると掌印を使いやすいし、それは呪術において重要な意味を持つ。既に肉は百足へと変えて、左腕から生やすように繋げている。これはこれで扱いやすいが、術式の解釈を広げるにはいい機会だと思った。しかし……相手は乗り気じゃないように見える。
「ハハッ。分かったよ。治そうか。その百足を左腕に戻せばいいんだろう」
「……あぁ。できるんならどーぞ」
無造作に伸ばした百足の先に真人が手で触れて──術式は
『
すぐにお互い距離を離す。ボコボコと音を立てて左腕の百足は膨らみ破裂した。腕の根元近くで自切することで、ダメージは百足のみに抑えたが、一方真人の右腕からは──百足が3匹ほど顔を出していた。
「治すわけないだろガキ。この百足も──意味ないよ」
真人はもう一度術式を行使したようで、百足に変わっていた部分が徐々に体へ沈んでいき……式神の消失を感じた。恐らく百足に変わった自分の魂を元に戻したのだろう。しかし、魂に触れて干渉する術式。それを自ら
「いいや。オマエが素直に治すはずもないことぐらい分かっていた。それに──魂が爆ぜる感覚はハッキリと感じられたし。それで充分さ」
百足が爆ぜる先程の感覚を思い出す。あっちの術式は、魂の形を変えれば肉体も合わせて形が変わる──という解釈だ。左腕を百足に変えても、魂自体は百足の中にあったんだろう。だから干渉できたはずだ。魂と肉体の形が変わる感覚と言えばいいのだろうか。その特殊な効果によって発生した現象を上手くモノにして──術式の解釈を広げる。
(肉体がバラバラになっても百足は死なない。魂が爆ぜようと肉体が爆ぜようと……その肉片には魂がへばりついている。それをかき集めて体を成す。術式順転と術式反転で腕を形作りながら……)
『
破裂した百足の肉片がザワザワと音を鳴らして左腕へ集まっていく。根元から徐々に肌色へと変わり、完成したそれは──完全な左腕の形。軽く握ったり、振ったりしながら感覚を確かめる。腕の形成は真人のおかげでもあった。しっかり
「慣らし運転にも手伝ってくれるんだろ?」
「きっしょ。触って分かったが──オマエの魂 人間じゃねぇだろ!!」
にやけながら走ってきた真人の両手に集まる呪力。もう一度触れる気のようだ。生やした腕を早速使い、両手首を弾いて掌との接触を避ける。
続けて空いた胴へ向けての正面蹴り。たまらず後退した真人に当たったビーチチェアは吹き飛ばされる。
「いい
ごちゃごちゃ言っている真人に続けて繰り出すのは──右掌底。余裕ぶって呪力でガードしようとしているが、それは意味を成さない。
『
「だから意味ないって──」
顔を出した百足をすかさず掴んだ。そのまま引きずり出せばズリュズリュと醜い音が上がる。後退しながら胴へ再び蹴りを入れると距離が空いた。僕の手中には引き抜いた百足がある。もちろん相手の魂を削ってできた式神だ。これを繰り返せば──コイツの魂は全て百足になる。
「なるほどね。お互い魂の奪い合いってワケか。呪力で負けてるなら──速さでいこう」
「ッチィ!!」
変形させた獣の脚による急加速。砂を蹴ってこちらへ肉薄する真人は腕を刃に変えていた。振るわれる刃に対して身を低くして避けると、続けて迫る掌に呪力を感じる。術式による魂の干渉。お互い魂の削り合いであれば、真っ向から出力勝負を仕掛ける!!
『
『
拍手の音。傍から見れば仲良く音を立てて握手をしているようだろう。しかし打ち付けた掌の間では、熾烈な術式効果のぶつかり合いが起こっていた。魂の形を変えようとする効果と百足に変えようとする効果。出力勝負の結果は、呪力総量に裏打ちされた僕の術式効果に軍配が上がった。真人の右腕からは次々と百足が生え始める。
「なっ……!!」
「オシャレにしてやろ──」
「──はいそこまで。お互い協力関係を結ぶんだ。じゃれ合いも程々にしてくれ」
黙って見ていた縫い目から上がる制止の声。式神の操作を手放し、術式効果を解除する。真人から生えた百足も次々と体へ戻って元通りの姿になっていった。
「環は腕が治って満足しただろう。これ以上は支障が出る」
「それは僕達に支障が?それとも──オマエに?」
「私達にさ。それに、真人も分かっただろう。術式の可能性。呪いとしてさらにポテンシャルを引き出せなければ──呪術師には勝てない」
「はいはい。理解したよ。じゅーぶんにね。夏油の指示通り、まずは実験を繰り返すよ」
ともかくこれで一段落着いたらしい。吹き飛んだビーチチェアを片付けつつ、縫い目が描く次の展開の内容を聞いていく。人数分のビーチチェアを用意していくが、何やら漏瑚の分は必要ないようだ。
「こちらの手持ちの指を1本使いたい。嘱託式の帳のテストも必要だ。まずはそこから詰めていこうか」
よければ、ぜひ感想お聞かせください。
意路不倒:魂の存在とその解釈を術式効果に落としこむことで習得した。百足を操作し形を整えて、術式反転によって百足から肉体へと変換する。バラバラにされても形作れるし、魂ごと肉体が破裂しても破片の百足を一旦経由して戻れる。一度百足のモノに変われば魂はもちろん不可逆に歪む。百足へと変わる効果の術式反転を応用している。不死化の術式反転とは別。
同義語は不可思議、不思議。アイデアはフシギバースから。