"呪胎九相図"の1番〜3番は特級に分類されるほどの呪物だ。明治の初め、呪霊と人間の間に産まれた混血児達のなれはて。九相図という名の通り、9人兄弟ではあるが、150年の歳月を経て封印を保っていられたのは長男・次男・三男だけだった。4番~9番の亡骸は依然高専忌庫に保管されている。
"縛り"によって存在を保ち続けた九相図の1番~3番は羂索の策によって高専から持ち去られ、既に真人らの手によって受肉を果たしていた。
受肉した三人兄弟は大変仲が良いようで、三人で方針を固め、呪霊側──すなわち僕達の方につくことを決めたようだ。
そう決断したところに、兄弟は早速"指"集めへ駆り出されていた。こういう時にあの羂索がとことん使い倒すのはいつものことだ。寧ろ同情する余地もあったが、こればかりは僕の出る幕でもない。
次男と三男──壊相と血塗の二人がお遣いに向かい、暇を持て余した呪霊側の四人は仲良くボードゲームを始めることに。これも呪術の勉強だと羂索は言うが、人生ゲームにまで呪いを持ち込むのはいかがなものかと思う。
真人が結婚のマスを見て、首を傾げながらコマにピンを追加している。それを後目に新顔の受肉体長男──脹相へ話を振った。
「受肉でだいたい知識は入ってるだろ?ルール分かったらピンは1人分にしとけって」
「俺達は三人とも受肉している。兄弟が理由なく離れないことは確かだ。だからピンは3つ要る」
二つ結びの独特な髪型。無気力な目付きと、鼻の中ほどを通る赤い横一線が特徴的だ。見た目は黒と白の法衣を身に纏った青年だが、熱弁する内容は兄弟愛故のものである。
しかしそのプレイスタイルでは人生ゲームの趣旨が変わっていた。少なくとも、兄弟三人で仲良く1つのコマを動かす遊び方は想定されていないはずだ。後で兄弟と一緒にやればいいと言って促せば、ようやくピンを1つに戻している。僕もルーレットを回してコマを進めていった。
「弟が違う車に乗るとか想定しないのか。結婚マスだってあるのに」
「兄弟とはそういうものだ。オマエは人間だろう。いないのか──兄弟は」
僕の兄弟。あるいは姉妹が──無事に産まれることはなかった。その魂はちらりと見た程度だし、家族として特に深い絆があったわけでもない。実の母を見殺しにしたうえで兄弟達の手を汚したとも言える。
「さぁね。僕だけ生きてることは確かだ。呪詛師なんてしてなかったら、今頃弟か妹と仲良く遊んでたかもな」
「……そうか」
「おーい。1万ドル全員払えってー」
どんな雰囲気だろうと、真人は相変わらず平常だった。この中で最も兄弟とは縁遠い呪霊である。羂索の方なんて想像したくもなかったが。
僕の答えから、脹相はある程度察したらしい。元々呪詛師なんてやってる連中に、マトモな家族構成や生い立ちは期待できない。僕は生まれが特殊だったし育ちは児童養護施設だから。
「オマエこそ良いのか?呪霊側についてもロクなことないけど。真人はこんなだし……縫い目も酷いぞ?」
こんなの扱いされた二人は肩を竦めている。ルーレットを止めた脹相は相変わらずに据わった目付きだった。
「オマエ達の描く未来の方が都合が良い。それだけだ。それに……高専は受肉した俺達を許容しないはず。弟達の亡骸も返ってこない」
「僕が九相図を蘇生しても、胎児の肉体のままじゃ持たない。受肉させるにしても成長を促すにしても、時間と手間がかかる。今すぐに復活は無理だな」
呪胎九相図4番〜9番の亡骸は未だ高専に残っている。再会して僕が手を施そうとも、彼等は幼い胎児であり、呪物に変わりはない。高専においてどう扱われるかはだいたい予想がついた。次男と三男の見た目からも同様に。
「分かっている。五条悟封印の協力について異論はない。今は……──」
「夏油、株券」
「どうした?脹相」
コマを持った脹相の手が止まった。ルーレットの回る速度が落ちていき、カラカラと音を立てたところで──
「弟が死んだ」
──プラスチックの割れる音。真人はコマを壊したことに言及し、羂索はその死を察知した脹相へ興味を向けている。
「どういうことだ?2人が指1本分の呪霊にやられるとは思えん」
羂索は手早くスマホを取り出し、内通者からの情報へ目を通し始めた。眉を上げてリアクションするその姿に脹相は不機嫌そうな雰囲気で返している。真人は代わりのコマを探し始めた。
「報告が入ったよ。壊相・血塗を殺したのは、呪術高専一年──虎杖悠仁とその一派だ」
真人が嫌な笑みを浮かべている。その感性にはうんざりしていたが、僕にはどうしようもない。他にできることと言えば──
「死体は回収されてる。受肉体ってこともバレてるみたいだな。今すぐ高専にカチコミはオススメできない……脹相も分かってるだろ?」
「………」
押し黙る脹相からは葛藤が見える。弟達を弔えないことと、仇である虎杖悠仁達への怒り。それらが綯い交ぜになった沈黙を続けて下した決断とは。
「渋谷にはそいつらも来るんだな?」
「大規模な呪術テロだ。高専の面々は必ず来るよ」
10月31日。渋谷で決行される作戦で五条悟を封印する。大々的に張る帳と五条悟へのメッセンジャーを考慮すれば、術師が束になって駆けつけることは間違いなかった。そして脹相の目的は仇討ちだろう。弟達を殺した術師へ報いを受けさせるつもりだ。
「死んだ弟達のために──虎杖悠仁を殺す」
「アイツに協力する?それは夏油様の肉体を取り戻すために……って意味っしょ?」
話し合いの場は寂れた廃屋の部屋。そこに6人の術師が集まっている。黒髪に黒いセーラー服を着ている美々子と、茶髪のお団子頭にカーディガンを羽織った菜々子。向かいには、長髪にスリムドレスを着た女性──菅田と、右目に大きな傷が走る短髪の袈裟を着た祢木が隣合っている。ラルゥはいつも通り上半身裸にハートのニップレスを付けた格好だ。それに加えて僕と、僕に巻き付いているシナズ。家族達が勢揃いした中、この場に居ない人物はミゲルと……夏油さんだった。
縫い目のあるアイツが呪詛師へ協力を呼びかける頃には、夏油さんのフリをすることもなかった。家族達は彼の体に宿る怪物への対応を考えなければならない。肉体を取り戻すか、または──
「違う。五条悟が行動不能になり、世が混沌に堕ちれば割を喰うのは
祢木は淀みなく語っていた。対立するように美々子と菜々子へ向かい合っている。菅田もその言葉には異論がないようで、彼の隣に立つことで意志を示していた。
「ゴチャゴチャややこしくすんなし。大好きな人の肉体をゾンビみてぇに弄ばれて、黙ってられるかって言ってんだよ」
美々子と菜々子の目は既に剣呑な光を帯びている。夏油さんの肉体。それがこの話し合いの焦点だった。彼の肉体を取り戻したい者達と、あくまで彼の遺志を継ぐことに尽力する者達とで、家族は分裂している。
「夏油様の物語は終わったんだ。もう誰にも汚させない」
美々子と菜々子は前者であり、祢木と菅田は後者である。それぞれが夏油さんの死にどう向き合ったのか。額に縫い目のある彼の姿を見て──どう感じたのか。家族であってもそれが違えば、決裂は必然だったのかもしれない。
「いい加減大人になりなさい。菜々子」
血管の切れる音。確かにこの分断は片方の幼さを表しているかもしれない。美々子と菜々子が慕っていたのは夏油さん個人であり、彼が掲げていた故に術師至上主義を持っていると。しかしその言葉を聞いた菜々子が黙っているわけもなかった。
「大人だの子供だの、それを言い出したら──」
「──まだ終わってない」
スマホを構える菜々子を遮って言葉を発した。どうせラルゥは止めただろうけど、僕の立ち位置ぐらいはハッキリさせておきたい。この場で最も物々しい呪力を放っている者が、僕であることは滑稽でもあったが。
「肉体を取り戻して蘇生する。そのために縛りを結んでアイツに協力してやってんだ。夏油さんの命はまだ終わってなんかいない。終わらせやしない」
「……まだ言ってんの。夏油様は蘇生を望んでない。今生きてんのが誰のおかげか忘れた?」
百鬼夜行の呪霊に仕込んだ一件で皆は察したはずだ。僕の術式を人間に使えば死人さえ蘇る。特に分かりやすく説明したこともないが、隠していたわけでもない。
夏油さんは生前僕へ意志を伝えていた。しかし、彼が死後の蘇生を望んでいなくても、僕はその選択を拒んで勝手に動いている。彼の判断によって生かされた僕の独断は、美々子から咎められても仕方がなかった。
「各々好きにやればいいだろ。ここで喧嘩したって意味がない。夏油さんの遺志も、受け取り方もそれぞれだ。ラルゥ。あんたはどうする」
皆の意見を聞くしかない。袂を分かつことにはなるが、それでも纏まっていた過去はある。夏油さんがいなくなればこうなることも半ば予想はついたが、それでも僕達は──家族だから。
「どこにも付かないわ。ミゲルちゃんと同じ。私はただ傑ちゃんを王にしたかっただけだもの。ここでお別れしましょ……でも皆忘れないで。私達は家族。いつかまたどこかで、一緒にご飯を食べるのよ」
腹は決まった。あとは各自別々に動き出すだろう。部屋から足早に四人が出ていき、残ったのは僕と──ラルゥ。
「……封印の成否に関わらず、当日の渋谷は魔境になるわ。あの子達を心配してるんでしょ?」
「特級呪霊4体が宿儺復活を図って渋谷に集まるんだ。修羅場の真っ只中で死なせでもしたら、夏油さんに合わせる顔がない……あんたもどの道来るんだろ」
封印と共に呪霊が企図している"指"の献上によって──宿儺の復活という災厄が起こりかねない。なるべく虎杖悠仁には来てほしくないものだが、あの性格からして、渋谷のテロに引き下がるようなこともないだろう。さらに五条悟封印の成功も合わせれば、事態収束などまともに見込めない。菅田と祢木は寧ろその混沌こそお望みのようだが。
「私は今を生きている家族のために動くわ。アナタは傑ちゃんと──しっかり向き合いなさい」
ラルゥは必ず来るだろう。かといって高専側に情報を流しもしないで、中立の立場を保ち続ける気だ。話も済んだので、ラルゥに背を向けて僕も部屋を後にする。
今説教なんて望んではいない。縫い目の思考を欺いて、夏油さんの肉体を取り戻す。それが僕達に必要なことだ。
とある山奥のダム湖。戦闘の跡がまだ新しく、周りの木々が焼け落ちていた。ダムの外壁は穴だらけになって原型をとどめておらず、そこから水が流出している。
その外壁に力なく倒れかかっているのは巨大な人型。傀儡というよりも人型ロボットに近い。しかしそれは決して万全な状態とは言えず、痛々しい破損箇所がいくつか見える。目にあたる部位には大きな穴が空いており、口からは多量の血が流れ出ていた。固まって褐色になった血溜まりから、コトが起きて既に時間が経過しているのが窺える。
「………」
マーキング済みの式神は傀儡頭部にいることが分かった。与幸吉もそこに居るようだが……無事は見込めそうにない。
巨大な頭部にぽっかりと空いた穴へ近寄り、空洞を覗き込んでみれば──既に飛び散ったあとだった。コックピットと思われる空間の壁は血で染まっている。残った肉片は腐敗が始まり異臭を僅かに感じさせて、落ちている服にあるうずまきのボタンから、高専の人間が居たことは分かった。その末路も同様に。
「これは蘇生どうこうの話じゃないな」
裏切り者の始末。真人と夏油が動いたのは、与幸吉と結んだ"縛り"のためだ。肉体を約束通り治したところで、敵対し呪殺……といったところか。彼の体は形を残すどころか、魂ごと爆ぜてしまっている。
改造人間の蘇生について僕は既に試していた。魂の形を変えることで肉体も変形する真人の術式。それによって異形と変わった改造人間はそのショックで直に死ぬが、その死体を蘇生したところで──元通りになる訳ではなかった。異形は異形のまま、魂の形を万全に戻すことはできない。そのため改造人間を元通りに治すには真人の手が必要だが、借りられるはずもなく。
この爆ぜた与幸吉であろう肉片をかき集め蘇生したところで、それは生きているとは言えないだろう。肉塊として動けばマシの、呪われた不死になってしまう。それならばいっそ──
「作り直す……か」『死蟠輪廻』
術式を肉片へ行使する。瞬く間に百足が数を増やしていくが、何せ辺りに飛び散った後だ。魂ごと爆ぜた影響か肉体の損失が多く、集めたところで全身を形作るにはまるで足りない。
しかし、肉片であろうと、彼の肉体を集めることが肝心だった。操作し渦巻く百足達を掌で圧縮していく。まるで『
「ある分の血肉は全て集めた。これで……いけるか?」
飛び散ったものを全て百足へと変えて圧縮し、形作ったのは小さな宝塔。進化させてしまうわけでもないので、赤い色をした『
肉体の欠片を集めながら、ついでに回収した彼の服と短筒。それと壊れた傀儡の頭を持って操縦席から外へ出る。先日貰っていた通信用の傀儡を塔に近づけると──
「……で…い、ド。出戸……アンタなのカ?」
「また会ったな与幸吉」
──機械音声が聞こえ始めた。与幸吉の存在。恐らく羂索も知り得ないこのアドバンテージを活かさない手はない。
一部を変形させて宝塔と傀儡を固定した。これで会話がしやすくなる。
「今は何日ダ?渋谷はどうなっていル?皆は──」
「あー……まぁ待て。まずは状況説明から。ハロウィンまでざっと9日ってところだ。まだ事態は動いていないが──今のオマエには自我がある。ここまではいいか?」
死によって途絶えた意識が浮上しても、外界からの情報は上手く入らないはずだ。今彼の肉体は赤い宝塔で出来ている。縁をたどって傀儡を動かしているが、その術式も引き継がれているのか。しかしその操作範囲や出力はそこまで大きくはないようだ。
情報を交換し、協力を結んだ方が互いの利になる。ここで彼が頼る術は今のところ僕しかいないため、合意を取ることはそこまで難しくはないはずだ。
「本当にやってのけたのカ……俺の蘇生ヲ。このことを他にハ?」
「誰も知らないはずだ。あと正確には蘇生じゃなくて、オマエは今呪物のような存在になってる。肉体の感覚も、何もかも違うだろ」
おおよそ人間をやめさせることになったが、彼が望めばすぐに天地へ還してもよかった。僕の見立てでは、まだ未練があるように思えたが。ある程度彼が状況を理解したところで、こちらも本題に入る。わざわざここへやってきた目的は──
「僕の狙いは五条悟封印ではあるが、宿儺復活の方はどうでもいい。だから渋谷で──呪霊共を
最後の環君はいい笑顔をしています。