特級不死 デッドムカデ   作:ゾエア

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渋谷事変は大変複雑な展開になっております。本作では独自の解釈も含めておりますので、ご注意ください。また、地理関係や時系列を確認しつつプロット作成していますが、矛盾点や疑問点等が生じてしまった場合は、一部描写が変更されるおそれがあります。


絶望と反魂と滅殺の決断

 

 

 

 

 2018年10月31日18:55

 東急百貨店 第2別館前

 

 歩道の真ん中に1人。艶のある紫紺の長髪に、紫の紋様が走る黒いパーカーを羽織った人物が佇んでいる。少年ともみえる背丈は幼い印象を与えるが、巨大な百足が絡みついても尚動じない図太さがあるようだった。彼は大百足にもたれかかりつつ、携帯端末で誰かと話をしている。その端末は捻れた節を束ねたような個性的な形をしていた。赤い色と有機的なデザインは少々奇抜ではあったが、彼は気にすることなく会話を続けている。人形の顔を模したスピーカーからは機械音声が出ているようだ。

 

 

「本当によかったのカ。五条悟との戦闘に立ち会えバ、封印完了後すぐに呪霊達を一網打尽にできるだろウ」

 

 

「縫い目の思考からすると、封印済の五条悟──獄門疆を掠め取られるリスクをなるべく減らしたいはずだ。僕はまず立ち入れない。縫い目が獄門疆を死守してる間、呪霊狩りに勤しむよ」

 

 

「……なぜ呪霊を狩ることにしタ?引き込んだ俺が高専側だから──なんて考えではないことぐらい分かル。術師達が五条悟の封印に気づけバ、奪還や封印解除を望むはずダ。それを手助けしたいのカ」

 

 

 シナズをはべらせた出戸環は、呪物と化した与幸吉と会話をしている。話題は決行数分前に迫った呪術テロの段取り。環は計画の要である五条悟との戦闘には直接関わっておらず、帳の外で封印完了の合図を待つことになっていた。その役割は本作戦の立案者から直々に与えられたものでもある。当然、彼には呪霊の祓除など命令されておらず、渋谷へ集まる術師を減らす役目を任せられていたのだが……

 

 

「集まる術師達を間引く方が理にかなっている……が、僕は正直どちらでもいい。五条悟を封印さえすれば用はないからな。事態収束をなるべく早く考えると──」

 

 

 環の構想した策は渋谷の短期平定であった。作戦が長引けば長引くほど、それだけ彼の家族達へ危険が及ぶことになる。かといって五条悟封印に失敗すれば、本当の目的からは遠ざかってしまう。

 

 そこで環は五条悟封印の遂行を呪霊達へ一任した。自らは呪詛師として従順に働くことを印象づけたところで、封印完了と同時に呪霊側から離反する。その後特級呪霊四体の祓除を行うことで、渋谷のテロを短時間のうちに平定することを決断した。

 

 この先、渋谷で環の家族達が特級呪霊と出会した場合は、すなわち死を覚悟する事態でもある。呪霊達は人間の時代を終わらせようとする者であり、呪詛師と術師の区別などつけずに皆殺しを図ることは簡単に予想された。呪詛師は五条悟の封印を望んでいるだけで、呪いの時代を夢見る呪霊に対しては仲間意識が薄い。協力関係は長く続かずに、せいぜい封印完了までの間だと互いに見切りをつけていた。

 

 それに加えて、環の本当の目的と術師連中の望む状況は相反するものである。環は五条悟封印の状況を欲しているが、高専術師の立場からすると、五条悟の抑止力は呪術界を保つために不可欠な存在であった。呪霊を祓う環の行動は間接的に術師を手助けする策でもある。呪霊側に属したまま術師を皆殺しにする、という手段を環が取らない理由とはすなわち──

 

 

「──どちらにもそこまで差はない。強いていえば……呪霊を四体祓う方が早いと思ったから。理由なんてそれぐらいさ」

 

 

「……お優しいアンタの中にあるドス黒い強サ。それが人間へ向かなかった幸運ヲ、ひとまず喜んでおこウ」

 

 

 人をやめて呪物と化した与幸吉。彼には声帯すら存在しないが、それでも声が震えかねない程の動揺を覚えていた。環の判断が少しでも呪霊側へ振れていた場合、百足の呪詛が人類へばら撒かれる可能性すらあった。それを回避できたのは、呪霊側が少数精鋭で構成されていたためか、もしくは環に善性が残っていたためか。与にその真意が分かるわけもなく。

 

 

(夏油傑や五条悟とも異なる本質。コイツも……紛れもなく()()()カ!!)

 

 

「さて、そろそろ頃合だ。帳が降りたらコトが引き起こされる。五条悟封印は大前提として、縫い目には頑張ってもらわないと」

 

 

 軽い言葉を発しながら、環は呪力を抑えて気配を人混みに潜ませていく。ハロウィンが佳境を迎える頃、渋谷の夜空に黒い陰りが差した。

 

 

 

 


 

 

 

 

 2018年10月31日 19:00

 東急百貨店 東急東横店を中心に半径およそ400mの"帳"が降ろされる

 

 19:03

 渋谷駅周辺の人間を陀艮が回収

 

 19:56

 渋谷("帳"内)建物内への改造人間配備完了

 

 20:00

 東京メトロ 渋谷駅 (地下)() 副都心線ホームを中心に"帳"が降ろされる

 

 20:31

 五条悟 現着

 

 20:39

 明治神宮前駅に"帳"が降ろされる

 

 20:40

 東京メトロ 渋谷駅 B5F 副都心線ホームにて五条悟 戦闘開始 

 

 20:41 

 東京メトロ 渋谷駅 B5F 副都心線ホームを中心に"帳"が降ろされる

 

 21:15

 副都心線 B5Fへ真人と改造人間およそ1000体が到着

 

 同刻

 五条悟 0.2秒の領域展開

 

 21:21

 五条悟 副都心線 B5Fに放たれた改造人間およそ1000体を鏖殺

 

 21:22

 獄門疆開門 五条悟封印完了

 

 同刻

 東急百貨店 東急東横店を中心に"帳"が降ろされる

 

 同刻

 渋谷("帳"内)にて改造人間が建物内から放たれる

 

 21:23

 文化村通り 道玄坂二丁目東("帳"内)

 出戸環 現着

 

「与。オマエにはオペレーターとしての仕事を頼みたい。集めた情報は好きに使っていいし、術師を助けたいならそれもいい。だが獄門疆は──」

 

 

「──分かっていル。式神の操作権を実質的に握っているのはアンタダ。事変平定を手助けするうえデ、バックアップに徹することは忘れていなイ。俺の残した保険については関知できないガ、それは構わないナ?」

 

 

 複数の式神を用いた情報収集。それには手間と時間、操作等に多大な労力を必要とする。大雑把に多数の百足を動かすならばともかく、情報処理に至っては脳のリソースを相応に割く必要があった──今までの環であれば。

 

 蘇った与幸吉の存在。その肉体の組成は環の式神そのものであり、脳が負担する術式の情報処理を肩代わりすることが可能となっていた。ある程度の式神操作を与の裁量に任せていることは、利害関係による"縛り"の条件でもある。

 

 各式神から得られた渋谷の情報を時系列順に整理したところで、状況が大きく動いたことを環は認識する。先刻から派手に改造人間達が暴れているため、待機していた術師達も"帳"に入って対応へ回ることが予想された。同時に降りた"術師を入れない帳"についても対策を講じる必要がある。

 

 

「保険についてはもう過ぎた話だ。与幸吉の死という条件はもう満たしてるみたいだし、今更手のひらを返す気もないから安心しろ」

 

 

 与幸吉の残した保険とは、彼の死後、五条悟封印が完了した場合にのみ起動する傀儡の存在だ。実際に操作しているかのように振る舞う小型の傀儡を、与は生前三つ配置していた。傀儡が発動する条件を全て満たしていることは環と与の両者が認識している。既に与幸吉は一度死んでいること。そして五条悟が封印されたこと。これら二つの条件下で傀儡が起動する。

 

 呪物と化した状態の与が保険としての傀儡を直接操作することはまず不可能であり、その傀儡の自律的な動作や働きについて環が文句を言うことはなかった。

 

 与との合意を得たところで、環は動き出す。帳の外側へ環を配置した、羂索の思惑に不満を募らせていたが、すぐに思考は切り替わった。

 

 

 "術師を入れない帳"。それを破るために、渋谷で最も目立つ高い位置へ置かれている──"帳"の基を環は破壊するつもりであった。それを守る呪詛師の存在など、彼は歯牙にもかけない。嘱託式の"帳"を壊せばスムーズに呪霊狩りへ移ることが可能になる。彼の目指す場所はセルリアンタワーの屋上であった。そこには3本の"帳"の基がある。

 

 目的地までの最短経路を思考し、シナズの歩肢で加速を図るまでの間。渋谷へ放たれた改造人間の狼藉が環の目に入った。襲われる人間達の悲鳴も加わることで、無視して進もうとする気が失せていったようで。

 

 

「……与。早速で悪いが、百足の攻撃対象を細かく設定できるか?」

 

 

「そこまで労力は必要ないナ。アンタのやりたいことは分かってきタ。標的は──改造人間だけだろウ。もう発動して構わなイ」

 

 

 真人によって改造された犠牲者でもある存在。環は目的のため、改造されていく人間を見殺しにしたことは確かだ。与への質問の意図は環の良心によるものか、はたまた気まぐれか。

 

 環がその道を選んだことを与は察知した。返事と共にシナズの口から百足の群れが放たれる。下される命令は──

 

 

「──鏖殺だ」恒河這(ごうがしゃ)

 

 

 


 

 

 

「!!」

 

 

 七海建人・猪野琢真・伏黒恵の三人は"帳"へと突入済みだった。七海班として纏まる彼らは、一般人の保護と、"帳"を降ろしている敵への対処を行うため奔走している。

 

 

 今まさに彼らの視界へ飛び込んできた状況。道を埋めつくし、人混みを呑み込んでいくのは百足の濁流だった。歩肢が擦れパキパキと耳障りな音を立てている。

 

 百足で構成された黒い波が引くと、残っていたのは()()の一般人だけ。流れていく百足達の総量は増えつつも、間引かれているのは異形の改造人間のみであった。これが意味することとは……

 

 

「七海さん。これは──」

 

 

「──理由は不明ながらも、例の呪詛師が改造人間を狩るために動いている。事実として認める他ありません。こちらは一般人の保護に動くだけです」

 

 

 七海は動揺することなく己を律する。現在の状況や呪詛師の行動には疑問の余地があれど、彼の行動は依然変わらない。"帳"を破るために敵を探し続ける。

 

 

 しかし状況は立て続けに変化していく。"帳"内に響く声が術師達の耳へ入ることで、重大な事変の事実が否応なく突きつけられた。

 

 

「ナナミンいる━━!??五条先生があっ、封印されたんだけどー!!!」

 

 

「封印!?」

 

 

「……2人共。予定変更です。すぐに虎杖君と合流します。もし封印が本当なら──終わりです。この国の人間全て」

 

 

 

 虎杖悠仁と合流した七海班。虎杖悠仁の身につけていた傀儡──メカ丸の遺していた保険によって、情報が術師側へと伝わっていく。

 

 渋谷駅構内は現在、特級呪霊と呪詛師が潜む伏魔殿と化していた。五条悟を救助するためには各々がマルチタスクをこなす必要がある。

 

 七海は1級術師としていくつかの要請を通すために"帳"外へ。その間に、虎杖悠仁・伏黒恵・猪野琢真らが"術師を入れない帳"を解くことを決断した。

 

 

 "術師を入れない帳"の外縁を目指し走る虎杖と猪野に対して、伏黒恵は疑問を投げかける。

 

 

「百足の動きがキナ臭いです。渋谷駅構内にヤツが居るとしたら、外の改造人間を狩る意味がない。ヤツにとっては都合がいいのか、もしくは……」

 

 

「式神の術師──出戸環が勝手に動いてるかもってことか。もう渋谷で何が起きてもおかしくない状況だろ?まずは"帳"を解かないと話にならねぇ」

 

 

「……原宿での"帳"。アレも嘱託式の"帳"ダ。"術師を入れない帳"を解きたけれバ、セルリアンタワーを目指セ」

 

 

「うおっ!?メカ丸急に反応したな!!……アレ?今の声メカ丸だよな?メカ丸?もしもーし?」

 

 

 傀儡は反応を返さない。一匹の百足が虎杖悠仁のフードから落ちた。

 

 

 


 

 

 

 セルリアンタワーの屋上。嘱託式の"帳"を守る呪詛師の1人──オガミ婆は一心に呪詞を唱えていた。冷や汗を流した顔面蒼白の様子からは決死の覚悟が窺える。同じく隣に立つ呪詛師である粟坂は既に逃げ出す準備を始めていた。半袖短パンに腹巻を身につけた、ひょうきんな爺さんといえる姿も形無しで。その理由は──

 

 

「聞いてねぇぞ。出戸は了承したんだろ?なんで今になって」

 

 

「もうどうしようもない。婆ちゃんが急いで降ろしてるから、なんとか対抗できるはずだよ」

 

 

 オガミ婆から孫と呼ばれる青年はそう諭している。白いセーターとモヒカンのような髪型であった。オガミ婆の焦りようを見て分かる通り、()()()が離反してここへ来ることを彼らは知ってしまった。それにしては落ち着いた素振りの孫であったが、諦めの境地にあることは彼自ら分かっている。

 

 タワーに群がる百足達の数は増していく。すると一筋の群れが重力に逆らい外壁を登り始めた。向かう先は当然──屋上だ。

 

 

「もう来やがった!!俺は"帳"を持って降りるぜ!!足止めしておけや!!」

 

 

 群れが屋上へと辿り着くよりも先に、粟坂は飛び降りることを決意した。彼の術式によって落下の衝撃は問題ない。しかしあの百足達だけはどうしようもない相手であった。それ故の敵前逃亡。彼が迷いなく身を投げ出したところで、オガミ婆の準備も終わる。纏う雰囲気を変えたオガミ婆は孫へ合図を出した。

 

 遺骨の入った小さなカプセル。それを孫が飲み込んだところでオガミ婆はついに"天与の暴君"をこの世に降ろす。その名前は──

 

 

『禪院甚爾』

 

 

「……へぇ。そういうことか。なかなかいいんじゃない?」

 

 

 孫の身体がザワザワと音を立てる。変身によって彼の姿形は別物へとなり果てた。その纏う雰囲気は歴戦の猛者のそれ。

 

 百足と共に屋上へと辿り着いた出戸環は、出会すだろう相手を単なる呪詛師と思っていた。そんな胸中の余裕を吹き飛ばしたのは──突然現れた鬼人。立ち姿から放たれる圧を感じて環はますます笑みを深めていく。

 

 

「今までにない。これならいけるよ婆ちゃん」

 

 

「どうだか」百足籠(むかご)

 

 

 挨拶代わりの牽制。変身を済ませた孫に対して、籠から飛び出した百足はかすりもしない。瞬時に間合いを詰めた孫は既に拳を構えて──

 

 

「え」

 

 

「──使いこなせてんの?」

死蟠輪廻(しばんりんね)

 

 

 環の掌が拳を押さえている。速い相手に対して目が慣れているのか。あるいは孫が肉体を扱いきれていないのか。どちらにせよ、既に術式は行使されていた。

 

 魂を呼び戻し肉体へと固定させる『死蟠輪廻』。孫の魂がこの肉体に勝てる見込みがあるはずもなく。呼び戻される魂は必然的に──"暴君"と呼ぶにふさわしいものだった。

 

 

「……手ェ離せガキ」

 

 

「おっと」

 

 

 先程とは比にならない威力の打撃。環へ振るわれたそれをすんでのところでシナズが引き受けた。衝撃で互いの距離が開く。蘇ったばかりの暴君は状況の説明が欲しいようであった。

 

 

「魂の情報まで降ろしよったか……!!」

 

 

「降ろす……?あぁ、そういう……」

 

 

「大成功。伏黒甚爾だよな。オマエには──やり残したことあるか?」

 

 

 オガミ婆の反応から、伏黒甚爾はある程度の事情を察した。手加減なしの打撃を受け止めた術師──環に対して少し興味がわいてもいる。その問いかけに答える程度の気まぐれを甚爾は有していた。

 

 

「未練なんてねぇ。テメェらボコって好きにやらせてもらう」

 

 

「ははっ!!いいね!!」

 

 

 環にとって思いがけない強敵の出現。手札を温存しておく意義も薄いほどのレベル。

 

 

 両雄が激突する直前、呪力を滾らせる環が零した一言に、伏黒甚爾は眉を動かし──

 

 

「そういえば……伏黒()も来てたな。親戚か何か──って、え?」

 

 

 ──そのまま姿を消した。後に残された環は呆気に取られている。

 

 

「……やっぱり知り合いか。家族だったりするかもな」

 

 

 環は首を傾げながら、オガミ婆から"帳"の基をふんだくって破壊した。3本あるうちの1本しか見当たらず、残りの2本を探そうとしたところで、タイミングよく"術師を入れない帳"が上がる。

 

 

 どうやら折よく誰かが壊したらしいと、環はそう結論づけて渋谷駅へと足を運ぶことに決めた。伏魔殿に潜む呪霊達──その全てを皆殺しにするため、彼は行動を開始する。

 

 

 

 






甚爾なら、息子の名前が出るとまともに相手せずに、様子を見に行く可能性が高いと思いました。

与幸吉の超遠隔で傀儡操作できる天与呪縛は失われていますが、百足式神を介して傀儡のスピーカーを借りることぐらいはできます。
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