樹海の深奥。そこにそびえ立つ巨木の前にある開けた空間。周りを背の高い木々に囲まれた決戦場のようなそこには──三者三様の姿があった。
この空間は花御自らの領域内であり、花御のポテンシャルは格段に上がっている。そのため、領域へ付与した必中効果によって対象は瞬時に植物の養分へと変わる──そのはずであった。
(なぜ領域内でまともに動ける……!?)
環の身体へ降り注ぐ樹木の槍と種子弾の雨。それらが打ち付ける音が連続する。その必中効果によって、領域に引き込んだ花御の勝利──となることはなかった。環へ打ち込まれた植物は全て百足へと姿を変えていく。発根による侵食も枝による損傷も意味をなさない。
百足の塊は徐々にその体積を増しながら、花御の下へと動き始めた。
赤く輝く双眸が迫る。花御の記憶に色濃く刻まれた最強の蒼。似ても似つかないはずの光が脳裏で重なり始めていた。
「これでも出力不足か。ならば頭を撃ち抜くまで……!!」
花御の左肩に咲く花が開くと、花弁の中央には一つ目が嵌っていた。
それは植物の生命力を呪力へと変換し、撃ち出す供花。渋谷の地は決して緑豊かだとは言えず、花御は植物の生命を事前に吸い取っていたわけではなかった。しかし、その花は呪力を撃ち出す砲口として用いることはできる。領域の効果によって呪力出力は大きく上昇しており、生命力を変換せずともその攻撃の威力は保証されていた。
一方、黙って眺めているように見える宿儺はのんびり構えて待っている──訳もなく、2人諸共焼き尽くす算段を立てていた。
天上天下唯我独尊。宿儺は花御が環を相手にして殺しきれるなどとは露ほども考えていない。寧ろ花御が領域内へ引き込んだがために、宿儺は伏黒恵への影響を考慮せずに大技を繰り出すことができる。そして、環へと用いる火炎で花御が焼けようと心底どうでもいい宿儺にとって、加減して術を使う気が起きる訳もなかった。故に唱えられる呪詞。その解放は必然ともいえた。
「『■』『
花御の領域展開を皮切りに、三つ巴の出力勝負が始まろうとしている。
必中効果に対抗する只中の環へ向けられる矛先。それに対して環は『
(……さて。どう出る?)
宿儺から向けられる好奇の視線を無視し、環は掌に式神達を圧縮していく。地へ向けた掌に形成されるもの。有機的な意匠のそれは白く捻れた
肉体から魂を引き剥がす術式反転によって、生命であったものからエネルギーが引きずり出されていく。反転故にその出力は2倍であり、安定した力場を作るには程遠いもの。荒ぶるそれは、銀竹の先にある一滴の雫へ閉じ込められた。
「極ノ番・裏……『
莫大な呪力出力。炎の矢。そして浮かぶ雫。放たれた技の衝突の瞬間──領域内は白く染められた。莫大な熱量とそれに拮抗するエネルギーが領域内の樹木を塵へと変えていく。そして──
「……ケヒッ。雑草にしてはよく働いたな」
「まだ、まだ……!!」
花御の左肩には抉れたような大きな損傷が目立つ。鎖骨や肋骨が一部見えており、致命的なダメージが見て取れた。
一方、環は右の二の腕から先を失っていた。損傷部位には百足が集まり復元を始めている。
彼は『
「いいや終わりだ──シナズ」
「──ッ!?」
それは環ですら不可能な反転術式のアウトプット。花御のすぐそばに迫っていたシナズは命令を完遂するため、その頭部へ矛先を向けた。治癒を目的としない純粋な正のエネルギー。最大出力で放たれた攻撃を受けようとする花御の努力は──無為に終わる。
「……2体目」
消失反応による白い煙が上がる。花御は防御した右腕ごと頭を吹き飛ばされていた。これで環は特級呪霊2体の祓除を終えたことになるが……未だ脅威は残っていた。
依然、環は警戒を怠らずに宿儺を見据えて呪力を滾らせる。如何に環の呪力総量が膨大であっても、宿儺との戦闘に至れば呪霊狩りどころではなくなる。だからといって呪いの王からすんなり逃げられるとは思っておらず、時間稼ぎを考える程、環は呑気に構えていない。
方や宿儺は呪いたる所以か、はたまた計画の1つかは定かでなくとも、闘いの気配を隠さずに環へ視線を向けている。肉体の主導権を握っている間、環を逃がす選択肢はないようだ。
現在、宿儺の自由に動ける時間は、虎杖悠仁が多数の指へ適応するまでの限られた時間だけ。両者はそれを知っている。故に互いの予想した決着は短期決戦によるもの。
張り詰めていく空気。そこへ割って入るのは──
「せっかくの娑婆だってのに……ガキと呪霊ばっかりか」
そのような事情など露とも知らず現れた者。先を尖らせた赤い棍を握って歩く姿は──まさに"鬼人"。
伏黒甚爾の求めた死地はそこにあった。あるいは、未練がなくなったからこそ、命の使い道を察知したのかもしれない。答えは甚爾にも分からないままで。
予備動作無しの刺突。よく研がれた游雲の切っ先が宿儺の脇腹に掠っていた。甚爾の攻勢は終わらない。
「ハハッ!!いいぞ!!」
宿儺からの賞賛と反撃を受け止めつつ、甚爾はすぐさま左頬へ拳を打ち込む。游雲を手放したインファイトスタイルによって、両者打撃の応酬が始まった。
呪力強化した肉体と、呪力を全て捨てた肉体。二者がぶつかり合うことで鈍い音が上がっていた。その膠着を終わらせたのは胴を殴り抜いた甚爾の拳。宿儺の身体が数歩後退する程のそれだった。
ほんの数瞬ではあったが、彼らの意識が逸れた間に──環は抽出を終えた。
甚爾と宿儺──二者の争いに乗じて逃走する選択もあったが、宿儺の大規模な術式効果と、有する残虐性を考慮して、環は継戦を決断していた。仮に、美々子と菜々子が宿儺から目をつけられていたらと思えば……放置する選択肢が環の頭に浮かぶわけもなく。
「『
圧縮の果てに生成された1滴の雫。それが格闘する二者へ向け放たれた。斬撃で迎え撃つ宿儺と──回避を選択した甚爾。
甚爾は死に際で得た経験から、放たれた雫の解放による破壊力を予想していた。もとより術式効果へ干渉する程の呪具は用意できていないため、彼が避けることは当たり前ではある。
「!!」
金属の擦れるような音。不可視の刃が綻びたことを意味するそれに宿儺は目を見開く。斬撃によって先んじて炸裂させる試みであったが、宿儺の予想以上の硬度と質量を持つ雫相手には不発に終わった。
続けて受け止めんとする掌をものともせず、雫は宿儺の腕部を貫通していき──肩甲骨を突き破って背から飛び出した。
宿儺には反転術式を行使する呪力の余力も残っている。雫はその小ささ故に密度は大きかったが、貫通の際の傷も相応に小さい規模であった。故に右腕を一直線に突き破った痕の再生は容易に終わり、宿儺はすぐさま
対する環は──ただ
宿儺の背後。貫通していたその雫は圧縮を弱められたことで──爆発的に膨張をみせた。背中を叩く爆風によって、宿儺は環の目前にまで迫る。
(炸裂の時機をズラしたのか!!)
宿儺の背で炸裂した『
環の狙いは確実に宿儺を眼前へと運ぶこと。先刻の炎が放たれるよりも先に、自らの流れを引き寄せんとする環の覚悟。その果ての集中は──
正面から受け止めた黒閃。如何に宿儺といえど、勢いは殺しきれずに後方へと押し飛ばされた。それを追う甚爾と環。
「──クソガキが」
飛ばされた末に影はビルへと着弾する。そのめり込んだ外壁から、悪態を吐きながら宿儺が姿を現した。その視線は迫る二体の鬼へと向けられていたが──
「虎杖……!?」
突如眼前のビルへ飛び込んできた虎杖らしき人物。それが宿儺であると認識した伏黒恵は、決死の覚悟で掌印を構える。最悪のシナリオが彼の頭を巡っていた。五条悟封印に続く──宿儺の復活。
恵は、自由に動いている宿儺の現状が一時的な状況であることを理解していない。そのため、復活したと思わしき宿儺との道連れを試みることに躊躇などなかった。
既に七海達は負傷のために撤退している。恵は渋谷が既に魔境であることを理解していたからこそ、迷いなく呪詞を唱えた。此処が唯一の──命を捨てるべき場所だと。
「布留部由良由良」
伏黒恵の影から顕現したのは3m程の大きさがある人型の式神。頭部は異形のものであり、目にあたる部分から左右に翼が2対生えている。後頭部からは蛇体が伸び、背部には方陣が浮いていた。筋肉質な肉体を顕にして、右腕に備える剣が特徴的だ。この異形こそ、禪院家に伝わる最強の式神──魔虚羅である。
物言わぬそれの代わりに、犬型と蛙型の式神が顕現を称えるように鳴いていた。ビル外壁から降りた宿儺は得心のいった様子で言葉を発する。
「俺を強制的に調伏の儀へと巻き込むか」
(五条悟の助力がありながらも今まで使用されていなかった事実。異分子の存在があれば、調伏自体もなかったこととなるのだろう)
宿儺の予見は正しく、十種影法術の式神の調伏は複数人でも可能であるが、その場合は後に無効となるため実質的な使役に繋がらない。
今、調伏の儀は宿儺と伏黒恵の2人を対象に始まっていた。そのため、魔虚羅の初撃は必然的に最も近い恵へ向けられ──
「!!」
巨体へ游雲が突き刺さる。その獲物を持っているのは宿儺を追っていた伏黒甚爾だ。まるで恵を庇うような横槍ではあったが、瞬時に彼を蹴飛ばして魔虚羅との距離を離していた。甚爾は弁解もせずに三度の刺突を続けて式神への攻勢を緩めない。ダメ押しで棍による打撃が胴へ入ると、魔虚羅は身をよろけさせた。蹴飛ばされた恵の方は──宿儺から意識を刈り取られ、命はまだ残っている。
「またエラいもんが来てるな!!」
畳み掛けるように、その場へ現れた環が魔虚羅の頭を蹴り抜いた。そのまま頭部を掴んだ所へ放たれるのは──
「『
「──チィ!!」
──不可視の刃。三画の直線をなぞるように放たれた斬撃に対して、環は術式の行使を取りやめて回避する。宿儺はもちろん、この乱戦で相手を慮る者はいるわけもない。
魔虚羅はその斬撃を含めた全ての攻撃を甘んじて受け入れていた。体勢を崩したところで、『ガゴンッ』と特徴的な音と共に方陣が回転し──すんなり立ち上がる。その身へ刻まれた傷は全て癒えていた。
「──へぇ?」
予想外の復活。環は興味をそそられたように声を発した。
続けて宿儺から放たれた斬撃を魔虚羅は容易く弾く。甚爾の動きにも対応し、カウンターを図る姿から宿儺は式神の本質を読み取った。
すなわちあらゆる事象への適応。方陣の回転後に攻撃への対応は格段に変化していた。さらにフィジカルギフテッドの動きも見切り始めている。魔虚羅の右腕に備わる剣は呪力を帯びて物理的な破壊力を増していた。
さらに徒手の連撃と二発目の斬撃を頭部へ受けて倒れた後に、特徴的な音と共に再び立ち上がる魔虚羅。方陣の回転を見て宿儺は確信の笑い声をあげる。
「ケヒッ。クックックッ。魅せてくれたな──伏黒恵!!」
ヒートアップする現状ではあったが、環はこれ以上の乱戦を望んでいる訳でもなかった。
花御との開戦時、咄嗟に美々子と菜々子へ渡した『伊賦夜坂』の耐久面にも限界はある。他の家族が来ていることからも、なるべく派手な戦いは避けたいところであった。
しかし、見知らぬ誰かを気遣って戦う意思なんてものは環の頭からとうに
「領域展開」
『
宿儺の背後に顕現した歪な御廚子。四方に大口を開けた建造物の周囲には、夥しい数の牛頭骨が散らばっている。屋根からは巨大な角が対称に十数本伸びており、四隅には人の頭骨が二個ずつ吊り下げられたおどろおどろしい意匠が目立つ。
唱えられた領域展開という呪詞。顕現した御廚子の姿。凝縮された思考の中で環の感じた違和は──境界の存在だった。
本来、領域とは結界術の才が必要となる。結界を閉じ、結界内と外界とで空間を分断することが生得領域の具現化には欠かせないためだ。
ところが、宿儺の展開した領域──伏魔御廚子は結界を閉じず空間を分断しない。
自らの生得領域を、結界という器なしで存在と形を保つことは、実現以前に概念として成り立たないはずの現象。結界を閉じずに領域を具現化することは、キャンバスを用いず空に絵を描くに等しい──正に神業である。
必中効果範囲のみが広がるという異常。実際に引き起こされているその効果は、生物無生物問わず範囲内の物体を刻む無数の斬撃である。対象の呪力の有無によって、向けられる斬撃の威力こそ異なるものの、範囲内にあるものが切り刻まれていくことに変わりはない。
「……なるほどね」
周辺の建造物が刻まれて塵へと化していく現状を眺めながらも、環は抵抗を続けていた。
呪力による
環が得心のいったことは──効果範囲の指定理由。余りにも広いその範囲と具現化の神業に度肝を抜かれていたが、伏魔御廚子の斬撃跡を見れば推測は可能だった。
絶妙にずらされた範囲と伏黒恵の位置。そして宿儺の地雷という羂索の言葉。適応した魔虚羅や背部の方陣への関心も強かった。ここまで暴れていながら伏黒恵への攻撃は一度もない。隠そうともしていないようだが、宿儺の狙いとは──
「──式神を
切り刻まれ傷を増す天与の肉体。伏黒甚爾は効果範囲から逃げることもなく、環へと話しかけた。呪力のない肉体へ向けられるのは通常の斬撃ではあるが、浴び続ければもちろん死に至る。それは甚爾の肉体であっても変わらない。
彼の速さをもってすれば容易に効果範囲から抜けられる。もとより戦う理由もなかった。しかし宿儺の興味が恵とその式神へ向けられていることを、環と同じく彼も理解した。今際の際──選んだ行動には彼の願いがあった。
突然環へ話しかけたかと思えば、絶え間なく浴びせられる斬撃の中、宿儺へ向けて攻撃を繰り出す甚爾の姿。死地から逃げることもなく、
「……分かったよ」
元々自身の気まぐれで呼び出したようなものだ。環は蘇った甚爾がどう生きようと構わなかったが、自ら命を投げ出してまでも、恵を気にかける彼の行動にこそ報いるべきと感じた。
環はため息を吐いた後に覚悟を決める。宿儺も式神も知ったことではないが──
故に環は両掌を構える。伏せた左手を上に、仰向けの右手を下に据えた。そして形作られる『
上下の構造が混ざり合い、二重螺旋を描きながら前方へと伸びていく。
順転と反転を併せる術の粋。最強たる『
「『
甚爾の「好きにしろ」は「後は頼んだ」ということかも知れません。どちらにせよ、無視して逃げる選択は有り得ないと判断しました。恵連れて離脱するような優しさがある人物像ではなく、最後まで本人の知らないところで闘う方が彼らしいと思います。
式神の破壊は甚爾の持ち武器では望めず、環へ頼み事するならば、逃げるのではなく命を賭けて背中を見せる姿勢の方が効く……という彼なりの打算もあったかもしれません。少なくとも無意味に長生きしたいと思ってはいません。
屰:術式反転を式神へかけまくって抽出したエネルギーを圧縮。雫にして放つ極ノ番裏バージョン。塔よりも炸裂する威力面では優れている。銀竹の方は残骸的な意味合いが強いため、器としての利便性はそこまでない。
ガコンッではなくガゴンッなのは原作通りです。