特級不死 デッドムカデ   作:ゾエア

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縛りや術式について独自解釈があります。ご注意ください。



解体事変

 

 

「覚えているかな?世界から呪霊をなくす方法。どんな手段をとるにしろ、人類を一つ上の段階へと進めることになる」

 

 

 長い金髪を下ろした女性──九十九由基は羂索へと問いかけていた。それは生前の夏油傑へ向けた質問であったが、肉体を間借りする羂索も、同様に議論の意味を理解していた。呪霊は非術師が存在する限り生まれる。呪霊の生まれる根本的な原因へ対処する方法を九十九は考え続けていた。

 

 九十九がわざわざ話しかける理由は時間稼ぎのためでもある。彼女の協力者たるラルゥが救助等を行うためには時間が必要であった。夏油傑の好みを聞く機会が失われていることを、彼女はもとより理解していた。

 

 

「人類の未来(ネクストステージ)、それは──呪力からの"脱却"だよ」

 

 

「違う。呪力の"最適化"だ」

 

 

 特級術師二人の主張は真っ向から対立する。残念なことに、首を竦めて眉を寄せる九十九へ同調する者はこの場にいないようで。続けて彼女は呪力の最適化プランに潜むリスクについて触れていく。

 

 

「最適化プランには天元の結界が必要不可欠なハズだ。天元を利用するということは、呪力が最適化され術師と成るのは──この国の人間限定。呪力というエネルギーをほぼ日本が独占することになる」

 

 

 何事も独占する事によって価値が高まる。現代社会において多大な実権を握る国や、石油産出等のエネルギー源を手にしている国が新たなエネルギーである呪力へ飛びつかないハズがない。

 

 また、呪力によって他エネルギーの価値が損なわれる可能性も踏まえると、日本のみが独占する危険性と混乱は容易に予測できる。九十九はそのリスクに加えて、生身の人間がエネルギー源であることも加味し、最適化プランという()()を可能性から除外していた。

 

 

「それは私が描く理想とはかけ離れた世界だ」

 

 

「ハッハッ。それが何だ。そもそも目的が違う。私は呪霊のいない世界も、牧歌的な平和も望んじゃいない」

 

 

 羂索は九十九の描く理想に共感してはいない。羂索の目的は──

 

 

「"人間"という"呪力"の形。術師や非術師、呪霊も全ては"可能性"なんだ。だがまだまだこんなものではないハズだ──人間の可能性は。自ら生み出そうともしたが……私から生まれるモノは私の可能性の域を出ない」

 

 

 掌をじっと見つめながら、羂索は長々と語っていた。自ら生み出そうとしたモノとは──すなわち呪胎九相図。脹相達を含めた九兄弟も、彼らを産んだ特異体質の女性すらも弄びながら、羂索は身勝手に失望していた。

 

 好奇心の赴くままに、肉体を替えながら呪いを究める姿はまさに怪物そのもの。真人を祓われたために頓挫する程度の仕込みを羂索が企図するハズもない。

 

 

「答えはいつだって──混沌の中で黒くかがやいているものだ。分かるかい?私が創るべきは私の手から離れた混沌だったんだ」

 

 

「!!」

 

 

 羂索の足元から這い出てきた百足の群れ。それらは空中で渦を巻きながら圧縮されていく。環は目を見開いてその呪霊──自らの()()()()()()()の異変に気づいた。

 

 

「僕が死んでから生き返るまでの間。一旦主従関係が薄まる百足達を──呪霊として取り込んだワケか……!!」

 

 

 環の死亡時、シナズによって蘇生されるまでの僅かな間、術師と式神との主従関係は弱まる。命令を下されずに自律行動へ切り替わった式神は──()()()()()()()()()であった。

 

 本来式神を呪霊操術で取り込むことは不可能である。式神は呪力を消費して顕現しているうえに、術師が意識を失えば容易に崩れるモノがほとんど。

 

 しかし、環の式神は術師の死後も存在を保ち、術式をも行使可能である。さらに顕現する呪力は媒体から補完していた。ここで式神の特異性が裏目に出る。

 

 

 莫大な数に膨れ上がった百足の群れを一匹一匹把握管理することは不可能であり、損失と消費の採算をつける程厳格に管理もしない。脳へかかる負荷を考慮すると、その判断は決して間違いではなかったが……

 

 百足の群れは、普段シナズの体内に格納されている。故に取り込むどころか手出しすることすら羂索にとっては困難であった。

 

 環が多数の百足の群れを外へ出したまま死ぬこと──つまり、羂索が取り込めるタイミングは過去に一度のみ。それは姉妹校交流会における遁走時であった。

 

 羂索は"縛り"によって、環とその家族へ手は出せない。しかし式神である百足はその"縛り"に含まれていなかった。そのために、シナズ程重用することのない雑多な式神達──百足の群れだけを狙って取り込んでいた。

 

 

「正解。常に顕現し呪力を自己補完する君の式神は──呪霊により近い存在だ。シナズを狙おうにも近寄り難いから、末端の群れを拝借したよ」

 

 

「ここで見せびらかすってことは……もう仕込みは済んでるな?」

 

 

 自慢げに語る羂索へ、環は半ば確信した様子で問いを投げかけた。この程度の仕込みを怠るようであれば、とっくに肉体は環の下へ返ってきている。

 

 

極ノ番──『うずまき』

 

 

 圧縮された百足は高密度の呪力へと変わっていき、打ち出される──ことにはならず。黒く光沢のある雫へと変わって羂索の掌へ落ちた。刻まれた紋様へと染み込んだことで抽出された術式。地へ向けて発動する仕込みとは──

 

 

死蟠輪廻(しばんりんね)』!!!

 

 

「術式の遠隔発動!?」

 

 

「マーキング済の非術師に遠隔で『死蟠輪廻』を施した。虎杖悠仁のように呪物を取り込ませた者──それぞれの呪物に宿る魂を肉体に定着させた。そして──」

 

 

 結ばれた紐。呪物へかけた封印と結びついた紐を解くことで──

 

 

「……今、その呪物達の封印を解いた。マーキングの際、私の呪力にあてられて寝たきりになった者もいたが、時期に目を覚ますだろう。彼らにはこれから、呪力への理解を深めるため殺し合いをしてもらう」

 

 

 呪物達は羂索の厳選した術師の成れ果てだ。過去の術師を現代へ蘇らせるための仕込み。『死蟠輪廻』は呪物に宿る魂を肉体へと固着させ、死者をこの世に呼び寄せていた。

 

 

「本当はもっと多くの術師を用意したかったんだけど……真人は祓われてしまったからね。代わりに術式を借りた。礼を言うよ出戸環」

 

 

「……さっさと呪霊を取り込まない術師がいたんだろ。物見遊山してたのは誰だ?」

 

 

 皮肉たっぷりに返す環と、ため息をついて話を続けようとする羂索。話す内容から既にただならぬ状況が始まっていることを術師達は理解させられた。緊張を高めて、一斉に攻勢を仕掛けようとするも──

 

 

「まだ話の途中だよ。私が配った呪物は千年前から私がコツコツ契約した術師達の成れの果てだ。だが私と契約を交わしたのは術師だけじゃない」

 

 

 呪力の"起こり"。それは呪霊操術を行使する兆候であり、大規模な呪術を用いる合図でもあった。解放される呪霊達の量は術師達の想定を遥かに超えていく。

 

 

「まぁそっちの契約は、この肉体を手にした時に破棄したけどね。これが──これからの世界だよ」

 

 

 羂索の足元から黒い液体が広がった。そこから湧き出るように放たれる呪霊の大群。途切れなく現れる呪霊達の足音が地響きとなって連続する。

 

 噴出する呪霊達に紛れ逃げる羂索。なおも追い縋る虎杖悠仁。それを後目に環は怨敵へ布告する。全ては肉体を取り戻すため。環の目的ははじめからそれだけだった。

 

 

「またね出戸環。次に会うのは──」

 

 

「──薨星宮で。約束を果たしてもらおう」

 

 

 気軽に待ち合わせをするかのような会話。しかし果たす約束は呪術界の根底を引っくり返す代物だった。薨星宮で対峙する瞬間、両者の激突が必至であることは──()()()()()()()()()

 

 

 かくして渋谷事変は幕を閉じた。事変の終焉が招く破滅と混沌、急変する世界すら──環は意に介さないまま。

 

 

 


 

 

 

 呪術総監部より通達

 一、夏油傑生存の事実を確認。同人に対し再度の死刑を宣告する。

 

 二、五条悟を渋谷事変共同正犯とし、呪術界から永久追放かつ封印を解く行為も罪と決定する。

 

 三、夜蛾正道を五条悟と夏油傑を唆し、渋谷事変を起こしたとして死罪を認定する。

 

 四、虎杖悠仁の死刑執行猶予を取り消し、速やかな死刑の執行を決定する。

 

 五、虎杖悠仁の死刑執行役として特級術師乙骨憂太を任命する。

 

 六、出戸環を特級呪詛師として認定。同人に対し死刑を宣告する。

 

 

「ハハッ。僕に死刑宣告とは……笑えてくるね」

 

 

 ビルの一角。廃墟都市と化した東京を屋上から見下ろすのは特級呪詛師──出戸環その人であった。巨大な百足にもたれかかってくつろぎながら、通達を聞いてくつくつと笑みを浮かべている。

 

 ところが、彼の近くに人語を介する者は一人も見えない。通話する機器もないまま、虚空へ向けて一通り話したところで彼は立ち上がった。ようやく動く主人に対して、巨大な百足──シナズは姿勢を改めて巻き付き始める。

 

 

「一通り集めたら合流するか」

 

 

 眼下には犇めく百足の群れがあった。彼は都内の呪霊を百足へ変えて、シナズの体内に貯蓄する行動を繰り返していた。

 

 

 呪術界は羂索の引き起こした混乱に対応するため、呪霊の存在を一部公表した。東京にのみ発生する呪いとして説くことで、呪力の漏出は都内へ集中させている。もちろん、集中した呪力が積み重なることで都内では呪いが蛆のように湧くことになった。それをまるで収穫するかのように環は取り込み続けている。

 

 百足の総量は桁違いに膨れ上がり、殲滅されるような勢いで呪霊は数を減らしていた。結果的に都内の避難民の安全にも繋がっていたが、彼の目的は慈善活動ではなく、あくまでも──強敵との備えである。

 

 

 取り残された一般人を救助する程の熱意がある訳でもなく、環は冷静に自らのすべきことを見据えていた。そして都内へ入った術師達の存在を認識し、後の展開を考慮したうえで、彼らとの合流を目指すことに。

 

 

 真夜中の視界で、数少ない光源を見つけた環はなるべく刺激しないように歩いて向かった。パチパチと弾ける焚き火の音。照らされる四人の青年達の下へ環は姿を現した。

 

 

「お。僕の出番はなかったな」

 

 

「出戸……!!」

 

 

 目を見開いたのは先刻まで眠っていた虎杖悠仁であった。彼は死刑執行人として現れた乙骨憂太との戦闘の末、一度殺されている。反転術式によって瞬時に蘇生を行われた彼は無事に目を覚ましていた。

 

 

 虎杖は百足の群れが呪いにだけ襲いかかる姿を都内で目撃していた。しかし、虎杖が持つ環の認識は──事変の終局において敵対していなかっただけの呪詛師。現在敵対しないどころか、寧ろ友好的な雰囲気で現れた事実。それに混乱する虎杖へ向けて、環は順を追って説明を始めることにした。

 

 

「乙骨と伏黒から聞いたろ?あの縫い目が大々的に()()を始めて、今や呪術界の上層部は腐りきった傀儡状態。色々と複雑な事情はあるが……共通の敵が存在することも事実だ。今のところは──」

 

 

「──同盟を結ぶことにした。九十九さんが僕達と彼の仲介役に回ってくれたおかげだよ」

 

 

 九十九由基は環の家族であるラルゥと協力しており、その縁も合って敵対を避けられたことを乙骨が付け加えた。

 

 高専へ襲撃した環の行為を覆すことはできないが、かといってお互い争っている場合でもない。既に新たな呪術テロは始まっていた。羂索の仕組んだ術師による殺し合い──"死滅回游"。その平定のために動く高専の面々と、羂索との決裂が待っている環はお互い手を組むことに。

 

 

「情報を共有しておく。加茂憲倫や夏油傑、彼らの肉体を転々とするあの縫い目がついた呪詛師。名前を──羂索(けんじゃく)という。ヤツの狙いはある程度予測がついている。だが獄門疆については詳しく知らん。それが知りたいんなら──」

 

 

「天元様との接触が不可欠……か。それは分かった。羂索の目的と今後の出方については?」

 

 

 環は高専への襲撃後、天元から情報を得ることに成功していた。羂索の狙い──すなわち人類と天元との同化。五条悟封印を済ませた羂索の出方を環は予測していた。また、再び天元と接触し協力関係を結ぶことは環にとっても不可欠であった。

 

 伏黒は死滅回游を平定するために必要な敵の情報を集めることを優先する。呪詛師である環への現在の対応は呪術規定に則ったものではないが、事態は逼迫しているために。

 

 

「羂索の目的は天元と人類との同化だ。そのためにヤツは天元と日本人の両者へ干渉してくる。大規模な呪術テロである死滅回游は恐らく後者──日本全土の人類へ呪いをかける儀式だろう」

 

 

「天元……様にも干渉するって──具体的にはどうやって?」

 

 

 環の語る推理について虎杖は口を挟んだ。敵の具体的な方法を知っていれば防ぐことが可能である。故に彼らがその術を知ろうとすることはおかしくなかった。

 

 

「呪霊操術だ。天元は昔の()()()()で人間をやめて、今や肉体の組成も変わったらしい。結果的に呪霊操術の術式対象になってしまった。羂索が天元を取り込み、死滅回游も終えれば同化によって人類は一つになる。まず間違いなく現代社会がロクなことにならない」

 

 

 夏油傑の肉体に刻まれた術式。羂索はそれを用いて天元を手中に納めようとしている。その事実に目を見開き反応する四人。

 

 獄門疆の情報も必要な彼らがこれ以上の答えを得るためには──

 

 

「さっさと高専へ行こう。今なら羂索に怯えて震える天元が見られるかもな」

 

 

 


 

 

 

 九十九由基と禪院真希の二人と合流した一行は、天元の"隠す"結界を超えることに成功した。

 

 脹相の術式の副次効果によって、忌庫に残された九相図達の亡骸を感知することが可能であった。薨星宮へと続く道の途中にある忌庫──そこへ声をかける脹相の表情は穏やかなまま。

 

 

 大きな駆動音を鳴らす昇降機で地下へ降り、向かう先には薨星宮本殿があるハズだった。ところがトンネルを抜けて視界に広がったのは──何もないまっさらな世界。意味することは天元からの拒絶の意思だ。

 

 結界術によって閉じられた薨星宮を目にして思わず悪態を吐く九十九。それを後目に環は虚空へ向けて話しかける。

 

 

「約束は守ってもらおう。五条悟が封印された──この意味が分からない程老いぼれたか?」

 

 

「……分かっている。初めまして。禪院の子。道真の血。呪胎九相図。そして、宿儺の器」

 

 

 突然姿を現した異形から聞こえた声。緑灰色の縦長い頭には四つ目が備わっていた。おおよそ人らしくないこの人型こそ──天元。初対面の挨拶を受けた各々の反応を余所に、九十九は鋭い目つきのまま返事を向けた。

 

 

「私達に挨拶はなしかい?」

 

 

「君達は初対面じゃないだろう。九十九由基。出戸環」

 

 

「……まぁ土産話もそこそこにして本題に入ろうか。羂索の動向と、獄門疆の解き方。知っていることを話してくれ」

 

 

 事態の収束を目的とするうえで聞き出したい二点の回答。環にとってそこまで必要な情報ではなかったが、同盟相手に気を利かせて、天元へ話しかける程度のことは行うようだ。

 

 

「勿論。羂索の動向はある程度出戸環から聞いているだろう?まずはあの子が仕組んだ死滅回游について話そう」

 

 

 死滅回游とは、人類と天元の同化前の()()()であった。術師達の殺し合いによって生じる呪力、そして日本各地に張った結界と結界を結ぶことで描く長大な境界線。それらを用いて日本の人間を彼岸へ渡す儀式を行うことが死滅回游の狙いである。長々と語る中で発した誰かの疑問にも、天元は穏やかに答えていた。

 

 天元は続けて五条悟解放の鍵となるものを空間から取り出した。

 

 

「五条悟の解放。そのために必要な──獄門疆『裏』だ」

 

 

 取り出したその立方体のある一面には一筋の傷と縫い目が備わっていた。この獄門疆『裏』の中にも五条悟は封印されている。しかし、あくまでも開門の権限は表門の所有者──すなわち羂索が持っており、開門を待たず裏門から抉じ開けるためには、強力な封印術式の効果に干渉する(すべ)を必要とした。

 

 抉じ開けることにさえ成功すれば、五条悟は復活し、事態の収束は目前に迫るだろう……と前提を語ったうえで、天元はさらに術式効果の解除方法を挙げていくのだが──

 

 

「術式効果の強制解除、及び相殺する呪具は全て失われた。少なくとも日本にはもうないが……まだ一つ手はある。受肉した過去の術師の1人。『天使』を名乗る彼女の術式は──()()()()()()()()()()()()。その術式を用いれば裏門を抉じ開けることが可能だ」

 

 

 死滅回游の平定と並行して天使の捜索も必要であった。ルール追加のために行動する者、人手集め、呪具集めに奔走する者など、各々が方針をまとめて動き始めたところで、九十九は天元へ待ったの声をあげた。

 

 

「羂索は天元(オマエ)を取り込むために此処へ乗り込んで来るんだろう。護衛する者はどうする。羂索の相手は──」

 

 

「──僕が残る。天元と結んだ約束もあるし。九十九……あんたもお話していくかい?」

 

 

 環の返事に対して、九十九の脳裏に浮かんだのは渋谷の惨状だった。出戸環は結果的に特級呪霊3体を祓除し、渋谷の地に巨大な戦跡を残している。桁違いの破壊力と圧倒的な不死性。味方であるうちは心強いと捉えていたが、環自身の目的も今ひとつ釈然としないまま、呪術界の要に護衛として置くことの是非を彼女は思考していた。そして──

 

 

「私も乙骨君と同様、ひとまず結界(コロニー)入りを予定しているんだけど……少し天元と話しておきたくてね。いいかな?出戸君」

 

 

 言葉なくジェスチャーで環は了承の意を示した。言葉にするとしたら、『どーぞお気になさらず』といった様子で。

 

 

 しばらくすれば各人が薨星宮から外へ出て散らばっていく。残った二人のうち、九十九は空性結界の一部屋に招き入れられ姿を隠した。

 

 残った環は独り歩き始める。向かう先は薨星宮本殿の大樹。その根元に横たわる人型は丸くなって眠る天元の姿。この眠る姿こそ天元の本体である。それに触れ──()()()()使()()()

 

 

死蟠輪廻(しばんりんね)

 

 

 ザワザワと音をたてながら変異が始まる。緑灰色の表皮が少しずつ膨張して、全体的なシルエットが大きくなっていった。

 

 最早原型を留めない程に人型は膨れ上がっている。横たわる肉体の背に当たる部分──そこに一筋の切れ込みが走った。そこから空気が抜けるように呪力が放出されると、同時に肉体が萎んでいく。

 

 しばらくもぞもぞと蠢く緑灰色の肉塊。すると、背中の切れ込みが縦に伸び、そこからずるりと飛び出したのは──

 

 

 腰にまでかかる紫がかった長髪。よく通った鼻筋と、気だるげに開かれた赤い眼が顔の比率と絶妙に調和している。その目元にはやや小さいもう一対の赤眼が備わって、四つ目の面影を残しながらも恐ろしい印象を与えない。緑灰色の肌は人でない証でありながらも、所々に覗かせる紫の紋様が艶めいて怪しい光を返していた。

 

 

 用いた術式──『死蟠輪廻』は確かに不死の肉体へ干渉していた。しかし天元の持つ不死の術式と、進化した肉体。そして百足へと変わる過度。それぞれが干渉し混ざり合うことで起こった現象は──

 

 

「……ババアの若作り?」

 

 

「君の趣味だろう?」

 

 

 特徴だけを捉えれば妙齢の美女でもあった。肌の色や四つの目、明らかに発達した一対の牙などを見れば人間ではないことも確かである。

 

 環が過去に会った"喋る親指"とは似ても似つかない姿。見開いた目と思わず口に出した言葉に天元はすかさず皮肉をぶつけていた。

 

 

「いやいや、僕の想定では百足婆さん、もしくは婆さん百足になるハズだったんだ。脱皮を重ねて老いたような巨大百足を見れると思ったのに……」

 

 

 環はシナズと見比べながらそう弁解していた。彼の予想する巨大百足。日本の結界を維持するに相応しい姿の、薨星宮を根城にする凄まじい代物を生み出すハズであったようだが、結果はまるで別のもの。

 

 天元は結界術を操り手鏡を取り出した。後頭部へ手を当てて物珍そうにする表情が鏡面に映し出される。顔の目鼻や口などの部位は黄金比率で備わっていた。

 

 

「……なるほど。結界術の行使にも支障はない。そして、確かに君との主従関係は出来ているな。これならば──」

 

 

「術式の行使という条件は満たされた。こんな姿になることは想定してなかったな……まぁいっか。約束通り天元(オマエ)の役目は継ぐよ。と言っても、結界維持は相変わらず式神となったオマエに任せるんだけど」

 

 

 天元の後継になる"縛り"。と言えども、術式を行使した天元の成れ果ては、今や環の式神でもある。それ故に高い結界術の練度を持つ彼女がそのまま結界を維持することは変わらない。

 

 重要なことは、式神と化した天元を用いて変わらず結界の維持を続ける──という確約であった。そのために結んだ天元との"縛り"。第二の羂索として天元を操ることなどないようにと結んだ保険でもあったが──

 

 

「五条悟の封印後に天元への術式行使を終える。これで条件が満たされた。ようやく決着をつけられる……!!」

 

 

 環は天元とだけでなく、羂索とも"縛り"を結んでいた。

 

 五条悟を戦闘不能に追い込んだ後に天元へ術式を行使する。この条件を満たせば、羂索は代わりの肉体へ移り、元の肉体──すなわち夏油傑の肉体を環へあけ渡すことを約束していた。

 

 

「何故私への術式行使を優先した。条件を満たすまで羂索は君達家族へ手出しできない。条件を満たした今、あの子は君と思う存分戦える。これでは自らを窮地へ追い詰めるようなものじゃないか?」

 

 

「羂索の視点に立ってみなよ。自身が手出ししたら"縛り"のペナルティを受ける敵。それが目的のブツを護衛してる。そうなると、羂索本人が此処へ出張って来るわけがない。もっと強い他の術師を僕へぶつけるだろうな」

 

 

 環が先んじて条件を満たす。そうすれば羂索は環と戦闘可能な状態で薨星宮へ攻め入ると。勝ち筋をわざと見せることで敵の動きを予測し制する──夏油傑のやり口でもあった。背水の陣とも言えなくはないが。

 

 

「少なくとも、羂索が素直に肉体を渡すことは有り得ない……か。おびき寄せるためにわざと条件を満たしたのは分かった。しかし相手は私に次ぐ結界術の使い手。この薨星宮の封印もいずれ解かれるだろう。千年もの間、暗躍し続けた羂索に……勝てるのか?」

 

 

「随分弱気だなぁ。勝てるかじゃなくて──勝つんだよ」

 

 

 爛々と赫く双眸と不敵な笑みがその胸懐を物語っていた。

 

 

 

 

 






ヒロインは天元様です。
もうすぐ本作は終わります。最後までお楽しみください。
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