特級不死 デッドムカデ   作:ゾエア

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精神的に不安定な方やペットを看取るシーンが苦手な方はこの先読むことをお控えください。くれぐれも故意に傷つける意図はありません。ご注意ください。


スキャット・ハンド

 

 

 生後12ヶ月は過ぎた──施設に保護された日を誕生日と扱う──ことで肉体年齢がようやく一歳となった。現在入所している乳児院では一歳未満の乳幼児を養育するようだ。つまり、僕は一歳になるとエスカレーター式に児童養護施設へと移されることになった。乳児院にいる間、僕の里親が現れることもなかったみたいだ。

 

 

 半年前の一件で死から帰還したこと。それのおかげか、力と百足の操作にますます磨きがかかった。見えない力や百足に夢中なその姿は客観的にどう見えただろうか。それに加えて、先天性の疾患治療を終えた体には後遺症もあった。独特な黒い痣が顔や手には走っており、成長・発達も他の幼児に比べて乏しい。

 

 そんな状態の僕に里親が見つかることは期待していなかった。生きるために僕は母を捨てて逃げたし、母は産まれ堕ちた僕と目には見えない百足を恐れた。死人が出ないだけまだマシな出産だったのだ。その後僕は1回死んでいるのだが。ともかく、今更親が必要だとは思っていない。今はただこの異常性を制御することが重要だと自分に言い聞かせた。

 

 

 新たな家となるのは児童養護施設だ。入所している子供達は年齢こそバラバラだが、その中では僕が一番幼い新顔。1歳の僕は、さぞや皆から可愛がられるかと思っていたが──そんなことなかった。

 

 

 死へと触れたことで精神が歪んだとでも言えばいいのか。前世で培われた倫理観のようなものと、今世の肉体で育っていくはずの価値観が食い違い始めた。

 

 通常、1歳から3歳までの時期は幼児前期と呼び、その時期では歩行といった運動能力や社会性・言語の知識が育っていく。

 

 しかしその時期で見られる、ある種の子供らしさや、たどたどしさといったものを僕は持ち合わせていなかったのだ。何せ育てるはずのものは既に知識として頭に入っており、それを再現できないもどかしさだけが募るような現状である。あどけなさを上手く表現しているのはせいぜい小さな体ぐらいのものであった。

 

 舌足らずながら落ち着いた声色と、歩行や運動に無言で取り組むストイックさは端的に言うと──不気味に見えた。おかげで印象はかなり悪いものになってしまった

 

 

(……孤立するのは良くない。健康にも悪いし。まずは舌足らずな子供ボイスで心を掴むか。そうすれば余裕だ。きっと大丈夫…!)

 

 

 話しかけるところからやり直しだ。こういう時は先手を取るに限る。顔を合わせたのは年上の……誰だろうか?少なくとも僕より背丈は大きい女の子みたいだ。話しかけてみると──

 

 

「なにしてるー?」

「…う、ゔ、ゔえ゙え゙え゙っ!!」

 

 

 ──突然の号泣。続けて周りはパニックへと。女の子は嗚咽のせいで吐きそうになっていた。職員が駆けつけて子供達を落ち着かせていくなか、僕には心当たりがあった。自立状態にして僕にまとわりつかせている──百足の存在だ。こいつの存在を感じて泣き出したあの新生児達の時と似ている。

 

 

(見える訳じゃないけど、何か感じるのか。それで泣き出すとなると、他の子供達も──)

 

 

 周りの子供達からは目を逸らされる。ようやく視線を1人に合わせると、また怯えと涙が目に浮かび始めていた。僕と近しい年齢の子供達とは仲良くしない方がよさそうだった。少なくとも大人よりは存在を感じ取ってしまう。仕方なく一人遊びに興じることにする。

 

 お化けは目が合うと寄ってきてしまう。そうなった時に百足無しでは心細いため、百足を他所に追いやって子供達と仲良くする──という発想はなかった。コイツは頼りになるのだ。今の僕にはまだ必要な存在。それに、あの蘇生の力を調べなければならない。他の幼児がいないことは、これから行う検証に都合が良かった。

 

 

 検証その1。そもそも自分が死んでみて、生き返るかどうかの検証はしたくなかった。無事に終わる保証もない。そこで、自分についていた傷に試してみる。歩行練習で転けた擦り傷に対して、力をこねくり回してみたが──治る気配はなかった。体を治したりする感じの力ではないようだった。少し残念。

 

 検証その2……と、その前に百足の触角が視界の端で騒がしい。珍しく自己主張している。助手を務める百足に対して、マニュアル操作で落ち着かせようとするが──その顎肢(がくし)に虫の死骸を挟んでいることに気づいた。とりあえず手のひらで受け止める。幼児の手のひらに収まる小さいものだった。

 

 

「キミなかなかきようなことするね……こいつが?どうしたの?」

 

 

 百足とは具体的な会話などをしたことはなかった。そもそも自分の感覚で動かせるため、人形遊びじみた感覚になるからだ。しかしこの百足はなかなか知的な蟲である。信用に足るこの助手に続きを促すと、百足に宿っている力が消費される感覚がして──

 

 

「──おお!」

 

 

 手のひらでモゾモゾと動く感覚があった。息を吹き返したのだ。こういった節足動物が死ぬと関節は固まり、脚を一様に曲げる特徴的な死骸を見せる。つまり、明らかにこの虫が死んでいた事は分かっていた。しかしそれが百足の力によって動き出した。それはつまり──この力は他者にも使える?

 

 

 早速自らの手でも試すことにした。次の検証は確実に死んでいることを条件づけたい。そこで、庭の石をひっくり返して生きた小虫達を集めていく。さらに集めた小虫から無作為に選んだ1匹を──

 

 

「やれ」

 

 

 ──百足で殺す。たった今生きていた虫は確実に目の前で命を終えた。部分的に動く反射的な痙攣もない。それを確認したところで、力を死骸に向けて放つと──当たった力は死骸を砕いてしまった。

 

 

「んー?さっきとはちがう。どうちがうんだ?こわすだけ?そもそもこれとばせたっけ?」

 

 

 舌足らずな僕の声で独り疑問を零していた。続けて百足に命令して他の虫の死骸で再現させたり、自分の力を流したりしながら検証を続けた。虫の死骸は数を増していく。一通り試したことでついに確信を得られた。

 

 

(──ようやく掴めた!この感覚はただ力を流すだけじゃなくて……なんというか、頭を使ってる感じだ!)

 

 

 力を流し込むことで、その部分が固くなったり強くなることは知っていた。しかし力だけを飛ばして当てれば、物体が衝突したような結果になる。その量に比例して破壊力も増すようだ。また、蘇生の力を再現するには──頭を使う独特な感覚で力を扱うことが必要だった。まるで脳内で演算・計算するような…上手く言語化は難しい。しかしそれに近い脳の疲労感はあるため、結構いい線いってるはずだ。達成感に浸っていると、背後から声をかけられた。

 

 

「……た、たまちゃん…?何してるのかな〜?」

 

 

(……実験に夢中になってしまった…というかっ!今の僕って傍から見たら──)

 

 

 ──虫の死骸と戯れている幼児だった。それも潰した後の体液と、生き返って胴体だけで動く虫の姿もセット。間違いなく只事ではない──イカれた様子だった。若干震え声になっている職員に強く手をひかれて建物へ連れ戻されてしまった。幼少期に小動物を解体していた、というシリアルキラーのエピソードを思い出しながら。

 

 

 


 

 

 

(腫れ物扱い……まぁしょうがないか。)

 

 

 あの後生き物の絵本を読まされて注意を受けてしまったが、僕の精神は揺らいでいない。時は流れて、僕はもう5歳になったのだ。度々施設から脱走を繰り返す僕を、職員も児童たちも持て余していた。最初こそ1人で暇してたのを構ってもらっていたが、そういった動きもすぐ下火になった。

 

 

 まず見た目だ。紫がかった髪の毛は適当に伸ばされており、顔や首、腕には黒い斑が見える。眼は赤く染まっており、絵本に出てくるお化けみたいと怖がられてしまう。上背は相変わらず伸びが悪く、同世代どころか年下にも追い越される始末。

 

 孤立した状態で虐めを受けてしまえば間違いなく死活問題だ。それに施設内で立場が悪くなれば影響もストレスも大きいはずだ。案の定、見た目と不気味さで排斥し、それが嫌がらせに続くことも過去にはあった。

 

 対応はシンプルに徹底抗戦だ。こちらには不可視の百足がいる。隠した物も振るった暴力も全て無為に終わり、それ以上の反撃が見えない存在から返ってくる。そんなことが続けば、いつしか誰も近寄らない存在へ──という顛末だった。

 

 

 親しい人間もいない生活だったが、案外平気なものだった。そんな僕は今日も施設から抜け出している。行き着く先は──近くのお化け屋敷と言われる廃屋だ。既に勝手知ったる家のようなもの。百足に巻きついてもらって壁を這い上り、2階の窓から侵入する。こういった時にもかなり便利なヤツだった。

 

 日の光が差し込む室内。奥の暗闇から軋む音が聞こえた。キイキイと鳴る床の音が近くまで寄れば、光を反射する丸い目が妖しく動いて──

 

 

「にゃーお」

「おはよ。」

 

 

 挨拶を交わした。差し込む光に当たったのはキジトラ模様の野良猫だ。僕にも──百足の存在にも怯えることなく、ヨタヨタとした足取りで近寄ってくる。僕のお腹に体を擦り付けるのは匂い付けだろうか。少なくとも嫌われてはいなかった。

 


 

 最初ここに訪れた時は、あからさまに()()ことに気づいたため、中へと入ったのだった。予想通り、まあまあ大きいサイズのお化けがいた。僕との体格差は歴然だったが、百足の膂力の前では無駄に終わった。小さいお化けとの差を試してみたくて、蘇生の力を使ってみれば──やはり息を吹き返す。お化けたちは頭を潰せば簡単に死ぬが、この力を事前に使っておけば、ヤツらは頭を生やして復活するのだ。何度も潰すと結局力尽きるのだが。

 

 百足を使って幾度か潰せばデカいお化けもついには塵となった。ようやく死んだお化けを後目に、ここを秘密基地にでもしようかと画策していると──件の野良猫に出会ったのだ。

 

 

「にゃ」「……ねこだ。」

 

 

 痩せ型の猫。足取りは大人しいものだ。動物は結構勘が良くて、百足とかお化けには反応することが多いが、コイツは平気な顔で近づいてきた。お化けを仕留めた僕達に何か思うところでもあるのだろうか。こういった廃屋はお化けも寄りやすそうではあったが、野良猫の住処や子育ての場所にもなる。

 

 そのニッチが重なるお化けがいなくなったことを喜んでいるのかもしれない。邪魔なヤツが死んだことを。その割には僕になつっこく寄ってきたが、コイツは案外鈍いところがあるのかもしれなかった。

 


 

 第一印象は上々だった。百足にもビビらない小動物だ。恐らくかなり図太い性格。毛並みは少しぼさついており、毛繕いが捗っていないらしい。仕方なく背中を軽く撫でれば──抜け毛が舞った。

 

 老齢の猫は毛繕いが下手になるし、筋肉が落ちて全体的に細く見える。少し酸っぱい臭いは口臭のせいか。高く軽やかに跳ぶような動きはなりを潜めて、顔には目ヤニが目立ち始める。これらの特徴を一通り備えていたため、このキジトラ模様の野良猫は恐らくかなり歳を重ねている。

 

 いつもの定位置に陣取ったそいつの隣に僕も座り込んだ。周りを百足が囲うように動くが、それにも反応を示さない。顔を覗き込んで見れば──

 

 

「……もうねてる。」

 

 

 いつもこの調子だ。僕と出会った時から、だんだん眠る時間が増えた。百足が動いても意を介さないのは、コイツの勘が鈍っているからかもしれない。

 

 

 ここが僕の居場所だった。埃っぽい秘密基地に老いた猫が1匹。施設をたまに抜け出して訪れる先で色々試してみたが、落ち着く場所や他者との触れ合いが、この幼い肉体には必要だ。他者と言っても猫ではあるが。

 

 

(……?)

 

 

 ──違和感。寝息が聞こえない。ときたま動かす尻尾が当たる感触もないようだ。隣に視線を送ってみれば……穏やかな猫の寝顔。眠っているような。

 

 

「……おーい……ちょっと……まって……!」

 

 

 軽く触れる。背中を撫でる。頭頂部を掻いても、肩を揺さぶっても反応を返さない。小さな腕の中になんとか抱えると、思ったより軽い手応えがあった。

 

 

「……おいてかないでよ。」

 

 

 虫に使ったように、お化けに使ったように、いつも通り力を使った。

 

 使()()()()()()()

 

 すると猫は目を開く。その心臓はゆっくりとだが一定のリズムで動き続けていた。上手くいったと、ほっと一息つくがそれも長くは続かなかった。

 

 老猫に見られる腎臓や肝臓の疾患。老化によってもう働かないそれらの内臓は、血液中の有害な代謝産物の解毒や除去を困難にした。それらが引き起こすのは──痙攣発作だ。

 

 

「──っ!」

 

 

 腕の中で暴れる痩躯。無造作に動かした爪が皮膚を引っ掻いて痕を残した。発作はある程度すれば落ち着いたり、そのまま力尽きることもあるが……それは長く続いた。

 

 

「ご、ごめんっ!ねてたのに!ねむったままだったのにっ!!ぼくの、ぼくのせいで……!」

 

 

 虫で試して分かっていたはずだった。頭を潰してどれだけ動くか。既に死んでいるはずの肉体に残るのは──苦痛と()()()()()だった。効果が切れるまで、注いだ力に比例して長くなるその時間では、奇跡的に内臓が治って元気になるなんてこと……ある訳もなく。

 

 

(僕もこうなってたんだ…!!生き返っても、治る訳じゃない!!ずっと苦しんで……!!)

 

 

 どれほどの時間が経ったのか。穏やかに終わるはずだったその生は、夕日が差し込む頃になると、暴れるのをやめてしまった。腕や服に引っかかって傷痕が無数に残る中、ソレは口元に泡を付けて目を見開いたままの姿だった。

 

 

「……」

 

 

 廃屋傍にある庭。その一角に百足を使って穴を掘った。傷だらけの腕の中に収めた体は既に硬くなり始めていて──もう力を使う気にはならなかった。優しく横たえてあげて、上から土を被せていく。百足を使えばものの数分で終わってしまった。柔らかくなったそこの土の上には大きめな石を置いてあげた。

 

 

(あの時に送ってあげたら良かったんだ。きっと、最初に会った時もあそこで眠りたかったはずで…そのまま…)

 

 

 死んでほしくなかった。生きていてほしかった。けれどあいつは──眠りたかったのだ。僕がそれを奪ってしまった。一緒にいてほしかった。傍にいてほしかったのだ。この肉体も、前世の価値観も、ずっとそれを欲していただけのことだった。

 

 

「──っ」

 

 

 おもむろに巻きついてくる百足。いつもより少し強い力だったが、ふらふらと薄れ掠れていく現実感を留めておくにはちょうどよかった。

 

 

「……おいていかないで」

 

 

 零れた本音は百足に届いたのだろうか。それを留めておく手段は。この百足は産まれた時からずっと一緒だった。ずっと一緒に、死なないように……

 

 

不死(シナズ)。シナズ。シナズは……ずっと一緒に居て。」

 

 

 名をつけた。本能的に取ったその手段は、百足──不死(シナズ)の存在を世界へ縫い止めることになる。

 





虫やお化け相手に表れる残虐性と、子供達と仲良くできない社会性の欠如。その一方で自らの居場所を求める幼い本性。全て肉体に引っ張られているためです。環くんは気づいていませんが。
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