「……里親?僕の……ほんとに?」
急遽見つかった里親の知らせ。もうすぐ僕も8歳になる。相変わらず背丈は伸び悩んでおり、背の順で整列する場合は、いつも1番前に並ぶ程の低さだ。そんなチビの顔には黒斑がついており、そいつは養護施設から小学校に通っている。これらの条件が重なれば、ヤンチャな子供達に少しばかり目をつけられてもおかしくなかった。実際軽いちょっかいは出されていた。
背丈について馬鹿にされた程度のことでは怒らない。しかしどこからか聞きつけたようで、黒い痣についての知識を揶揄しながら語られることがあった。僕が病気持ちだとか……汚らしいだとか。そう宣ったヤツらは立て続けに
(……何処に行っても変わらないや)
そういった噂はすぐに広まるもの。あいつに関わると呪われるとか、黒い痣のことを聞くと死ぬとか……小学生から避けられることにも慣れ始めていた。小学校で習う程度の知識は何故か頭に入っていたため、授業中は退屈だった。そのため、よく学校を抜け出しては適当にほっつき歩くという──いわゆる問題児へと化していた。養護施設側はお手上げ状態なのか、もう僕の行動にはノータッチで。脱走を繰り返す社会性
つまり、里親が養子に迎えたいと思うような人物像をしていない。そんな僕を引き取ろうとしている──奇特な家族があるらしいのだ。正直疑わしい。こちらは天涯孤独の孤児だ。
「ま、補助金も出るみたいだし、それ目当てかな…?」
里親制度は養子縁組と違って法的な親子関係はなく、期間も18歳までの一時的な養育だ。しかし国からの補助金が出るという違いがある。
そんな現実的な下心を推測しつつ、施設まで来た里親候補との顔合わせに向かった。
(施設の人から、僕の噂は絶対聞いてるでしょ。心霊現象とか痣とか色々。さーて、どんな顔してるかな──)
「環君……かな?聞いてた通り、利発そうねぇ。」
「大椋さんから聞いてたかな?ウチの子になるんだよ〜。」
意外にも歓迎ムードのようだった。僕の顔を覗き込んで、痣を見ても特に気にしていない。ずっとにこやかな顔をしている。身構えていたこっちがなんだか恥ずかしくなってくる。大椋とは施設職員のことだ。あまり顔と名前は覚えていない。シナズは未だに警戒態勢で僕の体をぐるぐる巻きにしていた。
「……
「ご丁寧にどうも〜!私は斉藤真美です。こっちが誠。」
「よろしくね。」
なんだか圧を感じる。元気な人特有のオーラと言うべきか、はきはきと喋るその雰囲気に押されてしまう。しかし、この家の空気に悪感情はなさそうだった。これなら僕も落ち着いて居られるかもしれない。居心地が悪いからといって、好き勝手に動くのも良くないことだろう。周りに合わせる努力を覚え始めてもいい時期だ。この出会いはそのきっかけになりそうだった。
顔合わせを問題なく終えて、手続きを済ませた後。ついに僕の新たな家へ向かう日が来た。僕の荷物が少なかったせいか運ぶ時に驚かれたが、それは養護施設に居たからだ。あの施設のような仮のものではなく、僕にもようやく帰る家ができるのだ。学校も変わるので、もう一度友達を作り直す機会があるかもしれない。年相応の幼い感情が弾んでいたが、それは決して悪いものではなかった。車に乗り込み家へと出発した。
(……?)
ところが、僕を乗せた車は随分田舎の方へと向かっていた。少なくとも周りに住宅街は見当たらない。不思議そうにキョロキョロと見回す僕を里親達はにこやかに宥める。
「大丈夫よー!あの方が見つけてくださったんだから!!貴方のこと!!お呼ばれされたのよ!!」
「そう。すごく光栄なことだから!!ちゃんと連れて行くからねっ!!」
「あの方……?あの、よく分かんないんですけど、家には行かないんですか?」
「家?そこが君の新たなお家なんだよ!?"
(──っ!やっぱりマトモな家族じゃなかったんだ……!!)
寒気立つ僕とは裏腹に、二人はにこやかなままだった。いや、その笑顔は不自然なまま固まっているようだった。僕との会話も噛み合わなくなっている。上擦った声は声量が大きすぎて、若干耳が痛い。
移動中の車内であっても逃走に問題はない。今もシナズは僕の傍にいる。走行中に窓を破って飛び出すことは容易い。それほど僕の力とシナズの制御は完成されている。力を体に纏えば、アスファルトで転げても傷一つつかないだろう。
(逃げる……?でも何処に?誰も受け入れなかったのに……誰にも受け入れられなかったのに。)
そうこうしてるうちに車は止まった。到着した場所は──大きな会館のようだった。人を大量に集められるそこは典型的な新興宗教の施設に見えた。その建物の中に用があるみたいだ。件のあの方とやらもそこにいる。止まっていた思考を再び動かす。優しく手を引こうとする二人の前で考えを続けた。
(今の僕は怪しい宗教に連れて行かれる子供だ。でも今更施設に、学校に戻ってどうする?どうせ独りのままだ。それなら信者になる方がマシか?シナズを使えばそれっぽいハッタリもできるけど……)
力を纏えば僕自身もそこそこ力が出る。シナズが本気で力を振るえば、人間程度簡単に裂けるし容易く頭を潰せる。僕を守りながらでもそれは同じだ。シナズの存在は、僕が追従の選択肢を取るきっかけになった。未だ警戒を怠らずに最悪に備えて、近くの林に逃げ込むことを検討する。結果だけ見れば、楽観的に捉えてついて行く形になったが、相棒がいれば何も怖くはなかった。
建物に入ってから、廊下の先にある部屋の扉まで案内される。どうやら二人の案内はここまでのようだった。この人達は、本気で僕と家族になれると思ってここに連れてきたのだ。そうなると少し憐れに思えたが、すぐに思考を切り替えた。まずは顔を見ないと始まらない。どうせ帰るところが前と変わったくらいだ。少しヤケになりつつある僕は扉を開けて部屋に入ると──
「待っていたよ。出戸君。」
「……」
後ろ髪を長く伸ばし、袈裟を着た男。細い目は穏やかに視線をこちらへ送っていた。特徴的な前髪を一房前に垂らしており、福耳には黒い耳飾りがついている。口角を上げて典型的なアルカイックスマイル。その第一印象は──凄く胡散臭い。
「私達は家族なんだ。そう気を立たせることもない。」
「……僕に家族はいませんよ。」
とりあえず反応を返した。ものすごく胡散臭いこの親玉──恐らく教祖?──との面談を続けなければ状況も飲み込めない。
「いいや家族さ。君、見えてるだろ?それに──
「……!!」
巻き付かせていたシナズをハッキリと捉えていた。今まで勘づいた者はいたし、お化け達は見えていたようだが、一見人間に見えるこの男も恐らく──見えている。それも、僕より色々と詳しそうだ。持っていること。それはこの力だけではないアレのことも……!!
「おっと。君のことばかり暴くようで申し訳なかった。私の名は
「じゅじゅつし……」
恐らくこの力を扱えたり、お化けやシナズ等を視認する者達のことだろう。この人──夏油はこれらの概念を体系的に知っているかもしれない。今は穏やかな雰囲気を保っているが、事態がどう動くかは分からないのだ。知識量では勝ち目が薄く、かといってこちらから仕掛けるには、経験を含めてあらゆるものが足りない。そうだとしたら……
「……分かりました。家族でいいので、話を続けましょう。」
「──良かったのかい?君の式神はやる気みたいだけど。」
シナズの触角は相手を一心に捉えていた。それは通常、空気中の情報を捉えるセンサーの役割を果たす。振り回して効率的に情報を受け取るのがセオリーのはずだが、今は眼前の夏油の姿を離さず捉えていた。本気の警戒だ。そしてそれに気づかれている。
「コイツは言うこと聞いてくれるので構いません。手綱は握ってます。」
「そのようだね。ではどこから話そうか……そうだっ。この団体──というよりも、私の大望から話そうか。」
「非術師を皆殺しにして、呪術師だけの世界を創るんだ。それが私の望みだよ。」
(──狂人じゃないかっ!!)
最悪だ。この穏やかな手合いの話は間違いなく狂気のソレだった。思わず表情筋を引き攣らせた僕を見て、すかさず彼は続けた。
「呪術について説明しようか。君も知りたがっているようだからね。人間の負の感情から生まれるエネルギー。この流れ出るものが──"呪力"だ。」
手に纏わせたそれは僕が
「我々呪術師は、この呪力を負の感情から練り上げることで扱う。その点、君の呪力操作は文句のつけようがない完成度だ。素晴らしいね。」
全身に薄く纏わせている僕の様子を見ただけで、そこまで読み取られていた。彼はそれに見劣りしない精度で呪力を扱っている。
「非術師は呪力を上手く扱うどころか、感じることすらできない。そのくせ、微弱ながら漏れ出る非術師の呪力は、負の感情の矛先へ向かっていき、集まって形作るんだ。それを"呪霊"という。」
傍らの裂けた空間から見えたのはお化けだった。あれの名前は呪霊と言うみたいだ。非術師の呪力が形作ったもの……それに、彼の合図で呪霊が現れたのは何故だろうか。言うことを聞くような従順さなどアイツらに無かった気がする。
「自らの肉体に刻まれた生得術式。呪力をそこに流すことで行使することができる能力のことだ。私の術式は呪霊を操るものなんだよ。これには個人差があってね。君にも何か宿っているんじゃないかな。」
「なるほど。呪力に呪霊……そして術式。そういうこと他人に教えていいんですか。」
大抵こういう知識は独占する事に意味があるのだ。一般人──非術師には見ることすらできない力。それらを扱うことができる利点は今までの生活で理解している。……その異常性も。
「家族になるんだ。話しても問題はないよ。詳しい呪いの仕組みや他の術については追々教えていこう。それよりも──」
「──君のことを聞かせてほしい。出戸君は今の生活に不満はないかい?」
「不満ですか。……特にはないですけど。」
見透かされているようでいい気はしなかった。彼のイカレ具合は知れたし、この先、体系的な呪術の知識を身につけたい気持ちもある。しかし結局のところは、他に居場所がないためにここへ来たのだ。
「
「どこまで知ってるかは興味ないですけど……呪術師なら僕を歓迎する。そう言いたいんですか?」
年相応の幼い感情で、僕はムキになっていただけだ。上手く隠したりすれば少しは子供に馴染めただろう。やり返すのにシナズを使う必要なんてなかったし、適当に無視すれば良かった。それで済んだことだった。そうすれば──
「強者である
「……」
手を差し伸べられたのはいつぶりだろうか。少なくともここ数年はなかった気がする。恐らくヤツらが頼った宗教団体とはここのことだ。僕の噂を聞きつけて施設に手を回したのだろう。彼は呪術師への迫害に心を痛めており、非術師を憎んでいるようだ。ここまで狂った理由も知りたかったが、その狂気的で真っ直ぐな信念は伝わってきた。その信念に従って、僕を迎えることにしたのだ。呪術師のために非術師を排斥する。その意義は……僕には分からなかった。
「聞きたいことがあります……一緒にいてくれますか?」
「もちろん。それが家族さ。」
彼の手を取った。僕よりも大きな手にそのまますっぽり包み込まれて、黒い痣なんて見えなくなってしまった。思っていた家族とは違ったが、居心地は悪くなさそうだった。理由はそれだけで良かった。
「夏油様ー!この子ー!?」
「ムカデおっきいね〜」
「……」
面談を終えた環は、夏油に連れられて双子と顔を合わせた。歳の近い子供達なら気が合うだろうという夏油の判断である。きゃいきゃいとはしゃぐ美々子と菜々子に対して、環は若干人見知りしているようだった。シナズが見えているのに、恐れていないその態度に彼は警戒を少し緩めたようだが。
「コイツはシナズ。式神……っていうみたい。」
「へー。」「どんなことできるの?」
同年代の呪術師である。彼女達も環のことが気になって色々聞き出していた。それを眺める夏油の表情は穏やかなままだった。
(素晴らしい。膨大な呪力量は目を見張るものがあるし、操作精度も驚異的だ。伸び代はある。それに──)
「色々できるよ。好きに動かせる。」
環の思考によって操作されるシナズは、うねりながら様々な動きを見せていた。丸まったり巻き付いたりと忙しない動きは完璧な統制がされているようであった。
(──彼の術式。聞き出すことは出来なかったが、余程の効果があるのかな?式神の存在感も格が違うね。)
くつくつと笑う夏油に環は訝しげな視線を向ける。まだまだ彼からの信用が足りないようであった。
主人公君の術式開花の瞬間や、前世の大人らしさが表出しないことなどは、どこかで詳しく書くと思います。ご了承ください。
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