特級不死 デッドムカデ   作:ゾエア

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呪霊操術や縛り等に関して独自解釈があります。ご注意ください。


闘争と成長の決断

 

 

 

 目に入ったのは見知らぬ天井。そういえば僕の家は──ここになったのだ。いつもより大きくて落ち着かないベッドだったが、寝心地はとても良かった。目を覚ました時の視界の違いに一瞬戸惑っても、すぐ近くにいるシナズが感触を返してくれる。問題はなかった。顔を洗って鏡を見れば、不健康そうな痣つきの無表情が写っている。考えていた家とは違った、宗教施設での宿泊。思ったより疲労が溜まっていたのかもしれない。

 

 

「おはよー」「おはよ〜……」

 

「……おはよう」

 

 

 それから出会したのは例の双子だ。菜々子は少し眠そうではあったが、二人揃って起きて来ている。当たり前のように歩き出す二人へ質問しようとして──戸惑った。

 

 朝食はどうすべきか。養護施設では全員揃ってから食べていたが、そこで僕に話しかける子供はいなかった。ここは一応宗教施設だ。宗教毎にある食事の禁忌や、食前の儀式とかがあるのだろうか。その懊悩すら気にしないで、二人は立ち止まる僕に向かって声をかけた。

 

 

「朝ごはん。食べるでしょ?ほら行くよ」

「夏油様も起きてるよ。一緒に食べるの」

 

 

「……うん。食べるよ。一緒に」

 

 

 連れられた一室には食卓が1つ。暖かな湯気の上る味噌汁と白飯は人数分並べられており、中央にある大きなだし巻き玉子が美味しそうな香りと共に出迎えた。今し方作られたばかりのような朝食。席に着いていた夏油さんは──にこやかな表情だ。

 

 

「おはよう家族達。環君は和風でも良かったかい?アレルギーはなかったと聞いているよ。よければ一緒に食べよう」

 

 

 普段着だろうか、黒一色のそれは昨日の袈裟姿とは違っていた。柔らかな雰囲気で朝食を用意し、待っていた夏油さんの姿は……なんだか昨日とは違う気がする。

 

 

「大丈夫です……けど」

 

「ふふっ。意外かな?あの衣装も気に入ってはいるんだけどね。では、冷める前に食べてしまおうか」

 

 

 この人は──この人達は本当に家族だと思っている。穏やかに佇むその姿は自然体だった。手を合わせて食事を始める。施設では静かな朝食だったが、今日からは……温かいものに変わりそうだ。双子は調子が上がってきたようで、元気に話し始めた。

 

 

「夏油様ー。アレルギーってなにー?」

「卵焼きの端っこ食べる?2個しかないヤツ。取ったげるね」

「ありがと」

「アレルギーというのはね……体に入ると起こってしまう反応のことだよ。菜々子にも食べたら痒くなるものがないか聞いただろう?アレのことさ」

 

 

 食卓は朝から会話の絶えない賑やかな場所に。初めて経験するその食事の雰囲気は──悪くないものだった。

 

 

 


 

 

 

 夏油さんは呪術講義の続きを喜んで引き受けてくれた。僕が知りたかったのは術式のことや呪術のルールだ。呪力の扱い方1つでも、軽く人間を屠るパワーを出せる。呪術で守るべき原則や先人達の積み重ねた知識を得ることは必須だと思ったため、夏油さんにご教授を願ったのだった。

 

 

「ではもう一度おさらいしようか。術師が生まれながらに持っているものを生得術式と呼び、それに呪力を流し込むことで術式効果を発動できる。おおよそ、行使可能な術式は個人で決まっており、好きに変更できるようなものではないこと──ここまではいいかい?」

 

 

「はい。それで、自分の術式効果はどうすれば分かるんですか?」

 

 

 まずはそれを知りたかった。僕の場合は死ななければ分からなかったことだし、シナズが運良く現れなければ他者に使う発想も出てこなかった。そういった効果を知るための(すべ)があるならば、もっと詳しく楽に解明できるはずだ。しかし──

 

 

「術式は同血統の者に受け継がれる傾向があってね。呪術師家系に代々刻まれる術式を相伝術式と呼ぶ。過去に同じ術式を持っていた術師の経験や知識から、使い方や効果が分かるんだ。」

 

 

「術師家系。コレが遺伝する……」

 

 

「術師家系以外からの、一般家庭から術式持ちが現れることもある。私がそうだからね。環君も恐らく同じだろう」

 

 

 そういうことだったのか。術師家系で代々呪術師が産まれるなら、確実にそこに力も集まるだろうし、そういった権力が関わる呪術界隈も恐らくあるのだろう。過去に僕と同じ術式が存在していれば、何か分かることもあるのだろうか。

 

 

「夏油さんの場合、術式の使い方は独学ですか」

 

 

「そうだね。私の術式──呪霊操術は呪霊を取り込んで操るものだ。呪術界では知られている術式ではあるけれど、一般生まれの私にそれのノウハウはそこまで集まらなかった。だから自覚した自分の術式と向き合ったり、工夫したり、それぞれのやり方で極めていくしかなかったね」

 

 

「……夏油さんは何か知りませんか。僕の術式は──」

 

 

「──おっと。君が明かしてくれるのは嬉しいけど、それはまだ先にとっておこう。君が術式(ちから)を自覚してから、早くても数年しか経っていないはず。呪術について知り得たことからもヒントがあるからね。自分の腹の中で答えをある程度明確にしてから話した方が、お互いのためになるだろう」

 

 

 意外にも制止の声だった。僕の焦りが見て取れたようで、気を使ってくれた彼はさらに続きを語っていく。

 

 

「術式を行使する時は脳のある部位が働くようなんだ。無理をすれば脳に過負荷がかかって焼ききれてしまう。しかし君のシナズは──」

 

 

「──ずっと使い続けてますね。寝てる間も多分勝手に動いてます。そもそもオンオフを考えたこともないです」

 

 

 シナズは術式によって顕現した存在のはずだ。産まれたすぐ後に出てきたあの胎盤。あれから変身したコイツは僕を運んで、そのままずっと一緒にいる。姿が消えたことも消そうとしたことも1度もなかった。しかし僕の脳に負荷がかかるあの感覚は、他者に術式を使った時ぐらいしかない。もしかして、ずっと式神を使うことに脳が慣れたのだろうか?

 

 

「術師が自らや他者と交わす制約と誓約。それを"縛り"と呼ぶ。簡単に言えば──誓ったルールを守る代わりに、何かを得たり約束を取り付けたりすること。といった感じかな。これは差し引きの関係があって複雑なこともある。そういった"縛り"によって、シナズはその状態を保っているのかもしれないね」

 

 

「"縛り"……なんだか難しい概念ですね。結んだそれがどういった条件か分からないことはありますか?」

 

 

「自らに科した"縛り"の場合なら、過去を振り返ることで分かることもある。重要なものを差し出したり、得られるものを我慢して手放すことも"縛り"の引き算の要素として扱うことができる。例えば……」

 

「永く顕現する代わりに──君が何かを差し出した。こういった状態であっても、成立していれば"縛り"として捉えることができる。何か覚えはないかい?」

 

 

(何かを捨てる……重要なもの?胎盤は一生に一度しか使えないけど、それと関係あるのか?でも捨てるというより、アレは活用してるし。)

 

 

「……すみません。よく覚えてません。お話ありがとうございます。でも、ほんとによかったんですか?自分の術式とか……他者に話さないものとかもあるんじゃないかと思うんですけど」

 

 

 夏油さんが自らの手の内を晒すこと。家族として扱うこと。未だに慣れていない僕はつい何度も聞いてしまっていた。自分だけ話していない術式効果のことが、後ろめたく感じたことも理由にある。

 

 

「ははっ。聡明だね。気にしなくていいんだけど……じゃあ私の仕事ぶりを見てもらおうかな。君も体を動かした方がいいだろう。遊ばせておくのも気が咎めるような──素晴らしい呪力だからね」

 

 

 破顔した彼は僕の気持ちを汲み取ってくれたようだった。いつもの五条袈裟。その後ろ姿はどこか頼もしいように見えた。

 

 

 


 

 

 

ばぁぁあぁ

 

 

 夏油さんの仕事の手伝いにも慣れたものだ。物々しい雰囲気の中現れたのは毛むくじゃらの巨大な呪霊だった。集めた情報から取り込む呪霊の選別。これも呪い集めの一環であるらしい。

 

 シナズは長い胴部の中心部を僕に巻き付けて、余った上端と下端──頭部と曳航肢(えいこうし)がそれぞれ位置している──は自由に動かせた。僕が自分で走るよりも、シナズの歩肢の方が速く動ける。急激な加速で強烈なGを身に受けながら、毛むくじゃらの呪霊に迫った。

 

 

ぁあぁっ──!?

「シナズ」

 

 

 上から叩きつけてきた右掌はシナズによって手首辺りから抉り取られた。取れた右手を後ろに放ったところで、大きな左手が僕を掴みにかかるが──バツンッと音がなる。左腕に切り込みが入っていた。ちぎれかけたそれがぶらぶらと揺れている。目にも留まらぬ速さの噛みつき。シナズの牙と顎肢は益々先鋭化されている。

 

 勢いよく脚に巻き付いた下胴部が呪霊の動きを抑えつける。そのまま体を這うように登っていき、僕の眼前に呪霊の顔が見えるまで来たら──タコ殴りだ。

 

 

あ…ぁあっ──

「ここまで弱らせていいんですか?」

 

 

 呪力頼りの打撃でもまあまあ効いたようだった。一応息はある。夏油さんが手をかざせば呪霊は粘土のように形を変えて丸くなっていく。その手に収まったのは黒い球体。これで呪霊の取り込みが可能になったらしい。

 

 

「呪霊は呪力さえあれば損傷を治せるんだ。頭を潰されると無理だけど、取り込んでしまえば徐々に呪力も回復するから、問題は無いよ」

 

 

「時間経過で治るんですね。」

 

 

 夏油さんが取り込むなら、綺麗なままの方がいいかと思っていたが、案外手荒に扱っても良さそうだった。取り込んだ呪霊はその段階で成長を止めるらしいけど、呪力の自己補完も微弱ながら行えるようだ。彼はその黒球を飲み込んでから話を続けた。

 

 

「っふう。反転術式といって、繊細な呪力操作によって生まれた力で、傷を癒すことなら人間にもできる。術式とは名ばかりで、正確には正のエネルギーを創る才能が必要になるけどね」

 

 

 また難しい単語が出てきた。反転術式。正のエネルギー。呪力は負の感情から生まれるのだから、正のエネルギーなんて創れないはずだ。彼の口ぶりからして、そこまで現実的に捉えてはいないようだった。

 

 

「一息吐こうか。明日は非術師(さる)が集めた呪いを取り込む。面倒な手合いが来るかもしれないけど、我慢してくれるかい?」

 

 

「はい……あの。聞いてもいいですか?その、夏油さんは──」

 

 

「──なぜ非術師が嫌いなのか?それも、皆殺しにしたい程に……といったところかな。別に構わないよ。少し話そう」

 

 

 取り出した呪霊は椅子のように体にフィットして彼を支えた。とぐろを巻いたシナズに座り込んだ。シナズは硬質な甲殻に呪力を纏って、クッションのように柔らかく僕を支える。無駄に器用な呪力操作だった。彼はそのまま語り始めた。

 

 

「呪術は非術師のためにある。そう思ってやまない時期が私にもあったんだ。弱者を救うのは強者の責務だとね。……それは間違いだった」

 

「弱者故の醜さ……愚かさ。そういったものに触れて傷つく仲間達から目を逸らし続けた。呪霊の発生源は、非術師から漏れ出た呪力と言っただろう?術師からは呪霊が生まれない。呪力が術師の体をよく廻ることで、漏出を少なくしているからね。呪霊と戦うことのできる呪術師だけが、非術師の尻拭いをしているんだ。」

 

 

「……非術師がいなければ呪霊も生まれない──術師が呪いと戦わないための世界ってことですか。でもひたすら間引くなんて、余りにも無茶ですよ……」

 

 

「待っているのは呪いと術師のいたちごっこさ。その根本にあるのは非術師(さる)が生む負の感情と呪力だ。根を断つために誰かがやらなければいけなかった。たまたま私が適任だっただけ。それに──私達が命を賭して戦う一方、弱者たる非術師が呪術師を排斥すること。それを許容することが出来なかった」

 

 

 それは本音に思えた。きっと真面目過ぎるのだろう。美々子と菜々子、そして僕に対して誠実に振る舞う彼の姿勢は本物だった。だからこそ許せなかったのだ。非術師の手によって、仲間の誰かを殺されたのかもしれない。あるいは彼自身が傷つけられたのか。非術師への憎しみと仲間への慈しみ。彼の狂気じみた信念の一端に触れたような気がした。

 

 

「……皆が術師になったら、次は強さ、血筋、見た目。優劣を付けて蹴落とし合うことは辞められない。虐げられるのが、術師の中の更なる弱者へと移るだけだと思います。でも……夏油さんが()()()()()()()()()()、少しは分かった気がします」

 

 

「はははっ!!……もう決めたことだからね。あとはできることをするだけさ。君は手伝ってくれるかい?」

 

 

 今日から非術師を皆殺しにしたくなる──なんてことは全く思っていないけど、彼が本心を語ってくれたことには報いたくなった。自身の理想へ口出しする生意気な子供に対して、にこやかに手を差し伸べる寛容な彼には……

 

 

「僕の術式は、死を奪う能力と蘇生……みたいです。詳しくは分かりません。これで死を奪えば呪霊の生け捕りは楽になるはずです。頭を潰しても、呪力さえ残っていればまた生えてくるようですから。呪霊の捕獲ぐらいなら手伝えます」

 

 

「……それは心強いね。私が言うのもなんだけど、まだ会って間もない術師に、手の内を明かして後悔しないかな」

 

 

「もう腹は決めました。それに──家族なら大丈夫でしょう」

 

 

 僕が嘘をついていないことが分かり、彼は眉を上げて驚いた表情を見せたが──すぐに笑顔に変わった。何かがツボに入ったようで、彼はしばらく声をあげて笑っていた。

 

 

 


 

 

 

(……完全に核を潰した呪霊から消失反応が起こらない。弱点部位すら再生し始めているね。おおよその呪力総量から鑑みると──大量の呪霊を不死身に変えることができるだろう)

 

 

 夏油が使役する呪霊で実験してみたところ、環の言った通りの結果が確認された。頭を潰した呪霊の体は塵へ変わらずに、頭を再生し始めていた。核といった弱点は、他部位よりも再生に費やす呪力が多い──という新たな発見もあった。

 

 

「蘇生と不死化。これらの結果は近しい効果……あるいは同一の効果によって引き起こされているのかもしれないね」

 

 

「え?生き返ることと、死ねないことって別効果じゃないんですか……?」

 

 

 環は驚いた様子で夏油の言葉に疑問を返した。今まで何となく使っていた術式について、環の理解はまだ遠かったようだ。

 

 

「その二つを別に行使することは拡張術式なら有り得る。しかし君の言うように、行使した後に生き続けることと、死後に行使して生き返ること。2パターンの間で、呪力消費や負荷の差が全く見られないことが面白い点だよ。君の術式の世界では生も死も重要ではないみたいだ」

 

 

「……?ごめんなさい。よく分かんないです……」

 

 

「あっはっは。ややこしく言い過ぎたね。簡潔に言うなら──違う生命かな。そういう生命の形に変えてしまうんだろう。それでまだ序の口だ」

 

 

 夏油は首を傾げる環に対して歯を見せて笑っていた。彼はすぐに表情を戻して議論を続ける。

 

 

「生命?頭が潰れてもある程度動く虫みたいになるんですよ。高等動物でも、もちろん人間でも効果が切れるまで。それが序の口って一体……」

 

 

「私が呪霊を取り込むことと似たようなイメージだね。術式で呪霊を操るには呪力が必要になる。一方で、降伏状態の呪霊を取り込む時は大して負荷にならない。その後に呪霊を操ることが呪霊操術の本領というワケだ」

 

 

「これが──この呪いの本領は不死じゃないってことですか。術式対象は何度も死の淵を彷徨うんです。僕もそこから帰って来たんですよ……!これ以上何を……?」

 

 

 対象にかける効果。死から呼び戻しても死の淵にいるまま、苦しみ悶えるあの姿を環は思い出していた。その効果すら未だ本領を発揮したものではないと。この禁忌の呪いすら環の術式では副次効果に過ぎないことを夏油は予想していた。

 

 

 

 






死に近づくことは呪術的に価値がありますが、環君の術式ではシステマチックに処理されます。
もちろん死線反復横跳びして無事な訳ではありません。
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