特級不死 デッドムカデ   作:ゾエア

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「蟲蟲大行進!!」

 

 

「過呪怨霊──人間が死後呪いに転じた呪霊ですよね?そこから特級まで上り詰めるって……」

 

 

出自不明(わからない)。術師家系の生まれでもない、女児の呪いが膨れ上がった原因は後から考えればいい。直に完全顕現を見た甲斐が有った──それ程の潜在能力(ポテンシャル)さ。アレを手に入れれば、せこせこ呪いを集める必要すらないね」

 

 

 やけに上機嫌だった。夏油さんの情報網にかかったのはとある呪霊の被害。そこから新たに判明した、秘匿死刑すら跳ねのける少年の存在が夏油さんの興味を引いた。高専が保護したその被呪者には特級過呪怨霊──祈本里香がとり憑いていたらしい。その噂の里香ちゃんとやらを見に行ってきた夏油さんは、夢物語だったはずの理想に手が届くことを確信したようだ。呪霊を見に小学校へ仕掛けに行ったと思ったら、何故か学生証を拾ってきている。被呪者である乙骨憂太は──

 

 

「へぇー。特級ですか。つまり……国ひっくり返すレベル認定!?」

 

 

「ああ。彼にとり憑く祈本里香によって認定されたそうだ。まさに呪いの女王といったところだね。高専の上層部が死刑執行を躊躇うその実力。術式すら見せずとも感じた、あの底知れない呪力量からも間違いない。世界を変える力だよ」

 

「家族達を一同に集めよう。百鬼夜行へ注意を向けさせるには、頭数の多い方がいいだろうから。それに……全員集合なんて何年ぶりかなぁ。宣戦布告も派手にするとしよう。東京と京都へ千の呪いを放つ──百鬼夜行だ……!」

 

 

 夏油さんの理想は知っている。非術師を皆殺しにして、呪術師だけの世界を作るために邁進してきたこと。そして、彼の待ち望んだ最後のピースが目の前にある。感情が昂るのも無理はなかった。彼の掲げる目的は、遂に実現可能なところまでたどり着いている。

 

 

 じゃあ僕はどうするべきなのか。このまま家族として何気なく手伝って、彼の夢を応援し続けるのか。それとも、彼の理想には無関心で──あくまで中立的に振る舞うのか。彼の引き起こす事件に僕が手を貸すということは、つまり彼の大義に従うこと。僕は別に非術師が憎いわけでもないし、術師だけを尊ぶ選民思想もない。中途半端に手出しするには、僕の術式効果は少々異常であり、それが決断を迷わせた。

 

 

「だが、君が無理に関わる必要はない。私の下に集ってくれた仲間ではあるが、それよりも──家族なんだ。想定する百鬼夜行では呪術師と相対することになるだろう。私は大義のために、彼らと戦うことができる。しかし君は、私の理想に共感してここにいるわけではない。家族として何か気負うことも──」

 

 

 彼が大義のために命を賭けて、生き方を既に決めていることは分かった。その時が来たとしても、彼は蘇生を望まないと。僕に協力を強制するどころか、寧ろ独りで抱え込むように言葉を選ぶ、その生真面目さが……気がかりだった。だから──

 

 

「──()()()しましょう。夏油さんが祈本里香を。僕が天元を取る」

 

 

「……いいのかい?」

 

 

「両方手に入れればいいじゃないですか。僕は腹を決めました。直接天元へ術式を使えば成功確率も上がります。だから、お願いします。蘇生を望まないのなら、夏油さんは……どうか──死なないでくださいね」

 

 

「……分かった。君が手伝ってくれると心強いよ」

 

 

 彼の理想に正直なところ興味はなかった。しかしこんなに、家族思いの誠実な彼が、呪詛師の道しか選べなかった現実が、無性に虚しいことだと思えた。天元の結界術の前では僕の努力も無駄になるかもしれない。それでも彼のために──家族のために何かしたかった。理由はそれだけで十分だった。

 

 

 


 

 

 

「それで……テロ予告ついでにクレープ食べて来たの?」

 

 

「うん。これお土産。環はいちごのヤツでよかったよね?」

 

 

 僕に持ち帰りのクレープが入った袋を渡しながら、菜々子は呑気な返事だった。夏油さんと一緒とはいえ、呪術高専のど真ん中で宣戦布告をした帰りのはずだ。彼女たちが竹下通りのクレープを狙っていることは知っていたが、だからといってそれ目当てに夏油さんを説得するまでとは。その行動力には驚嘆させられる。彼の双子に対する甘さも同時に窺い知れたが。

 

 

「あ、ありがと。でも五条悟居たんでしょ……よく無事だったね。ちゃんと五体満足?」

 

「シナズは構えなくていいし大丈夫。五条悟ちゃんと居たよー。何枚か撮ってたから……コレ。高専ってパンダ飼えるみたい」

 

 

 見せられたスマホの画面には、呪術師の姿が何人か写っていた。ピントがパンダに合っているので、それ目当てに幾枚か撮ったのだろう。画面をスライドして、さらに次の写真を見る。恐らくこの中にいる人物の──コイツだ。この白い包帯で目を隠しているこの男。写真越しで分かりにくいし、僕の勘だったが……合ってるはず。

 

 

「そうそう。この人。夏油様が悟〜って嬉しそうに呼んでたんだった。親友なんだって」

 

 

「なるほどね。じゃあ……()()()()()()()()()については、間違いなさそうだった?」

 

 

 夏油さんの伝手で地図は手に入ったが、一応位置状況の確認もしておきたかった。彼の在学中には、喧嘩の余波で校舎や寺社の建て直しもあるようだったから。天元の本体がある薨星宮へと続く扉を、高専内から見つけ出さねばならない。天元の高度な結界術によって、薨星宮への扉は、日替わりで寺社仏閣にある扉と繋がる仕組みになっているようだ。千を超える扉のうち、アタリの1つを引くためにいちいち開けていたら日が暮れる。かといって気配を辿れる程に天元は甘くないし、僕は結界術への理解もまだ浅い。そこで取る手段は──

 

 

「特に変わってなさそうだったけど……あんたが直接行けばよかったじゃん。もしかして行くの怖かった?」

 

 

「五条悟居るんなら、なるべく行かない方がいいでしょ。夏油さんから眼がいいって聞いてたし」

 

 

 美々子の言う通りで、僕が直接確認した方が手っ取り早いのだが、夏油さん曰く──下手に環の術式を印象づけない方がいい──とのことだった。あくまで筆頭は夏油さんであり、狙いは東京と京都での総力戦であると見せかけるためだ。そのためミゲルさんも当然温存されている。彼の時間稼ぎが作戦のキモだからだ。彼がさっさと敗れることになれば、途端に僕達の行動は瓦解する。

 

 

「へぇー。ま、超強いらしいけど、夏油様の方が一枚上手(うわて)だからね。あたしらで足止めするから問題ないし」

 

 

「あんたは失敗しないようにね。大仕事任されてるんだから」

 

 

「僕はできることをやるだけだよ。それよりも、君たち二人が心配だなぁ」

 

 

 夏油さんの見据える世界を信じて、皆ついてくるのは結構なことだが、正直なところウチは彼によるワンマンチームだ。非術師を憎み、術師だけの世界を夢見るものと、理想ではなく彼自身に心酔したもの……など、それぞれ協力する動機や背景は微妙に異なっている。僕は積極的に非術師を間引くことへ心血注ぐタイプではないが、それでも夏油さんは家族として認めてくれている。そういった個々の差異がある集団を彼が繋ぎとめているのだと感じていた。

 

 

「はぁ?何が心配か言ってみ?」

 

 

「環が心配性なだけ。足止め終わればすぐに退くから問題ないよ」

 

 

 彼女たちは夏油さんを信じて、その理想も全て肯定するタイプだ。恐らく向けているのは信仰とか盲愛とかその辺の。彼によって救われた二人ならそうなることも当然だとは思うが、盲目的な信頼からは時折危うさも感じられた。彼のためなら喜んで人へ向けて呪術を行使する──その狂気的な献身も同様に。

 

 

「……夏油さんの家族であることと、夏油様のためにあることは、違うんじゃないかなって」

 

 

「なに…なぞなぞ?あんた緊張してんの?大丈夫だよ。夏油様に任せときなって──」

 

 

 結局のところ根っこは同じかもしれない。彼の望まない蘇生をしてでも、共にいてほしいと願う僕と、彼女たちの愛。誰にだって大なり小なりあるはずの呪いだ。ただ一つ案じていたのは、この作戦によって、僕達の在り方が変わってしまう可能性だけだった。

 

 

 


 

 

 

死蟠輪廻(しばんりんね)

 

 

 

 産み出された1匹の百足。それを呪霊の群れへと放つ。下す命令は「非不死の呪霊に術を使え」だけ。こうすれば1匹分の呪力消費で──呪霊に不死が伝染する。各呪霊の体内に収める百足から継続的に術を施せば、ある程度の維持が可能だ。呪力か効果時間が尽きない限り、頭を潰しても死なない呪霊はいい時間稼ぎになるだろう。

 

 

「準備する手間と時間さえ惜しまなければ楽なもんですよ。ほっとけば二千体分の呪霊に効きます。呪霊1体につき百足1匹。それだと呪力の補完効率が良くないので、こうしてのんびり仕込みしてるんですけどね」

 

 

「申し分ないね。これだと負担は少なくなるんだろう?家族達の盾にもなるんだ。式神に全て変えるよりも、この方が都合がいい」

 

 

 わざわざこんな回りくどい条件にしたのは、大量の式神に命令操作することの負担を考慮したためだった。シンプルな命令故に脳が焼ききれる心配はない。それに、百足で埋め尽くし殲滅をする手段は、足止めとしても好ましくなかった。味方も敵も巻き込む方法は五条悟の独擅場を作ってしまう。そのため、夏油さんが操る呪霊に百足を埋め込んだゾンビアタックの手段を選んだ。こうすればしぶとく呪霊を扱える。考案したのは夏油さんであった。

 

 

「……この仕込みのせいで犠牲者も増えるでしょうし、これから起こすコトによる被害はさらに甚大になります。呪詛師である夏油さんの手助けをするということは、つまるところそういうことでしょうから」

 

 

「君を止めることも、君に謝ることもするべきではないようだ。私は自分の使命を全うするまでだね……」

 

 

 僕の言動から夏油さんは何かを感じ取ったのだろうか。僕は彼が負けるなんてことを望んでいない。寧ろ想像すらつかない。しかしそれでも、式神を忍ばせて保険は作っておくべきかと思った。1回限りの簡易蘇生。そんな用途の百足を渡そうとするが──

 

 

「──ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ。私のことは心配要らない。呪力や術式行使はなるべく温存しておくといい」

 

 

「じゃあ……もし死んでたらこっそり生き返らせます。起きたらすぐに思いっきり怒っていいですよ。夏油さんは真面目だから、わがままな家族を叱るのも大事です」

 

 

 彼の望みも、彼の生き方も理解した。その上で、これは僕のわがままだ。可能だから自他を蘇生する。価値観が歪んでも、何度でも死を繰り返すことも構わない。それでも一緒であれば問題はないのだから。

 

 恐らく箍が外れるということとは──何度も好き勝手に蘇らせることで、一生や生き方が陳腐なものになることを言っていたのだろう。好きな人や大事な人との別れを否定してしまうことは、その人生の終わりを奪うことだと。けれども、一度きりの人生が素晴らしいとか、限りある命だから尊いとか、そんなものは死を受け入れるしかない者だけの負け惜しみに過ぎない。僕は何度でも蘇って何度でも蘇らせればいい。それを可能とする術を持っているのだから。傲慢だと言われようとも……僕はそう決めた。

 

 

「………」

 

 

「あ、二千体の仕込み終わりましたよ……夏油さん?」

 

 

 既に戦闘の雰囲気を感じているのか、何故か押し黙った夏油さんはそのまま呪霊を回収し始めた。これから京都と東京へと呪霊を放ち、高専を襲撃する。そんな時に無駄話をしたい彼ではなかったのかもしれない。夢想する世界への鍵。それを手に入れるために彼はここまで来たのだ。

 

 

 

闇より出でて闇より黒く その穢れを禊ぎ祓え

 

 

 既に東京・京都へ呪霊を送り出し、呪術高専を二人で訪れていた。夏油さんが呪詞を唱えれば、上空から黒い液体が溢れ出るように現れた。それはドームを形作るように高専敷地を上から覆っていく。帳を降ろせば後は仕事にかかるのみ。夏油さんと別れて僕も術式を──

 

 

「──環。それじゃあ、また後で」

 

 

「はい。また後で会いましょう」

 

 

 彼はいつもの調子で歩いていった。お目当ての祈本里香を探しに。僕も目標を探しに行かなければならない。せこせこ作って蓄えていた百足達を、シナズの口から一斉に放つ。千を超える扉には──それを超える数の式神で。

 

 

恒河這(ごうがしゃ)

 

 

 小型で足の速い式神を大量に並行して扱う。寺社の位置関係はだいたい把握していた。非力で、なおかつ術式行使のリソースをある程度削った式神達はその"縛り"によって、目当ての扉を引き当てるための操作性を確保できた。それでも大量の負荷が脳にかかっており、血管の千切れる感覚がするが──反転術式で無理やり治して補う。目まぐるしく行われる情報処理の負担で鼻血が出たようだが、数滴垂れる程度のそれらは指で拭い無視した。まだまだやれる。僕を中心に広がった百足の群れは散り散りになり、各々の扉を開く先が目当てにたどり着くかどうかを試し続けた。

 

 僕自身も未検証の扉が多い方へと移動しながら、百足の操作を行う。シナズに抱えられながらの移動は懐かしく感じられた。総当りによって検証済みの扉が増えていく中、759枚目の扉から入った百足が異変を伝えた。何らかの結界を跨いだこと。百足と僕の距離感が突然変化したことから──

 

 

「──ビンゴ!!薨星宮に繋がる扉!!」

 

 

 シナズの歩肢を全力で稼働させる。目標までの最短距離を進むために、間の障害物は全てぶち抜きながらの移動だ。向こうの方で起こる地響きから、夏油さんも暴れていることが分かる。僕の方も役目を果たすことができそうだった。

 

 

 扉を開けて見えたのは忌庫と昇降機までの道だ。目的は天元の待つ薨星宮本殿。忌庫番が控えているかもしれなかったのだが、それらしき姿は見えなかった。いたところで無理やり押し通るだけだ。昇降機に飛び込むように乗ると、レバーを下ろして向かう先は──

 

 

 

 

「───は?」

 

 

 

 

 炬燵に石油ストーブ。その上に置かれたやかんがシュンシュンと音を立てていた。炬燵天板の上にはみかんが置かれ、なんとも在り来りな狭い和風の一室に見える。僕は昇降機に乗っていたはず。レバーの感触も、降下するその駆動音も確かなものだった。しかしいつの間にかこの部屋に立っていた。シナズは触角を振り回して、周りの情報を得ようとしている。

 

 

「初めまして 私と同じ──不死の子」

 

 

 年老いた女のような声が聞こえた。

 

 

 

 






0巻の夏油さんがテンション高いのは自らを鼓舞するためかもしれません。本作の夏油さんは独自の解釈によってこのテンションになっていますが、やっぱり理想とか大義を語る時は意識的に変えているはずです。
自らの理想と家族としての繋がりのために、環君の魂が歪んでいくことを彼はどう思っているのでしょう。
良ければ感想お聞かせください。
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