大人になった生徒たちが先生の時間を頂く話 作:アラベスク@arabesuque_38
ミレニアムを卒業し、超天才清楚系"美少女"ハッカーから完全無欠の超天才清楚系"美女"ハッカーへ華麗なる進化を遂げたこの私――明星ヒマリは椅子に座って虚空を眺めていた。
――――ぼんやりと思想に思索に耽る姿も絵画になるほどに美しい超絶美女、これは世界が放っておきません。
ただ……全知を誇るこの私ですらも、解決できないような深刻な悩みがあるというのだから、この世界は興味が尽きない。
才色兼備の美女たるこの私を悩ませる問題。それは――――、
「――……暇、ですね」
この私が暇を持て余しているという事実だった。
クライアントからの要望もこの私の手を煩わせることもないたわいのないものだったので、納期が近づくまで塩漬けにすることに決めた。
手慰み現ヴェリタスの部員たちが構築したシステムを、後輩への指導代わりにハッキングしてみたり。なんだか世間を騒がせているようだったクラッカーの端末をハッキングしてヴァルキューレに通報してみたり。
思いつく限りの暇つぶしは既にした後だった。
「ふふっ、それじゃあ仕方ありませんね」
澱みない動きでシャーレのシステムへと侵入する。
「まったく、最近の後輩たちは不甲斐ないですね。チーちゃんの構築したセキュリティの方が何十倍も堅牢でしたよ?」
ここはもう私の庭のようなもの。AIにでも任せておけばよさそうな書類作業に一生懸命取り組んでいる先生の姿も筒抜けだった。
先生の端末をハッキングして、今まさに編集中だったファイルをロックした。画面の向こうで慌てふためく彼の顔が脳裏をよぎる。自然と口角が上がっていた。
――さて、もうひと手間ですね。
加えて、先生が何をしたところでエラーダイアログをポップアップで表示するようにプログラムを仕込む。
――――随分と古典的なものですが、この際手段はなんでもよいでしょう。
『先生、少々お時間よろしいでしょうか?』
ダイアログに表示するメッセージは至ってシンプルなもの。彼が私のところまで辿り着くまでにあと二十分ほど、といったところでしょうか。
ちょいちょいと片手間で作成したツールを彼の端末へと仕込む。これで明日の朝にはこの書類の精査も終わっていることでしょう。
――――誰もが認めるキヴォトス最高の超天才美女ハッカーですから……アフターケアも万全というわけです。
さぁ、どうやって彼のことを歓待しようか。今はもうそのことしか頭にはなかった。
ウキウキと弾む胸の高鳴りに耳を傾けて……思いを巡らせるためにしばしの間、瞼を閉じた。
***
「ヒマリ、今日という今日は――――」
突如としてコンソールに表示された意味深なメッセージ。こんなことをしでかすのは私の知っている中でも一人しかいなかった。
シャーレからほど近い彼女のセーフハウスへ足を運ぶ。いつも通りなら「どうしたのですか、先生? そんなに息を切らして……」なんて、したり顔をする彼女が出迎えてくれるはずだった。
「すぅ……すぅ……」
車椅子に身体を預け、静かに寝息を立てるヒマリの姿が目に入る。今日ばかりは少し厳しいお説教をしてやろう、と意気込んで殴り込んだはいいものの、毒気が抜かれてしまった。
――――最近は私のお説教を受ける時も妙に嬉しそうなんだよなぁ。
音を立てないように気を付けながら小さく胸を上下させる彼女の傍に寄る。いつもは胡乱げに開かれた瞳も今は瞼の下に隠れていた。長い睫毛が目元を覆い、小さく開いた口から吐息が漏れている。
ギリシア神話に出てきた象牙で作られた女神像のように美しくきめやかな肌。青白く、血の気の失せた白磁のような酷く人形的な顔立ち。名工の手による彫刻品だなんて言われても、信じてしまいそうになるくらい。
最近のヒマリは、こうしてうたた寝をする時間が増えていた。
それが何を意味しているのか、彼女は頑なに語ろうとはしない。
みんなの前ではもちろんのこと。私の前ですら、いつもの飄々とした調子を崩さない彼女。そんな彼女が見せる一瞬の隙を、私はあえて言及しないことにしていた。
「ん……せんせい……?」
閉じられた瞼が震え、半分くらい瞳の虹彩が顔を覗かせる。おそらく本人はまだ夢の中にいるのだろう。ぼんやりと意思のこもっていない表情を浮かべていた。
「ふふ……えすこーとを、してくださっても……」
ゆらゆらと伸ばされたヒマリの腕を肩に回す。彼女の腰に手をあてがい、グッと力を込めた。
羽根のように軽い彼女の身体に一瞬私の動きが止まる。この薄い身体の中身が、実はがらんどうだと言われても納得してしまうだろう。それほどまでに頼りなく、少しでも力を込めてしまったら小枝のように折れてしまいそうだった。
「誰の身体が貧相、ですか? この麗しい山麓の清水ではぐくまれた慎ましくも美しく咲く野の花のような完璧な肢体を持つ私を捕まえて」
「あ、ヒマリ。起きたんだね」
私の首に回された手にぎゅっと力が込められる。ぱっちりと開かれた目にはっきりとした色が灯った。
「ふふ、最初から起きていましたよ? レム睡眠とノンレム睡眠の関係を考察していただけです。ええ、そうですとも」
ツン、とそっぽを向いた彼女を抱いたまま寝室へと向かう。逸らした顔の先端部分、特徴的な長い耳が赤く染まっていた。
私物の少ない彼女の寝室。中央に鎮座したクイーンサイズのベッドに彼女を横たえた。身体を離そうとした私の腕を彼女が掴む。思ったよりも力の込められた彼女の手に抗うこともできず、覆いかぶさるような体勢になった。
身体を支えるために付いた両手の間に桃色に染まった彼女の顔。口元を手で覆って、瞳は水に濡れたようにしっとりと潤んでいた。グッとネクタイを引かれ、そのまま彼女へと落下していく。
「――――もう少し喜んでも良いのですよ?」
吐き出された息は、不時着した私の重みのせいだろうか。
子供のようにしがみつき、苦しそうに眉を寄せる彼女の笑み。
どこか満たされたような色を湛えていた