大人になった生徒たちが先生の時間を頂く話   作:アラベスク@arabesuque_38

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料理人朱城ルミの報酬

「う~ん、煮詰まったなぁ」

 

 定休日。スタッフが誰もいない厨房でひとり、ため息をこぼした。山海経を卒業してから開いた店もようやく軌道に乗り、今では毎日のように賑わっていた。

 それでも、客商売である以上は飽きられることは避けなければいけない。そのために毎月のように限定メニューを考案して、新規のお客さんを呼び込めていた。

 ただそれも最近はスランプ気味でいまいち目新しいメニューが思いつかないでいる。来週には限定メニューが切り替わるタイミングがくるというのに、思いつく兆しが全く見えないでいた。

 

「何を作るのか──じゃなくて、誰に作るのか──か」

 

 あたしは誰かの特別になりたかった。もちろん、今はこのお店のオーナーで厨房長でみんなの料理人だけど。

 私の料理を、たった一人のためだけに作りたい────なんて思ってしまう時もあるのだった。

 そんな時、脳裏に浮かぶのは決まって一人の男性で。あたしは昔から、その人だけの特別な存在になりたいと思っていた。

 いつだって誰かのために奔走して、生徒のためならどんな自己犠牲も厭わないくせに自分の事になると途端に杜撰になる。

 食事を抜いたり、適当に済ましたり、そんな彼に食事を作ってあげたのも一度や二度じゃない。

 毎度毎度そのことを先生に指摘しても笑ってやり過ごされる。あげくあたしが先生の家に押し掛けて三食作ってあげたら「ルミはいいお嫁さんになるね」なんて、言うものだから、あの時は本当に無理やりお婿さんにしてやろうかと思ったくらい。

 

 ────や、さすがにそこまではしなかったんだけどさ。

 

 先生の胃袋を掴むにはちょっとライバルが多くて、山海経にいたことは結局そこまでいくことはなかったのだけれども。

 たまには先生に今の私の腕前を見てもらうのもいいかもしれない。

 結局、あの時の料理のお礼はもらっていない。取引にタダはないし、あたしが無償で与えたということは……それだけの価値を先生に感じたから、ということに他ならないのだから。

 

 ────さぁ、先生。あの時の報酬を、今度こそ貰ってもいいかな?

 

『先生、ちょっと時間もらえるかな?』

 

 久しぶりに開いたトーク画面に誘い文句を打ち込んだ。

 すぐに付いた「既読」の文字ににんまりと口角を上げて、先生のために下拵えを再開する。

 

 ────今度こそ、あたしの料理なしじゃ生きられなくなるくらいに、先生の胃袋をちゃあんと掴んであげるからね。

 

***

 

 時刻はちょうどお昼時。ルミに呼び出された私はいそいそと彼女の店に足を運んだ。彼女の作る料理は絶品でかつて彼女が玄武商会にいたころは特にお世話になっていた。

 そんな彼女の料理をひさしぶりに味わうことができると、内心ウキウキとしていた。

 

「や、先生。久しぶり」

 

 お店に入るとルミが出迎えてくれた。今日は定休日らしく、スタッフは誰もいない。広い店内に二人、卒業してからさらに色気が増した彼女といると少し緊張する。

 胸の当て布を大きく盛り上げるふくらみ、スリットからのぞく黒いタイツに包まれたむっちりとしたふとももに視線が言ってしまい、慌てて首を振った。

 

「ちょーっと限定メニューに煮詰まっちゃって……よかったら味見していってくれないかな?」

 

 そう言いながらルミが厨房から持ってきた料理は、全体的に赤かった。鼻を刺激する唐辛子の刺激臭。見るからに辛そうな麻婆豆腐。

 恐る恐るルミの顔を伺う。ニッコリと笑みを浮かべた彼女が私の対面に腰を下ろし、レンゲを手に取った。

 

「最近激辛料理が流行っているみたいなんだ。でも、食べられないほどの辛さじゃないと思うよ」

 

 彼女に促されるままにレンゲで豆腐を掬う。意を決して口の中へと放り込んだ。

 まず最初に感じたのは唐辛子の辛さ。口の中で弾けるように広がっていき、喉を焼きながら胃へと降りていく。燃えるような熱さが食道を移動して飲み込んだ豆腐がどこにいるのかがわかるくらいに主張していた。

 鼻を抜けていく花椒の香り。舌が痺れるような辛みは中華料理ならでは。ニンニクの効いた餡が食欲をそそる。熱々の豆腐を口の中に入れ、ごはんを一緒にかき込んだ。

 確かに……辛いけど、そこまで辛くはない。いや、かなりの辛さだけど、それ以上に美味しかった。

 ひぃひぃ言いながらも豆腐を掬うレンゲの手が止まらない。いつの間にか空になっていた茶碗に追加のごはんがよそわれて、それすらも綺麗に平らげてしまった。

 

「ふぅ……ご馳走様。夢中で食べちゃったよ」

「ほんとにね。イイ食べっぷりだったよ、先生」

 

 タオルで額の汗を拭きながら嬉しそうに頬を綻ばせるルミ。ふぅふぅ、とくちびるを尖らせて豆腐を冷ましている。油で艶が出たぷるんとしたリップ。ちゅるんと柔らかい豆腐を飲み込んでいく。

 私も汗をびっしょりとかいていた。背中もシャツが汗で張り付くくらい。当然、目の前のルミもぐっしょりと濡れていた。

 白い布地から下着の輪郭がくっきりと曝け出されている。白地に映える黒いレースの下着。ひらひらとした装飾がついた裏地のない生地からは、そのさらに下の肌が透けて見えている。

 

「あ……そっか。ちょっと透けちゃってるのか」

 

 私の視線に気が付いたルミがぎゅっ、と胸を持ち上げる。くっきりとした胸の谷間が服越しに強調されて、視線がそこに吸い込まれてしまう。

 

「ま、気にしないでよ。減るもんじゃないしさ。それに……先生の前ではいつもとっておきをつけているんだから」

 

 心臓がドクン、と激しく跳ねた。麻婆豆腐の辛さの所為か頬をほんのりと赤く染めた彼女の顔。濡れたように妖しく光る瞳が私の目を捉えて離さない。

 最後の一口を口に放り込み、喉を艶めかしく揺らしたルミがぺろり、と舌を出した。ゆっくりと私の方へ近づいてきた彼女の緩慢な動きを黙って見上げる。

 熱に浮かされたように彼女の姿から目が離せなかった。

 

「カプサイシンは媚薬効果があるって言うし、にんにくは言うまでもないよね。先生? あたしはさ、料理をするのが大好きだけど……食べるのも嫌いじゃないんだよ?」

 

 料理人とは思えないほどにしなやかな指が私の顎を掴む。辛さでヒリヒリと痛む私のくちびると優しく癒すように彼女の舌が這いまわる。

 味わうようにたっぷりと時間を掛けた口づけは、麻婆豆腐以上の熱さを秘めていた。

 

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