大人になった生徒たちが先生の時間を頂く話 作:アラベスク@arabesuque_38
「カップル限定スイーツ、か」
お気に入りのスイーツ店に貼られたポスターを睨みつける。最近ではどこもかしこもこの手のイベントをやっていた。
あいにくのところ、生まれてこの方この手のイベントには縁がない。すでに卒業したトリニティではいわゆる女の子同士のカップルもいたり、最近はこの手のイベントでも見かけたりするけれど。
残念なことに肝心の相手がいなかったのだ。
かつて同じ部活に所属していたメンバーに手伝ってもらう手もあった。ただ、それは私のプライドが許さない。
────私だって、限定スイーツを食べたいのに。
だからこうして、涙を飲んで眺めているだけなのだ。
「──……はぁ」
別にそういうことに興味がないわけでもない。むしろ人並みに興味はあった。ただ、付き合ってもいいと思える男に出会えないだけ。
学生時代からちっとも成長しなかった身長を恨めしく思う。こんな身体だからなのか寄ってくる男は碌でもない奴ばかりだった。やれ合法ロリだの、むっちりしたふとももが堪らないだの。こっちから願い下げだ。
今でも嫌いな牛乳は毎日欠かさず飲んでいる。それなのに大きくなるのはおしりだけだった。身長も、胸も、一向に成長する兆しは見えない。
────これじゃ、いつまでたっても妹にしか見えないし、いつまで経ってもそばにいた時に、お似合いって思ってもらえない。
男が寄ってこないことは別にいい。どうせ、そこら辺の男には興味がないのだから。今も昔も、振り向かせたい男性はただ一人だけ。いつか堂々と、隣に並んで歩ける日が来ることを今でも願っている。
────ナイスバディになったら告白しよう、だなんて考えるんじゃなかった。
ある種の願掛けも兼ねて、そう決心したかつての私をぶん殴りたい。今ではそれが、私を縛る呪縛になっていた。
「あーーーっ、もうっ!」
それでも……いい加減こんな風にうじうじとしているのも鬱陶しいと自分でも思っていた。身体が成長しないのは、この際もういい。肉体的にはともかく、年齢的にはもう立派な大人なのだから。
どうせあの人は今日も忙しそうにしていて、きっとへとへとになっている。だから、休日くらいは私が外に連れ出してあげないとダメなんだ。
『先生、ちょっと時間ちょうだい!』
────先生、覚悟しなさい。今度こそ、私に振り向かせてあげるんだから。
***
「あ~~~ん」
目の前に差し出されたスプーンを黙って見つめた。黄色いスポンジ生地に真っ白な生クリームの乗ったショートケーキ。美しいコントラストが食欲をそそる。
そそる……のだが。目の前で顔を真っ赤に染めて、口をへの字にされていると気が気ではない、というか。
「あの……ヨシミ?」
「ほら、いいから黙って食べなさい」
有無を言わさない様子で目の前に座った小柄な女性──伊原木ヨシミが目を吊り上げ、突き出したスプーンを私に口にくっつけた。
ヨシミに呼び出されたカフェで、彼女の言われるがままに席に着く。「ご注文は」という店員の問いに対して「カップル限定スイーツで!」と高らかに宣言した彼女は鼻息も荒く、注文を終えると満足げに息を吐きだした。
説明を求めようとしても「いいから」の一言で封殺されてしまった私は、お行儀よく椅子に座っていることしかできなかった。
「あー……んぐっ」
そして話は冒頭に戻る。運ばれてきたのは十センチ程度のホールケーキ。豪華に盛り付けられた十種類以上のフルーツと重ねられたスポンジの間にたっぷりの生クリームが入っていた。
お店の雰囲気と周りの客層、そしてヨシミが注文した「カップル限定スイーツ」という言葉から大体の事情は察することができる。ただ、周りのカップルにあてられたのか、彼女までもが「あ~ん」をしてくるとは思いもしなかった。
真っ赤にした顔をぷるぷると震わせている。そんな限界を迎えそうなヨシミを見て、仕方ないかと腹を括る。控えめに開けた口に金属製のスプーンを突っ込まれ、ひとまずはそれを咀嚼した。
────美味しい。
ふんわりしっとりした触感のスポンジと、この店特製の濃厚な生クリーム。フルーツのさっぱりとした酸味がそれらを引き立てて、いくらでも食べられそうだ。
やりとげたとばかりに目の前のケーキを頬張るヨシミの目も輝いている。間接キス──と思ったけれども、口には出さなかった。
「今日はその……ありがとう、先生」
二人でホールケーキを堪能して店を後にする。並んで歩く私たちの距離は自然と近くなっていた。
手と手がちょん、と触れ合って、慌てて離そうとする。そんな私の手をヨシミがぎゅっと握りしめた。
「でも、どうしてあんなことを?」
昔からあまり変わらない私たちの身長差。初めてつないだ彼女の手は、想像していた以上に小さかった。
彼女の鼓動が手を伝わって私へと届く。
「こうでもしないと、先生は意識してくれないでしょ……──ってなんでもない、なんでもないから!」
慌ててそっぽを向いた彼女の頬は、夕日と同じ色に染まっていた。