大人になった生徒たちが先生の時間を頂く話   作:アラベスク@arabesuque_38

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警護官飛鳥馬トキの事情

 セキュリティポリス、シークレットサービス。いわゆるそれらに該当するような執行機関での職務は、一般の人間が想像するよりも数段過酷だった。

 激務に次ぐ激務。要人の身辺警護が専門職務である以上、職務中は気の休まる時間がない。当然交代はあるが、昼夜を問わず任務を遂行する必要がある。

 シフト制で昼勤、夜勤、深夜勤と不規則な生活を余儀なくされ、任務中以外は過酷なトレーニングが待っている。

 警護中は端正な身なりも求められ、食事や水分補給も制限される。当然、雨が降っていようが傘をさすことも許されない。

 肉体的にも精神的にも負荷がかかるのは当然のことだった。

 

「ふむ……これは由々しき事態です」

 

 ひさしぶりに訪れた休暇。たっぷりと睡眠を取ってぼんやりと鏡を見つめていると、おでこに吹き出物ができてしまっていることに気が付いた。

 化粧落としもしっかりとできない過酷な環境で、肌も相当に荒れている。

 なにより精神的に疲れていた。

 

「これでは完全、とは言えませんね」

 

 常に最善の状態を保つように心がけている私にとって、この状況は看過できないものだった。早急にメンタルを回復しなければならない。

 

「──……ひさしぶりのオフです。思う存分羽を伸ばしたいところですが」

 

 あいにくといって趣味がそこまで多いわけではなかった。

 こんな時に気晴らしができる手段も限られている。アリスに教えてもらったゲームはともすれば逆にストレスをためてしまいかねない。

 ヒマリ部長のようにお茶を啜るのがよいだろうか。それとも────、

 

「ああ……その手がありましたね」

 

 ────天啓がひらめいた。

 

 ストレスを解消し、メンタルを回復させ、そして私に特別な感情を抱かせてくれる、そんな特別な方。

 彼のもとへ足を運ぶのが完璧なエージェントとしての最善の行動に間違いない。

 

『先生、ちょっとお時間よろしいでしょうか』

 

 訪れるだけで心が豊かになる空間。

 そこで過ごす穏やかなティータイムも、たまには悪くないだろう。

 

***

 

「トキ……? あれ、おかしいな。ここにいるって言ってたはずなんだけど」

 

 珍しくトキから連絡を受けた私は、急いでシャーレへと戻ってきた。彼女の指定した時間はちょうど外での用事があると伝えると「休憩室でお待ちしております」と返事がきた。

 せっかく来てくれた彼女を待たせるのも悪いと足早に休憩室に向かったのだけれど、部屋に着いても電気は消えていて人の気配もしなかった。

 入れ違いになってしまったのだろうか。ひとまず彼女に連絡を入れて────と部屋の電気を付けながら手元の端末を弄る。

 そして──ふと顔を上げた瞬間、ベッドがこんもりと膨らんでいることに気が付いてしまった。

 人ひとりが潜り込んでいそうなふくらみ。頭まで布団を被っているせいか、誰がいるのかまではわからなかった。

 ただ、よく見るとベッド脇に見慣れたトランクケースが置いてあり、そこにいるのがトキであることは間違いないだろう。

 

「──……はぁ、まったく」

 

 昔から変わらない彼女に少し安心する。いつまで経っても、こうして人の布団に潜り込むところは同じなんだ、と。

 以前、彼女に問いかけた「眠かったら、どこでも寝ちゃうの?」という言葉に対する答えは未だに聞けていなかった。

 少し考える時間が欲しい、とはぐらかされ、先生でもわからないなら、と問題自体を打ち切られてしまった。

 あれから少し経っても、時折私が寝ている布団へ潜り込んでくる彼女に対して、同じ問いを投げかけてみても「考えても詮無いことには、時間をかけても仕方ありません」と答えてくれることはなかった。

 

「トキ、ほら起きて」

「ん……先生……?」

 

 布団を少しだけ剥がし、彼女の身体を優しく揺する。寝ぼけまなこをこすりながら、彼女がぼんやりと私の顔を見上げた。

 焦点の合わないターコイズブルーの瞳。目尻が細く、切れ長でクールな印象を与えるその瞳は、眠たそうに細められていた。

 

「もう少し……寝ていたいのですが」

「いや、勝手に潜り込んじゃダメだって」

 

 不服そうに眉間に皺を寄せる彼女にため息を吐いた。生徒だった頃ならいざ知らず、今となってはあらぬ誤解を受けてしまいかねない。

 なんとか彼女に起きてもらわなければならない──そう思って伸ばした手を、彼女に掴まれてしまった。

 

「……先生。なぜ、先生のベッドなら……だいじょうぶ、なのか。おしえてほしくは、ありませんか……?」

 

 まだ眠そうな声でそんなことを呟く彼女の言葉に、一瞬気を取られてしまった。

 

「──……先生がなんと言おうと、私は寝ます……なので、続きはこちらで」

 

 その隙を彼女が見逃すはずはなかった。

 あっという間に布団の中へと引きずり込まれ、両手両足で思い切り抱き着かれる。

 そんな鮮やかな芸当をやってのけた彼女は、私の胸に顔を擦りつけ、またすやすやと寝息を立て始めた。

 

「────はぁぁぁ」

 

 ドキドキ、と不規則な脈動を始めた心臓の鼓動が聞かれていないことを祈りながら、抵抗することを諦めて瞼を閉じた。

 彼女の華奢な身体に手を伸ばしてグッと抱き寄せる。亜麻色の綺麗な髪に顔を埋めるようにして、ゆっくりと意識を手放した。

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