大人になった生徒たちが先生の時間を頂く話   作:アラベスク@arabesuque_38

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訓練教官月雪ミヤコの決意

 ────なかなか上手くはいかないものですね。

 念願の復興を遂げたSRT特殊学園の教官として赴任した私を待っていたのはそんな苦悩の日々だった。

 かつて自分が生徒だった時と同じような容赦のない訓練と、SRTの模範となるべく生徒たちに教え込ませる規範の数々。

 彼女たちに立派なSRTの生徒になってほしいという切なる思いから、心を鬼にして教えている。その信念が揺るぐことはなかった。

 ただ────、

 

『ミヤコ教官って彼氏いるのかな』

『いや、いないでしょ。だって誰があの鬼教官と付き合うの?』

『でも教官、結構顔は可愛い系じゃない?』

『いやいや、それでもあんなにいっつもしかめっ面してたら男も寄り付かないって』

『でもこの前、教官が男の人と可愛らしい服装で腕を組んで一緒に歩いてた、って』

 

 ────その思いが生徒たちに必ずしも伝わるとは限らない。

 私はSRT特殊学園が誇る"鬼"教官として名を馳せてしまっていた。

 生徒たちからは遠巻きに見られ、挨拶をされる時は直立不動の体勢。本当はもう少し仲良くしたいと思うのだけれども、なかなか上手くはいかなかった。

 そんな折に生徒たちの間で広まっている私に対する噂話──鬼教官のプライベートは、生徒たちにとっては格別な娯楽だったようだ。

 火のない所に煙は立たぬ、とはよく言ったもので確かにその日は先生とひさしぶりに会っていた。舞い上がった姿を生徒たちに見られていたという気恥ずかしさと、先生に迷惑が掛かったのではないかという心配。

 ────第一、私と先生はそんな関係ではない……私はそうなりたいとずっと思っているけれども。

 

「とはいえ、今の状況はあまり良くありませんね」

 

 ひそひそと、遠巻きに私のことを眺めながら噂話に花を咲かせる生徒たち。もとより恋バナが好きな年頃で、それが自分たちをシゴいている鬼教官の醜聞となれば……なおのこと蜜の味なのだろう。

 漏れ聞こえてくる噂話には尾ひれどころか翼まで生えて、何故か私がその男性と不倫関係にある、というところまできてしまっていた。

 相手のことがわからないのだから、想像しようと思えばいくらでもできるとはいえ、さすがにそのような噂が立つのは歓迎できない。

 ────ここは当事者たる先生にも相談してみましょう、と。またも彼と会う口実ができたことに内心喜びを隠せなかった。

 ああ、そうだ。もはやここまできたら、すべて本当のことにしてしまえばいいのだ。そんな天啓までもが脳裏に降りてきた。

 

『先生、少々お時間よろしいでしょうか』

 

 手に持った端末で素早くメッセージを送った。ひさしぶりの作戦、元RABBIT1としての腕が鳴る。

 

「作戦を開始します」

 

 そう呟いた言葉は、私の耳にだけ届いて──静かに消えていった。

 

***

 

「これは────何が、どうなっているのかな?」

 

 ミヤコから連絡を受けた私はシャーレのソファに横になっていた────いや、より正確に表現するのであれば、ソファに押し倒されて上から抑えつけられていた。

 そのままの体勢で彼女のことを見上げる。影を落とした彼女の表情は読み取ることができなかった。

 

「以前、任務の折に頂いたものですが」

 

 ひさしぶりにシャーレを訪れたミヤコをソファへと案内し、向かい合って座る。何かお茶でも……と思ったところで彼女から差し出された大きめのビン。

 最近値段も高くなってきた、とあるアルコール飲料。大好物だったけれど、その値段のせいでなかなか手が出せないでいた。

 

「折角ですから、一緒に飲みませんか?」

 

 いつかは大きくなった生徒とこうして杯を交わしたいと思っていたこともあり、諸手を上げて賛同する。

 グラスに注がれた琥珀色の液体。鼻腔をくすぐる芳醇な香りに、口を付けずとも酔いしれてしまいそうになった。

 軽くグラスを合わせ、お互いにくちびるを湿らせる。アルコールを入れたことで滑りの良くなった舌。そういえば相談事があったんだっけ、と彼女を促して抱える悩みに耳を傾けた。

 

「──……その年頃の子たちは難しいよね」

「ということは先生もそうだったんですか?」

「うーん……それは内緒」

 

 やっぱり私もそうだったのですか……、と頭を抱えるミヤコを尻目にグラスを傾ける。思春期の少女とは、かくも難しい存在だった。特に彼女が……というわけでもないけれど、常日頃から私も頭を悩ませている。

 注いだグラスが何回か空になり、話は彼女の異性関係へと移っていく。生徒から言われていること、噂のこと。ミヤコなら相応しい相手が絶対にできるよ、なんて言って慰めてみても、なんだか微妙な顔をしていた。

 

「なんだか私と一緒に出掛けたせいで話がややこしくなっているんだね……」

「いえ、先生は悪くありませんので」

「そうなの? なんだか申し訳ないなぁ……」

 

 できることなら、彼女の悪い噂を払拭する手助けをしたいところだけど……と思考を巡らせたところで、クラリと視界が揺れた。

 ひさしぶりに好きなお酒を飲んだからだろうか。それともミヤコとのおしゃべりが楽しかったからだろうか。少し、飲み過ぎてしまったようだ。

 

「先生、大丈夫ですか? 少し、横になられた方が……」

 

 すぐ傍にまできてくれたミヤコの手を借りてソファに横になって────そして、話は冒頭にまで遡る。

 

「噂を払拭するために、手っ取り早い方法があります」

 

 私を押し倒した彼女が渇いたくちびるを湿らせた。真っ赤な舌がぬるりと姿を現して艶めかしく動く。

 それはどういう────、半ば彼女の内情を確信しながらもそんな言葉が口から漏れた。しっかり固定されてしまった身体は縫い付けられたように動かない。

 

「噂を、噂じゃなくしてしまえばよいのです」

 

 彼女が顔を上げ、部屋の明かりに照らされた彼女の表情。ようやく見えた彼女の相貌は小動物らしからぬ妖艶な微笑みを浮かべていた。

 

「ウサギは草食動物ですが、私はウサギではないので」

 

 翌朝、軋むような頭の痛みと、なぜか全身を過剰に酷使したような身体の痛みに呻きながら目を開ける。

 見知ったシャーレの天井。隣で晴れ晴れとした表情を浮かべる彼女の顔に……思わず見惚れてしまうことになるのを、今の私はまだ知らなかった。

 

「ウサギは寂しいと死んでしまう生き物だそうです。先生。これからもずっと、一緒にいてくれますか……?」

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