大人になった生徒たちが先生の時間を頂く話 作:アラベスク@arabesuque_38
「ん~、糖分が足りない」
大好きなブルーベリーのパイを口に運ぶ。手元のスケッチブックは何が描かれていたのかわからないくらいぐちゃぐちゃになっていた。
つまるところ……私は秋の新作の構想に煮詰まっていたのだった。
スイーツの世界は狭く険しい。味はもちろんのこと、見た目も重要視されてしまう。毎日同じお菓子を作り続けるのだって、簡単なように見えてかなりの重労働だ。
そして、毎シーズンの新作を作り続けるのだって、簡単なことではなかった。
「うぁ~……」
この時期は毎回こんな風に唸り声を上げていた。
ああでもない、こうでもない、とイメージを練っては白紙に戻す。作り手の気持ちや好みを、その一瞬の心の形をスイーツへと込める。
私が作りたいものはこれだ、私が好きなものはこれだ、と創作物に詰め込む瞬間が、私は一番好きだった。
────とはいえ。ひねり出そうとしても、アイディアなんてものはそんなに簡単に出てくれるものでもなくて。
モグモグパクパクと手慰みに作ったスイーツを食べるだけになっていた。
「うーん……こんな時は外からの刺激が欲しいものだけれども」
スイーツ好きな友人たちを呼び出そうか、と端末を手に取ったとことで浮かんだ別の選択肢。
何の理由もなく呼び出して文句のひとつも言わず一緒に時間を過ごしてくれる相手。当然、友人たちもその中に含まれるのだけれども。
昔から彼と話すと妙にスッキリするし、考えもまとまる気がする。とりとめのない話も黙って聞いてくれるし、何より一緒にいると楽だった。
『山の頂は限りなく遠く、そしてその道程は険しい。そこにたどり着くことができれば美しい景色がこの手中に収まるはずなのに』
『煮詰まってそうだね』
『にひ。話が早いね、先生。これ以上の言葉は省略。先生、ちょっとお時間いただけるかな?』
さて────この瞬間の気持ちを切り取って、とびきりの贈り物を用意しよう。
***
「やあやあ、先生。よくきてくれたね」
ナツに呼ばれて彼女の店に向かう。裏口から店内へと入ると砂糖の甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
にひひ、と楽しそうに笑う彼女からもふんわりと漂うミルクのような甘い芳香。「パティシエは香水なんてつけないからね」とは彼女の言い分で、それならばこれは彼女自身の匂いなのだろう。
スイーツ好きの彼女らしい、お菓子のような甘い匂い。
「スイーツばかり食べているから、私もスイーツのようになってしまったのかな」
そう、おどけてみせた彼女の言葉もあながち冗談ではないのかもしれない。
甘く、私のことを誘うような芳香。パティスリーに入った瞬間と同じような匂いが彼女から漂っていた。
「さあ、先生。せっかくだから食べておくれよ」
できたてだよ、と差し出されたクッキー。粗熱を取ったばかりのそれは綺麗な小麦色をしていた。
「にひ。先生、そっちじゃないよー?」
お皿に盛られたクッキーの山に手を伸ばそうとして、やんわりと押し返される。
こっちこっち、と手を振るナツがそのままクッキーを差し出した。
一度目を瞑り、開いてクッキーを凝視する。ゆっくり近づいてくる甘い誘惑に、観念して口を開いた。
サクサクとした食感、まだほのかに温かい生地、バターのコクのある甘さ。シンプルな味付けだからこそ、その美味しさが引き立つ。
市販の凝ったクッキーも美味しいけれど、できたてのこれを味わってしまうとなんだか味気のないものに感じられてしまいそうだ。
「美味しい?」
黙って首を縦に振る。あは、と破顔した彼女がもう一枚、とクッキーを差し出した。
しばらく黙って彼女からの餌付けを受ける。乾き物を食べているはずなのに喉が全然乾かない、そんな不思議な時間だった。
「前にも話したけど」
しばらくすると、ひさしぶりに聞く彼女の講義の時間が始まった。
「クッキーの形にはね、作った人の気持ちが込められてるの」
以前も彼女が語った言葉。その瞬間の気持ちを切り取って、クッキーの形に込められている。
「だからこのクッキーは、私の心の形――――想いの形でもあるの」
差し出されたのは甘い誘惑。
誘われるようにまた口を開く。放り込まれた想いを、しっかりと噛み締めると……口の中でホロホロとほどけていった。
「――……あはっ。どう? とーってもロマンティック、でしょ?」