大人になった生徒たちが先生の時間を頂く話   作:アラベスク@arabesuque_38

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猫カフェ店員鬼方カヨコの提案

「うわ、あっつ……」

 

 閉店作業を終えて、裏口から店の外に出る。むわっと身体にまとわりつくような湿った熱気に眉をひそめた。

 仕事中は基本的に空調の効いた室内で過ごしていることが多いせいか、こうして外に出た時のギャップに戸惑ってしまう。

 もう夏の盛りを過ぎたというのに鍋の底にこびり付いた焦げのように残暑という奴は簡単には消えてくれないようだ。

 特に路地裏はひどかった。テナントに入る店の室外機が軒を連ね、轟轟と音を立ててファンを回す。

 吹き付ける熱風は日中に私を救ってくれた冷気の代償だとわかっていても、今まさに私を苦しめる生ぬるい風には悪態を吐いてしまいたくなるのも許してほしかった。

 しばらくの間、室外機を睨み付けていたけれども、その生産性のない行動にため息を吐いた。そんなことをしていたって状況は変わらない。

 もうひと睨みしたところで踵を返し、いそいそと帰路につく。夏の余韻の籠った蒸し暑い夜。こんな日はさっさとシャワーを浴びてクーラーのもとに逃げ込むのが一番だ。

 そう、足早にその場を去ろうとして────、

 

「にゃあ」

 

 いつの間にか私の足に纏わりついていた茶色い毛並み。短い足とまんまるな顔を私の足に擦りつけていた。

 

「うん、どうしたの?」

 

 その場にしゃがみ込んでゆっくりと撫でる。毛質は細く、柔らかい直毛で触り心地がとてもよかった。

 

「マンチカン、かな? ふふっ、にゃんにゃん~にゃんにゃん~♪」

 

 誰かに見られたらと思うと顔から火が出そうだけれど、ここには私たちしかいない。普段お客さんが撫でているのを見ているせいで、フラストレーションがたまっていた。

 

「どこから来たの? 帰るところはある?」

 

 話しかけてみてもゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らすだけ。首輪も付けていないところを見るに野良猫なのだろう。

 

「うーん、お店に置くわけにはいかないし……私の家も猫、飼えないし……」

 

 いずれは猫を飼える家に引っ越そうと思って、今は資金を貯めていた。

 さてどうしようか────と、ちょいちょい撫でまわしながら思考を巡らす。当然、見捨てるなんて選択肢は最初からなかった。

 

『困った時はいつでも言って』

 

 ────そういえば、そんなことを言われてたっけ。

 脳裏を過ぎったのはお世話になりっぱなしな人の顔。いつももらってばかりで、返すことができていない人だけれども。今回も頼ってしまおうか。

 

『先生、ちょっと時間もらってもいいかな?』

 

 ────なにより、私が彼に会う口実が欲しかったから。

 

***

 

 シャーレに猫が二匹やってきた――――なんてカヨコに言ったら、きっと怒られるんだろうな。

 

「先生、どうしたの?」

「ん? なんでもない」

 

 目の前で猫を撫で回す彼女から目を逸らす。いつも気にしている目付きは、見る影もないくらい弛んでいた。

 にゃあにゃあ、と猫語を口から漏らして拾い猫を可愛がるカヨコ。

 以前ならこんな光景を見てしまったが最後、顔を真っ赤にさせた彼女に追い回されることになっていただろう。

 

 ――――それだけ、気を許してくれているってことかな。

 

 そう思うと、悪くない気分だった。

 

「先生……?」

 

 カヨコが顔を上げる。

 どうしたの、と聞こうとして……自分の右手がいつのまにか彼女の頭を撫でている事実に気がついた。

 

「うわっ、ごめん!」

 

 ――――無意識のことだった。

 カヨコが猫みたいだったから、だとか。彼女に撫でられている猫がうらやましいと思ってしまった、だとか。

 言い訳を口の中でこねるだけこねて、言葉にはならずに消えていく。

 次の瞬間には呆れ顔のカヨコに怒られるんじゃないかと、戦々恐々としながら彼女の沙汰を待った。

 

「……にゃ、にゃー」

 

 目の前に耳まで真紅に染め上げた彼女の顔。あまりに赤すぎて、角の先から湯気が出るんじゃないかと思うくらい。

 

「――……んっんん」

 

 一瞬、意識が空の果てへと飛んでいた。カヨコの咳払いで息を吹き返す。

 じっとりとした目で、ここまでやらせておいて? と睨む彼女の頭に、もう一度手のひらを乗せた。

 

「ん……」

 

 さらさらとした手触りのいい髪質。心地良さそうに目を細める彼女は、今にも喉を鳴らしそうなほど。

 調子に乗って手を頬にまで下ろす。一瞬ビクッと肩を震わせて、私の手に頬擦りをした。

 顎の先を指の腹でくすぐる。こそばゆそうに身を捩る彼女。右手は喉の方へと伸ばし、左手で腰をトントンと叩く。

 ぶるり、と身体を震わせた彼女。気がつけば私の膝の上に馬乗りになっていた。

 

「はあ……からかうのもいい加減にして」

 

 そのままドサっとソファに押し倒される。とろん、と蕩けた瞳。荒げた息は湿っぽく、火傷しそうなくらいに熱かった。

 

「……そんなに猫が好きだった? それとも違う理由?」

 

 彼女の長い舌が自らのくちびるを湿らせる。お尻を高く上げながら、しきりに私の胸に顔を擦り付けた。

 

「まぁ、どっちでもいいか。先生、そんなに猫が好きなら……ここにちょうどいい子がいるんだけど」

 

 ――――好奇心は猫を殺す。

 

 まぁ、(彼女)相手になら本望だろう。

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