本短編作品は、伝説の妖獣があっさり従えられ、従えた主人のために料理を作った話を語る。
異世界転生・異世界転移の作品にしばしば登場する類型の物語展開・人物・小道具を取り上げるものである。
この作品は pixiv にも投稿されます。

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【異世界名物】即堕ち妖狐、料理に挑む

「よくぞこの豆ノ葉狐の封印を解いてくれたのぉ〜。ぬしには褒美をやらねばならぬな。人間どもには思わぬ逆襲を受けたものじゃが、外に出ればわらわのやることはひとつ」

 

「【テイム】」

 

「大好きなあるじ様にお仕えすることなのじゃあ〜、ふにゃあ」

 

 豆ノ葉という化け狐がいた。

 豆ノ葉狐は好んで人間を苦しめたという。

 

 戯れに腐敗役人を破滅させて回る。飽きたら税制や人事制の改革を行なわせて、横領という当然の役得を奪う。

 思いつきで道路や橋を建設する。限られた道を占領して通行料をせしめる仕事は、すっかり行き詰まる。

 存分に楽しみ、なんだかんだで退治された。

 

 今なお行状は各地の伝承に残っている。

 

 豆ノ葉は死んでいなかった。

 暗い洞窟の中に、がんじがらめにされて、生きていた。

 実現の目処もなく脱出を企み続けた。

 今ついに、素敵なあるじ様に解放していただき、ご奉仕することができるのだ。

 

 お腹を向けて恭順を示し、あるじ様を見上げた。

 まばゆいほどの魔力に満ちている。身体の鍛えようも貧弱からはほど遠い。

 冒険者らしい実用的な装備のうちに、見栄えに気を配る遊び心がちらつく。

 声色や息づかいは力にあふれたようで、どこか遠慮がちでもあった。

 

 すべてが豆ノ葉には魅力的だった。

 眺めるだけで服従の心が高まる。

 不安と野心をともに抱く、未来の王者をそこに見た。

 

 あるじ様は、しゃがみこんで、豆ノ葉の頭を撫でた。

 

「おおよしよし」

 

 人に近い姿で豆ノ葉は、されるがままになっていた。

 豆ノ葉の考えでは、よほど親しくないかぎり、頭を撫でるという行為は自律した知性と矜持に対する侮辱である。

 それが、たまらなく快かった。自分のすべてがあるじ様のものだと実感し、この無骨な手で乱雑に愛でられるに値することを嬉しく思った。

 頭頂部の、狐としての耳を指で圧していただいた。あるじ様は興味を持ったらしく、長くもみほぐしていた。

 

 やがて立ち上がると、あるじ様は豆ノ葉狐を繋いでいた鎖を回収し始めた。

 

「あるじ様ぁ、わらわに何かご命令はないかえ?」

 

「あー、とりあえず立ってくれ」

 

 豆ノ葉は起きて直立した。先まで繋がれていた身体の節々が、しびれて痛んだ。久しく使っていなかった化けるわざのうち、身体の変形に伴う痛みを軽減する方法を思い出したが、あえてそれをしなかった。

 豆ノ葉は今、物理的な拘束を受けていない。こうして痛みに耐えるのは、自分の意思でなく、あるじ様の命令で立っているからだ。

 

 鎖を、あるじ様は持って帰るつもりのようだ。

 高い魔力を備えた道具には違いない。

 

「バラバラにして素材にでもするのかの」

 

「それでもいいな。このまま使ってもいい」

 

 あるじ様の言葉が、先ほどほぐされた耳を通って、先ほど撫でられた頭の中で反響した。

 使う、と言ったのだ。この道具を、使うと言った。あるじ様は知っているのだろうか。

 

「確認じゃが、それはわらわを繋ぐために作られた鎖じゃ」

 

「知ってる」

 

 豆ノ葉の全身を、頭から尻尾まで、稲妻みたいな衝撃が走った。

 

「そっか、嫌だよな。配慮が足りなかった」

 

「嫌でない、まったく嫌でない。大歓迎じゃ、遠慮なく使ってほしいのじゃ」

 

 あるじ様が鎖を使う。豆ノ葉を繋ぐための鎖を使う。豆ノ葉を、繋いで、戒めて、あるじ様のものにしてくれる。

 甘い感動が豆ノ葉を蕩かした。

 長い間、何よりも忌々しかった拘束が、とたんに素晴らしい宝物に思われた。

 

 こうして豆ノ葉狐は、仕えるべき魔物使い(テイマー)を見出した。

 

 

 このときから、豆ノ葉狐には気になることがあった。

 

 本人も気づいていないかもしれない。単なる気のせいなのかもしれない。

 あるじ様は幼い顔立ちに似合わず、黒い瞳に悲しみを湛えていた。

 豆ノ葉はこの後も、陽気に笑うときや誰かのために怒るときのあるじ様に、癒しようのない悲しみを、見出すことがあった。

 

 狐は無根拠の勘で思った。この人も、帰還の叶わない故郷をどこかに残してきたのか、と。

 

 

 

 豆ノ葉はあるじ様の屋敷に住んだ。冒険者として成功を収めたらしく、大きな屋敷で、人の子の女や男を何人も住まわせていた。そういうのではないとあるじ様が言うので、愛人とか下僕、小間使いとか呼ぶことを豆ノ葉は避けた。

 

 豆ノ葉は、この手の集団での振る舞いが下手でない。上手だと自負してすらいた。

 だから、初日に大きな失敗をしたのは、舞い上がって色ぼけしていたと反省するほかない。

 

 その日、洞窟を出て、屋敷に連れられ、案内を受けていた。住人が多くいることはすぐに分かった。

 住人の中に、狼の獣人がいた。豆ノ葉は言った。

 

「犬がおる」

 

 この人物はあるじ様のお気に入りの一人で、当人も寵愛を誇りに思っているのだった。

 狼の獣人、名をクオンという者は侮辱に強く反発した。豆ノ葉はかさねて挑発した。

 あるじ様は言った。

 

「序列をはっきりさせてやったらどうだ、クオン」

 

 豆ノ葉は、序列をはっきりさせてやろうと意気込んだ。

 次の瞬間には、うつ伏せに倒され、首もとに牙を添えられていた。

 序列ははっきりした。

 

 

 それで豆ノ葉は、実力や派閥でえらくなる路線は困難とみて、やり方を変えた。

 まじめに働く路線である。

 

「マメノハさーん、こっちお願い!」

 

「はいなのじゃ!」

 

 少なくない現場で、実直に働いていれば信用を培えることを知っていた。

 いざというとき、手と足を動かす人員の支持が重要なことを知っていた。

 また野心抜きに、豆ノ葉は、目的のために細かい努力を積み重ねるのが好きだったし、自分の努力で誰かが喜ぶと嬉しかった。

 

 やがて豆ノ葉にとって、大きな苦難もなく、居場所があって暮らしていけるようになっていった。

 

 ある日のことだ。

 屋敷で、あるじ様のためにおいしい料理を作ろう、という話が持ち上がった。

 

 屋敷には意外にも、習慣的に料理においしさを求める余裕がある出自の者が、少なくなかった。技術を備える者もちらほらいた。

 それぞれ心を込めて調理し、あるじ様にお出ししようというのだ。

 一斉に作っては食べきれないから、数日にわたって行なうこととし、それぞれ調理者を割り当てる。

 

 クオンが豆ノ葉に言った。

 

「やってみますか」

 

「はいなのじゃ。やります。わらわもあるじ様のために調理したいのじゃ」

 

 私情はともかく、豆ノ葉はクオンにつねづね敬意を示していた。クオンは誰かが豆ノ葉への悪意を行動に移すのを止めてくれていたし、豆ノ葉もまたクオンのために何かと便宜を図ってやることがあった。義理である。

 豆ノ葉には、厚意を断るつもりがなかった。

 

 豆ノ葉は、大昔の美食文化に馴染みがあったし、調理技術もないではない。

 何より、あるじ様に食べ物を振る舞うのはとても喜ばしいと思えた。

 

 最初の夕飯に割り当てられた調理者が、自慢の品を運んできたとき、豆ノ葉の自信は揺らいだ。

 

「ご主人様、皆様方、お待たせいたしました。トマトと唐辛子のパスタでございます」

 

「何と何の何じゃあ!?」

 

 知らない素材と知らない素材の知らない麺料理だった。

 

「いいじゃないか。アラビアータ、みたいな何かだな」

 

 あるじ様はご存知のようではないか。

 

 豆ノ葉は不安になった。

 他の皆が何を作ってどれほど受け入れられるかは、大きな問題ではない。

 馴染みのある美食文化と、味の好みがかけ離れているのではないか。

 二日目以降も知らない料理が出され、不安は増すばかりだった。

 

 不安は技術面にもあった。

 

「魔法焜炉(コンロ)ってなんじゃ」

 

 初めて見る調理器具が、当たり前に使われていた。

 教わって、最低限の操作はできるようになったけれど、複雑な火の扱いはできない。

 

 ともかく味の好みという懸念事項を解決するため、話を聞いて回った。

 

「ご主人様の好みですか? コメをよく食べますね。コメと言ってもサラダや乳粥は嫌いみたいです」

 

「なんか調味料を作ろうとしてた頃があったよ」

 

「おいしく食べてはくれるんだよ。その上で、今あるどんな料理にも満足しないみたいだ。誰も食べたことがないようなものをいつも探している」

 

 豆ノ葉にはますます分からなくなった。

 クオンが言った。

 

「ご主人様に直接聞きなさいよ。バカですねえ」

 

「バカとはなんじゃ、バカとは。無神経なオオカミじゃ」

 

 軽口を叩きながらも、豆ノ葉は、助言をもっともらしいと思った。

 出歩きがちのあるじ様が、屋敷にいるとき、直接お尋ねした。

 

「あるじ様。あるじ様が食べたいものはなんじゃ」

 

「食べたいものねえ。なんでもいい、って言うのは一番困るんだよな?」

 

 あるじ様はそれから少し考えこんだ。

 有意義なことを言おうとしてくれる気遣いはありがたい。沈黙の気まずさに豆ノ葉が耐えかねた頃、あるじ様は口を開いた。

 

「豆ノ葉が食べておいしいと思うものを、食べたいな」

 

 嬉しい言葉ではあった。けれど、これでは解決にはならない。

 

「あるじ様とわらわとでは、味の好みが違っていると思うのじゃ」

 

 するとあるじ様は、豆ノ葉に近寄り、頭を撫でてから言った。

 

「いいんだよ。みんなそうだ。昨日のだって、初めて食べる料理だったよ」

 

 昨日の夕飯は、フンムスとフブズを添えた合挽き肉のキョフテ、とかいう料理だった。

 豆ノ葉狐からすれば、知らないペースト食と知らないパン類と知らない肉料理だ。

 

「知らない前菜とパンと知らないハンバーグだったし、正直に言えば、慣れない味がした。それでいいんだよ。楽しかったし、嬉しかった」

 

 作り手が食べておいしいものを作ればいいのだという。

 豆ノ葉はわかったふうに頷いた。納得したからというより、優しい声で説かれて、頭を撫でてもらって落ち着いたからだ。

 

「わらわ、がんばるのじゃ」

 

 豆ノ葉はその場を退出しようとした。

 あるじ様が呟いた。

 

「豆ノ葉」

 

「ひゃいっ!?」

 

 急に名前を呼ばれて、びっくりして毛が逆立った。

 名前を呼ぶよりも、言葉の音を確かめるのに近い調子だった。

 

「ああ、すまない。ちょっと気になっただけだ。植物のマメの葉っぱって意味の名前だよな。ていうか毛、大丈夫?」

 

「人間の名前に比べると、大きな意味はないのじゃ」

 

 あるじ様は、ブラシを取り出した。

 前にくしけずってもらったことが思い出された。豆ノ葉狐の感覚では、毛づくろいとは目下の者にさせるものだった。最初にあるじ様に毛を整えていただいたときは、やめさせようと抗ったものだ。

 今でも、あるじ様に毛づくろいをさせることには背徳の感情を覚える。それ以上に、むしろそのゆえに、とても気持ちがいいので、逆らうことはなくなっていた。

 豆ノ葉狐の毛を梳いて撫で付けはじめ、あるじ様は言った。

 

「ヒヨコ豆やレンズ豆ではないんだろう?」

 

「ふにゃああ」

 

「気になっている豆類があって、心当たりがあるかと思った。無理に探せっていうわけじゃないよ」

 

 豆ノ葉は会話どころではなかった。

 尾や背中を軽く抑えられて、ブラシが一本一本の毛を滑るごとに、全身が快感に包まれる。

 毛づくろいに奉仕させているのではない。愛でていただき、弄んでいただいている。

 あるじ様に屈従する幸福が、知性も廉恥も塗りつぶしてゆく。

 

「あるじ様ぁ。ブラシしながら話しかけないでくれやれ、何も頭に入らないのじゃあ」

 

「構わないよ。聞いて忘れてもらうくらいがいいんだ。豆ノ葉は何も気にしなくていい」

 

 あるじ様は誰とも共有できない感情を、忘れられる前提で、言葉にしようとしていた。

 きっとその瞳は、悲しみを湛えていた。

 豆ノ葉は、聞いて覚えておきたいと思うことすらできず、毛を整えられるに任せた。

 

 

 後日、豆ノ葉は、封印される前に一般的だった調味料や食材を探す気になった。

 あるじ様とのやりとりで、好きな食べ物を作れと教えてもらったからだ。

 行き先と、料理の材料のためという目的とを知らせてから、当てのある土地をいくつか訪ねた。

 

 ちょっと頑張ったら、見つかった。見つかりはした。

 

「あった。これじゃな。ウケが悪そうなのじゃあ」

 

 発酵食品である。独特の匂いと風味がある。おそらく、みなの好みには合うまい。

 

 豆ノ葉は、これを使って調理をすることにした。

 あるじ様が、自分がおいしいと思うものと言っていた。豆ノ葉が確かにおいしいと思うのだから仕方がない。

 言い繕ってみたところで、あるじ様への提供をだしに久しぶりに自分が食べてみたいだけだ、とは思いながら、豆ノ葉は献立を考えた。

 長く封印されていた狐が、遠い昔の味を恋い慕うのを、誰が責められよう。

 

 その調味料を味噌という。

 

 

 

「今日は朝餉をわらわが作ったのじゃ」

 

 豆ノ葉狐は、誰かほかの者にも万人受けする料理を作っておいてほしい、と提案していた。食物に味のよさを期待している者に、口に合わないものを食わせるのは気が引けたのだ。

 協議の結果、豆ノ葉ひとりで、味よりも一日動くための滋養を求められる、朝ごはんを担当することとなった。

 

「栄養たっぷりなのじゃ。味は期待せんでくれ」

 

 椀に食事を盛り付け、全員に配り始めた。屋敷全体での共食は、あるじ様の提案だったらしい。

 あるじ様は、他から少し離れた席で、最初に受け取って、言った。

 

「豆ノ葉。これは、何だ」

 

 声が震えていた。豆ノ葉は、一瞬、詰問されたような気がした。

 本当に自分が食べたくなっただけのものを出した、という負い目があったから、どんな感情がその声を震えさせているのか判じ損ねた。

 

「豆腐と油揚げの味噌汁と、柔めに炊いた白米なのじゃ」

 

 答える頃には、あるじ様は椀を持ち上げ、わずかに啜って飲んでいた。

 得体の知れない汁物を相手に、大胆だと、豆ノ葉は思った。

 

「ああ」

 

 あるじ様は涙していた。

 豆ノ葉はぎょっとした。

 

「どっ、なっ、まずかったかえ。熱かったかえ。じゃったら」

 

「おいしい。おいしいよ」

 

 思いがけない言葉だ。

 豆ノ葉は、受け入れがたいと思われる食物を出すにあたって、美味のために気を配ってはいた。栄養をとる目的ならば、多種の根菜を汁に入れ、米を雑穀にするのが一般的だった。

 おいしいと感じるはずがない、と諦めていた。おいしかったらいいな、と期待していた。

 

「あったんだ。味噌があったんだ。豆腐があった、大豆があったんだ。ずっと、もう二度と食べられないと」

 

 狐は確信した。この人も、帰還の叶わない故郷を、どこかに残してきたのだ。

 

 腕を広げると、あるじ様は胴にしがみついた。

 豆ノ葉狐を捕らえた魔物使い(テイマー)とはかけ離れた姿だった。

 

 豆ノ葉狐は、愛すべき一人の人物を見出した。

 

 

 

 余談だが、屋敷の皆にとって、頼れるご主人様が泣きながら新参マメノハさんに抱きついている様子は衝撃的だったらしい。

 大豆の栽培や加工のブームが起こり、屋敷の外をも巻き込んで、ちょっとした産業に発展する顛末は、かの異界生まれの冒険者の一代記の中で、語られるべきことであろう。


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