無期迷途の短編   作:モース硬度

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もの思う蛇(ナチャ)

私にとって睡眠とは

世界に対して無防備になる行為だ

世界はいつだって牙を剥いていて

隙あらば喰らい付こうと狙っている

だから私は安眠したことがない

だけどーーー

 

 

 

 

ミノス危機管理局、通称「MBCC」。ディスシティ内で発生した狂瞳病の対処やコンビクトの収容を行う機関だ。本来であれば上庭直属のFACに所属しているため、政治的な駆け引きとは無縁のはずであった。

しかし、上庭直属のスパイ組織第九機関の長官、ディスシティ最大の財閥クイーン集団の社長、シンジケート最大のマフィアである軍団のボスなど影響力の強すぎるコンビクトを多数収容している点、MBCCの局長もBRの破壊を二度にわたり成し遂げるという大戦果をあげている点などから、本来無縁のはずの政治的闘争に巻き込まれている。

その結果がこれだ。

 

「あら、もうお目覚め?」

局長はナチャに膝枕をされていた。

「ここは...」

「休憩室よ。廊下で倒れてたあなたをここまで連れてくるの、結構大変だったんだから。」

「そうか、すまない。」

「謝らないで。それに、あなたを独り占めできたんだもの。もう少し寝ててもいいのよ?」

「いや、仕事がまだ残っているんだ。明日までにラングリーにこの間の作戦のレポートを出さなければ...」

「でもすごい隈よ?一体何日寝てないのかしら?」

確か三日前に気絶するように寝たのが最後だったような、と局長は働かない頭でぼんやりと思い出した。

「なら今すぐ寝なさい。それとも無理やり寝かしつけられるのがお好みかしら?」

ナチャの手の中ではいつの間にか淡い紫色の液体の入った小瓶が転がされていた。

「...わかった。少し仮眠をとろう。」

「それがいいわ。」

局長の頭を一撫してナチャはするりと立ち上がる。

良い夢を。その言葉とともに局長の意識は闇に落ちていった。

 

 

 

 

「はぁい。第九機関の長官サマはどちらにいらして?」

「それなら私だが、要件は何かね?私と君には接点などなかったとおもうが。」

MBCCの一角で蛇と蜘蛛が睨み合っていた。片や人気タレントらしく笑みを絶やさずにいるが、その身に纏う雰囲気は極寒の吹雪もかくやといった道化師。片や冷徹な微笑を浮かべ蛇を睥睨する、上庭直属の銀色の蜘蛛。周囲の気温が体感5℃は下がったかのような雰囲気に、用事のあった第九機関の諜報員も巻き込まれる前にと姿を隠す。

最初に口火を切ったのはナチャだった。

「今日、局長が倒れたの。もう三日も寝てないんですって。少しは休ませてあげてもよくって?」

「軟弱者め、その程度で倒れるとは。こうしている間にもこの都市の安全は脅かされているのだ。三日程度で音を上げるとは情け無い。」

やれやれ、とラングリーは首を振る。その目は、本気になれば一週間くらい不眠不休で働けるだろうと本気で信じている目だった。

「貴女は平気かもしれないけど局長は違うわ。局長ったらすごい隈だったわよ。」

「それで?休みたいから休ませてくれと?新人が戦っている相手がどんなやつなのか君も少しは耳にしたことがあるだろう。そいつらが待ってくれるとでも?」

馬鹿馬鹿しい、とラングリーは一蹴する。

そしてそれはナチャを怒らせるに十分だった。表情から笑みが消え、敵意が露わになる。何処からかやってきた大蛇がトグロを巻いて威嚇の声をあげる。あわや開戦かというところでラングリーが口を開いた。

「だが新人はここで使い潰すには惜しい人物だ。戦いの前の休息も時には必要だろうよ。」

「それって...」

「明日一日くらいは休みにしてやるさ。新人にはそう伝えておけ。」

わかりました。と何処からか声が聞こえる。おそらく第九機関の誰かが伝言に向かったのだろう。

「意外だったわ。貴女がそんな事を言うだなんて。」

「ここで争うくらいなら一日分の仕事の遅れくらい許容するさ。」

それに、とラングリーは続けた。

「私はこの都市の平和の礎となることは本望だが馬に蹴られる趣味はないものでね。」

 

 

 

 

「いかん、寝過ごした。」

ベッドで上体を起こした局長はそうつぶやいた。

時刻は既に昼近く、ラングリーに提出するレポートの期限は過ぎている。おまけに午前中の業務も溜まっており、今夜も徹夜コースだろう。

「お目覚めですか、局長。」

部屋にはいつの間にか一人の男がいた。その姿は特徴がないのが特徴と言わんばかりの無個性の塊であった。

「長官より伝言を預かっています。」

叱責の言葉を覚悟していた局長にとって続く言葉は意外なものだった。

「今日は休め、とのことです。」

では私はこれで、と男は去っていく。局長は思わず呼び止めた。

「一体どういう風の吹き回しだ?」

「私からは何もお伝えできることはありません。」

ただ、と男は続ける。

「化け物はきちんと飼い慣らしておけ、とこぼしておりました。」

一体何のことだと混乱する局長を置いて、男は今度こそ部屋を出て行った。

とりあえず起きるか、と思いベッドに手をついたところで横で寝ているナチャに気づいた。

「なによ...もう朝なの...?」

「ナチャ?いったいなぜここにいる。」

「今日は休みなんでしょう?もう少し一緒に寝ましょうよ。」

そのまま布団に引き摺り込まれる局長。抵抗虚しくナチャの腕の中にすっぽりおさまった。

「フフッ...局長はあったかいわね。」

「ナチャ、いくら今日が休みになったとはいえいい加減起きなくては。」

「ダメよ、まだ隈が残ってるじゃない。もう少し寝ておきなさい。」

それに、とナチャは心の中で呟く。

この幸せの時間は誰にも邪魔させないわ、と。

 

 

 

 

私にとって睡眠とは

世界に対して無防備になる行為だ

世界はいつだって牙を剥いていて

隙あらば喰らい付こうと狙っている

だから私は安眠したことがない

だけどーーー

 

だけど局長は私を世界から守ってくれた

だから私は局長の側でなら安心して眠れるのだ

 

局長が私を守ってくれたから

今度は私が局長を守ってあげる

 

それが私の幸せなのだから

 

 

 




ナチャは局長にクソデカ感情持ってそうという思いからこの怪文書が生まれた
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